布野ダッシュ村日記

旧布野村に週末帰農を始めて14年勝手に布野ダッシュ村と称してます、自家栽培の蕎麦打ち・陶芸等日々の生活模様を綴っています

遅い春

2008-03-29 10:30:39 | 布野ダッシュ村の四季
 昨日ニュースでは東京ではもう桜が見ごろになった報じてましたがここ布野ではまだ桜は花芽も見えません、しかし見てください布野ダッシュ村の田んぼの土手に蕗の薹がでてましたしかも もう花が咲いてます。

 もう食べ時はすぎてますが手にとると独特のいい香りがします、蕗の薹の食べごろは例年2月中旬から3月上旬のころです、雪が解け出したころ土手の斜面の雪をスコップで40センチくらい掘ってやると蕗の芽が元気に出てきます。

 蕗の薹の食べ方は色々あるのでしょうが私の好きなのは味噌和えとテンプラですどちらも独特の香りと苦味が春を感じさせます、味噌和えといえばここ布野の特産品として道の駅「夢ランド布野」で地元の方が作られ販売されてますので是非 布野の春を味わってみてください。

 ここ布野ダッシュ村の遅い春は4月中下旬に一斉にやってきます、桜が咲くのと同時につくしが顔をだし、つくしが消える前にはゼンマイやワラビが一斉に伸びてきます、沿岸部では3月中旬くらいからつくし 桜 ワラビ、ゼンマイと順番がある春ですが・・・・・

 北海道・東北等では「短い夏」といいますがここ布野ダッシュ村では「短い春」といったところでしょうか、この「短い春」は4月下旬から5月上旬のタラの芽がでたころから山々が萌黄色にかわり布野の春となります。

 布野の春一番の大仕事はどちらの家も田植えです ほぼ連休前か連休の前半には田植えが終わるようです、(ちなみにわが布野ダッシュ村はお米は作っていません)田植えそのものは機械化されてますが朝早くからの共同作業で大変です、田植えが終われば「泥おとし」と続きますがこの辺りについては別途その時期に紹介したいと思ってます。  

 では また     追 本日朝6時の気温 外0度 室内5度でした

 
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陶芸のこと

2008-03-28 09:22:26 | 器づくり
 会社を退職と同時に始めたのが陶芸を習うことです、昨年3月31日退職4月3日スタートというタイミングです、もともとの発想は蕎麦もまずまず食べれるようになったので自分の作った器で彩りを添えたい・・・・という単純な発想です。

 もともと会社在職時から広島の夜間陶芸教室(広島で単身してました)を物色していましたが、現役時は時間外・飲み会(こちら方が多い)等があり断念してましたので退職の1カ月前に現在の教室に申し込みました。

 通っているところはNHK文化センター福山主催セミナーのひとつで「吉備焼窯元陶芸教室」です、場所は吉備焼ですから当然岡山県といっても笠岡市のUFJスチールの一角といってもいい場所です、そちらに月2回通っています。

 先生は吉備焼3代目水川創壌先生です先生の口癖は「体で覚えよ」です私には結構合っています、こちらで轆轤挽きのイロハから習ってますが自分の能力を考えずに始めたものですから一向に腕が上がってません、まもなく2年目を向かえますので蕎麦猪口だけでなく蕎麦露入れ等に挑戦しようと思っています。

 妄想では布野ダッシュ村に窯を作り・轆轤を挽く予定でしたが、今のレベルでは到底考えられない実態ですから当面この妄想は封印し先生のところで研鑽に努めることにしました。(素人の妄想は怖いですね・・・・・・)

 それでも気を取り直し2年目に当たり蕎麦の器類を一通りつくり揃えたいと思っています、また和紙だけでなく陶器のランプシェードも作りたいと思ってますので期待??してください、順次できたものからアップしていきます。
 では また
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始めての和紙のランプシェード創り

2008-03-27 14:10:52 | 灯のアート
 蕎麦と同じくらい努力して取り組んでいるのが和紙(といっても牛乳パックで作った和紙)によるランプシェード創りです、今回は6年くらい前に始めて創った球形のランプシェードを紹介します。

 竹籤で枠を作り和紙を貼るというものですが、写真でお分かりのように牛乳パックで作った和紙が足らず最後は本屋さんの紙袋の紙を貼り付けて仕上げています、これで結構電気をつけるといいムードになります。

