goo blog サービス終了のお知らせ 
不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆各所、閉鎖

2020-03-25 22:39:42 | 

 4085Tambah 107 Kasus, Total Pasien Positif Virus Korona Jadi 686 Orang   24 Maret 2020, 16:09:47 WIB 

107症例を追加し、総患者はコロナウイルスを陽性とし、686人 死亡55人 治った30人

 

Resmi! Tempat Hiburan di Blok M Tutup Selama Wabah Virus Corona

公式!コロナウイルスの流行中に閉鎖されたブロクMのエンターテイメント会場Pemerintah Kota Jakarta Selatan mulai menutup sejumlah tempat hiburan untuk mencegah penyebaran pandemi virus corona COVID-19. Kawasan Blok M jadi lokasi pertama yang ditutup mulai Senin (23/3/2020) hari ini.

南ジャカルタ市政府は、コロナCOVID-19パンデミックウイルスの拡散を防ぐために、多くのエンターテイメント会場を閉鎖し始めました。Blok M エリアなので、最初の場所は今日の月曜日(23/3/2020)から閉鎖されました。

ゲームセンター マッサージ、ディスコ、など、不特定多数が集まる場所は、トゥトゥップの張り紙が張られている。

 

Bupati Karawang Positif Virus Corona カラワン県知事、陽性コロナウイルス

Bupati Karawang Cellica Nurrachadiana bersama 4 orang lainnya positif terpapar virus corona (COVID-19). Kepastian itu disampaikan Cellica melalui akun pribadi Instagramnya, Selasa (24/3/2020).

リージェント・カラワン・チェリカ・ヌラチャディアナは、他の4人と共にコロナウイルス(COVID-19)を陽性に暴露した。確実性は、火曜日(24/3/2020)に彼の個人的なInstagramアカウントを通じてCellicaによって提示されました。

県庁が一時閉鎖ですね。どうするのでしょうか。クラスターを心配。

カラワンと言えば、ご存知、日本の大企業の数々が進出しているいくつかの広大な工業団地がある県ですね。外国から、新しく来た人は、健康証明書を主事しなければ、この県に入れない、勿論、就労ビザもとれない、ということにした人ですね。

 

日本の場合、私は、都道府県別の現在陽性で隔離されている人数を知りたいですね。感染者の数(その地で確認された人)は、出ているが、その中には、治った人、それと、隔離場所が確認された地と違う人もいると思う。

踏切がすごソバの道、何時も、大渋滞しているが、今日は、全く渋滞ないどころか、がらすきだ。学校は休みだし、外出を控えているからだ。

その道、しばらく行くと、今度は大雨、前が見えないほどだ。これだけ、降れば、コロナも流れてしまうような気がするがどうでしょうか、家に帰ったのが17時半ころ、そして、雷、停電、工場もストップ、変電所直撃だと思う、20時頃、回復した。

カラワン トゥトゥップ クラスター

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆ブロモ

2020-03-19 22:30:45 | 

 4079 真夜中12時に出発、以前は、プロボリンゴからだったり、マランからでも北からブロモの展望台に行っていたが、今回は、ドライバーの知人の関係で、南から入った。というのは、四駆のジープのような車でなければ、国立公園内に入ることができないため、ジープを持っているガイドを頼まなければ入山できないシステムになっている。1時にその友人の車で途中から出発、3時前にブロモの南の外輪山から、急坂を降りて、パシール ラウトゥに入る。まだ、真っ暗の上に濃霧の中、10mほど先に迄しか私に見えない、凸凹、それに、雨水の溜まり、ガイドは、なれた場所とは言え、水溜りの位置や深さ、それに、川になって流れた後の位置や深さも知らない、とにかく、勘で進んでいる、他の四駆も偶に接近、追い抜いて行くが、それに就いて行けないから、矢張り、右往左往、車体の傾きがきついときは、倒れてしまう恐怖を感じだ。

 

恐怖の中、50分ほど、走る、南の端からブロモの東側をぐるっと回って、ブロモの北西の展望台に上がる場所まで着いてほっとする。急坂を上って、展望台のしたの道の脇に駐車する。あれ、登り口の直ぐ脇だ。4時ちょっと前、過去の2回は、ずっと下にしか駐車できなかった、2~300m道を上って、登り口に付いたが、今日は、10mほど降りる形で登り口に入った、ということは、ガラ空きだということだ。昨日の夜、聞いた話では、マランの町の観光地や遊園地、博物館など人が集まる場所は全て今日から閉鎖と聞いた。ということで、ここは閉鎖ではないが、欧米人のカップルが何組か、中華系のツアー客は見なかった。

5時にはかなり明るくなって、5時半のサンライズだった。以前は、押し合い圧し合いで場所取りが大変だったが、今日は、最前列の柵の柱にカメラを置いて動かないように撮影できた。ブロモは雲海の下に隠れてしまって、水蒸気が上がって見えているだけだった。その向こうのスメル山、時折、水蒸気が噴出していて、頂上の真上に雲はできている。雲海で、パシールラウトが上から見えなかったのも初めていた。これはこれで、魅力的な景観だと思う。

登ってきた道を下って、また、雲海の中に突入した。雲海の上の太陽の周りにうっすらと虹のリングが見えていた。

日が差してきたので、少しづつ、霧が晴れてゆく、ブロモの下に着いたときには馬が近づいてくるのが見えた。往復7万5千Rp、そして、乗馬の場所が。ヒンドゥー遺跡より遠くなっていた。駐車場が遠くにされていた。馬で階段の下まで行き、急な一直線の階段を登った。昨日の急坂の下り登りで、腿の筋肉が痛む、それでも、何とか、

 

