● 放射線
高いエネルギーを持った電磁波や粒子線を放射線といい、以下の2 種類に分類される。
・ 電離放射線(波長の短い電磁波): X線、γ線
・ 粒子放射線(高速で動く粒子):α線、β線、中性子線、宇宙線
これらの各種放射線の共通した特徴の一つは物を通り抜ける能力(透過力)を持っていることで、その能力は放射線の種類により異なる。
放射能: 物質が放射線を放出する能力
※ 放射能の強さは1秒当りの原子核の崩壊数で表し、単位としてベクレル(Bq)を用いる。
放射性物質: 放射線を放出する物質(ウラン、プルトニウム、放射性ヨウ素、放射性セシウム、放射性ストロンチウムなど)
① α線
ラジウム、プルトニウム、ウラニウム、ラドンなどの放射性原子の自然崩壊によって発生するヘリウム原子核から成る粒子線。健康に対する影響が現れるのは、α線を放出する物質が体内に摂取された時(体内被ばく)のみ。
② β線
トリチウム、炭素14、リン32、ストロンチウム90などの放射性物質の自然崩壊によって発生する高速度の電子からなる粒子線。健康に対する影響が現れるのは体内被ばくのみ。
③ γ線
波長の短い電磁波。コバルト60やセシウム137などの放射性物質の自然崩壊により発生する。
④ X線
電磁波のうち、波長が1pm~10nm程度の範囲のもので、軌道電子の遷移に起源をもつ。波長のとりうる領域がγ線と一部重なる。これは、X線とγ線との区別が波長ではなく発生機構によるためで、軌道電子の遷移を起源とするものをX線、原子核内のエネルギー準位の遷移を起源とするものをγ線と呼ぶ。
⑤ 中性子線
ウランやプルトニウムなどの核分裂により発生し、原子核崩壊の連鎖反応を引き起こす。
● 主な放射性物質
ウラン、プルトニウムは原子力発電に用いられる主な燃料であり、これらの燃料が核分裂反応を起こした際に生成される放射性物質が、放射性ヨウ素、放射性セシウム、放射性ストロンチウムなどである。
① 放射性ヨウ素(131 I):原子番号53
・半減期 8.04日、実効半減期 8日
・性質: 天然にはほとんど存在しないが、人工的な核分裂で大量に生成される。β線を放出して、キセノン131(131Xe)となる。γ線も放出されるがその線量は小さい。
・生体に対する影響: 体内に取り込まれると、ほとんどすべてが甲状腺に集まる。β線による甲状腺被ばくが大きな問題となる。10,000ベクレルを経口摂取した時の実効線量は0.22ミリシーベルトになる。
・原子炉事故の際の放出: 原子炉事故が起これば、大量の放射性ヨウ素が放出されると予想される。チェルノブイリ原発事故では、30京ベクレルが放出され、その影響で甲状腺がんが多発したと考えられている。
・放射能の測定: 体内にあるものは、全身カウンターで測定できる。
② 放射性セシウム(137Cs):原子番号55
・半減期 30.1年、実効半減期 約100日
・性質: 天然に生成されるものは少なく、人工的な核分裂により大量生成される。揮発性で大気中に分散しやすい。γ線を放出する。β線も少量放出する。
・体内に入ると全身に分布し、約10%はすみやかに排泄され、残りは100日以上滞留する。体内に蓄積された場合は、代謝による排泄などで70~80日で半減すると考えられている。
・原発事故後25年以上経たチェルノブイリでは、放射性セシウムはいまなお原発周辺地域の土壌などに残っており、地域住民は現在でも放射性セシウムに汚染されたキノコや野菜を摂取している。
・生体に対する影響: 10,000ベクレルを経口摂取した時の実効線量は0.13ミリシーベルトになる。チェルノブイリ事故では、広い地域が1m2あたり50万ベクレル以上のセシウム137で汚染され、放射性セシウムのみで1年間に1ミリシーベルト以上の外部被ばくを受けたことになる。事故直後は年間10ミリシーベルト以上の被ばくを受けていた。
・放射能の測定: 体内にあるものは、全身カウンターで測定できる。
③ 放射性ストロンチウム(90Sr):原子番号38
・半減期 29.1年、実効半減期 15年
・性質: 天然ではウランの自発核分裂などによって生じるが、生成量は少ない。人工的な核分裂により大量生成される。β線を放出する。
・体内摂取されると、一部はすみやかに排泄されるが、かなりの部分は骨の無機質部分に取り込まれ長く残留する。
・生体に対する影響: β線を放出する放射能としては高エネルギーであるため、健康への影響や外部被ばくが大きくなる恐れがあるともいわれている。
