Box of Days

~日々の雑念をつらつらと綴るもの也~ by MIYAI

ハートブレイク・ソング

2004年04月30日 | old diary
 イーグルスを聴くピースフル・イージー・フィーリングな午前10時30分。さわやかなコーラスに心が安らぐ。

 昨日は結局、ビールとラジカセ持って海へ。さすがに人も多く、BBQをやってる人達、犬の散歩をする人、幸せそうな家族連れ。もう上半身裸で体を灼いてる人も少なくなかった。そんな中、僕はジョージの『Gone Troppo』を周囲の邪魔にならない音量で聴きながら、レココレのジョージ特集を読んだ。内容的にはたいしたことなかったけど、本秀康氏の描くレコスケくんはいつもながらに素敵であった。この漫画には愛があると思う。

 明るい陽射しを感じながら海で聴く『Gone Tropppo』。ジョージはいい。

 夜は友人を家に招き、あれこれしゃべる。僕らはこれからどうやって生きていくべきなのか?そんなことを語らう30代も半ばにさしかかった男2人。まぁ、味わいがあると言えなくもない…かな?彼はなにもしないうちは、「頑張る」とかそういった言葉を軽々しく使わないと決めたそうな。そこにはあーだこーだ言い続けて、結局たいしたことをやらずにここまできた自分達への自戒が込められている。

 クリームソースを作っておいたので、それをフィットチーネにからめて食う。パスタはいい。

 その友人からハートブレイク・ソングのベスト5はなんだ?という質問を受ける。んなもん、わかるわきゃねーだろと思いつつも、割と律儀に考えて、ひとまずポールの「Little Lamb Dragonfly」を選んでかけた。すると、彼の考えるところのハートブレイクとはちょっと違ったようで、「期待はずれだったな」と言われた。どうやら、ずだずだになった心を切々と吐露するような歌がよかったみたい。ジョンとかトム・ウェイツとか…。そういう歌ももちろん素晴らしいが、僕としては、自分がつらくとも相手を思いやるような、そんな温かみが伝わってくる歌の方が好きかもしれない。

 で、さっきからずっとベスト5を考えてるんだけど、これがどうにも決まらない。なにを並べても甘ったるくなってしまいそうで。いつかまたハートブレイクしたときに考えるとしよう。

転がる石のように

2004年04月29日 | old diary
 本日よりGWに突入。誰の行いがよかったのか、気持ちのいい青空が広がっている。僕もどっかに出かけようと思います。午前9時50分現在、特に予定もないのだが、さて、なにしよう?たまには人が集まるような場所に行ってみるかな。海ばっかりというのも芸がないもんな。

 そこでいっちょ気合いいれますかと、The Whoの1971年4月26日ロンドン・ヤング・ヴィック・シアターでのライヴ盤を聴いている。これはセットリストが魅力的だ。「Too Much of Anything」とか、やっぱりかっこいい。どんなものでも多過ぎると手におえなくなる、という歌詞にはぐっとくるものがある。今から33年も前の演奏なのか。すごいなぁ。長い長い時間を彼らはロックン・ロールの世界で生き抜いてきたのだな。それはきっと「あっという間だった」とはとても言えないほどに凝縮された、ほんとに長い時間だったのではないかと思う。ちなみにこのライヴから31年後の同じ日に、僕はMSGでポールのライヴを観ている。あの日はこれまでの僕の人生で最良の1日だった。ちっとも大袈裟に言ってないよ。ほんとにそうだったんだから。

 ロックン・ロールは転がりつづける。Keep on Rolling…。

ソウル髭

2004年04月28日 | old diary
 トップの写真からもわかる通り、スプリングスティーンの唇の下には髭がある。これは通称「ソウル髭」と呼ばれ、彼が尊敬するソウル・ミュージックの巨人たちがよくはやしていたものだ。レイ・チャールズのが一番有名だろうか。スプリングスティーンのこの髭も、そんな彼らへの変わらぬ尊敬と愛情の表れと推察される。スプリングスティーンのソウル好きは、先日、ストーン・ポニーにて行われたライヴのセットリスト(昨日のNews欄参照)からも明らかだ。ちなみに、日本では忌野清志郎氏も同じ髭をはやしているから、見覚えのある方もいらっしゃるだろう。