足が攣らずに到着できた。ま、変らない景色だ。霧の覆われていた下の景色が徐々にはっきりしてきた、30分ほど上にいて降りてくるときには、ほとんど、雲海は消え,砂海になっていた。階段の下から、馬に乗って駐車場まで、そこから、今日早朝通ってきた場所を引掛けす方向に向った。全く、見えなかった景色が、ハッキリしてくると、黄色い花の海になっていた。Bunga Ades Sabanaブロモ側もプロボリンゴ側も、斜面の途中まで黄色い絨毯が登っていた。

 

その一部の写真、ネットで紹介している写真と私の写真です。

その一角にあった、テントレストランで食べたバソマランBaso Malang,ボリュームがあって、出汁Bunbuが美味しかった。2万Rp、安くてお腹いっぱい。

早朝の道を引き返す途中、Coban Pelangi虹の滝に寄った。ここが、またちょっと下りが厳しかった。だから、登りも急、もう、どうでもなれて、下って上った。チョバンロンドに似ていたが、高さも幅もこちらの方の規模が大きかった。で、訪れている人は誰もいなかった。

車の中で眠っている内にホテルに着いた。14時前、直ぐに眠ってしまった。目が覚めたのが18時、腿の筋肉の痛みが増していた。ベッドから降りる時、よろけてしまった。

 

とにかく、三日間の強行旅の強行部分は終った。あった人、一所に行動した人、皆さん、私の年齢を聞いてびっくり、それと、どこから?と聞かれて、答えないと、インドネシアの中の町の名前を言うから面白い。日本人というと、信じられないという顔をする。インドネシア人にしか見えないようだ。外国人と料金が違う場所でも、疑われることは全くなかった。キタスやシムを出す必要はなかった。

 

Magelang, tvOnenews.com - Untuk mengantisipasi penyebaran virus corona atau COVID-19, PT. Taman Wisata Candi Borobudur, Prambanan, dan Ratu Boko (Persero) menutup taman wisata candi untuk sementara bagi wisatawan. Wisatawan kini untuk sementara waktu tidak bisa berkunjung ke salah satu

マゲラン県は、コロナやCOVID-19ウイルスの拡散を予測する、PT.タマン・ウィサタ・チャンディ・ボロブドゥール、プランバナン、ラトゥ・ボコ(ペルセロ)は、観光客のためにしばらくの間寺院ツアーパークを閉鎖します。旅行者は一時的に訪問することができません。

雲海 砂海 花海

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆トゥンパックセウ

2020-03-18 22:40:42 | 

 4078 ジャワ語で「千の泉、滝」という意味をもつTumpak Sewuを目指す。

 6時にホテルを出発、南ぬ向かう、ブリタールやスンダンビルへの案内板が出る。どちらも、既に何回か行っている場所だ、途中で、東に曲がる。ルマジャン方面だ。S字カーブの連続で、行く途中右手、北側にスメル山がそびえているのが見え隠れした。その道、石や岩や砂を満載したダンプカーとすれ違う。帰りは、そのトラックが遅いので邪魔だった。スメル山の麓から持ってくるのだという。良質だそうだ。

 

ホテルを出て2時間半、案内ゲートがある右側の狭い道に入るCoban Sewuと書いてある、途中の案内板もトゥンパック セウとは書いてなく、チョバン セウと書いてあった。10分ほど進むと、駐車場が左にあり、ドリアンの大木が目に入る。ワルンやホームステイなどの施設があり、一角で。入場料を払う場所があり、そこの人が話しかけてきて、滝までゆくのか、行くなら、一人10万Rpということで払った。すると、ガイドが出てきて、あそことココとそこへ行くには3時間掛かる、ガイドが絶対必要だと強調する。1時間半10万Rp、だから20万Rp払った。

直ぐに、降り口に向った、5分ほどで、展望台に付く、このが、いろいろなガイドブックやネットで紹介している写真の場所だ。見ろりしながら、あの滝の下まで降りる覚悟と、下りた時と同じ斜面を登ってくる覚悟を決めた。

とにかく急だ。垂直の崖を、ちょっとした隙間に梯子を掛けたり、手すりで仕切ったり、ロープで、仕切ったりしてある。ただただ、つかまるだけ掴みながら降りてゆく、しかし、上から見えた滝はなかなか見えてこない、斜めの遠ざかっているのだった。途中から、崖からしみ出してきている水の沢が現れる。現地の人やガイドは靴を脱いだ方が寝れないし滑らないからと言って、ほとんどの人が靴も靴下も脱いで、裸足になっている、女性もだ。私は、裸足になったら裏が痛くて歩けないから、そのまま、靴はぐしゃぐしゃになった。仕方がない。そして。足もふらふらに、既になっていた。

 

滝からの水の沢に岸に迄降りた時、また、ここから先は有料と、1万Rp払った。そこで、コロナの関係で、今日が最後だから、運がいいねと言われた。そこを通ると、100mほど、先の寮側の崖の間に部分的に、あの上から見た滝の一部が見えてきた。

来た来た、流石にある意味で。インドネシアNo1の滝だと私も思う。富士山の南、白糸の滝の幅3倍、高さは5倍以上ありそうだ。水量は10倍以上か。とにかくすごい、大変だったが来て良かったと思う。

帰りは、下りてきた道ではなく、滝の水に沢沿いに少し下ると、また、かなりの規模の滝が目に入った。ここも、別の場所になれば、相当、有名な滝になると思う。その脇を上ると、その滝の途中に、鍾乳洞があった。ゴア テテスGoa tetesがあり、そこにもよったが、これが、また大変、階段状になった滝を上るからだ。足だけでなく、頭から水を被りながら、登る。も~~、いつ、登れなくなるかもしれないと思うような疲れだ。足が上がらない。もう無理やり上っている。どうでもなれと。滝を見上げながら、ここをまだ上るのかと聞いたら、ここは、これで終わり、一旦、下に下りて、帰りの登り口に行くという。何?せっかく上ったのに、下りるの?