 苦労したことは竹を切ってきて竹籤を作り竹籤で横の輪を順番につくり、縦の竹籤で球形を作るのですがまず輪が正円形にうまくできないことです、無視して無理やり縦の竹籤でまとめると変形の髄円形になり何回かやり直しました。

 また意外に無かったのが白熱電灯用のペンダントのプルスイッチ付ソケットでした、私は家にあった古いペンダント型の電灯をばらして使用しました、更にこのソケットを竹籤の枠に取り付けるのにもひと苦労しましたが結局細いアルミ線で固定しました、また最下部は電球が取り替えれるくらいの円形にしておくのもポイントでした。

 後から分かったことですが、竹は切ってすぐはよくしなりますが日にちの経過とともにしなりにくく硬直するということでした、極端に言えば細工は切った日にやっておけということです、私は当時サラリーマンしてましたので土日作業で3週間くらいかけてますので最悪の状態で曲げてたと思います。

 色々試行錯誤しながら創った始めての和紙のランプシェードですが、現在も本屋の紙袋を貼りかえることもしないで布野ダッシュ村(私が勝手にしょうしているだけ)の奥の8畳で活躍しています。

 この他に行灯、蛍光灯のランプシェード、スタンド等を作り現在は昨年10月より高さ2メートルの吊り下げ型のランプシェード(よく飲み家さんにある・・・)を作っています、雪のある間中断してましたが解けましたのでそろそろ仕上げににかかろうと思っています、いずれこれらも順次アップしていきます また牛乳パックや白菜で作る和紙の作り方のアップしていきますが今日はここで終わります。
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私の蕎麦暦

2008-03-26 11:41:53 | 蕎麦打ち
 私の蕎麦との出会いは約10年程前になりますが、当時の比和町でJAさんと町がタイアップ(と思う)して町おこしの一貫として「蕎麦の種をまいて、花見、刈り取り、蕎麦打ち」を体験する会に参加したことが始まりです。

 その後 数年は年に数回打つてみるだけで一向に腕は上がらず、麺は太いはいざ食べようと思えばバラバラに切れるはということで半ば投げていました。

 本格的に蕎麦を打つようになったのは、5年程前 縁あってこの布野村(当時は村でした)に週末帰農の田舎家を手に入れることができてからです、幸いにもすぐ隣の休耕田をお借りすることができ早速翌年の8月蕎麦の種をまきました。
 (以来勝手に布野ダッシュ村と称していますが一般認知度はありません!?)

 すぐに芽は出て9月下旬には真っ白い花は咲くはで極めて順調に育っていましたが、10月下旬の週末に訪れると見事に茶色に変わり立ち枯れで全滅でした、原因は少し早い霜が降りたことでした この地域では沿岸部と比較すると1ヶ月程前に種をまく必要があることを学びました。

 翌2年目からは7月中旬には種をまきこの失敗はないですが、台風によってなぎ倒される、長雨で茎が倒れる等のアクシデントは最中です、素人の自家栽培は苦労がつき物という教訓でした、更に刈り取った後に蕎麦の実だけを選別し粉にするという作業があすますが なにせ機械・動力というものがなくハンドメイドによる作業となり膨大な時間がかかり、失敗も多々ですがこれについては別途紹介します。

 さて本題の蕎麦打ちに戻ると5年前は蕎麦の実をとることに失敗しましたので、4年前から自家栽培による蕎麦粉でのそば打ちが本格化しましたが、独学自己流の悲しさ友人に振舞える程度にはなりましたがそこから一歩出ません。

 そこから更に一歩出たのは昨年3月退職し時間ができたことと、やはり昨年9月福山市熊野町の梶原さんと知り合い「福山そば打ち同好会」の立ち上げに参画し会員となり定例会で皆さんと一緒に打ちだしたことです、この福山蕎麦打ち同好会はイベント参加・福祉施設へのボランティア等色々やってますので別のコーナーで紹介したいと思います。

 色々長々いいましたが始めて10年、本気になって4年にしてようやく食べれる蕎麦が打てるようになった・・・・・ということです、そして自家栽培の蕎麦粉による安心・安全が一番誇れることです。
 始めて記事のうんちくはこれくらいで・・・・

 
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