・原子炉事故の際の放出: 放射性ストロンチウムは放射性セシウムより放出されにくい。
・放射能の測定: γ線を出さずβ線のみを放出するため、検出や定量が困難。体内にある量を知るには、排泄物中の放射能を測るバイオアッセイを用いる。
● 放射線量の単位
・ ベクレル(Bq):
放射性物質が放射線を出す量を表す単位
(Bq = 1秒当りの原子核の崩壊数)
・ グレイ(Gy):
ある物質が放射線に照射されたとき、その物質の吸収線量を示す単位。1Gyとは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収 があることを示している。(Gy=J/kg)
1Gy = 100 rad (rad:古い吸収線量の単位)
・ シーベルト(Sv):
人体が放射線を受けた時その影響の度合いを測る尺度として使われる単位。
Sv = Gy x 放射線荷重係数 x 組織荷重係数
放射線荷重係数(WR)は、放射線種によって値が異なり、X線・γ線・β線ではWR = 1、陽子線ではWR = 5、α線ではWR = 20、中性子線ではWR = 5~20の値をとる。
組織荷重係数:臓器などの組織別の影響の受けやすさを表す。
・ 肺、胃、骨髄などが0.12
・ 食道、甲状腺、肝臓、乳房などが0.05
・ 皮膚、骨の表面が0.01
● 外部被曝、内部被曝
人体が放射線を受けることを「被曝」という。被曝には、体の外側から放射線を受ける「外部被曝」と、呼吸や飲食などを通して放射性物質を体内に取り込み、体の内側から放射線を受ける「内部被曝」がある。
外部被曝の場合は、空気中の到達距離が短いα線やβ線はそれほど影響がなく、主にγ線が問題となる。内部被曝の場合は、至近距離から体内の組織に影響を与えるので、透過力が弱いα線やβ線が大きな問題となる。
放射性物質の出す放射線の種類
放射性ヨウ素(ヨウ素131): β線とγ線
放射性セシウム(セシウム137): β線とγ線
放射性ストロンチウム(ストロンチウム90): β線
プルトニウム(プルトニウム239): α線
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確率的影響(stochastic effect)
発癌と遺伝的障害には、しきい線量がなく、発症の確率と被曝線量が比例し、被曝線量が非常に小さくても影響が発生する。(仮定)
(直線しきい値無し仮説)
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確定的影響(deterministic effect)
しきい線量を超えて初めて症状が起こり、線量が高いほど症状が重くなるような影響。確定的影響には、確率的影響(発癌と遺伝的障害)を除いたすべての影響が分類される。
******
確率的影響と確定的影響
・ 小児癌、遺伝的影響が、胎児被曝の確率的影響として生じることが知られている。
・ 奇形発生、精神発達遅延などが胎児被曝の確定的影響として生じることが知られている。
・ しきい値は専門家の間でもあるのかないのか、あるとすればどこなのかについて長年論争の的になっており、現在も確定してない。
******
放射線被曝の胎芽・胎児への影響
・ 流産(胎芽・胎児死亡)は着床前期に最も多く、器官形成期の被曝でも起こり得る。そのしきい値は100mGy以上である。
・ 外表・内臓奇形は器官形成期にのみ起こり、各器官でその細胞増殖が最も盛んな時期の照射に特徴的に発生する。100~200mGyがそのしきい値である。
・ 発育遅延は2週~出生までの時期で認められ、そのしきい値は動物実験より100mGy以上と推測される。
・ 精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。
・ 悪性新生物(癌)は15週~出生までに起こり、しきい値はICRPでは50mGy以上としている。白血病、甲状線癌、乳癌、肺癌、骨腫瘍、皮膚癌が主なものである。・遺伝的影響は高線量照射による動物実験では認められるが、ヒトの疫学調査では統計的有意差が見られていない。しきい値はUNSCEAR(原子力放射線影響に関する国際科学委員会、2000)では1000~1500mGyと推測している。
****** 産婦人科診療ガイドライン・産科編2011
CQ103 妊娠中の放射線被曝の胎児への影響についての説明は?