 

滝の数々で感激はしたが、もしかしたら、登れなくなってしまうのではないか、したの沢迄行った乗りて、新しい登り口の下に着いた。階段になっていた。一段一段が高い。途中、休み休み何とか上って、途中、何か所もある休憩所、全てで休んだ。やっと、下り始めてから3時間半後にオジェックが待っている場所に到着した。歩けば、まだ30分ほど掛かるぞと言われ、オジェックに乗った。1万Rpで5分ほど緩やかだが凸凹の狭い坂を上って駐車場に着いた。

ドリアンをすぐに食べた。美味しい、いつも食べている滅茶苦茶高い一個3千円位のモントンよりおいしいのじゃないかと思った。、色も濃い黄色、種も小さく食べつ部分が大きい。地元の種類だという。一個6万Rp500円もしない。一個,丸まる食べてしまった。

 

疲れた、帰りの車の中、ほとんど眠っていた。でも、ホテルに着いたときには、疲れも足の痛みもなおっつぃ待っていた。明日は、ブロモを目指すために1時前の夜中に出発をする。

ブロモは閉鎖だよという情報が入っていたのでドライバーに電話で確認してもらったら、今週はまだ閉鎖のけっておになっていないという、バニュワンギのカワイジェンは、今日から閉鎖になったそうです。

トゥンプック テテス 足

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆マラン起点

2020-03-17 22:20:50 | 

 4077 5時に会社からタクシーで出発、ブカシティムール辺りまでは順調だったが、突然の渋滞、電光掲示板で、その先、チャワンも渋滞、アンチョール方面へも渋滞と出ていた。しばらく行くと、タンゲランを通ってタンジュンプリオク方面への有料道路が空いてそうだったので、北周りに進路を変えた。それが正解だった。7時半にはターミナル2に着いた。もし、そのまま、渋滞の跡を着いて言ったら、間に合わなかった鴨居知れない。分岐点の手前からの渋滞で良かった。

チティリンク(ガルーダの子会社)のカウンターで殆どの人がマスクをしていた。やはり、ジャカルタは、危険地域と指定されたことに寄るなと思った。オンタイムで離陸、順調に11時前にはマランに到着した。飛行機から出てターミナルに入る手前で、体温センサーを向けられた。ここでも、警戒を一応しているなっと思った。しかし、ターミナルから出ると、マスクをしている人がほとんどいなかった。

近くのタクシードライバーにコロナのことを聞いた。気にしていない、と言われた。マラン大学が閉鎖になったことを話したら、そんなこは、知らないと言われた。

 

半日タクシー、35万Rpで頼んで、以前行ったことがあるバトゥのチョバンロンドに行ってもらった。懐かしい、もう10年以上前だ、その時は、良い天気だった、ところが、今日はまだ雨季、毎日、夕方には雨が降っているという、雨が降らないうちにと、山を目指してもらった。間に合った、雨にはなっていなかった。まだ、滝が見えない場所まで霧雨が降っているような雰囲気だった。以前と変わらない水量で、豪快に落下していた。チョバンロンドとは、未亡人の滝という意味だそうな。何やら、難しそうな伝説を話そうとしてくれたが、途中から、突然の大雨になって、由来は聞き終わらなかった。

http://otaenplaext.net/newpage151.html

下山して、マランからちょっとそれて、チャンディ(ヒンドゥーの遺跡)に寄った。ここも、以前,寄ったことがあった。雨の中、5分くらい、写真を撮っただけだった。以前の時は天気が良かったし、一日だったので、今日には物足りなかったが、一応、満足。

マランのAria hotelに宿泊、ここを起点に、明日、1日でTumpak Sewuトゥンパックセウ迄往復する、そして、明後日は、ブロモへ往復をする予定だ。

順調 コトナなし チョバンロンド

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆帰途

2020-02-17 23:12:01 | 

 4048 渋滞を嫌い、また、会社で月曜の準備があるので、7時に出発の為、5時半に起床、ちょうど、サンライズの時間だった。ホテルは東海岸通り沿いなので、早くから日の出を見に多くの観光客が出てきている。

津波依頼、東海岸の砂浜が消えていたが、このごろは砂浜が少し回復していた、これなら、そう遠くない時期に、道路から出なく、砂浜で地引網を引く風景が見られそう。ヌサカンバンバン島の西海岸の中ほどから、見事なサンライズでした。久しぶりに見る、神神しさだった。

ウミさんのワルンで朝食後、帰途に就く、早朝なので、車やバイクは少なく、ずっと、順調、雨季が終るころ、今が、田植えの時期でもある。終わったばかりの広大な田園風景は、インドネシアらしい。これらすべてが手植えだからすごい。何故か、快晴、80Kmくらい東のスラメット山が見えた、こんなことは珍しい。

チレウニに差し掛かった時、昨日、道が変っていたと書いたが、真っ暗でその周囲がどうなっていたのか全く分からなかったが、今日は、クレーンが林立していた。この辺り、立体交差にするようだ。いつ、通っても、大渋滞で、どの車が、どの方面に向かうのかはっきりしない、いつも、車が入り混じっている場所だ。

バンドゥンバイパスに入ると、沿線沿い、すべてで中国高速鉄道の工事が、進んでいる。バンドゥン側の駅に位置もはっきりしてきた。ただし、ジャカルタ、カラワンの間とパダラランとチレウニ間は、平野地帯、カラワンからパダララン間は、山岳地帯、この間が、大問題になるでしょう。できるだけ直線にしなければならないので、トンネルと橋の連続になる。

 

6万Rpちょっと払って、チカンペック、ジャカルタ線に入った。大雨、前が見えない、ハザードランプを使っている来るかが多くなる。休日なので乗用車が多い、間もなく、カラワンバラットの手前、高架の高速道路の方に入る普通車がそちら側の車線で若干の渋滞になっている。大型車は、今までの道、私も同じ、こちらは、急に車が減った。大雨の中、十分な車間が取れる。チバトゥで出たが、出るときは、払わなかった。

