平和とくらし 茨木市議 *山下けいきの日々是好日

平和憲法が私の原点。鹿児島の吹上浜、桜島が原風景。毎週阪急3駅、JR2駅の5駅をのぼりを背負ってアピールランしています。

闘病中の二人を見舞う

2006年09月30日 | 日々雑感
朝、100mユース大会の打合せ。終わってからKさんとHさんの見舞いに阪大病院へ。病室に名前が無く聞いたら転院で済生会病院とのこと。済生会病院では連れ合いさんが付いていて、脳腫瘍の病巣がほとんど無くなり、検査して問題がなくなれば退院とのこと。ただ歩行の力が弱っており、この日もリハビリ中だった。 もう一人、Eさんの見舞いで高槻の日赤病院に。病室に名前はあるが不在。聞いたらこれまた外出で自宅に帰っていると聞き、向かう。Eさんは放射線治療中でしゃべると痛みが出るとのことで筆談。土日以外は照射でガンを焼ききるとのことで闘病の只中にあった。Hさん、Eさんの快復を祈りたい。
 夜は玉島地区体育祭の責任者会議、途中で退座し、平田住宅管理組合の規約検討委員会の初会合に。顔合わせと諮問内容で意見交換した。

奇跡の逆転優勝にあと一歩か

2006年09月29日 | 日々雑感
早朝、ランニングとラジオ体操。今まで平田中学校の周囲を走ることもラジオ体操に参加することもなかった。それが、この夏はランニングとラジオ体操が馴染んできたようで自然と足が向く。この3日間ほど感じていた腰の軽い痛みや1ヶ月近く続いていた咳もどうやら止まってきた。走りには今からがいい季節になる。
 午後は告別式に参加し、その後は「お元気ですか」の原稿書き。来週には印刷、発送したいと考えながら、夜は甲子園の阪神*中日戦に見入ってしまった。下柳、矢野、今岡へのインタビューがなかなか良かった。奇跡の逆転優勝が本物になりそうでしばらくは目が離せない。
JR吹田駅、ときどきここから天六まで走ります
トラックバック (3)

AEDの研修

2006年09月28日 |  #玉島 #平田
 午前中最終本会議。プール管理を指定管理者に委ねる議案と障害者自立支援法を適用する条例に反対、残りの議案には賛成した。

本会議終了後、市民からのローズワムの管理に対する苦情が寄せられ、本人と人権部管理職との意見交換の場に参加。いらぬ誤解と不信感はほぼ解消した。問題点は今後検討してもらう事に。

昼から延びていたAEDの議員研修。AEDとは自動式除細動器のことで、心停止からの回復のために用いる。使い方を参加者全員が経験した。夜は通夜式に出席。

ゆっくりした最終日前日

2006年09月27日 |  #玉島 #平田
明日は議会最終日。毎議会、最終日の前日は意見書への賛否を巡っての討論原稿、提案者ともなると質疑への対応などでバタバタするもの。ところが今議会だけは何もなく何年ぶりかのゆっくりした最終日前日となった。議会中、整理できなかった書類の整理に明け暮れる。
写真は障害者自立支援法での市役所申入れ行動

長引いた幹事長会と議運

2006年09月26日 |  #玉島 #平田
 幹事長会で問題になったのは共産党議員が本会議で実名を挙げて休職措置の承認・許可について質問した件。共産党市議団のHPにも掲載され、実名を挙げられた当人から名誉毀損で訴えるとの動きもあり、幹事長会は会議録記載に実名を主張する共産党と伏字にすべきとの他会派が譲らず議長諮問として議運に持ち込まれることになった。

 昼からの議運。会議録については自治法で秘密会部分も削除部分も全て記載しなければならないとある。これは原本として永久保存となる。一方、一般配布用は秘密会部分や削除部分は掲載されない。ただ削除については議長が会期中に本会議の中で宣告することが必要となる。気に食わないからといって勝手に削除する事はできない。法の範囲内でスムーズな運営のために調整するのが議運の役割で時間はかかったがとりあえず折り合いが付いた。

 もう一つがこの件について出された民主党からの緊急質問の要望。内容は答弁が「休職措置の承認・許可は同和優遇ではない」という明確なものでなく市民に誤解を与えるのではっきりさせたいというもの。しかしこれは当該のやり取りの中で対応すべきもの。「終わって数日たった後で答弁が不十分だという事で緊急質問ができるという先例を残せば収集がつかなくなる」と私が指摘し、議運のメンバーの賛同もそうだとなり、緊急質問は取り下げられた。

 「新社会」の配布と集金。市民相談の件で調整。
写真は元気市民控室からの夕焼け。今日のものではありません

自立支援法で障がい者は困っている

2006年09月25日 |  #玉島 #平田
 午前中、自立支援法の見直しを求めて市役所行動があり参加。参加団体から次々とアピール。一割負担を障がい者に押しつけ、自立を阻害する法律。これが障がい者の社会参加を後退させ、家庭に閉じ込めていくことは明らか。最後は反対したが途中まで自公と一緒になって賛成していたのが民主党。この党に定見はない。