1. 被曝時期と胎児被曝線量の確認が重要であり、被曝時期は、最終月経のみでなく、超音波計測値や妊娠反応陽性時期などから慎重に決定し、説明する。(A)
2. 受精後10日までの被曝では奇形発生率の上昇はないと説明する。(B)
3. 受精後11日~妊娠10週での胎児被曝は奇形を発生する可能性があるが、50mGy未満では奇形発生率を増加させないと説明する。(B)
4. 妊娠10~27週では中枢神経障害を起こす可能性があるが、100mGy未満では影響しないと説明する。(B)
5. 10mGyの放射線被曝は、小児癌の発生頻度をわずかに上昇させるが、個人レベルでの発がんリスクは低いと説明する。(B)
? 解説
・ 通常の放射線診断で起こる被曝線量は50mGy以下である。
・ ACOGのガイドライン(2004): 50mGy以下の被曝は胎児奇形や胎児死亡などの有害事象を引き起こさない。
・ Osei EK et al. (1999): 妊娠2~24週に10~117mGyの被曝を受けた妊婦の前方視野的検討で、奇形や子宮内胎児死亡の発症頻度は、一般妊婦の発症頻度と同等であった。
・ 米国放射線防御委員会のレポート(1977): 50mGy以下の被曝による胎児奇形のリスクは無視できる範囲であるが、150mGy以上の被曝では胎児奇形のリスクが実際に増加する。
・ 受精後10日目までの胎児被曝の影響: 流産を起こす可能性があるが、流産せず生き残った胎芽は完全に修復されて奇形を残すことはない。(all or none)
・ 受精後11日~妊娠10週の胎児被曝の影響: 奇形発生の可能性がある。(50mGy未満の被曝では奇形発生率の上昇はない)
・ 妊娠10~27週の胎児被曝の影響: 中枢神経障害(IQ低下)を起こす可能性がある。(100mGy未満の被曝では確認されてない)
● 胎児被曝と小児癌発症のリスク
・ 被曝なしの胎児が20歳までに癌にならない確率は99.7%であるが、10mGy、100mGyの胎内被曝により、それぞれ99.6%、99.1%となり、その個人が癌になる確率はごくわずかな上昇にとどまる。確率的影響(stochastic effect)
・ 社会全体では胎児被曝により小児癌の発症率が上昇するのは事実であり、不要な妊婦被曝を抑制する努力は必要である。
● 胎児被曝の遺伝的な影響
・ 放射線が生殖細胞のDNAを損傷し、生殖細胞に遺伝子異変が起こり、その影響が次世代に及ぶ可能性がある。
・ DNA損傷リスクは、線量が増えると高まるが、損傷が起こる線量のしきい値は確認されていない。
・ 放射線被曝によるヒト遺伝子異変が不都合を起こした事例は確認されていない。
● 授乳中女性の被ばくによる児への影響
・ 母乳中に分泌される放射性ヨウ素は母体が摂取した量の4分の1程度と推測されるが、確定的なことは不明である。
・ 母体血中の放射性ヨウ素の濃度に比べ、授乳中では低いといわれている。
・ 放射性物質を含む水道水(軽度汚染水道水と表現)を長期にわたって飲んだ場合の健康への影響:
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/announce_20110324.pdf
おおよその母体被ばく量は以下のように算出される。
総被ばく量(マイクロシーベルト)=(摂取ベクレル総量)×2.2÷100
500Bq/kg の水を1 日1 リットルずつ365 日飲むと500×365×2.2÷100=4,015マイクロシーベルト(約4.0ミリシーベルト)となる。
胎児に悪影響が出るのは、児の被ばく量が50,000マイクロシーベルト(50ミリシーベルト)以上の場合であり、乳幼児において悪影響が出るのは同等以上の被ばくが起こった場合と推定される。
以上より、授乳中女性が軽度の汚染水道水を連日飲んで授乳を持続しても乳幼児に健康被害は起こらないと推定される。また、妊娠中女性が連日飲んでも母体ならびに胎児に健康被害は起こらないと推定される。
しかし、被ばくは少ないほど安心であり、軽度汚染水道水以外の飲み水を利用できる場合には、それらを飲用することを勧める。
今後も水道水の放射性物質汚染(ベクレル値)には注意が必要である。上記の式を使用して、野菜などからの被ばく量も計算できる(発表や報道が、野菜何グラム当たりのBq値に注意が必要)。
【注意】 妊娠中の女性は脱水に注意する必要がある。したがって、喉がかわいた場合は決してがまんせず水分を取る必要がある。スポーツドリンク、ミネラルウォーター、ジュース、牛乳などを摂取する。
・ 授乳中の女性が安定ヨウ素剤を予防服用した場合:
http://jspe.umin.jp/pdf/youso.kanrishishin_20110331.pdf
授乳中女性の被ばく線量が計50,000μSv以上の場合に、安定ヨウ素剤の服用が考慮される。