14時半に会社に入った。途中、ガソリン補給とトイレで7時間半だった。

日の出 砂浜 田植え

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆パンガンダラン

2020-02-16 23:31:14 | 

 4047 2時半、家から出た。デルタマスから高速に入る。廃ssっているのは、バスやトラックが殆ど、そして、空いている。カラワンバラットを過ぎたところで理由が分った。高架からの合流で急に車が増え、のろのろ運転になった。ということで、この時間、ジャカルタの方から高速にはいる普通車の殆どは、途中まで出なく、カラワンバラットよりもっと東にゆくことが分った。

それでも、直ぐに、80Kmくらいの、順調になった。バンドゥン方面、一旦、15,000Rp払い、チレウニから一般道に入る。チレウニからタシク方面への右折が簡単になっていた。真っ暗で、看板は見えなかったが、以前の道なりに行ったら自然に右折になり、南方面のタフスメダンの店の前に出ていた。今迄、ずっと、そこを右に見ながら通りすぎて、200mほど先でUターンし、その場所まで戻って左折していた。

 

その後も順調、何事もなく、6時頃明るくなったのは、タシクのバイパスに入ったころだった。相変わらず、急勾配、急カーブ、トラックののろのろを追い越し追い越し、バンジャールで7時半、パンガンダランに入ったのは、9時だった。眠い、疲れた。しかし、ラシッド君に電話し、12時ジャングルに入る約束をして、ウミさんのワルンで朝食、ミールブス。一旦、ホテルにはいり、仮眠1時間ほどで、西のジャングル入り口カラチャガールアラムに入った。疲れているが時間がない。そして、ラフレシア探しになった。結局、会えなかった。開きそうな蕾にもあえなかった。真っ黒になってしまったものしか会えなかった。残念。まっ、仕方がないね、こういうことは60%だしね。

 

今回は、年齢を感じた。殆ど寝ないで7時間ほど運転し、直ぐに、ジャングルに入ったのだから、疲れるには当たり前だが、以前なら、こんなに、途中で、何度も、休憩したことは無かった。一度も休まず、歩きっぱなし、佐賀しっぱなしということもあったが、今回は、数回、座り込んだ。それも、平均5分以上だった。

滝の上で10分ほど休憩をした。ぼんやり状態で、目を瞑って耳を澄ますと、滝の下お岩にぶっつかる波の音、滝の上まで注ぎ込んでいる足元のせせらぎ、どこから聞こえる鳥の鳴き声、目を開けると、ツバメがすぐ目の前で舞っている。スルガとは、こんなものだといいね、っと。

風雨にさらされ、ついには、倒れ、そして朽ちてゆく。こんな大木がこのチャガールアラムのそこかしこにある。何年、大木でいたのだろうか、何年前に倒れたのだろうか、その後、ここまでに何年過ぎたのだろうか、そして、これらそれぞれが、土になるのは何年後、それが、積もり積もって石炭に?そんな事も見ながら考えた。人間なんて自然から見たら、どうでもいいか、ま、いいか、て、感じだね。

今も、売れているのか、タピオカの飲み物?これが、原料ですよ。田舎へ行けば道の両側やあぜ道など、どこにでも生えているシンコン、キャッサバですね。根がタピオカの原料でしょうか。前にも書いたが、この芋を切って土の中に埋めておけば、根が出て枝が出て葉っぱがなる。枝は燃料、葉っぱは煮たり漬物にしたりして食べるし、根っこも煮たり、揚げたりして食べる。シンコンの地用法、と検索すれば、いくらでも出てくるが、インドネシアでは、ゴレンガンが一般的で、しゃれた料理は庶民的ではない。ダウンシンコンdaun singkongで検索すれば、葉っぱの料理が一杯出てきますね。

とにかく、インドネシアでは、シンコンを植えておけば、食に困らない。パパヤやバナナ窓の果物も、道端に植えておけばなおいい、と、言われているらしい。

 

16時にジャングルからでて、シャワーを浴びて、直ぐに寝てしまった。今日のうちに目が覚めなかった。

ワイファイが使えない。

残念 疲れ シンコン

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆魅力的な天国

2019-10-22 20:42:54 | 

 3930 ニュースチャンネル、ティビーワンTVONEから。

https://www.youtube.com/watch?v=PiN1b07qbP0

2019/10/20 に公開

Kebakaran hutan melanda kawasan Gunung Ranti, Banyuwangi, Jawa Timur, Sabtu malam, 19 oktober 2019, hingga Minggu pagi. Empat pendaki dikabarkan terjebak di puncak gunung.

森林火災は、2019年10月19日土曜日の夜、日曜日の朝まで、東ジャワ州バヌワンギのグヌンランティの地域を襲いました。4人の登山家が山頂で立ち往生したと伝えられている。

 

6 Surga Tersembunyi di Indonesia, Cocok Bagi Petualang Sejati

インドネシアの隠された6天国、真の冒険者に最適。

インドネシアの観光地として、6っか所が紹介されていた。別に隠されている場所ではなく、冒険という場所でもないが、有名な場所です。私は、既に、すべてを訪問しています。この中にイジェンが入っていないのは残念ですが、魅力的な、南の島のスルガ(天国)は、乙姫様はいないかもしれないが、竜宮城はインドネシア中、至る所になります。

 

1 Pantai Ora, Maluku Tengah

2 Tanjung Tinggi, Belitung この観光名所は、ラスカル・ペランギ、小説、映画で、ますます人気がでている。ベリトゥン島のタンジュン・ティンギ・ビーチ、白い砂浜、澄んだグレデーションブルーの海、海岸沿いの景色を見渡す花崗岩の芸術的配置。素敵な雰囲気の中でリラックスしながら、インスタグラムの写真を撮ることがでる。

