日産の大英断は急速充電の
デファクト争いでも日本有利に働く!?
同充電方式には、クルマ側と地面側の両方にコイルが必要だ。「LE」の場合、クルマ側のコイルは車体後部に設置し、地面側は埋め込み型ではなく、据え置き型だ。
「これは、アメリカでの自宅充電を念頭にして開発中だ。また、アメリカでは前向き駐車が多いため自動駐車装置(インテリジェント・パーク・アシスト)も標準装備とする」(高田氏)という。これは、360度の周辺情報を視覚化するアラウンドビューモニターによって、自動的にハンドル操作をするもの。非接触充電の弱点、コイル間のズレがあると充電効率が落ちる現象を防ぐ目的だ。
また駐車位置はGPSによってブックマークできる。コイルの出力は3.3kwで、アメリカの一般家庭向けの電圧240Vだと満充電まで8時間だ。また、今回のコンセプトモデルでは装着されていなかったが、量産型では有線での充電として、「リーフ」と同様にCHA de MO規格の出力50kwの急速充電とSAE J1772規格の普通充電用の充電ポートを車体前部に装着する。満充電での航続距離は米LA4モードで100マイル(160km)以上とした。
日産は非接触充電についてこれまで、90年代に発売したEVの「ハイパーミニ」や「リーフ」を使った実験を行なってきた。しかし、同充電方式についてはまだ、規格が標準化されていない状況だ。同充電方式の主流である電磁誘導型については、ニュージーランドに移動体向けの発明・開発者がおり、ドイツ、カナダに工業用向け等の各種量産メーカーがあり、さらに磁界共鳴型ではMIT(マサチューセッツ工科大学)のベンチャー企業・ワイトリシティ社がトヨタと提携をするなど、世界各地で自動車業界、電気機器業界による協議が活発化している。
また、携帯電話や電動歯ブラシなど小型電気機器についての非接触充電については、「Qi(チー)」が事実上、業界標準化している。こうした状況の下、日産は世界で初めて、非接触充電を量産型自動車に搭載すると決定したのだ。同社としては今後、EVでのイニシアティブを維持し続けるためにも、さらには急速充電規格における「CHA de Mo vs 欧米のコンボコネクター」戦争で日本が優位に立つためにも、“一歩先の充電技術”を手中に収める戦略に出たといえる。この大英断は自動車業界全体に大きなインパクトを与えたと思う。
インフィニティ「LE」は、こうした先端技術を備えることで、高級車(ラグジュアリーカー)の購買層に対してEVの魅力をアピールする。つまり同車は、テスラが今年発売を目指している5ドアハッチバックの「モデルS」やBMWが2013年発売予定の「i3」のライバルとなる。「LE」の販売価格について高田氏は「今後のインセンティブ(購入奨励金)の状況などを踏まえて決定したい」という。だが、インフィニティのエントリーモデルとしての位置付けを考えると、5万ドル(410万円)前後が妥当だといえる。今回、「LE」が登場したことで、日米欧メーカーによる高級EV市場バトルが今後、激しさを増すことになる。
なお「LE」は北米向け「リーフ」を製造予定のテネシー州スマーナ工場で生産する。欧州他、インフィニティを展開している地域での発売の可能性もある。日本で日産ブランド車として発売する可能性は「現在のところ考えていない」(高田氏)という。
出遅れていた日系メーカーの
テレマティクスが急展開
インフィニティ「LE」発表でもうひとつの驚きが、新型テレマティクスだ。これは同車発表の前日、中型セダンの日産「アルティマ」の新型モデル発表で明らかになった、“日産コネクト”を用いる。“日産コネクト”は米インテルのプロセッサーAtomを使用する。トヨタもインテルとの連携を発表しているが、日産はいち早く商品化する。
また、ダッシュボード部分の操作類の総称であるHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)でも、テレマティクスを意識した大型2画面式のディスプレイを採用。これは「LE」発売に先駆けて、2013年からインフィニティ各モデルで採用することが決まった。“日産コネクト”では、地図情報はGoogleと、インターネットラジオではPandoraと連携する。
そしてトヨタは今回、北米向けの上級セダン「アバロン」の新型モデルを発表。同車については開発企画、デザイン、部品購買、そして製造までアメリカ国内トヨタのアメリカ人が主導する初めての体制を組んだ。同社は2000年から北米向け車の開発をアメリカ寄りにする戦略をとってきたが、新型「アバロン」以降の北米向け車については、これまでの体制をさらに強化する。
そうしたなか、アメリカ人開発者は日本人開発者とは違った発想も数多くあり、テレマティクスでも既存のトヨタ・レクサス車より一歩先の商品化について、米国発のアイディアを実現している。新型「アバロン」でも、通信情報サービスのエンチューンのコンテンツを強化、大型ディズプレイの採用、さらに操作感覚がタッチパネルのような各種スイッチを採用した。
トヨタは現在、シリコンバレーに少人数によるIT産業関連の基地を設けており、テレマティクスについての情報収集を強化している。「まだ外部に出る前にIT先端技術の情報を押さえる。それを(ミシガン州の研究開発拠点のある)アナーバーと(カリフォルニア州トーランスの研究拠点やデザインセンターのある)LAの開発部署、さらには日本側と共有していく」(北米トヨタ社長兼最高執行責任者〈COO〉の寺師茂樹氏)という。本連載ではテレマティクスについて、日系自動車メーカーが米GM、フォード、クライスラーに遅れをとっていると紹介したが、ここへきて日産とトヨタが一気に挽回するべくアクションを起こしたカタチだ。
さらに深まる
フィスカーの謎
米次世代車ベンチャーのフィスカーは、2014年の発売を目指す「アトランティック」を公開した。これは今回のニューヨークショープレスデーの前日、同市街で一部メディア、投資家、販売店関係者などを招いたプライベートパーティでお披露目したものだ。筆者は同日、テキサス州ダラス周辺を襲った巨大竜巻の影響で、ダラスからニューヨークに飛べなかったため、同お披露目会に参加できなかった。そこで4月4日、5日のニューヨークショープレスデー現地で「アトランティック」を取材しようと考えた。しかし、ショー現地には同車の展示はなく、同社関係者等への直接取材でその概要を聞いた。同社ウエブサイトでは同車公開の模様が動画で公開されている。
さて、この「アトランティック」について様々な疑問がある。本連載ではこれまで、フィスカーについて、その事業内容、技術詳細について「謎が多い」と書いてきた。その謎は「アトランティック」登場でさらに深まったと思う。それでは以下に、「アトランティック」に関連したフィスカーの事業全体について考えてみたい。
疑問1
「ニーナ」がまだないのに「ニーナ」がベース?
日本の一部報道で、「アトランティック」はフィスカーの既存車「カーマ」がベースとあるが、それは誤りだ。同社のグローバルセールス担当ディレクター、マサチュー・マルフィターノ氏に確認したところ、同車のベースは「ニーナ」だ。
「ニーナ」とは、同社が旧GMのデラウエア州ウイルミントン工場で生産予定の小型レンジエクステンダー(エンジンで発電するEV)だ。同社はこの「ニーナ」等のアメリカ国内生産に対して、DOE(米エネルギー省)から低利子融資のATVMI(Advanced Technology Vehicle Manufacturing Incentive、先進技術車製造補助)ローンを受けた。その額は5億2800万ドル(約433億円)と巨額だ。
2009年11月の米ロサンゼルスオートショーの際、フィスカー側は「ニーナ」の年産計画販売台数は10万台で、2012年半ばに同工場が稼働開始予定としてきた。また、その10万台は最低ラインで、生産能力は年産30万台あるとも言っていた。だが、今回の「アトランティック」発表まで、同社が「プロジェクト・ニーナ」と呼ぶ計画についてはっきりとして情報公開はなかった。
そうしたなか、いきなり、存在しない「ニーナ」のさらに先のクルマとして「アトランティック」が発表された。この展開、普通に考えれば奇妙だ。「ニーナ」について、「アトランティック」のお披露目会で、同社会長のヘンリック・フィスカー氏はこう語った。「ニーナは90%ほど出来ている。その発表や生産は(近い将来に)行われるだろう」。このコメント部分、同氏は動詞の前の「will」を強調した。
つまりこれは、いわゆる“そば屋の出前”に近い表現だと思う。フィスカー氏は「弊社はコンセプトモデルは作らない。本日お見せしているこのアトランティックはまさしく量産モデルだ」と言う。だがどう考えても、まず「ニーナ」を公開してから、その次の事業計画を見せるべきだと思う。
また、「ニーナ」のパワーユニットは「カーマ」とは違い後輪駆動の他に四輪駆動もあるという。そして発電用エンジンについて「BMWと交渉しているが、詳しいことはシークレットだ」(フィスカー氏)という。「カーマ」の場合、GMからエンジン供給を受けているが、後輪のモータ駆動方式についてはフィスカー側は「軍事機密として開発された技術なので詳細公開はできない」と言い続けている。こうした、様々な理由をつけて技術公開をしない体質は、公に対して量産車を製造販売する自動車メーカーとしては早急に改めるべきだと思う。
疑問2
トップの首のすげ替えは、事業立て直しの証か?
フィスカーは2012年2月28日、創業者のヘンリック・フィスカー氏が会長職となり、CEOに元クライスラーCEOのトム・ラソーダ氏を起用したと発表した。今回の「アトランティック」発表はまさに、ラソーダ体制のお披露目であった。どうしてこの時期にトップマネジメントが入れ替わるのか?
それは、同社への投資家、さらには巨額融資をした米政府側からの圧力があったと考えるのが妥当だろう。会長職兼デザイナーに退いたフィスカー氏はいみじくも、今回の記者会見で「2007年の弊社社設立以来、厳しい道のりだった」と本音を漏らした。
前述のように「プロジェクト・ニーナ」は大幅に遅れている。また同社の第一弾の「カーマ」についても、当初の事業計画とはかなり違う。販売については2010年後半から2011年初頭としていた。しかし、実際に製造委託先であるバルメット社で量産型が製造開始されたのは、バルメット社関係者によると2012年3月21日だ。2011年中の生産総数は約2200台で、これら全車をフィスカー側に送ったという。また現時点での生産体制では、月産20~25台のペースという。当初、「カーマ」の年産計画台数は1万5000台と発表されていた。
フィスカー氏によると現在までに約700台の「カーマ」が顧客の手に渡っている。だが、2009年11月の時点で、手付金5000ドル(約41万円)を支払った先行予約が1500件あると公表しており、その数字は当然近年は増えているはずであり、現状での生産台数に対する実販売台数の割合について疑問が残る。
このほか、当初生産計画のあった「カーマ」のオープンカーモデル「サンセット」について、現状でどうなっているのかの説明がない。価格についても、当初「カーマ」は8万7900ドル(約721万円)としていたが、実売時のベースモデル価格は10万3000ドル(約845万円)と跳ね上がった。また欧米でのディーラー網についても、当初予定より整備が遅れている。
つまり、フィスカーの当初の事業計画は失敗したのだ。だから、投資家も、税金を事実上投資した米政府も、同社の経営体制の刷新なくして今後の事業存続は許可できぬ、という姿勢になったものと考えられる。その結果として、ラソーダ氏という経営のプロをヘッドハンティングしたのだ。このような流れは、米ベンチャーが創業時から事業安定成長期に向かう過程でよくあることだともいえるが…。
新生フィスカー、今後の動向が気になるところだ。なお、同社の日本市場進出についてだが、前出のマルフィターノ氏は「代理店についてはまだ検討段階で詳細はまったく決まっていない」という。