安定ヨウ素剤の服用が必要な状況では、放射性ヨウ素の母乳を介した児への移行を防ぐため、原則的に直ちに母乳哺育を休止とする。
やむを得ぬ理由で母乳哺育がなされた新生児~乳児に対しては、安定ヨウ素剤投与の時期・回数を確認し、投与後2~4週で児の甲状腺機能(TSH、FT4)を評価する。甲状腺機能低下を認めた際には、直ちに甲状腺ホルモンの補充療法を開始する。
TSH が基準値内でFT4 が1.2ng/dl 以上(生後1~6 か月)、1.0ng/dl 以上(生後6か月以降)であれば甲状腺機能に異常なしと判断する。これ以外の場合、2~4 週間隔で検査を継続する。
TSH が10μU/ml 以上かつFT4 が年齢の基準値未満の際には、直ちに甲状腺ホルモンの補充療法を開始する。
母乳哺育の休止が必要とされる期間については、個々の状況により異なると考えられるので一般的な期間を示すことができない。
****** 問題
胎児の放射線被曝で確率的影響(stochastic effect)はどれか。1つ選べ。
a 小児癌
b 精神遅滞
c 自然流産
d 胎児発育遅延
------
正解:a
・ 確率的影響: 発癌と遺伝的障害には、しきい線量がなく、発症の確率と被曝線量が比例し、被曝線量が非常に小さくても影響が発生する。
・ 被曝なしの胎児が20歳までに癌にならない確率は99.7%であるが、10mGy、100mGyの胎内被曝により、それぞれ99.6%、99.1%となり、その個人が癌になる確率はごくわずかな上昇にとどまり、個人レベルでの発癌リスクは低い。
****** 問題
電離放射線に含まれるのは次のうちどれか。1つ選べ。
a ジアテルミー(高周波電気治療)
b マイクロ波
c ラジオ波
d ガンマ線
------
正解:d
電離則による電離放射線の定義:
電離放射線とは次の粒子線又は電磁波をいう。
1. アルファ線、重陽子線及び陽子線
2. ベータ線及び電子線
3. 中性子線
4. ガンマ線及びエックス線
****** 問題
妊娠と気がついてなかった妊娠7週の患者が、排泄性尿路造影(3方向)を受けた。子宮の電離放射線の被曝線量はどれか。
a 1-2 mGy
b 0.8-1.6 mGy
c <0.001 mGy
d 上記のいずれでもない
------
正解:d
排泄性尿路造影における胎児の平均被曝線量は1.7mGy、最大被曝線量は10mGyである。従って、3方向で検査した場合、平均被曝線量は5.1mGy、最大被曝線量は30mGyとなる。
****** 問題
胎児の放射線被曝で精神遅滞のリスクが最も増す妊娠週数の範囲はどれか。1つ選べ。
a 4~6週
b 8~15週
c 18~24週
d 28~36週
------
正解:b
精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。
****** 問題
500mGy(50rad)の放射線被曝について、正しい記述はどれか。1つ選べ。
a 通常の放射線診断で到達する被曝量である。
b 神経管閉鎖不全のリスク増大と関連する。
c 第1トリメスターのどの妊娠期間においても精神遅滞の原因となる。
d 胎児被曝の時期が妊娠25週以降であれば、精神遅滞と関連しない。
------
正解:d
・ 通常の放射線診断で起こる被曝線量は50mGy以下である。
・ 近年葉酸の摂取が神経管閉鎖不全のリスクを低下させることが知られている。
・ 精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。
****** 問題
放射線の線量はグレイ(Gy)で表わされる。1Gyに相当するのはどれか。
a 1 rad
b 10 rad
c 100 rad
d 1000 rad
------
正解:c
グレイ(Gy):吸収線量 の単位。 放射線の作用により物質がどれくらいのエネルギーを吸収したかを表すもので、 1Gyとは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収 があることを示している。
ラド(rad) :古い吸収線量の単位。
1 rad=0.01 Gy または 1 Gy=100 rad
****** 問題
評価の過程で実施されるCT検査の胎児被曝量が最も大きい疾患はどれか。1つ選べ。
a 子癇
b 尿路結石症
c 虫垂炎
d 肺塞栓症
------
正解:c
****** 問題
胎児への放射線の影響で正しいのはどれか。1つ選べ。
a しきい線量未満であっても奇形発生のリスクはある。
b 胎児の発癌に関する放射線の感受性は成人と同じである。
c 妊娠10週以降のしきい線量以上の被曝では精神発達遅滞のリスクがある。
d しきい線量以上の被曝では妊娠4週未満よりも妊娠4~10週の方が胎児死亡のリスクが高い。
------
正解:c.
