100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「敬老の日 臨時特別」編 ドイツ アウグスブルクのフッゲライにて2

2008年09月15日 08時31分10秒 | ドイツ

 通常は一部屋が一般公開されていますが、このときはなぜか公開されていなく見学できませんでした。文献によれば間取りは3部屋、台所、風呂場つきで60平方メーターです。部屋数は文献によって多少の差が有りますが大体100室程度のようです。

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「敬老の日 臨時特別」編 ドイツ アウグスブルクのフッゲライにて

2008年09月15日 08時26分40秒 | ドイツ

 時間とともに旅行の記憶も忘却の彼方に消えていきますが、(特に私はメモを取らないので)なかにはなぜか記憶に留まり時々思い出す事柄があります。そこで今回と次回は予定を変更して敬老の日に敬意を表して老人の思い出を紹介します。

 この写真はドイツ アウグスブルクのフッゲライで撮影したものです。フッゲライというのはドイツ後期中世の大富豪フッガー家(注)が貧民救済のため1517年~1525年に建てた「世界最初の社会福祉集合住宅」です。現在も入居者は年に日本円にして約100円というウソのような家賃で55歳以上のアウグスブルク市民で既婚者、双方がカトリックという条件です。

 ここで見かけた仲のよい幸せそうな老夫婦の姿が、一生の殆どをひとりで生活してきた私には10年(1998年)経過した今でも忘れられません。 

 写真は10年前の安いプリントのフイルムなのでかなり色あせています。一度クリックすると右下に拡大のアイコンが出るので、もう一度それをクリックしてください。

 (注)   有名なイタリア フィレンツェのメディチ家の数倍の資金力を持つ大富豪で当時のヨーロッパの政治を左右できるほどの力がありました。宗教改革の発端となった贖宥状(免罪符)の販売はフッガー家がカトリック教会に貸し出した資金の回収のためでした。また神聖ローマ帝国皇帝カール5世選出の買収資金もフッガー家から出ていました。

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「パキスタンとイランの服装」編 女子学生2(イラン)

2008年09月13日 08時19分44秒 | イラン

イランのアンザリ(3月31日地図)で撮影しました。前頁と比べてみてください。

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「パキスタンとイランの服装」編 女子学生1(パキスタン)

2008年09月13日 08時15分08秒 | パキスタン

 今回は女子学生を比べてみます。パキスタンのカリマバード(6月21日地図)で撮影したものです。人物も衣装も綺麗ですね。 良く見るとヴェールも被っていませんね。

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「パキスタンとイランの服装」編 女6(イラン3)

2008年09月11日 08時28分34秒 | イラン

 サンジャン(3月31日写真)での写真です。彼女の服装も前頁と同じです。

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「パキスタンとイランの服装」編 女5(イラン2)

2008年09月11日 08時24分40秒 | イラン

 バム(3月31日地図)の近くでの撮影です。イランの人は野外で持参の弁当を取ることが好きなようです。極端なのは道路の分離帯の芝生での光景を見ました。赤ちゃんのお母さんの服装に注目ください。パキスタンとはえらい違いです。黒色だけではありませんが大体単色のようです。

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「パキスタンとイランの服装」編 女4 (パキスタン3)

2008年09月11日 08時20分32秒 | パキスタン

 この写真はチラスからシガール(6月26日地図)に向かう途中で出会った南部パキスタンからの観光客夫妻です。この女性がヴェールをつけていないのに注目ください。その他ヴェールをつけていない南部からの女性観光客が多かったようです。

 ヴェールの着用が宗教警察の取り締まりの対象となっているイランとはえらい違いです。

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「パキスタンとイランの服装」編 女3(パキスタン2)

2008年09月11日 08時16分15秒 | パキスタン

 ギルギットからグピスに向かう途中で(6月26日地図)アンズを収穫している女性に出会いました。背景の樹木はアンズです。アンズの木下で風呂敷の大きなのを広げ一人が木のよじ登り枝を揺らし実を落とすという仕掛けです。ここでたくさんのアンズを頂き大変美味しくいただきました。この地方はアンズの名産地として名高いのです。この女性たちのカラフルな服装に注目ください。また、右の女性はヴェールをはずしていますね。次々、次々々のページのパキスタン女性と比べてください。

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「パキスタンとイランの服装」編 女2 (イラン1)

