



最近、突然のようにクローズアップされ、連日マスコミが騒いでいる高齢者の所在不明問題、聞けば東京都で最高齢とされた111才男性は30年前に死亡していたとか、同じく都内最高齢とされた113才女性は、長女・次男等の親族も行方をしらないとか。
100才には遠いが今年91才の母を見ている(正確には女房殿がほとんど見ている・・・)我が家、そして村長としては親族が親の所在を知らない等と言うことが信じられない、またその所在不明の方に対して年金等が出ていることが・・・・
100才以上の方の緊急対面調査で、不明の方が30人とも40人ともいわれ連日人数が変動している、100才の線引きも意味不明であるが、100才以上でこの状況となれば、90才とか85才以上になればとんでもない人数が出現しそうである。
しかし、何故今クローズアップなのか?随分前から年寄りの孤独死はいわれてきたし、無縁仏が都会を中心に沢山あり、その葬儀・あと処理を商売にしている会社もあるとか、更にそうなったのは核家族化・コミュニケーションが無い等々と言われて久しい。
政府も自治体もマスコミも、そして私達自信もそーゆーことが有ると知りながら、あるいはうすうす感じながら見ないふりをしてきたのではないだろうか・・・
そんな中、昨夜は尾道住吉花火まつり、自宅横の空き地で近所の方達と花火を見ていると、「おばあさん(母のこと)は見にきてないの」うーんもう耳も頭もボケだして・・・と私、それからひとしきり婆さんの話をしていると私の知らないことが沢山。
この間この暑いのに帽子無しで歩いていたので、帰えろーよ暑いからといって家まで送っておいたとか、最近婆さんの歩き方が腰が曲がって来たとか、以前と比べたらしゃべろーよといってもあまりしゃべらなくなったとか。
聞けば聞くほどビックリ、我々家族が見ているよりしっかりと見守って頂いている、我々は手が掛かってと愚痴っているが、同じ隣保の皆さんは黙って見守り、エスコートして頂いている、ホントありがたいことです。
女房どのも隣保のお年寄りがパーマにいくとか、渡し場まで行くといえばよく送迎している、田舎町ではごく当たり前のことではあるのですが。
そんな光景を思いだしながら、国全体では何故普通のことが普通に出来ないのだろう?と考えると、やはりどこかおかしいんですね、この国は。
しかし、こういう光景なくさないようにしたいもの。