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花浄土鹿児島

鹿児島の花や風景、祭りなどを巡るブログです。
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2014 加治木太鼓踊り 姶良市加治木町 春日神社 2014/08/16 (鹿児島)

2014-08-17 18:48:43 | 祭り・伝統行事
毎年8月16日に加治木町で開催される島津義弘公ゆかりの伝統行事です。町内の西別府(にしべっぷ)、木田(きだ)、反土(たんど)、小山田(こやまだ)の4団体が伝承しています。朝一番には精矛(くわしほこ)神社と春日神社にそれぞれ2団体が踊りを奉納します。

西別府保存会の太鼓踊り 春日神社


由来などについて鹿児島県ホームページから以下のとおり引用します。

江戸で駿河の念仏踊りが練り歩いたところ,大流行していた疫病が下火になったという話を島津義弘公が聞き,文禄・慶長の凱旋祝いに家臣に習得させ,薩摩に持ち帰ったといわれています。

太鼓踊りの先頭に立つのは「ホタ振り」といい,太鼓と鉦に合うようにホタや扇を振り,踊りの指揮を取るように踊ります。その後ろには「鉦打ち」が4人続き,歌に合わせて鉦を打ちます。「太鼓打ち」は,道太鼓(行進)の時は2列縦隊で,庭踊りの時は円形になり左まわりにまわって,足をはねて賑やかに踊ります。

 太鼓踊りに付随した踊りで吉左右(きそ)踊りがあります。西別府地区だけに伝わるこの踊りは,もともと豊作を祈願する棒踊りが変化したもので,2列に並ぶ踊り手は,朝鮮軍と島津軍に分かれ,戦の様子を演じます。また,白・赤の化粧をした二人のドラ打ちは,血なま臭い戦場でユーモラスな動きを加え,笑いを誘う狐役です。

 太鼓踊りは,昔は雨乞いの時も踊ったといい,疫病や災厄をもたらす悪霊や御霊を鎮めて,勇壮・豪華な踊りや華やかな行列で送り出そうとするもので,農村生活に密着した野趣にあふれた群舞です。
 吉左右踊・太鼓踊は,昭和36(1961)年8月16日に,鹿児島県無形民俗文化財に指定されています。(引用終わり)

8時18分 春日神社境内に上がる西別府保存会


西別府保存会の吉左右踊り 道案内の白狐 右手は島津軍、左手は朝鮮軍


同じく赤狐


短い歌の後、号令を掛けて刀を打ち合うしぐさをする


棒踊りの一種です


吉左右踊りは太鼓踊りに先がけて踊られます。朝鮮出兵の折、道案内をしたといわれる赤と白の狐が登場します。隊列の間を鉦と古鍋を叩きながら、踊り手の顔を眺め回すようにユーモラスに動き回ります。

10分ほどで吉左右踊りは終わって、西別府保存会の太鼓踊りが始まりました。







鹿児島県内各地に太鼓踊りが継承されていますが。加治木の太鼓踊りは蒲生町と同様に勇壮な踊りです。太鼓打ちは顔は白く化粧して口ひげをつけ、腰に長い刀を差しています。鉦打ちの衣装も派手で、脚を高く跳ね上げて激しく鉦を叩きます。

西別府保存会の奉納が終わると同時に木田保存会の鉦が打ち鳴らされ、切れ目なく踊りが始まりました。

8時37分 木田保存会の太鼓踊り


おそらく最年少の踊り手


鉦打ちと太鼓打ち


先導役のホタ振り 後継者育成のため2人で踊っているようです


8時51分 奉納を終えて


仮屋馬場に向う木田保存会


この後は仮屋馬場、諏訪神社前で踊り、小学校で昼食休憩します。午後は商店街の鴨田通りと菅原神社で踊られます。雲の広がる蒸し暑い日でしたが雨は降らずにすみました。

伝統行事の継承はどこでも大きな課題ですが、近年は小中学生男女も参加して祭りが継承され頼もしいことです。真夏の行事で皆様大変お疲れさまでした。勇壮な踊りに元気をもらいました。ありがとうございました。
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