3 Air Terjun Benang Stokel & Benang Kelambu,

4 LombokRaja Ampat, Papua Barat

5 Desa Wisata Kalibiru, Yogyakarta 

6 Toraja, Sulawesi Selatan

 

EJIPの車の部品メーカーへ行ってきた。PA11チューブの話があるということだったが、コルゲートチューブに換わっていて、残念、コルゲートもインドネシアではメーカーがなく、勿論輸入だ。コルゲートチューブの製造装置には、ある程度の寸法を揃えるには、高額の通しが必要だ。インドネシアには、投資に合う需要が認められないので、国内で作って売ろうという企業はない。

 

チバトゥインター近くのメイカルタ、ほんの一部だが、入居が始まっている。

観光地 天国 南の島

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆無事戻った

2019-10-19 18:42:29 | 

 3927 19時に会社によって、車を受け取り帰宅したのは19時半、移動時間は、12時間くらい、今日は大したことなかった。

ゆっくり起き、と言っても、6時半だ。皆さん、眠っていられないらしい、年寄りは早起きだ。10時24分のフライト、8時にはタクシーで空港に向う、途中、土産物屋に30分ほどより、空港到着は、9時、余裕をもって到着、ところが、乗る便の到着が1時間以上遅れた。全く、もう!!インドネシア!!ウイングエアー!ボンバルビアのターボプロップ機だ。何年か目に墜落したことがったが、評判はいい機体のようだが、どうしたのでしょうかね。ちょっと、不安になった。

 デンパサール経由、乗り継ぎ便には全く間に合わず、便を変えて、同じライオンエアーでジャカルタへ、12時半到着のつもりが、15時過ぎになってしまった。

 

皆さんはジャカルタに一泊なので、別のタクシーで空港から出発、ここで、さよならでした。皆さん、強行軍のなか、協力的でした。まだまだ、体力に自信がありそうな人たちでした。また、日本どこかで会えることを期待しつつの別れでした。

 

「来年の東京五輪・パラリンピックについて「(大会が)成功し、それを通じて日本社会が活気に満ちることを願う」と述べた。日韓関係の悪化で、韓国の一部では東京五輪をボイコットすべきだとの声も出ているが、韓国政府としてこうした考えを否定し、大会成功に協力していく姿勢を明確にした。」こんな記事を読んだ。

日本は、別に協力なんか望んでいない。ただ、何もしないで、何も言わないでいてくれればいい。

煩いから、日本は、ボイコットしてほしいと思っている人が多かったのに、今ごろ、何を言っているの、初心通り、ボイコットをしてもらった方がいいのにね。旭日旗もどきはどうするのでしょうかね。

北とのサッカー、南がいつもやっていることを北にやられた。目くそ鼻くそと言う事でしょ。共同チームで参加?って、変でしょ、共同ボイコットでしょ、参加していただくと、今のラグビーワールドカップのような雰囲気にはならないでしょう。

 

ラブアンバジョのホテルの三階にキャンティンからの景色、下に小学校、丘の向こうに、下り一方通行の急坂が見える。

 

ジャカルタから東に向かう高速道路、ブカシバラットの手前辺りに、今、建設中の両距離車用高速道路の登り口と降り口がある。カラワンバラットの向こうまで、乗り降りできない。

 無事 遅れ ボイコット

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆コモド島周辺巡り

2019-10-18 22:31:52 | 

 3926 6時頃ホテルに向いにきた車に乗って、何とかというホテルの港から、スピードボートで出発、コモド島メインのツアーだ。1時間ほど掛かって、パダールPulau Padarという島に到着、初めてだった。殆ど頂上、しかし、頂上ではないところまでやっと上って、周りを見渡す。確かに絶景だ。ラジャアンパットと別物で、この辺りの島々は全て、緑色も木が無いようだ。一見、はげ山に見る。ここも、樹木は無い、周りの島々にも木々は見えない。何故でしょうかね。

http://otaenplaext.net/concept124.html

登った高さは何Mくらいでしょうか、300Mくらいはあっただろうか、例によって、インドネシアの山登りは、ほとんど直登、足をつりながら、何回か休憩をしながら登った。上り下りの途中、何人からか、どこから来たのか、年はいくつか、と聞かれた。連れは、半分ほどの踊り場のようなところまでで、止めてしまった。

コモド島周辺の島では、ここが一番の絶景なのでしょう。旅の案内に一番最初出てくると思う。

 

ついで、コモド島、ここは、3回目、上陸場所の桟橋が段々遠くなっているようだ。多分、海岸付近の海中の状態を改善するためだと思う。上陸すると、先ず、勝手な行動を慎むように言われる。ガイドに従うように言われる。物干竿を上げる先端が二又の竿を持っているからガイドと分かる。

1kmくらいのコースだが、300mほど行くと、何頭かのコモドが寝そべったり水浴び?をしている場にでる。ここで、撮影会が始まる。40人以上のグループだったが、ここの撮影会だけで30分以上かかった。それを私は、ぼーっと待っているだけ、ちょっと、他を見ようとその場から離れようとすると、ガイドの一人から、集団に戻れといわれる。コモドは、むかし、上陸すれば、ガイドがどうのではなく、あちこちにゴロゴロたむろしていた。そこで、十分、自由に個人的に撮影をしたし、土産物の店の周りにもいて、気にすることなく、買い物もした。

もしかしたら、乾季が続きすぎているので、山の上の方でじっとしているのかもしれない。雨季になれば、海岸の方にでてくるのでしょうか。

桟橋の下の海辺に一頭、じっと動かないでいたのと、トレッキングの途中に大トカゲが一頭と中が1頭、コモドの子供が2頭、5頭しか見なかった。

 

この中に三頭います分かりますか。

 