・ 50mGy以下の被曝は胎児奇形や胎児死亡などの有害事象を引き起こさない。ACOGのガイドライン(2004)
・ 10mGyの放射線被曝は、小児癌の発生頻度をわずかに上昇させるが、個人レベルでの発がんリスクは低いと説明する。胎児の発がんの放射線閾線量は50mGy以上で、成人よりも感受性が高い。
・ 妊娠10~27週では中枢神経障害を起こす可能性があるが、100mGy未満では影響しないと説明する。精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。
・ 受精後10日目までの胎児被曝の影響: 流産を起こす可能性があるが、流産せず生き残った胎芽は完全に修復されて奇形を残すことはない。 閾線量以上の被ばくでは、妊娠4週未満の方が胎児死亡のリスクが高い。
インフルエンザ(流行性感冒)とは?
インフルエンザウイルスによる急性感染症で、発病すると、高熱、筋肉痛などを伴う風邪のような症状があらわれ、急性脳症や二次感染により死亡することもある。
インフルエンザウイルスとは?
インフルエンザの病原体(RNAウイルス)。本来はカモなどの水鳥を自然宿主として、その腸内に感染する弱毒性のウイルスであったものが、突然変異によってヒトの呼吸器への感染性を獲得したと考えられている。
インフルエンザAウイルス、インフルエンザBウイルスは、患者の気道分泌物から飛沫感染により伝搬する。B型は宿主域が狭いために世界的大流行(パンデミック)が発生しないが、A型はヒト、鳥類、ウマ、ブタなどに感染し、時に種を超えて感染し、パンデミックをきたすことが懸念されている。
インフルエンザ・パンデミック(世界的大流行)の歴史:
・1918~19年: スペインかぜ、H1N1亜型のA型インフルエンザ、感染者6億人、死者4000~5000万人。
・1957年: アジアかぜ、H2N2亜型のA型インフルエンザ、死者100万人以上。
・1968~69年: 香港かぜ、H3N2亜型のA型インフルエンザ、死者50万人以上。
・1977~78年: ソ連かぜ、H1N1亜型のA型インフルエンザ、パンデミックと言われることもあるが、主に青年のみに感染したため厳密にはパンデミックではなく、エピデミック(局地流行)である。
・2009~10年: 2009年新型インフルエンザ、H1N1亜型のA型インフルエンザ、死者約10万人程度。本インフルエンザに対するワクチンはすでに完成しており、2010年後半から接種可能なインフルエンザワクチンは、通常の季節性インフルエンザワクチン2種に加えて新型インフルエンザワクチンにも対応した3価ワクチンとなっているものがほとんどである。
・今後も新型インフルエンザウイルスが出現することが予測されており、世界的規模で警戒し続けられている。
症状:
・ 気道感染症状、発熱、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感など。
・ 健康人に感染して合併症がない場合は、対症的対応で感染により1週間以内で軽快することが多い。
・ 65歳以上の高齢者、妊娠28週以降の妊婦、慢性肺疾患(肺気腫、気管支喘息、肺線維症、肺結核など)、心疾患(僧帽弁膜症・鬱血性心不全など)、腎疾患(慢性賢不全・血液透析患者・腎移植患者など)、代謝異常(糖尿病・アジソン病など)、免疫不全状態の患者などの場合には、ハイリスクとしての対応が必要である。
診断:
・ 迅速診断キット: 鼻の奥の咽頭に近い部分を採取すると検出率が高い。15~20分で結果が分かる。A型とB型の鑑別も可能である。
オセルタミビル(タミフル®)は発症後48時間以内でないと効果が期待できないため、迅速診断キットは非常に重要な検査方法となっているが、発症直後ではウイルス量が少ないため陽性と判定されないことがある。検査で陰性と判定されても症状などから医師の判断で抗ウイルス薬を処方する場合もある。
インフルエンザウイルスの胎児への直接的影響:
妊婦が妊娠初期にインフルエンザに罹患した場合、直接的な胎児への催奇形性はないと考えられる。
妊婦に対する治療:
妊婦は心肺機能や免疫機能に変化を起こすため、インフルエンザに罹患すると重篤な合併症を起こしやすい。
米国疾病予防管理センター(CDC)ガイドラインでは、インフルエンザ流行期間に妊娠予定の女性へのインフルエンザワクチン接種を推奨している。妊娠全期間においてワクチン接種希望の妊婦には接種可能としている。これまでのところ、妊婦にインフルエンザワクチンを接種した場合に生じる特別な副反応の報告はなく、胎児に異常の出る確率が高くなったとするデータもない。
妊婦がインフルエンザに罹患した場合、一般的な対症療法のほか、抗インフルエンザ薬(リレンザ®、タミフル®)が有効であり、児への有害事象もないとされる。
******
産科診療ガイドライン・産科編2011
CQ102 妊婦・授乳婦へのインフルエンザワクチン、抗インフルエンザウイルス薬投与は?
Answer
1. インフルエンザワクチンの母体および胎児への危険性は妊娠全期間を通じて極めて低いと説明し、ワクチン接種を希望する妊婦には接種する。(B)
2. 感染妊婦・授乳婦人への抗インフルエンザウイルス薬(リレンザ®とタミフル®)投与は利益が不利益を上回ると認識する。(C)
3. インフルエンザ患者と濃厚接触後妊婦・授乳婦人への抗インフルエンザ薬(リレンザ®とタミフル®)予防投与は利益が不利益を上回る可能性があると認識する。(C)
******
解説
インフルエンザは主に冬期に流行するインフルエンザウイルスによる感染症で、急激な38度以上の発熱・頭痛・関節痛・筋肉痛などの症状を認める。その症状には特徴的な臨床症状や所見はなく、確定診断にはウイルス学的検査が必要である。最近では迅速診断キットによるウイルス抗原の検出が普及している。
インフルエンザに罹患した大多数は特に治療を行わなくても1~2週間で自然治癒するが、乳幼児・高齢者・基礎疾患のある人の場合には、気管支炎・肺炎などを併発し、死に至ることもある。
妊婦も心肺機能や免疫機能に変化を起こすため、インフルエンザに罹患すると重篤な合併症を起こしやすい。妊婦がインフルエンザ流行中に心肺機能が悪化し入院する相対リスクは産後と比較して妊娠14~20週で1.4倍、妊娠27~31週で2.6倍、妊娠37~42週で4.7倍であり、妊娠週数とともに増加するとの報告もある。
現在使用されているインフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり、理論的に妊婦、胎児に対して問題はなく、約2000例のインフルエンザワクチン接種後妊婦において児に異常を認めていない。そのため、米国におけるCDCガイドラインではインフルエンザ流行期間に妊娠予定の女性へのインフルエンザワクチン接種を推奨している。ACOGもCDCの勧告を支持している。本邦の国立感染症研究所は妊婦にワクチンを接種した場合に生ずる特別な副反応はなく、また妊娠初期にインフルエンザワクチンを接種しても胎児に異常の出る確率が高くなったというデータもないと報告している。妊娠初期の接種は避けた方がいいという慎重な意見もあるが、流産・奇形児の危険が高くなるという研究報告はないため、妊娠全期間においてワクチン接種希望の妊婦には摂取可能とした。
不活化インフルエンザワクチンを妊娠第3三半期に接種した妊婦からの児は、非接種妊婦からの児に比して、生後6ヵ月までのインフルエンザ罹患率は63%に減少する。通常、6ヵ月未満の乳児に対するインフルエンザワクチン接種は認められていないため、妊婦へのインフルエンザワクチン接種は妊婦と乳児の双方に利益をもたらす可能性がある。
インフルエンザワクチン接種後、効果出現には約2~3週間を要し、その後約3~4ヵ月の防御免疫能を有するため、ワクチン接種時期は流行シーズンが始まる10~11月を理想とする。また授乳婦にインフルエンザワクチンを投与しても乳児への悪影響はないため、希望する褥婦にはインフルエンザワクチンを接種する。
本邦では抗インフルエンザ薬としてザナミビル(リレンザ®:吸入薬)とオセルタミビル(タミフル®:内服薬)などが使用できる。これらの薬剤は、感染した細胞からウイルス粒子を遊離させるために働くノイラミニダーゼの活性を阻害し、インフルエンザウイルスの増殖を抑制する。このため、抗インフルエンザウイルス薬を適切な時期(発症から48時間以内)から服用開始することにより、発熱期間は1~2日間短縮され、ウイルス排出量も減少する。
Pandemic(H1N1)2009(本邦では2009年5月~2010年4月)時、本邦では妊婦死亡例は報告されなかった。この理由の1つとして、本邦妊婦は患者との濃厚接触後、高率に抗インフルエンザウイルス薬の予防的投与を受けたこと、また感染後は速やかに抗インフルエンザウイルス薬の治療的投与を受けたことが挙げられている。
****** 日本産科婦人科学会、お知らせ
妊娠している婦人もしくは授乳中の婦人に対してのインフルエンザに対する対応Q&A
平成22年12月22日
社団法人 日本産科婦人科学会
分娩前後に母親が感染した場合の対応については昨シーズンと大きく異なっていますのでご注意下さい
Q1: 妊婦は非妊婦に比して、インフルエンザに罹患した場合、重症化しやすいのでしょうか?
A1: 妊婦は重症化しやすいことが知られています。幸い、昨シーズンの新型インフルエンザでは本邦妊婦死亡者はありませんでしたが、諸外国では妊婦死亡が多数例報告されています。昨シーズン、新型インフルエンザのため入院を要した妊婦では早産率が高かったことが報告されています。また、タミフル等の抗インフルエンザ薬服用が遅れた妊婦(発症後48時間以降の服用開始)では重症化率が高かったことも報告されています。
Q2: 妊婦へのインフルエンザワクチン投与の際、どのような点に注意したらいいでしょうか?
A2: 妊婦へのインフルエンザワクチンに関しては安全性と有効性が証明されています。昨シーズンの新型インフルエンザワクチンに関しても、妊婦における重篤な副作用報告はありませんでした。チメロサール等の保存剤が含まれていても安全性に問題はないことが証明されています。
インフルエンザワクチンでは重篤なアナフィラキシーショックが100万人当たり2~3人に起こることが報告されており、卵アレルギーのある方(鶏卵、鶏卵が原材料に含まれている食品類をアレルギーのために日常的に避けている方)ではその危険が高い可能性があります。したがって、卵アレルギーのある妊婦(鶏卵、鶏卵が原材料に含まれている食品類をアレルギーのために日常的に避けている方)にはワクチン接種を勧めず、以下が推奨されます。
1) 発症(発熱)したら、ただちに抗インフルエンザ薬(タミフル)を服用(1日2錠を5日間)するよう指導します。
2) 罹患者と濃厚接触した場合には、ただちに抗インフルエンザ薬(タミフル、あるいはリレンザ)を予防的服用(10日間)するよう指導します。
Q3: インフルエンザ様症状が出現した場合の対応については?
A3: 発熱があり、周囲の状況からインフルエンザが疑われる場合には、「できるだけ早い(可能であれば、症状出現後48時間以内)タミフル服用開始が重症化防止に有効である」ことを伝えます。妊婦から妊婦への感染防止という観点から「接触が避けられる環境」下での診療をお勧めします。妊婦には事前の電話やマスク着用での受診を勧めます。一般病院への受診でもかまいませんが、原則としてかかりつけ産婦人科医が対応します。
インフルエンザ感染が確認されたら、ただちにタミフル投与を考慮します。妊婦には、「発症後48時間以内のタミフル服用開始(確認検査結果を待たず)が重症化防止に重要」と伝えます。
Q4: 妊婦がインフルエンザ患者と濃厚接触した場合の対応はどうしたらいいでしょうか?
A4:抗インフルエンザ薬(タミフル、あるいはリレンザ)の予防的投与(10日間)を行います。予防投与は感染危険を減少させますが、完全に予防するとはかぎりません。また、予防される期間は服用している期間に限られます。予防的服用をしている妊婦であっても発熱があった場合には受診するよう勧めます。
Q5: 抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ)は胎児に大きな異常を引き起こすことはないのでしょうか?
A5:?昨シーズン、多数の妊婦(推定で4万人程度)が抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ)を服用しましたが、胎児に問題があったとの報告はあがってきていません。
Q6: 抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ)の予防投与(インフルエンザ発症前)と治療投与(インフルエンザ発症後)で投与量や投与期間に違いがあるのでしょうか?
A6:以下の投与方法が推奨されます。
1) タミフルの場合?
予防投与:75mg錠 1日1錠(計75mg)10日間、
治療のための投与:75mg錠 1日2回(計150mg)5日間。
2) リレンザの場合 ?
予防投与:10mgを1日1回吸入(計10mg)10日間、
治療のための投与:10mgを1日2回吸入(計20mg)5日間。
Q7: 予防投与した場合、健康保険は適応されるのでしょうか?
A7: 予防投与は原則として自己負担となりますが、自治体の判断で自己負担分が公費負担となる場合があります。
Q8:分娩前後に発症した場合は?
A8:タミフル(75mg錠を1日2回、5日間)による治療をただちに開始します。新生児への対応は以下のように行ないます。
1) 母親が妊娠~分娩 8 日以前までにインフルエンザを発症し治癒後に出生した場合
・通常の新生児管理を行います。
2) 母親が分娩前 7 日から分娩までの間にインフルエンザを発症した場合
・分娩後より、母子で個室隔離。分娩後より、飛沫・接触感染予防策を講じて母子同室とします。
・個室がない場合は母子を他の母子と離して管理します。その際、飛沫・接触感染予防策を十分講じます。
・児への抗インフルエンザ薬の予防投与はせず、児の症状の観察とバイタルサインのモニタリングを行います。
3)母親が分娩後~産院退院までにインフルエンザを発症した場合(カンガルーケアや直接授乳などすでに濃厚接触している場合)
・個室にて、直ちに飛沫・接触感染予防策を講じて母子同室を継続します。その際、児を保育器に収容等の予防策を講じ、母子間の飛沫・接触感染の可能性につき十分注意を払います。
・母親の発症状況や児への曝露の程度を総合的に判断して、必要な場合、厳重な症状の観察とバイタルサインのモニタリングをできる環境に児を移送し、発症の有無を確認します。移送後の児は、保育器管理を行います。保育器がない場合は他児と十分な距離をとります(1.5m 以上,可能ならば,他児との間をカーテン等で分離する)。
・児への抗インフルエンザ薬の予防投与は原則、行なわないことにします。
4)新生児に発熱、咳嗽・鼻汁・鼻閉などの上気道症状、活気不良、哺乳不良、多呼吸・酸素飽和度の低下などの呼吸障害、無呼吸発作,易刺激性 などが認められた場合
・直ちにインフルエンザの検査診断(簡易迅速診断キットによる抗原検査と可能ならば RT-PCR 検査の施行が望ましい)を行います。治療を行う事も考慮します。また,新生児の場合、インフルエンザ以外の疾患で上記の症状を認める場合があるので、鑑別診断に努め適切な治療を行う必要があります。
・早産児へのインフルエンザの影響は不明なことが多いので、疑い例であってもウイルス検査を行うように努めます。
Q9: 感染している(感染した)母親が授乳することは可能でしょうか?
A9: 原則,母乳栄養を行います. 以下が勧められます。
・母親がインフルエンザを発症し重症でケアが不能な場合には、搾母乳を健康な第 3 者に与えてもらう。
・母親が児をケア可能な状況であれば、マスク着用・清潔ガウン着用としっかりした手洗いを厳守すれば(飛沫・接触感染予防策)、直接母乳を与えても良い。
・母親がオセルタミビル・ザナミビルなどの投与を受けている期間でも母乳を与えても良いが、搾母乳とするか、直接母乳とするかは、飛沫感染の可能性を考慮し発症している母親の状態により判断する。
・母親の症状が強く児をケアできない場合には、出生後、児を直ちに預かり室への入室が望ましい。その際、他児と十分な距離をとる(1.5m 以上)。
・哺乳瓶・乳首は通常どおりの洗浄でよい。
・原則、飛沫・接触感染予防策の解除は、母親のインフルエンザ発症後 7 日以降に行う。
本件Q&A改定経緯:
初版 平成21年5月19日
2版 平成21年6月19日
3版 平成21年8月4日
4版 平成21年8月25日
5版 平成21年9月7日
6版 平成21年9月28日
7版 平成21年10月22日
8版 平成21年11月9日
9版 平成22年12月22日