 さて、スプリングスティーンがこの髭をはやしはじめたのはいつか?はっきりしたことはわからないが、リユニオン・ツアーの最後を飾ったMSG公演(DVD『Live in NYC』)ではまだはやしていないところを見ると、少なくとも50歳を過ぎてからのことであるのは間違いなさそうだ。

 50歳を過ぎた男が、今も見た目を真似てしまうほど少年時代に抱いた憧れを持ち続けている。すごく素敵なことじゃないか。できることならそう言って、僕もあの髭を褒め称えたい。しかし、残念ながらそれはインポッシブルだ。というのも、僕はこのソウル髭ってのがどうにも苦手なのである。

 昔、僕が清志郎を好きだといったとき、当時つきあっていた彼女に「あたし、あの髭が嫌いなんだよね。汚らしくって」と言われたことがある。彼女の言いたいことは僕にもよくわかった。でも、たかが髭でしょ。はやしたきゃはやせばいいのだ。「まぁいいじゃないか。そもそもあれはソウル髭と言ってだね…」。僕は気楽な調子でうんちくのひとつでもたれたような気がする。

 しかし、この髭をはやしたのがスプリングスティーンとなれば、話は大きく変わってくる。彼女の言葉はぐさりと僕の胸を突いたことだろう。清志郎がどう思われようと知ったことではないが、自分が深く敬愛し一生の師とさえ仰ぐスプリングスティーンが、こんな髭のために「嫌い」だとか「汚らしい」などと言われるのを、なぜ黙っていられよう。とはいえ、激しく反論したところで、「それじゃ、あなたはあれがいいと思うの?かっこいいと思うなら自分もやればいいじゃない」と切り返されたらどうなのか?僕は、僕は…、絶対にやりたくない。

 少なくとも、女性には人気ないと思うんだけどな。あの髭。どうなんでしょうね?

リンゴのソロ・ツアーが観たい

2004年04月27日 | old diary
 雨はこれから盛大に降るのだろうか?今日は1日パソコンの前にはりつく予定。好きな音楽を流しつつ、ときおり首や肩をまわしつつ、ぱちぱち指を動かすとしましょうか。

 「クロスファイア」上下巻、読了。ちょっと悲しいお話でした。

 リンゴのライヴ盤『Live 2003』を聴く。実はこれについてあれこれ書いてみたのだけど、うまくいかなかった。聴いていてどうも気持ちのおさまり悪いのである。いや、リンゴはいいのだ。ツアーを重ねるごとに歌もステージングもこなれてきて、安心して聴いていられる。しかし、やはり「It Don't Come Easy」や「I Wanna Be Your Man」をはさんで、ジョン・ウェイトとかメン・アット・ワークの曲を聴くのは違和感がある。聴いてるうちに慣れるかな、と思ってたんだけど、なんか駄目っぽい…。初期のオールスターズには、互いの音楽をリスペクトする空気が感じられたし、そこには音楽的なつながりがあったとも思う。ま、昨年のツアー・メンバーの中にだってそれがないとは言わないし、みんなリンゴになにがしかのリスペクトをもって集まっているのだろうけど、こうも音の肌触りというか質感が違ってきちゃうとねぇ。きついなぁと。

 ポール・キャラックは悪くない。シーラ.Eは…、まぁすごく盛り上げてるしいいかな。生で観たらきっと印象がいいと思う。でも、だからって、別に彼らと一緒にツアーしなくてもいいのに、というのが正直なところ。ジョン・ウェイトとメン・アット・ワークのおっさんについては言うに及ばず。ジョン・ウェイトなんてさぁ…、僕はどうかと思うよ。

 しかし、なんでリンゴはソロ・ツアーをしないのだろう?昨年メンバーが特にお客を呼べる面子だとは思えない。それでもツアーはどこも大盛況だったわけだから、リンゴひとりでもきっと問題はないはずだ。なにより今のリンゴには、マーク・ハドソンという優秀な右腕がいる。そうなれば、最近の充実したソロ・ナンバーがたくさん聴けるのかと思うと、ちょっと口惜しい。ソロ・ツアーやるんなら、海外まで観に行ってもいいな。そこにポールが飛び入りしてくれたら、尚いい。

今週はスロースタート

2004年04月26日 | old diary
 寝坊した。ゴミを出しそびれた。・・・。まぁ、いいか。さ、てきぱき動いて、1日のペースを取り戻そう。

 ジェフ・マルダー、ジャクソン・ブラウンとつづけて素敵なライヴを観ることができて、今も胸の奥に優しい余韻がほんのりと残っている。日本をツアー中の2人、できればたくさんの人に観てほしいなと思う。そんな最中、ジャクソンが広島公演の前に、同じく広島に来ていたジェフ・マルダーのライヴに足を運んだという。そういえば、僕がジェフ達からサインをもらったとき、傍らに置いてあったジャクソンの公演チラシをトニー・マーカスが嬉しそうに見ていたっけ。きっとお互いにリスペクトがあるのだろう。

 そんなわけで、ここ数日はジェフとジャクソンをよく聴いている。ライヴの感動が蘇りいい気分。これに急速に数が増えつつあるThe Who関連の音源を間にはさんでいく。すると、さっきまでの穏やかな空気が一気にエキサイティングなものに変わる。拳を握って叫び出しそうになる。はぁはぁはぁ…。こうして僕の1日は忙しく過ぎていくのであった。

 ライヴって一度行くと他もあれこれ観たくなる。今日みたいに晴れた日には、野外ライヴなんてのもいいなとか思ってみたり。The Whoも夏じゃなくて今くらいの季節に来てくれればいいのにな。きっと気持ちがいいことだろう。

 またも冷蔵庫が空っぽ状態になってしまった。明日は雨が降るそうだから、今日こそは買い物に行かねばならない。こういうめんどくさいことは、とっとと済ませてしまおう。久しぶりにピラフでも作るかな。トマト風味のピラフにクリーム・ソースをかけるのだが、これが旨い。そのための食材を買うとしましょうか。あとは汚れた窓ガラスを拭いて、トイレの掃除をして、ぶっちぎれた自転車のブレーキ・ワイヤーを交換しておきましょうか。で、読みかけの小説を読んでしまうと。いや、明日が雨なら、楽しみは残しておいた方がいいかな。そうしようかな…。

Long Long Long

2004年04月25日 | old diary
 昨日は長い1日だった。

 まず、高校時代の友人&その彼女と、横浜ジャグ・バンド・フェスティバルへ。野外の特設(でもないか)広場で、長野、大阪、北海道…いろんなところから集まってきたバンドの演奏を聴く。僕が観たいと思っていたバンドの出番は最後だったのだけど、あいにくじっとしてると肌寒い天気で、途中から雨まで降り出したものだから、あきらめて退散することに。近くの多国籍料理のお店に入って、3人でビールを飲んだ。

 そうとう久しぶりにレッドストライプを飲む。なんか懐かしい。かつてはキース・リチャーズに憧れて、よく飲んだものだった。

 夜は、The Who in MSGのチケットを予約するため、別の友人が僕の部屋を訪ねて来た。そいつのPCはダイヤル・アップ接続らしく、厳しいチケット争奪戦を勝ち抜くにはあまり具合がよろしくないということで、僕のPCを使いに来たというわけだ。まずはこれから始まる戦いの勝利を祈願して乾杯。そして発売開始と同時に勇んでチケットマスターにアクセス。ほどよい緊張感が走り、手には力がこもる。ところが、これがなんの苦労もなくサクサク繋がって、かなり拍子抜け。ポールやスプリングスティーンのときは、ちっとも繋がらなかったのにな。まぁいいや。なにはともあれ、友人は無事チケットをゲット。ステージ横の良席を確保した。おめでとう、友よ。あと一ヶ月もしないで、君はあのThe Whoをあのマジソン・スクエア・ガーデンで観ることができるんだぜ。

 そのままThe Whoを中心に、たまにジャクソン・ブラウンやジェフ・マルダーやスプリングスティーンのレコードを聴きつつ、やっぱりギターを弾き、歌を歌い、カップ・ラーメンをズズッとすすったりしながら、明け方の5時30分頃まで僕らの祝宴はつづいたのだった。

