goo blog サービス終了のお知らせ 

Go! Go! 後藤光雄

鈴鹿市議会議員 後藤光雄。鈴鹿に生まれて鈴鹿に住んで鈴鹿にやってきて「本当に良かった」といえる、まちづくりをともに!

今のご時世に、大切なこと

2009-05-29 15:12:59 | 出来事
今の時代の、子育てに大切な、とってもいいお話を聞きました。

≪若さ礼賛文化≫
今の世は、年を重ねることよりも、若さに価値を求めるところがある。
経験からくる深い言葉より、響きや、ノリだけの軽い言葉がもてはやされ、
大人になったらできる。より、若いうちしかできない。思考で、
我慢することをしないし、我慢もさせない傾向にある。
子どもでいることが、得するといった時代である。

≪家の中化現象≫
若者の行動を見ていると、どこに居ようと、自分の家の、自分の部屋の中に居るような行動がみられる。
本来、家はくつろぎの場であり、家の外は緊張を強いられる、社会性を量られる場所であった。
電車の中でお化粧したり、道路・コンビニの駐車場に座り込んで話し込んだり食事をしたり、自己中心的発想だけでない、場所・他人を意識しない現象が多くみられる。そこで注意を受けると、自分がくつろいでいるのに、文句を言うなと、切れてしまう。

≪母子共生関係≫
母親の価値観で幸せを追いかけて、追いかけさせてしまう。
9~10歳のギャングエイジ時代に、親や、先生の目を盗んでいたずらをするといった経験をしないで過ぎてしまう。表向きは、いい子を演じてしまう。
資格と高学歴に価値観を持つある母親が、事件を起こしてしまったわが子に「13段(取った資格の段位の総数)と200万(塾、家庭教師にかけた教育費)の結果が…」といった実例もある。
幸せの価値観は皆違うもの。
子どもにも人格があり、決して母親のものではない。ということに気付かない。

≪そこで≫
父親の役目が見えてきます。
ルールであり、柱(よりどころ)であり、船頭役であり・・・

今、どういう世の中を、どう生きているのか、に目を向けてみる必要がありそうです。
親としての生き方、男としての生き方、女としての生き方、子どもの在り方、大人の在り方、孫を持つ世代の生き方・・・

少女・娘・妻・母という変化を体感する女性と違って、
男は、少年から青年・夫・父と変わるには、自ら自覚する必要があります。

どんな家庭にしようとしているか、家族がどこを向いているか。

もちろん夫婦仲の良い姿、夫婦の会話が子どもを自立させるし、大人になりたいと思わせることにつながっていくでしょう。

子どもたちが、自立したい。大人になりたいと思うことも大切だし、そのために経験をしなければならないことを体験させられる親にならなければならないということなのでしょう。


文教福祉常任委員会

2009-05-27 13:36:20 | 委員会活動
 5月25日(月)平成21年度文教福祉常任委員会の初会議がありました。
まず、教育委員会各課の分掌事務と、今年度の主要事業の説明の後、議員側からの質疑。私は、
①教員の一校での在任期間の制限を確認。8年が限度です。
②教員の地域の行事への参加について、教育委員会としての考え方を問い、子どもの学校外の姿を見るのもその子を知るためにはとても大切なことなのでぜひ、積極的に出向くようにお願いをしました。
③教室の備品を破損したとき、児童・生徒の過失であっても、事務的に代金を請求することなく、教育的配慮を持って、修理させられないか等の対応をお願いしました。
④体力テストの鈴鹿の結果を問い、全国で最もいい成績を収めている福井県、秋田県は、早ね、早置き、朝ごはんに代表される規則正しい生活リズムを40年前から取り組んだ結果であると分析しており、鈴鹿の対応もしっかりお願いしたい旨を発言しました。

文化振興部の時間では、
①平成30年に予定されるインターハイ、その数年後の国体に向け、不足する施設の鈴鹿への誘致のためのアクションをお願いし、
②鈴鹿の文化的資産を、子どもたちに伝え、わが街を誇れる子どもにするため、教育委員会との連携をお願いしました。

保健福祉部の時間では、
①市民病院の役割を担う鈴鹿中央病院、回生病院への運営費補助は認めるが、病院のベッドの稼働率等の状況を把握しているかと問い、確認をお願いしました。

子どもたちの為、鈴鹿の為に、しっかりと委員会活動も行います。

鈴鹿市議会21年度役員決定

2009-05-14 19:39:11 | 議員日記
5月14日の議会において21年度の役員が決定しました。
議長には、政友会の大谷徹議員。(3期目)
副議長には、すずか倶楽部の原田勝二議員(3期目)
監査委員には、あくてぃぶ21の矢野仁志議員(2期目)以上が3役。

常任委員会委員長は、
総務委員会、委員長:森しず子(公明党・3期目)副委員長:森喜代造(あくてぃぶ21・1期目)
文教福祉委員会、委員長:市川哲夫(市政研究会・2期目)副委員長:鈴木義夫(政友会・1期目)
生活産業委員会、委員長:南条雄士(すずか倶楽部・2期目)副委員長:池上茂樹(公明党・1期目)
建設水道委員会、青木啓文(あくてぃぶ21・2期目)副委員長:中西大輔(すずか倶楽部・1期目)

議会運営委員会委員長は、最大会派から野間芳実(あくてぃぶ21・3期目)副委員長:私、後藤光雄(すずか倶楽部・2期目)

議会改革特別委員会委員長は、板倉操(無所属クラブ・3期目)副委員長:薮田啓介(緑風会・1期目)

広報広聴委員会は、原田副議長が兼務。

以上のように決定しました。

昨年20年度は、建設水道常任委員会委員長を務めさせていただき、特に都市基盤整備の遅れ、開通が遅れている道路2路線について早期完成のためには・・・ということに取り組みました。1路線については、見通しがたちそうですが、もう1路線については、行政側、地主側の双方に問題がありそうです。こちらは議員活動のなかで追及していきたいと思います。

私の所属委員会は、文教福祉常任委員会。すずか倶楽部の会派長として、議会運営委員会と、各派代表者会議。20年に引き続いて北勢公設地方卸売市場組合議員です。

委員会活動、議員活動、一般質問・・・議員としての責務を再確認しています。
本年もよろしくお願いします。

地震・津波対策研究会

2009-04-24 16:53:15 | 議員日記
 4月15日(水)16:00から鈴鹿市役所 西館2階会議室で「地震・津波対策研修会」が開かれました。

 対象は学校の先生方、海岸沿い北の長太小学校から南の天栄中学校までの小中学校を対象に教育委員会と防災安全課の職員の方が開いてくださったものです。

 鈴鹿市の減災(被害を減らす)対策は遅れています。危機感を持って生活している人たちが、海岸線に多く居住している一方、「自分のところは大丈夫だ」という変な安心感が蔓延しているようです。

 大きな地震が、いつ来てもおかしくない状況にあることの説明から、地震の発生のメカニズム、想定される被災状況、阪神大震災の実際の映像などを見ながら、的確な説明がされました。

 後は、講習を受けられた先生方が、自分の学校に戻ってどう取り組んでいただけるかです。避難訓練で津波警報音を実際に聞くことができそうです。

 津波注意報・津波警報・大津波警報・東海地震の警戒宣言・避難信号・・・・
サイレンの吹鳴は様々です。「サイレンを聞いたらテレビ、ラジオから情報を取ってください」との説明は、まさに的確でした。

 この説明で、遠足、行事にはラジオの携帯が必須だ!と感じた先生方が何人みえたでしょうか?

 状況を一斉に放送する同報無線の設置をお願いしていますが、その必要性を重要視しない「偉いさん」が見えるのかもしれません。

 ノアの方舟の話を知っている先生方からも、ぜひ同報無線の設置をお願いしてほしいものです。校長先生の一人が、「学校放送設備で近隣の人々に情報提供してください」という言葉に、夜間も留まって放送したほうがいいかな!?」と発言するほど責任感の強い校長もみえるのです。

 洪水警報が出たら、こどもを家に帰すか、学校に留めるかの判断も非常に難しいものです。学校は、避難所であり収容所でもあるのですから。
 
 最近の局地的な豪雨では素早い判断が必要です。的確な判断のために情報を集約できる日ごろの準備が必要です。それでも心配が過ぎる判断となり大人の方に手間を取らすこともあり得ます。そんなときは、非難するのではなく、避難した子どもと一緒に無事を喜んで欲しいものです。

 3月議会で一般質問したことを受けて、研修会を開催していただけたようです。
素早い対応に感謝します。が、

 大切なのは、非常時に市民の命を守るための準備をしっかりすることです。
間違った情報などで被害を大きくすることのないように、いい準備をしてほしい。市がすべきこと、学校がすべきこと、企業ができること、自分が、家族でしておかなければならないことをよく考えておく。いい準備ができれば、落ち着いて周りを見渡して人助けもできるでしょう。

 そんな安心な鈴鹿市にするために、まだまだよろしくお願いします。

深谷公園全面開園

2009-03-31 17:07:46 | 委員会活動
3月29日の日曜日、鈴鹿市八野町にある深谷公園が整備を終え全面的に開園された。

周辺の豊かな自然環境との調和に配慮しながら、散策やスポーツなどの市民のレクリエーションの拠点として整備され、計画面積20.5ヘクタールが利用可能となりました。

自然と触れ合える自然観察園、自然散策路やソフトボールなどができる多目的広場などがあります。

建設水道常任委員会委員長として開園セレモニーに参加しました。
市長、両副市長、都市整備部職員のほか、地元議員、地元自治会長のほかに一般の方々、小さな子の手をひく親子連れが何組も開園に合わせて訪れていました。

ソフトボールが2面同時にできる多目的広場は、18年4月から解放されていました。が、ゲームの途中で降り出した雨をしのぐ屋根が離れた場所に2か所あるだけなので、試合相手と一緒には入りきれない大きさだし…
という具合です。
カーポートのようなものでも、1塁側3塁側につかないものかなあとおもいます。

4年前に建設水道委員の時に、東京都千代田区のビルに囲まれた公園にある健康遊具を視察に行ったことがありました。
高齢者用に、背筋を伸ばしたり、変化をつけた道を歩いたり、筋力を使う遊具があったりといった公園でした。

是非とも、鈴鹿にも高齢者用の健康遊具を公園においてほしいと要望を出しました。

深谷公園の一番奥に、階段で下がるか歩道を迂回して行くのですが、子ども用の総合遊具がデーンと設置してあります。
子どもたちも走り寄って遊んでいました。

花冷えのする陽気の中でのやさしい日差しの中、子どもたちは楽しそうに遊んでいましたが、灼熱の太陽が降り注ぐ季節になったら、日よけのない広場、熱で熱くなりそうな鉄製の遊具で果たして子どもたちは遊んでくれるのだろうか・・・

その並びに、高齢者用の健康遊具が3~4基設置されていました。
要望に応えてくださったのは嬉しいことには違いないけれど…

是非一日も早く、町の中の既存の公園に、日ごろ散歩に通るような公園に設置をお願いしたいものです。

芝生広場も、高麗芝のブロックがまだしっかりと根付いていないのにクローバーやヨモギが広がり始めている状況。自然豊かな環境の中の公園には違いないけれど、何かやさしさ、ホスピタリティ、迎える気遣いが感じられないなあと感じて帰ったのは私だけだったのでしょうか。

公園に見識深い副市長がいる鈴鹿市なのに、少し残念でした。

もちろん建設水道委員会では感じたことを発言してゆきます。
利用された方々の声も、市に届くともっと良い公園になる!?

己こそ 己の寄る辺

2009-03-10 16:16:51 | 語呂・語録
 己こそ 己の寄る辺

 己をおきて 何に寄る辺ぞ

 よく整えられし 己にこそ

 まこと得難き 寄る辺をぞ得ん


どこで目にしたか忘れましたが、仏教の教えのひとつのようです。
「自分」をしっかり持つこと。
「他人のせい」にはしないこと。
「起こることは、自分の成長の糧」
「一喜一憂に動かず、心を整えて」

などと自分に言い聞かせています。

社会人とは、自立した人の集まりであってほしいですね。
自立するという事は、他人と違うことを認められるということ。
だから、社会に出る前の子どもを育てる学校の役割は
「自立」できるようにすること。

立場上、いろんなことに出会います。
本質を見極める、目と心を持ちたいと思っています。


そんな自分を、世の中でどう生かすか。
これが人生のテーマです。 

運転免許

2009-02-27 19:13:41 | 出来事
 娘が、自動車運転免許を取得しました。
仙台の自動車教習所を卒業し、住民票のある三重県免許センターで受験。

90点で合格ですが、6点足らず不合格。
翌日はめでたく合格でした。
が、点数を聞くと「わからない」とのこと・・・

 数年前、私がエアライフル所持の為に受けたテストのことを思い出しました。
試験に合格した連絡を受け、どこが間違ったか確認の問い合わせをしたのですが、
まるで取り合ってくださいませんでした。

 「合格したんだからいいじゃないか」というのが警察官の言葉。
わたしは、「銃を持つのだから何を間違えたか教えてください」とお願いを繰り返しました。


 何のためのテストなのでしょう。
合格ラインを超えていれば、いいのでしょうか。
本来は、全員が100点でなければならないのではないだろうか。
しかし、テストだから勘違い、書き間違いなどあったとして90点の合格ラインは理解できます。

 自動車教習所の学科のテストは、解答シートを当てて、どこが間違ったかすぐ分かるものでした。(30年前)
今は、パソコンを使ってテストを受けたようですが・・・

 運転免許証を与える試験でこそ、合格したけれど「ここが間違っている」と確認させる必要があるのではないでしょうか。

 その前提で、とっさの判断や、臨機応変に安全運転・危険回避をする技術を身につけていく必要があるもので、その前提なしに交通安全の取り締まりを行う事は試験をする側の怠慢ではないでしょうか。

 鈴鹿市には年間4000万円の交通反則金収入があります。
反則金を集めるのが仕事ではなくて、安全に運転してもらうことが目的のはず。
同じルールを理解した者が運転しているということが大前提であると思うのですが・・・

 ましてや、銃を所持するには満点を求めるか、誤りを正して授与することをしてくれなければ怖くてたまりません。そう思いませんか。

学級委員長がいない

2009-02-13 08:42:14 | 教育
 鳥取県の公立小学校には「学級委員長」がいないそうだ。1校を除いて。
リーダーを決めれば差別につながる。との人権団体などからの抗議に自粛した結果だそうだ…

 運動会の徒競争でも全員が同時にゴールできるように、走るのが遅い子に対しては、コースをショートカットしたり、スタートラインを他の生徒より前にしたりする学校もあるそうだ。

 08年に小中一貫校の指定を受けた1校のみが、子どもの保護者などから自分の意見を大勢の前でも堂々と表現できるような子供を育ててほしい、という要望が多くあり「指導要領を見ても、子どもに自主、自立という言葉が盛んに使われている。さらに、みんなをまとめていくような人材、リーダーを育てていかなければならないとも考えている」と、復活を決めたそうだが他校の追随はなさそう!だそうだ。

 愛媛県も半数の小学校に「学級委員長」がいないそうだ。
どう思いますか?

 子ども(人間)にはそれぞれ違った能力があり、役割もあり、皆がたがいに関係しながら社会を築いているし、そもそも50m走と40m走が同時にゴールすることが差別ではないという発想が信じられない。

 学力テストでも問題のショートカットや、ヒントで結果を横並びにしているのでしょうか?!

 日本の子どもを取り巻く環境の悪さを感じている今日この頃。
メディアに汚染され過ぎてる教育者が多すぎるのかなあ…
社会から独立している学校では、子どもに理想を教えてほしい。
実際に社会に出てぶつかる荒波を乗り越えるために、希望や理想を持たせてほしい。大人の目で、どうせ世の中に出ても…の発想で子供に接してほしくはないと願っているのですが。

 みなさんどう思われますか?

父の思い出

2009-01-22 14:49:24 | 出来事
父の思い出

2009年1月9日19時53分。孫の手を握ったまま父が逝きました。
全国優勝の報告に来た孫のメダルを握って、あの世に旅立ちました。

父は、

車の運転が上手で
お酒を飲むと顔が真っ赤になって
4度の引っ越しの度に、家の周りに畑や倉庫を作ってしまう人でした。

朝早くから仕事に出かけ、夕方戻ると畑仕事に精をだし
雪の日には、いつもより早起きをして他人の通る道まで雪かきをした
愚痴や文句を言わないで、コツコツと体を動かす人でした。

気丈な母と漬物や、果樹酒、みそも作ってくれました
母が逝って7年目。
毎食、母の分も作って仏壇に供える父でした。

若いときから糖尿病を患い、母の食事療法で元気にしていた父でした、
引きつった顔で、脳溢血がわかり入院させた母が
ブドウ糖の点滴で様態が悪化するのを助けた時に
「愛が勝った」と言ったほど仲のよかった父と母

7年ぶりの再会を、何の話で過ごしているのやら・・・

足を怪我したときバイクで小学校まで送ってもらったこともありました。
凍てつく寒中に、一緒に家の基礎作りのバイトに行きました。
凍った地面を掘り起こしたよね
車の誘導の仕方も教えてくれたよね。

あなたの教えが私の中で生きている。
「なくなった!」という私に「同じ場所を7回捜してから言え!」
いまでも聴こえてきますよ。お父さん。
同じセリフを子どもにいう自分が、面白い。

食べたものが肺に入って肺炎を引き起こした父
酸素吸入が最後まで外せなかった父

若い頃、満州で肺炎にかかった話を聞きました。
戦争よりはと、満州鉄道に行った話はしてくれたよね。

「おじいちゃんとおばあちゃんが、お父さんを生んでくれて、そして私がいるんだよね。
おじいちゃんありがとう」という孫の声を聴いて、生きることを止めた父。

ありがとう。
本当に、ご苦労様でした。

あなたの子どもで、よかった。
ありがとう。

スポーツの考え方(岡野俊一郎)

2009-01-19 17:07:26 | 語呂・語録
中日新聞の夕刊「この道」に96回連載された日本サッカーの重鎮である岡野俊一郎さんが寄稿を終えるにあたって「スポーツについて」書かれていたものです。

 「スポーツは人間だけが持つ同質文化(ユニバーサル・カルチャー)で、文明が進めば進むほど、健やかな心と身体を育てあげる上で欠くことのできない身体活動」である。そしてスポーツと体育とは違うことを理解してほしい。
 スポーツは中世ヨーロッパで、生活にゆとりが出てきたときに「遊び心」から生まれた。しかし、スポーツは単なる遊びにとどまらなかった。スポーツは自然と向上心、闘争心、集中力など精神面を鍛えると同時に、持久力、敏捷性など身体能力を高める。このような教育的要素を抽出して教科にしたのが体育である。したがって、スポーツは自らの意思でやるもの、体育は与えられるものだ。
 文明が進むと、これまで人間がやってきたことを機会がやるようになる。そこでの問題は生活の中にあった身体的刺激の減少である。人体を構成する細胞の生命活動は適正な刺激が必要だ。それによって正常な発育・発達が可能になる。簡単に言うと「汗をかかない生活は快適だが、危険」であり、「字を読み書きし、顔を合わせて会話をしないと脳細胞は活性化しないし、本当の意味のコミュニケーションはできなくなる」のだ。
 中央教育審議会委員の時、私はコンピューターの義務教育導入に反対した。これは適時性からの反対で、当然だが、コンピューターに反対したわけではない。今日、パソコンや携帯電話は生活の必需品だが、子どもにとっては危険な道具でもある。座ったまま、一人でやれるので、汗をかくことがないし、仲間と共同で仕事をすることがない。単なる文字のやりとりをコミュニケーションと錯覚する。
 また、スポーツは老化現象を少しでも先延ばしするうえでも必要な身体活動であり、第一線から離れた人の交流の場にもなろう。
 21世紀、文明はますます進歩する。だからこそスポーツの重要性はより高くなることを認識してほしいと思う。
 
簡潔に述べられた文章ですが、子どもたちの健やかな心と身体を育て上げようとしている教育者の一人として忘れてはならない教えです。