日本が「1億総中流社会」と呼ばれた時代は終わったといわれます。
高齢単身者、母子家庭、派遣労働者・パート雇用、不労(低所得)若年層、などの不利な立場の人と富裕層との格差(「格差社会」)は加速度的に拡大中です。
驚いたのは、わが国の「貧困率(年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の割合)」が先進国中第2位であるということ。
年収250万円以下で暮らす人が、全国民の2割に近い数字にものぼるそうです。
少子高齢化、バブル崩壊という深刻な問題を抱え、
「大枠で豊かな国を存続させるには経済成長が絶対条件である」
「ついて来る力量の無い困り者は置き去りにしよう」
「財力、権力、運に恵まれた強者を中心に社会を運営していこう」
との政治姿勢が、ここ数年の「弱者に厳しい構造改革」の核を成すものでした。
そしてこれからも、
「福祉(社会保障)の充実は人間を怠け者にする」
「競争がないと人間も社会もは駄目になる」
「格差拡大路線をさらに強化し続けないと日本の将来は無い」
といった「構造改革路線の本音」がさらに形となって、社会保障の切捨て、生活弱者の放置、教育現場の競争・格差助長などの施策が次々と繰り出される見込みです。
「福祉の充実は国を衰えさせる」
「貧困層や弱者・敗者(負け組)は放置して自己責任で解決させろ」
これは、まったくの「富裕層(勝ち組)」の発想だと思います。
生まれながらにしての不運や、努力してもつまづくこと暗転してしまうことが人生にはつきものです。
派遣労働者やパート多用による企業の利益至上主義によって、「まじめに働く者は豊か、働かざる者は貧しい」というこれまでの常識が通用しなくなっています。
「同じ労働をしていても貧しい」ワーキングプアとよばれる社会現象が定着しつつあります。
今の構造改革は、「努力した者が報われる社会にする」とか「働かざる者食うべからず」といった、たいそうお題目を掲げています。
であれば、怠けずに、一生懸命努力することを誠実に実行している者が、本来ある程度は報われるような社会でなければいけないはずです。
「社会的に不利な立場にあるとすれば、すべて自己の責任だ!」
として放置する社会を、はたして日本の人々は望んでいるでしょうか?
「格差是認」「弱肉強食」「他人くたばれ、我は繁盛」
そんな世の中をつくるのであれば、政治など必要ありません。
動物の社会と同じように、人間の社会も放っておけば自然にそのようになりますから・・・。
これまで、そしてこれからも、現政権の「構造改革」が推し進めるのは、徹底して他人を蹴落す政策です。
そして、まるで、蹴落されても自己責任で立ち上がれ!ついてこれない者は路頭に迷って彷徨え!と言わんばかりのようです。
これ以上やったら、日本中が、心の貧しい、殺伐とした人の集まりになりそうです。
独裁者や専制国王ならともかく、民主主義の政治に携わる者がそれを言ってはおしまいだと思います。
「恵まれない人、困った人を助け合う、相互扶助の世の中」
皆が望むのはそんな「温かい社会」ではないでしょうか。
そして、それを実現するのが政治の役割ではないでしょうか・・・。
「福田ちえ」ホームページ http://www.f-chie.jp
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