社民党大阪選挙区予定候補公の大川あきこさん
早朝は4駅ゼッケンアピールラン(2回目)で阪急総持寺駅、阪急茨木市駅、JR茨木駅、阪急南茨木駅と回りました。ほんの少し減量できたせいか、体が軽くなったのを感じます。
昼から「新社会」の配布と集金を済ませ、新社会党大阪府本部での参議院選対会議に。その後で6時からPLP会館での戸田前門真市議の記者会見に参加。内容は在特会(在日特権を許さない市民の会)から戸田前門真市議が暴力を受けた事件です。4時からはマスコミ対象、6時からはそれ以外のメディア対象になっていて、PLP会館には週刊「金曜日」などが取材に来られていました。
男と女、健常者と障がい者、日本人と外国人、老若男女みんな共に生きていける「共生」社会をめざしていこうという時代に、朝鮮人、中国人を蔑視し、口汚くののしる差別者集団。しかも暴力までとなると取締りしかありません。
問われているのは差別も暴力も許さない社会にするんだとの構えなんだと思います。
■【特報】津波のような怒り- 沖縄県民大会ルポ(東京新聞)2010年4月26日から ②
「飛行機爆音 授業が中断」
大会は、「沖縄県民が基地を選択したのではない。保守だ確信だと争っているときではない」という開会あいさつで始まった。最後まで迷った末に出席した仲井真弘多沖縄県知事に続き、「政府は移転先に迷走し、沖縄県民を愚弄(ぐろう)している」(稲嶺進名護市長)などと首長の発言が続き、ヒューイッという指笛と拍手が会場から起きた。
ひときわ大きな拍手がわいたのは、高校生代表の発言。宜野湾市の普天間高校三年岡本かなさんは「窓いっぱいに飛行機の胴体が見え、低空飛行の爆音で授業が中断される。ここは日本なのか、基地のフェンスで囲われているのは私たちなのかと疑問がわいたが、そのうち感覚がまひした。みんな基地は仕方ないとあきらめていないか。もう一度考えて」と訴えた。
全41市町村の首長ずらり
会場のひな壇には、県議全員、代理を含む全四十一市町村の首長、議長がずらりと並んだ。これまでの大会には見られなかった光景。鳩山由紀夫首相が昨年七月、沖縄市で「最低でも県外移設」と明言した影響だ。
「今年一月には現行案移設反対の候補が名護市長選で当選。二月には県議会全会一致で県内移設反対の意見書が採択された。ここまで一致団結したのは初めて」と、県民大会実行委員会事務局長の新里米吉県議は話す。
鳩山発言は、多くの県民が驚きとともに歓迎した。那覇市から参加した医師の男性(五九)は「鳩山さんの言葉に涙が出た」と話す。「今まで、日本のために沖縄だけが我慢しろと言われてきた。フラフラしているといわれるが、ふらつくだけマシ。今も期待している」
「戦後六十年以上も我慢を重ね、これが初めてのチャンス」(読谷村の七十代女性)との思いは多くの人に共通する。四歳と一歳の子がいる那覇市の非常勤教員の女性(三一)は「ここで県内移設を阻止しないと、この先何十年も基地が残る。子どもに被害を引き継がせたくない」と話した。
「基地のせいで、まだ戦争が終わらない」と話す高齢の参加者も。読谷村の嘉陽昌弦さん(八○)は、終戦時は十五歳。終戦間際に米軍が進攻してきたとき、非難小屋で煮炊きする火を米軍のものと見間違えた日本軍の爆撃で、何十人もの住民が死ぬのを目の当たりにしたという。「死体を踏み越えて逃げた。血でどす黒く染まった足から、ものすごい臭(にお)いがした。あんな哀れなことは二度と起きてほしくない」
村内では昨年十一月、名兵による男性=当時(六六)=のひき逃げ死亡事件が起きたばかり。嘉陽さんは「ひき殺して罪を償うどころか、見捨てて逃げるなんて人間じゃない。戦争中のようだ。米兵を殺したいような気持ちになる」とつぶやいた。
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早朝は4駅ゼッケンアピールラン(2回目)で阪急総持寺駅、阪急茨木市駅、JR茨木駅、阪急南茨木駅と回りました。ほんの少し減量できたせいか、体が軽くなったのを感じます。
昼から「新社会」の配布と集金を済ませ、新社会党大阪府本部での参議院選対会議に。その後で6時からPLP会館での戸田前門真市議の記者会見に参加。内容は在特会(在日特権を許さない市民の会)から戸田前門真市議が暴力を受けた事件です。4時からはマスコミ対象、6時からはそれ以外のメディア対象になっていて、PLP会館には週刊「金曜日」などが取材に来られていました。
男と女、健常者と障がい者、日本人と外国人、老若男女みんな共に生きていける「共生」社会をめざしていこうという時代に、朝鮮人、中国人を蔑視し、口汚くののしる差別者集団。しかも暴力までとなると取締りしかありません。
問われているのは差別も暴力も許さない社会にするんだとの構えなんだと思います。
■【特報】津波のような怒り- 沖縄県民大会ルポ(東京新聞)2010年4月26日から ②
「飛行機爆音 授業が中断」
大会は、「沖縄県民が基地を選択したのではない。保守だ確信だと争っているときではない」という開会あいさつで始まった。最後まで迷った末に出席した仲井真弘多沖縄県知事に続き、「政府は移転先に迷走し、沖縄県民を愚弄(ぐろう)している」(稲嶺進名護市長)などと首長の発言が続き、ヒューイッという指笛と拍手が会場から起きた。
ひときわ大きな拍手がわいたのは、高校生代表の発言。宜野湾市の普天間高校三年岡本かなさんは「窓いっぱいに飛行機の胴体が見え、低空飛行の爆音で授業が中断される。ここは日本なのか、基地のフェンスで囲われているのは私たちなのかと疑問がわいたが、そのうち感覚がまひした。みんな基地は仕方ないとあきらめていないか。もう一度考えて」と訴えた。
全41市町村の首長ずらり
会場のひな壇には、県議全員、代理を含む全四十一市町村の首長、議長がずらりと並んだ。これまでの大会には見られなかった光景。鳩山由紀夫首相が昨年七月、沖縄市で「最低でも県外移設」と明言した影響だ。
「今年一月には現行案移設反対の候補が名護市長選で当選。二月には県議会全会一致で県内移設反対の意見書が採択された。ここまで一致団結したのは初めて」と、県民大会実行委員会事務局長の新里米吉県議は話す。
鳩山発言は、多くの県民が驚きとともに歓迎した。那覇市から参加した医師の男性(五九)は「鳩山さんの言葉に涙が出た」と話す。「今まで、日本のために沖縄だけが我慢しろと言われてきた。フラフラしているといわれるが、ふらつくだけマシ。今も期待している」
「戦後六十年以上も我慢を重ね、これが初めてのチャンス」(読谷村の七十代女性)との思いは多くの人に共通する。四歳と一歳の子がいる那覇市の非常勤教員の女性(三一)は「ここで県内移設を阻止しないと、この先何十年も基地が残る。子どもに被害を引き継がせたくない」と話した。
「基地のせいで、まだ戦争が終わらない」と話す高齢の参加者も。読谷村の嘉陽昌弦さん(八○)は、終戦時は十五歳。終戦間際に米軍が進攻してきたとき、非難小屋で煮炊きする火を米軍のものと見間違えた日本軍の爆撃で、何十人もの住民が死ぬのを目の当たりにしたという。「死体を踏み越えて逃げた。血でどす黒く染まった足から、ものすごい臭(にお)いがした。あんな哀れなことは二度と起きてほしくない」
村内では昨年十一月、名兵による男性=当時(六六)=のひき逃げ死亡事件が起きたばかり。嘉陽さんは「ひき殺して罪を償うどころか、見捨てて逃げるなんて人間じゃない。戦争中のようだ。米兵を殺したいような気持ちになる」とつぶやいた。
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