題知らず
たちかへり かなしくもあるかな わかれては しるもしらぬも けぶりなりけり
たちかへり 悲しくもあるかな 別れては 知るも知らぬも 煙なりけり
題知らず
振り返っては悲しい気持ちになることよ。死に別れてしまうと、知っている人も知らない人も、みな、煙になってしまうのだ。
第知らず、つまり詞書のない歌が二首続きます。
第五句「けぶり」は、ここでは火葬の煙で、それゆえ、第三句の「わかれ」が死による別れであることがわかります。第三句・第四句「わかれては しるもしらぬも」のフレーズが印象的。百人一首(第10番)の蝉丸の歌が思い浮かびますね。
これやこの ゆくもかへるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
蝉丸歌は後撰和歌集(巻第十五「雑一」 第1089番)、貫之歌は新後拾遺和歌集(巻第十六「雑上」 第1440番)採録で、勅撰集に採られた時期は蝉丸歌の方がかなり先ですが、蝉丸は不詳ながら10世紀頃の人物とされますので、詠まれたのは同時代ですね。「本歌取り」と言って良いのかわかりませんが、どちらかがどちらかの表現を取り入れて詠んだものなのでしょう。