次がピンクビーチ、こもど島から20分ほどの赤サンゴが粉になって、白サンゴに交じっているのでピンクに見える。私に取っては、がっかりだった。というのも、ピンクの面積が非常に少なくなっている。持ち帰る人が多かったからだという。そりゃそいだ。一日、200人来て、20人が100gもっていってしまえば、365×20×0,1=730Kgだ10数年で10トン以上なくなってしまうことになる。私が1数年前に来た時には、浜辺が赤く見えた。

 

その後、マンタのビーチ、などなどに寄って17時前には、出発場所に戻った。マンタはシュノーケリングで大型を三頭?見たが、その海の中にはサンゴが全くなかった。濁った中に、ゆっくり移動していた。ここの海、流れが急だった。

 

丸一日、充実していた。色々な気にからのツーチスト、中国、韓国、オランダ、フィンランド、その他、そして、日本人家族も参加していた。ジャカルタで経済研究所?のようなものに努めているという、子供さんが3人、2年、インドネシアにいて、始めても家族の旅だという。家族に旅なら、ブリトゥン島に是非と勧めてしまった。今回のハード旅、一応、無事で、ほとんどの日程は終った。

 

引き潮でできたサンゴの砂の中州 TAKA MAKASSAR

 

何故か最後に寄った島。KANAWA ISLAND

http://otaenplaext.net/concept112.html

コモド パダール ピンクビーチ

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆クルムトゥ

2019-10-17 20:58:43 | 

 3925 妻の誕生日でした。この頃は、モンブランの誕生日ケーキを通販で送っている。何日間、同じ年だ。

 

 4時プンギナパンから出発し、クリムトゥへ、道が広く新しく舗装されていて、凸凹無しの快適に駐車場に到着、3回目、もう、すべてわかっている。真っ暗の中、ライトをつけて、皆さんを案内した。階段ができていて、私としては、高さがまちまちだし、間隔も一定していないので、歩幅を合わせるのに、いちいち意識をしなければならない、歩きにくかったが、他の人はどうだっただろうか。片側の階段がない部分を歩いた。真っ暗の中、30分ほど登ると、5時過ぎ、辺りが明るくなってきた。以前経験した、毒ガスの匂いもなく、最後の急な階段を上って頂上に到着、サンライズを10分ほど待った。

 

 見事なサンライズ。と三つの火口湖、手前のメインの色は、以前と同じ青、向こうは以前、コーヒー色をしていたが、ちょっと濃い青色になっていた。右ももう一つは、黒っぽく見えた。ここは、日当たりがまだないので、そう見えたのかもしれない。

 

 東に向かう途中の海岸沿い、崖崩れで、とことどころ、片側交互通行。

リンコ・スパイダー・ウェブ・ライス・フィールズLingko Spider Web Rice Fieldsには、時間が無くて、寄れなかった。リンコ・スパイダー・ウェブ・ライス・フィールズLingko Spider Web Rice Fieldsには、時間が無くて、寄れなかった。

http://otaenplaext.net/concept131.html

ひたすら クルムトゥ 12時間

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆二日目

2019-10-16 23:50:56 | 

 3924 テンポラリー

昨日のホテル

エンデの先、モニに20時についたが、プンギナパンにWifiはない。町全体に無いという。と言うことで、今日と明日中は、ネットとは縁のない世界に入ってしまう。

 

ホテルの名前はスプリングでした。早めの朝食をいただいて、7時に出発。目指すは、クルムトゥの麓の、モニ。一回目は、マウメレから、二回目は今回と同じ、ラブハンバジョからでした。12時半過ぎに途中の目的地、カンプン アダット(伝統的な)ベナbena に寄った。ここは、前回も寄っている。二回目だ。新しく建て替えたと思われる2棟以外は、当たり前だが、ほとんど変わっていない。

 

この中に、カンプンアダットがある、真ん中ですが分かりますか、今は、当然、車もすぐ近くの駐車場まで入ることができる道が整備されているが、を作り始めたときは、ジャングル中をどう分けいたのか、考えさせられる。

ジャングル 昔 長時間

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆最大の観光地

2019-06-11 22:38:40 | 

 3796 インドネシア最大の観光リゾート地です。ここ程人出が多い観光地はありません。そして、そのほとんどの人はラフレシアがジャングルの中にあることを知りません。そして、泳ぎません。 http://otaenplaext.net/concept64.html これの地図で場所を確認できます。

Arus Lalin ke Kawasan Wisata Pangandaran Macet 10 Kilometer

Memasuki hari ketiga lebaran, arus balik dari arah Pangandaran menuju Banjar, Ciamis dan Bandung mengalami kepadatan yang didominasi oleh kendaraan pribadi dan roda dua. Kemacetan terjadi di sepanjang pintu keluar baik Timur maupun Barat. Tumpukan kendaraan terjadi di tolgate Barat hingga di perapatan MTS depan Terminal Pangandaran dengan panjang antrean mencapai 5 kilometer.