 It's Been a Long Long Long Time....。 

僕は行かない

2004年04月24日 | old diary
 昨日のジャクソン・ブラウンさん、なんと前日とセットリストを半分以上も変えてきたそうな。数えてみたら、僕が行った日とは14曲も違う。うーん、さすがソロ・ライヴ。観たかったな。

 なんだか薄曇り。今日は横浜でジャグ・バンド・フェスティバルというのがあって、全国から18バンドが、洗濯板やたらいを持って集まってくるという。想像するとちょっと楽しい。フリー・コンサートで無料だし、気がむいたらのぞいてみようかな。ほんとは青空の下でカプチーノでも飲みながら観れたら最高なんだろうけど、天気は出演者達の責任じゃないわけで。ま、しゃーない。

 冬くらいからあまり乗っていなかった自転車。そろそろ暖かくなってきたし少し遠出でもしようかなと走りだしたら、出発早々ブレーキ・ワイヤーがぶっちぎれて激しくあたふたした。海が近いので錆やすいというのもあるんだけど、いくらなんでも整備不良。さわやかに冷汗かいてとっとと帰ってきました。あー、びびった。

 本屋に寄って、宮部みゆきの『クロスファイア』の上下巻を買う。ちょっとはまりこんでるな。彼女の本に限らず、この一ヶ月は小説をたくさん読んでいる。数えて12冊。たまにこういうことをするのだ。読まないときは、ちっとも読まないくせに。

 友人がThe Whoを観にNYまで行くという。今日はそのチケット発売日ということで、夜、僕の家を訪ねてくる予定。そいつにとっては初めての海外遠征。きっとわからないことだらけだろうから、僕にできることはしてやれたらと思っている。ん?いえいえ、僕は行きませんよ。行かない、行かない…。いきおいで自分の分のチケットまで押さえてしまわないよう気をつけねば。人間、欲望のままに生きてはいけません。

ジャクソン・ブラウンと彼のファン

2004年04月23日 | old diary
 ジャクソン・ブラウンは、なんて誠実な人なのだろう。真摯な心そのままの歌声はあまりにまっすぐで、ときとして僕をうろたえさせる。

 ライヴの詳しい内容は「Other Artists」に書きたいと思うけど、いやいや、よかったでっす。一時期でも彼の歌に心を震わせた経験のある人は、ぜひ会場に足を運んでみてくださいませ。沁みます。

 終演後、歩いていたらホールの裏口に出たので、しばし待ってみることに。全部で20人くらいいたかな。ジャクソンは出てくると、用意された車を素通りしてファンのところまで来てくれた。「サインはできないけど、せめて挨拶をさせてくれないかな。今日はほんとにどうもありがとう」。そう言って、彼はそこにいる全員と握手をした。知ってる顔を見つければ、「やぁ、元気だった?楽しんでくれたかな?」と優しい声をかけることも忘れない。無理にサインをもらおうとしたり、写真を撮ってるファンがひとりもいないのも印象的だった。

 ファンがジャクソン・ブラウンの音楽に出逢えて幸せなように、ジャクソンもまたファンに恵まれた人だと思う。彼には自分の作った歌を真剣に聴き、理解しようとしてくれるファンがいつの時代にも必ずいる。それはジャクソン・ブラウンの音楽が、いつだってパーソナルな形で聴き手である彼らの心に届くからだろうし、だからこそファンは彼のそばから離れようとはしないのだと思う。なんかスプリングスティーンとちょっと似てるな。そんな信頼するに足るファンをもてたジャクソン・ブラウンは、きっと幸せなミュージシャンなのだろう。

 オーチャード・ホールには空席もあった。欧米ではどうかわからないが、かつてのように巨大なアリーナが観客で埋まることはもうないのかもしれない。でもね、それでもいいんじゃないかな。客がたくさんいればいいってもんじゃない。昨日のステージを観ていて、僕はそんな気持ちにさせられた。

もしジョンが生きていたなら

2004年04月22日 | old diary
 ニッポン放送に新しくできたスタジオの名前が「イマジン・スタジオ」というのだそうな。「ジョンが‘Imagine’を通して世界の人々に向けて発した平和を願う心を、新スタジオを訪れる大勢のアーティストやリスナーに伝えていきたい」ということらしい。

 けっこうなことだとは思いますが、また「Imagine」かよ、と普通に思う。

 「Imagine」は確かに名曲だが、世間でのこの曲の扱われ方には違和感を覚える。特にここ数年はそれを強く感じる。原因としては、ヨーコがそうした状況を煽っている気がしてならない。で、そんな彼女がこのスタジオが訪れた際のコメントがこれ。

 「最初お話をいただいたときには、いったいどういうスタジオができるのかと興味津々でしたが、今日このスタジオを訪れて、このスタジオに‘Imagine’という名前がついて本当によかったと思いました。さぞかしジョンも喜んでいることと思います」。

 ・・・。さぞかし立派なスタジオだったんでしょうが、こら、なんでジョンが喜んでいるとわかる?彼女はよくコメントの最後にそう付け加えるけど、はっきり言って僕は全然いい気がしない。君は君、ジョンはジョン。別人でしょ、と言いたい。もうジョン&ヨーコじゃないんだぜ。だってジョンはいないんだから。

 だいたい、ジョンが亡くなってから20年以上がたつのだ。もしジョンが生きていたら、その間にいろんなことがあったはず。それこそ、ジョンはヨーコと離婚しているかもしれないよ。ジョンとヨーコの絆は永遠だと思い込んでる人って多い気がするのだけど、そうとは限らないでしょう。で、もしそうなってれば、世間がもつジョンのイメージって今とは随分違ったのではなかろうかと。少なくとも、ここまで「いまじん、いまじん」って言われることはなかったと思う。

 まぁ、いいや。こんなこと書いてること自体、あほらしい。

 今日はジャクソン・ブラウンを観に渋谷へ。その前にヨーコの個展も覗いてこようと思っているのだけど、うーん、どうしようかな…。

ジェフ・マルダーを是非!

2004年04月21日 | old diary
 昨日のジェフ・マルダー公演、ほんとよかった。やっぱり音楽ってのは、楽しむものだよな。日常の中に溶け込んで、自然と受け継がれていくものだよな。

 ロックというと、兎角、衝撃的であるとか、破壊的であるとか、革新的であるとか、時代を先取りしているとか、天才の閃きがどうとか、そういったことがもてはやされる。きっと今ある現状を打破したいという気持ちが僕らの中にもあるから、それでそうしたことにチャレンジするミュージシャンのサウンドに心惹かれるのだろうか。僕が長くロックを聴きつづけているのも、そうしたことと無関係ではないと思う。

 しかし、同時にそれらは非日常的なことでもある。僕らの実生活はさほどドラマチックなこともなく過ぎていく。で、 そうした変わらない現状への不満がなにか新しいことを生み出すパワーになるのかもしれないけど、そうそう変わっていくものではないのもまた事実。で、そんな現状への不満や怒りがまた新たな…と、このようなサイクルの中で生きていくのも、僕はそれはそれで意味があることだと思っている。ただ、それが幸せなことなのかと問われると、ちょっとわからない。

 ジェフ・マルダーの音楽にはそんなめんどくさいところがない。オールド・タイムな彼の音楽は、退屈な日常ともしっかり折り合いをつけている。だから、旧態依然とした中にあるものでも、いいものはいいと素直に認められるし、そこに潜む「深み」に気がつくことができる。脈々と受けつがれ、生活の匂いが染み込んだアメリカ音楽という名の深みに。

 そこには音楽があるだけで、他に難しいことなどない。けれど、長い歴史の中で淘汰され残されてきた技術や歌に込められた想いは、思考や言葉を超え、彼の歌声やギターの音色に宿っている。それは高いミュージシャン・シップに裏打ちされた一流の音楽でもあるのだ。

 ジェフ・マルダーを聴くと、僕はほっとする。そこに変わらない日常があり、安らぎがあるからだ。彼の歌は、心をすり減らすことが当たり前になった今の時代にこそ求められているようにも思う。

 えっと、今日もジェフは日本にいます。東京、大阪、その他…、ツアーはまだこれからです。CDを買ってみるのもいいけど、今回はぜひライヴに足を運んでいただきたいです。