ダイワコーポレイション株式会社(リサイクルショップ ハローズ/家具のダイワ)社長のひとりごと

仕事の事、趣味の事、子供の事etc昭和40年生まれのおやじのブログ

給食

2022-12-08 07:59:07 | 懐かしい話
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DVDで劇場版おいしい給食/卒業という映画を見ました。給食を題材にしたコメディー映画です。給食センターと教育委員会が、より健康的な給食にリニューアルしたが、味が損なわれたと、市原隼人演じる教師と対立するのでした。

給食を楽しみにしている生徒に対して、健康も大事だが、味の方が大切だと言う主張でした。

当然、作る、企画する方も、意図して不味いものを作る訳もなく、給食というある程度制限された中で、頑張って美味しい献立を作っていただいていると、今は思えます。

今は米飯給食の割合が高い様ですが、そもそも米飯給食が始まったのは、私が小学校6年生の頃で、それも週1回しかありませんでした。それまでは毎日毎日、口の水分を全部持っていかれる、パッサパッサのコッペパンでした。先日も書きましたが、ジャムやバナナアマリンならまだしも、固形のチーズとパッサパッサのコッペパンを渡されて『残さず食べろ』と拷問に近い給食もありました。牛乳も苦手だったので、牛乳で流し込むのも一苦労でした。

そんなわたし世代の給食で1番好きだったのはりゃんぱん麺です。薄味の冷やし中華、、、いや常温中華なのですが、ゴマ油の利いたスープにストレート麺。タマゴやキュウリ、ハムの具材がとてもマッチしていたと思います。はやり麺類は好きで、うどんも人気は高かったですし、給食にしては濃いめの味のナポリタン。濃いめの味付けと言えば、甘じょっぱいサンマのかば焼きも好きでした。あれはご飯がたくさんいただける味付けです。他には酢豚、カレー、肉団子も人気だったと思います。わたしはジャガイモと挽肉のそぼろ煮の様なものも好きでした。小学校高学年くらいから、牛乳に入れるコーヒーの粉がたまに出てくる様になりましたが、あれはわたしには救世主でした。

一方で苦手だったのは、麺類でも焼きそばでした。麺が最初っから、何かが練りこまれて黒っぽいのです。しかもとろみがあって、味も中途半端で、焼きそばとは異なるものでした。とろみと言えば八宝菜も苦手でした。中華の割には味が薄いし。健康面を考えて薄味なのだとは思いますが、クリームシチューも味がしなくて好きではありませんでした。その割に胡椒は強かった様な、、、。スクランブルエッグwithソーセージ、あれもダメだったなぁ。お麩が入ったけんちん煮とか。

うちの子供が小中学校に通っていた時に、給食の献立を見たのですが、今は結構美味しそうなものを提供していただいていると感じました。美味しく、健康的な給食をありがとうございます。12月何日か?忘れましたが、給食記念日で、この日は特別なメニューでワクワクしたのを思い出しました。あとは3小限定で給食の時間にかかっていた『蚤の歌』、中学校時代のマタリキさんのDJも懐かしいです(笑)。

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