 

https://www.youtube.com/watch?v=vjYO8PsiR5c このビデオ、正面のゲートが詰まっているからでしょうか、手前で右に曲がり、バスターミナル方面、西のもう一つのゲートを目指そうとしたが、そちらの方がもっと渋滞だし遠いことが分かって引き返してカジキの所に戻った。このビデオのほとんど終わり、06;00の所の道の右にカジキ、左にスシさんの家がある。

 

カジキの正面のゲートが詰まっている場合は、カジキで左に曲がれば、正面のゲートより近い東海岸側に向かうゲートがあるのです。そちらは、知られていないので、渋滞がないはずだ。

 anyaknya pengunjung kawasan wisata Pangandaran pada libur lebaran tahun 2019, arus lalu lintas di sepanjang jalur menuju daerah di ujung timur Jawa Barat ini pun mengalami peningkatan, bahkan sampai saat ini jalur ke Pangandaran macet cukup panjang hingga 10 kilometer

 

https://www.youtube.com/watch?v=uMXswhC1oog

パンガンダランの1000分の1くらいの紹介ビデオです。カジキの噴水の向こうの正面ゲートから、リゾート地域に入って、真っ直ぐ西、インド洋海岸をめざすと、その突き当りの公園です。この辺りは、まだ、ホテルやロスメンやプンギナパンは殆どなく、地上、海岸の景色もそして、人出も多くない。左(南)の向こうに、見える半島(チャガールアラム、私がラフレシアを求めてはいるジャングル)が見える。その根元辺りに大部分の観光客は大集合する。多分、今回の連休の内、レバランの5日の夕方から、バンドゥンやカラワン、ブカシ辺りから、ムディックとは違う観光客が押し寄せたと思う。ライフガードの話によると、6,7,8,9日、それぞれ4万人くらいが海岸を埋め尽くしたとお言う。私がいたのは、4,5日でした。

https://www.youtube.com/watch?v=ugphvOCZqlU

あの有名は、海洋大臣のスシ女史が所有のスシエアーの紹介です。パンガンダランのメインゲートに近くのスシさんの自宅あり、スシエアーの事務所は、ゲートを入って真っすぐい行った左にある。空港は、西へグリーキャニオンへ向かう途中15Kmほどの地点にある。ジャカルタのハリム空港とセスナで一日二往復便があるといわれている。日本人も測量や地震関係の仕事の人が、偶に、これを使うらしい。

 

先日、行ったときに、以前パシルプティー(白砂海岸)に座礁させられた密輸船はそのままあったが、その沖に座礁船が一隻増えていた。これも、銃撃戦の後、座礁させられたという。景観的には良くないが、スシ大臣の専売特許、密輸船、密漁船を座礁させたり、爆破してしまうこと。

https://www.youtube.com/watch?v=84Ll5ZAeLHI

パシルプティーの紹介だが、シュノーケリングやダイビングには向かいない、座礁船はあるし、浅いし、ほとんどサンゴが破壊されている。半島の東の徳利岩(帆掛け岩)Batu layar辺りがお勧め。

 

 仕事始めの今日、朝、稼動前。何人かは、まだ、戻ってきていない。今日、ムディック先からUターン中というヘニー君家族、大渋滞にハマっているという報告が入っていた。

 

食品材料が底をついてしまったので、ショッピング、

仕事始め パンガンダラン 最大観光地

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆会えた

2019-06-06 22:10:26 | 

 3791 ラマダン インドネシアでは、イスラム教徒にとって最大特別な日、機能う夜は、今朝まで賑やかだったが、今日は、早朝から、静か。大勢の人は、道端迄溢れて、モスジッドの周りでお祈りをしていた。10時ころには、普段の生活に戻るが、町全体が観光地、いつもの賑わいに戻る。私は、ちょっこっと、その様子を見て、ホテルにこもどってしまった。疲れが取れない。

 

 11時ころ目だ覚めて、約束の西海岸チャガールアラム入口へ行って、イワン君を待った。ラシッド君のすぐ下の弟、もう一人、一番下の弟、ビリー君も一緒だった。彼は、初めて会った時は2歳だった。昼前にチャガールアラムの入った。いつものコース、彼らより、私の方がよく知っている、そして、探し始めてすぐに、見つけた。あった。小さいが、何カ月ぶりだろうか、開いている状態に会ったのは、これは、もっと会えるかもしれないと、二時間ほど歩き回って探したが、これっきりだった。二週間後には、咲くだろうと思われる膨らんだ蕾を2個見つけただけだった。とにかく、逢えてよかった。

 

 ただし、夢中になって歩き回ったからかどうか、とにかく、体中が痛いし、疲れがきつい。ジャングルから17時ころ出てきて、パサールイカンで食事、カンクン ウダンアッサムマニス、イカンバカール、イカンゴレン、チュミチュミゴレントゥプンなど、ラシッド君も呼んだ。

 

そして、そこで、皆さんと別れて、西海岸のサンセットを見ながら帰途に就く、18時半すぎだった。明日、朝出発も考えたが、渋滞を気にして、早い方が良いと思い、夜中に走ることにした。

 

 ところが、夜中にもかかわらず、大渋滞にあってしまった。というか、バンドゥン方面から東に向かう、反対車線の車が大渋滞、そこで、こちら側の流れを、時々止めて、反対車線の車もこちらの車線に流しこんでいるからだった。この状態は、パンガンダランから続いていた。パンガンダランへ向かう車も既に渋滞していたし、チアミス、タスクマラヤでもチレニ―のゲートでも、例のできたばかりのチカンペックくたまのデートでも、そして、カラワン、デルタマスでも東に向かう車が道路全体をゆっくり流れて居た。何故でしょうか、ムディックの始まりの時より渋滞が酷いようだ。今は、高速道路、両方向になっているが、西方向の中央分離帯より車線を東方向の間移封している場所もあったが、それでも、この渋滞は異常だ、と、思いながら、何故?だろうか、ハリラヤの行事が済んで、一斉に、午後から、行楽地に出発したからでしょう、それにして、夜中の二時三時、ジャカルタから夕方から出てきて、やっと、チカンペック辺りに差し掛かっている大量の車、目的地が例えば、ジャティルフール辺りでも、10時間以上かかるそうだ。渋滞が無ければ、2時間で行ける観光地だ。

 

 タシク付近 双方が大渋滞、こちらは被害渋滞だ。

 多分、ジャカルタの南、ボゴール、プンチャック方面も、大渋滞で、到達できり車は少ないと思う。

 

