ふたつなき ものとおもひしを みなぞこに やまのはならで いづるつきかげ
二つなき ものと思ひしを 水底に 山の端ならで 出づる月影
紀貫之
二つはないものと思っていたのに、山の端でもない水底に出た月であるよ。
詞書には「池に月の見えけるをよめる」とあります。歌意、情景はわかりやすいですね。貫之は月に限らず、水面に映る光景を好んだようで、そうした歌がたくさんあります。いくつかご紹介しますね。
そらにのみ みれどもあかぬ つきかげの みなぞこにさへ またもあるかな
空にのみ 見れども飽かぬ 月影の 水底にさへ またもあるかな
(貫之集 311)
ふたつこぬ はるとおもへど かげみれば みなぞこにさへ はなぞちりける
二つ来ぬ 春と思へど 影見れば 水底にさへ 花ぞ散りける
(貫之集 298)
うめのはな まだちらねども ゆくみずの そこにうつれる かげぞみえける
梅の花 まだ散らねども 行く水の 底にうつれる 影ぞ見えける
(貫之集 113)