 午後は意見書について元気市民で意見交換。その後、田舎の遺産相続の件で法務局に、書類不足が分かり明日以降となったが、結構うるさいものである。夜は新社会党の府本部執行委員会。
コメント (1)   トラックバック (1)

リフレッシュしました

2006年09月24日 |  #ラン #ウォーク #サイクル #のぼり
 決算委員会も終わり、公的な行事もなく久しぶりにゆっくりする。
写真は東海自然歩道案内板 竜仙峡付近

ヨイトマケの唄

2006年09月23日 | 日々雑感
 ヨイトマケの唄を趙博さんが唄った。私が初めて聞いたのは中学の頃で当時はヨイトマケが何を意味するのか分からなかった。ただ子どものために男に混じって額に汗して働く母親と、それに励まされた子どもががんばる唄であることは分かった。いっぱい差別を受けながらもたくましく成長した子どもが母親の働く姿を回想し感謝と誇りに思う姿に共感を覚え、この唄が好きになっていた。美輪明宏さんの歌もいいが趙博さんの唄もなかなか良かった。今日はピースあいの結成10周年記念として趙博さんのコンサートが企画されていた。終了後、懇親会と交流会に参加。なお午前中と午後にかけて玉島球技大会があった。

ヨイトマケの唄(1965年)丸山明宏作詞作曲 丸山明宏唄  

父ちゃんのためならエンヤコラ 母ちゃんのためならエンヤコラ もひとつおまけにエンヤコラ"

今も聞こえるヨイトマケの唄 今も聞えるあの子守唄
工事現場のひるやすみ たぱこふかして目を閉じりゃ
聞こえてくるよあの唄が 働く土方のあの唄が
貧しい土方のあの唄が

子供の頃に小学校で ヨイトマケの子供きたない子供と
いじめぬかれてはやされて くやし涙にくれながら
泣いて帰った道すがら 母ちゃんの働くとこを見た
母ちゃんの働くとこを見た

姉さんかむりで泥にまみれて 日に灼けながら汗を流して
男にまじって綱を引き 天にむかって声をあげて
力の限りにうたってた 母ちゃんの働くとこを見た
母ちゃんの働くとこを見た

慰めてもらおう抱いてもらおうと 息をはずませ帰ってはきたが
母ちゃんの姿見たときに 泣いた涙も忘れはて
帰って行ったよ学校へ 勉強するよと云いながら
勉強するよと云いながら

あれから何年たった事だろ 高校も出たし大学も出た
今じゃ機械の世の中で おまけに僕はエンジニア
苦労苦労で死んでった 母ちゃん見てくれこの姿
母ちゃん見てくれこの姿

何度か僕もグレかけたけど やくざな道はふまずにすんだ
どんなきれいな唄よりも どんなきれいな声よりも
僕をはげまし慰めた 母ちゃんの唄こそ世界一
母ちゃんの唄こそ世界一

今もきこえるヨイトマケの唄 今もきこえるあの子守唄
父ちゃんのためならエンヤコラ
子供のためならエンヤコラ

決算委員会で質疑

2006年09月22日 |  #玉島 #平田
 財政から市民会館の払戻しまで十数項目にわたって質疑。全部の委員が質疑し終わったのは定刻の5時を1時間過ぎていた。委員と答弁に当たった職員、そして傍聴者の皆さんお疲れ様でした。
 茨木亀岡線から山手台を見る

古い自民党、新しい自民党(民主党)もお断り

2006年09月21日 |  #玉島 #平田
 自民党が「民主党は古い自民党で、私たちは新しい自民党」と総裁選挙をやったそうな。どちらが古いか新しいかはどうでもいいが、「民主党も自民党だ」という、それだけはあたっている。その結果選ばれたのがボンボンの安倍だが、彼の思想は荒唐無稽な古臭い神話の世界、皇国史観なのだから訳が分からない。

 その自民党の補選候補者のリーフレットには「自国の歴史と伝統」とある。「自国の歴史と伝統」が何をさすのか本人も理解していないのだろう。古ければだめというのなら「自国の歴史と伝統」など口にするなと言いたくなる。新しければ良くて、古ければだめという浅薄さは自民党が国民をなめきっている証しだろう。

 普通の市民は古かろうが新しかろうがいいものはいいのであって、ダメな自民党は古かろうが新しかろうがお払い箱なのである。民主党が新しい自民党だとしても、自民党そのものがだめなのだから同じ事である。

 共産党も出ているのだから、だめな自民党や民主党で我慢する必要は何もない。社民党や無所属市民派の支持者はより近い考えで選べばいいのである。まさか愛国心、防衛省昇格、小選挙区制、政党助成金に賛成の民主に入れるとは思わないが・・・。

写真は下音羽川渓谷から