 私は7時間かかってやっとチレニ―のゲートから高速に入った。順調なら、チカランに戻っている時間だ。眠くて、居眠り運転気味だったので、ガソリンスタンドのトイレに寄ったとき、車の中で眠ってしまった。4時ころ目だ覚めて、一瞬、ここは、どこ?という感じだった。そこからは順調で、5時半に家に戻った。何もしないで眠ってしまった。結局、11時間掛かったことになる。

 ラフレシア 睡魔 渋滞

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆出発は6時半

2019-06-05 22:20:55 | 

 3791 到着14時、まあ、順調だった。先ず、デルタマスからJL.Tolに入った。ここでは、チカンペック方面(東方向)e-Tolは、使わず、ランスンで入るようになっていた。どこかに、支払のゲートがあるはずだと思いながら走った。

 

 ここは、カラワンティムールのチョット東、ここで、高架のJl.Tolは、終わりがハッキリする。

 

 そしてあった。チカンペックの手前からバンドゥン方面のチプラランJL,Tolに入ると直ぐに、ゲートがあった。新しくできていた。チカンペックウタマのバングゥン方面版だ。ここまで,15,000Rp安!!

 

 決まっているいつものコース、ムディックの影響はほとんどない、順調にタシクマラヤを過ぎたところで、渋滞になった、少し進んで、止まるを繰り返す、急な勾配の道で、ハンドブレークを使った坂道発進を繰り返す。30分ほどその渋滞に中にいて、急に、猛スピードで進めるようになった。分った、前方で、対抗車線を塞いでいた。交互に一方通行にしていたのでした。

 インドネシア、ちょっと渋滞になると、双方から対向車線を走っていってしまう。双方とも、勝手に一方通行にしてしまうのだ。双方からだから、両方も行き詰まってしまい、どうにもならなくなる。インドネシア人は、こういうことになるのを望んでいるようですね。

 だから、ここでは、警察が登場で、交互に、一方通行にしているのです。今年の高速道路のシステムを参考にしたのでしょうね。

 

 着きました。左の奥に、ゲートが見える。前回買った入場券、金額6万Rpと書いてある。それを見せて、通過ることができた。無料ではいった。

 

 サンセット過ぎ、最終のプアサが明けたばかりの西海岸。

プアサが空けましたね。明けましておめでとう、ラマダンは今日まで、明日はレバランですね。東海岸道路沿いのホテルの外は、23時ころまで、太鼓を叩きながらの行進が煩い。

明けた 順調 無料

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(^_-)-☆インドネシア戻り

2019-04-22 22:47:46 | 

 3747 この街、この辺り、それにしても、なぜ、コレアが多いのでしょうか。日本人に会ったのは、インフォメーションで一人だけだった。目にはいれば、確実に分かるが、キナバルパークにもマリマリにも、全く、いなかった。看板もハングルはあるが、日本語はない。

 

マリマリだが、原住民の伝統的なむらだ。何年前か知らないが、森の中の狩猟民族だということはわかるが、文化というか、技術というか、狩りの仕方、火の起こし方、家の建て方、日本の弥生式の時代の方が進んでいるように思う。ちょっと妙なことがあった。水瓶が至る所にある、釉を掛けた陶器だ。水や酒、蜂蜜などなど、大小の瓶を使っている。どこで焼いていたのでしょうか、その窯がない。

 

13;30にコタキナバルの空港に入った。手荷物チェックは、国内、国際も同じ、そこを過ぎると、イミグレと国内に分かれる。国内線もイミグレではないが、搭乗ゲートへ行く前にパスポートや身分証明書をチェックされる。マレーシア人のカウンターは、沢山あるが全て長蛇の列、しかし、誰もいなかった外国人専用のカウンターがあって、私はそこを通過した。

 

と、ここ迄は順調だったが、出発時間が1時間遅れると案内があった。それだけではない、おまけにボーディングパスのゲートで待っていたら、なかなか人が来ない、本来の出発時間が過ぎてもほとんど人がいない。どうなっているのと思っていたら、ゲートが変わったというアナウスがあった。ま、それでも、一時間も遅れているのだから、十分、搭乗時間には間に合う、それより、KLに着いてからの乗り継ぎの時間が少なくなることを心配した。

予定より、1時間半遅れの17時に離陸、KLから22時過ぎのフライトなので、十分間に合う。やはり、乗り継ぎ時間を3時間以上見ておいてよかった。

 

KL空港、KKからドメスティックに到着、インターナショナルに移動しなければならない。baggage claimの場所を通過し外に出るとすぐエスカレーターがある。それで、3階までゆく、ここはH型の空港ビルのKやLがある側の真ん中、Hの横棒の端に当る。その三階、ここまで来たら横棒を進んでインターナショナルのもう一本の縦棒の方に行く、その入り口がここだ。

 

ちょっと悔しい失敗をした。エアーアジア、飲みものを持ち込めないことを忘れていたというか、国際線のフロアーに入るときは、飲み物は持ったまま入れたので、まさか、エア―アジアの搭乗口へ行く前に、もう一度チェックがあるとは思わなかった。そこで、その手前のコンビニで飲み物を買ってしまった。買ってしまってから思い出した。以前、ヴィザを収得に来た時の事、あ、引っかかった、しまった、ともったが、返品というわけにはいかない。搭乗時間の10分前くらいまで、出来るだけ飲んだが、あまり飲むと、トイレに行きたくなるし、というこちで半分ほど飲んですてた。KLタイム21時15分搭乗。

 

今回の物足りない旅に比べ、前回は、もしかしたら、ラッキーだったのかもしれない。新しいことは、kundasang war memorialとキナバル山登山口とマリマリ伝統村だけだった。http://otaenplaext.net/concept82.html 前回の記録です。こちらの方が、充実している様子は明らか。悔しいから、こんなTシャツを買ってしまった。

 

真夜中にジャカルタへ戻った。日付が変わって1時半に家に戻った。

動いた 期待はずれ 確認不足

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする