日々の恐怖 12月6日 子供の手(1)
入社3年目の6月、私は愛知県の営業所へ転勤となり、引っ越しすることになった。
会社が探してくれた2DKのアパートは独り身には広すぎるようにも思えたが、入社以来、狭い寮で生活していた私の目には非常に魅力的に映った。
職場にも近いし家賃も安い。
なにより、風呂付きなのが最高だった。
引っ越して何日目かの夜、風呂でシャワーを使って髪を洗っている最中のことだった。
水流でぼやけた視界の隅に、一瞬、妙なモノが映った。
それは、浴槽の縁に置かれた両の手だった。
慌てて目を見開いて向き直ったが、手などどこにもない。
” 目の錯覚だろう・・・・。”
その時は、そうやって自分を納得させた。
しかし、そんな性根をあざ笑うかのように、それはしばしば私の前に姿を見せた。
シャワーを浴びている時、石鹸を置いて振り返る時、洗面器に手を延ばした時。
視線が浴槽を掠めるその一瞬に、私の眼がそれを捉える。
浴槽の縁にしがみつく白い手だ。
半ば反射的に視線を戻しても、次の瞬間には跡形もない。
それでも、回を重ねるうちに、それが子供の手だということに確信するようになった。
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