2008年09月09日 08時25分12秒 | イラン

 こちらの写真はイラン22日間の全行程の運転手フセインさん親子の家庭訪問時のものです。左から全行程の助手を務めたフセインさんの息子さん、彼の奥さん、兄の奥さん、母親、兄です。前頁のサリームさん一家の女性と比べとかなり地味でしょう。フセインさんがもともとイラクに住んでいたせいかこれでも標準のイランの人よりはハデのようです。

標準的な女性の服装は次回に紹介します。

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「パキスタンとイランの服装」編 女1(パキスタン1)

2008年09月09日 08時20分58秒 | パキスタン

 イラン旅行の時は飛行機の中から女性外国人でもヴェールの着用が強制されました。現地では服装を取り締まる警官がいて違反している外国人がいたら同行している現地ガイドが罰せられるそうです。(鞭打ちの刑かな)パキスタンでも同じかと思っていましたが、違っていました。

 この写真はパキスタンでの全行程の現地ガイドサリームさんの実家を訪問した時のものです。場所はフンザのカリマバードです。現在サリームさんはイスラマバードで大学院生の奥さんと住んでいます。奥さんは以前教師をしていたことがありキャリアーアップの大学院生というわけです。右からサリームさん、母親、奥さん(夏休み中)、兄の奥さん。子供二人はお兄さんの子供。可愛いですね。本題の服装ですが、明るくカラフルですね。次ページと比べてみてください。

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「パキスタンとイランの服装」編 男3(イラン)

2008年09月07日 08時24分45秒 | イラン

 この写真はイランで撮影したものです。小さな公園で昼食の野外バーベキュウの用意をしている時に若者たちがたむろしているところへ例の調子でヒョコヒョコと入り込みました。服装は私たちのものと変わりません。この服装が5月7日にも紹介したようにイランでは一般的です。

 現在のイラン政府の国是は反欧米(文化)路線です。ところが服装はパキスタンのような民族衣装?ではなくこのような洋服です。しかし5月7日に紹介したようにネクタイを締めないというちょっぴり反欧米?があるようでもあります。5月31日に紹介したように現イラン政権は1972年親欧米路線を取るパフラヴィー王朝を倒したイスラーム政権です。しかし6月2日に記したようにその親欧米路線のパフラヴィー王朝を懐かしむ人たちも多いようです。このようなイラン人のアンビヴァレント(ambivalent 相反する感情)がこの服装に象徴されているというのは私の妄想か。勿論、この服装にはイラン人(ペルシャ人)の伝統的な反アラブ思想も関係しているのでしょう。 一方最近まで大統領であったムシャラフ大統領の路線は親欧米路線でした。

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「パキスタンとイランの服装」編 男2(パキスタン)

2008年09月07日 08時19分35秒 | パキスタン

 この写真はシガール(6月26日地図)のホテルの中庭で撮影したものです。真ん中は私です。人が集まっているとそこにヒョコヒョコと行くという私の悪い癖があります。しかし、たいてい大歓迎を受けます。特にイスラーム圏では。というわけで南部パキスタンの旅行者から大歓迎を受けての写真となりました。このようにたいていは白色の服装です。

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「パキスタンとイランの服装」編 男1(パキスタン)

2008年09月07日 08時15分08秒 | パキスタン

 パキスタンもイランも国の名前にイスラームの名前がつく国柄で隣り合わせ国です。しかし同じイスラームの国でもイランはシーア派でパキスタンスンニ派ですし、何より歴史的文化的背景がかなり違います。しかしその同異は簡単に通りすがりの旅行者には分かるはずがありません。それでもいくつか気がついたことがありますが、一番良く判ったのは両国の服装でした。というわけで以下パキスタンとイランの服装を数回紹介します。

 この写真はパキスタンでのジープの運転手さんたちで彼らの出身地の村を背景に撮影したものです。左の人は私たちの服装と変わりありませんが、この国ではかなり珍しく他の3人のアラブ風が普通です。色合いはこの場合黒、茶ですが、多くは次ページの写真のように白のようです。現地ガイドのサリームさんの話によればこの服の毎日のアイロンかけが大変だそうです。

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「パキスタン」編 風景・景観の巻 峡谷9

2008年09月05日 08時28分21秒 | パキスタン

 遠くから子供たちが手を振ってくれていました。

 Fengさんいつもコメントありがとうございます。パキスタンはすごいところでしょう。

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「パキスタン」編 風景・景観の巻 峡谷8

2008年09月05日 08時23分06秒 | パキスタン

 ここは少し豊かな村のようで段々畑は麦のようです。

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