ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

現場からの疑問の声

2007年06月02日 | 地域医療

コメント(私見):

「政府の医師不足対策」の話題が、マスコミでも連日大きく取り上げられていますが、実効性にはいろいろと疑問があり、『地方向けの選挙対策キャンペーン』の色合いが非常に濃いようにも感じます。

この「政府の医師不足対策」の大きな柱の一つとして、『国が主導して緊急に医師を派遣する体制をつくる』という政策が掲げられています。しかし、医師派遣元に想定されている国立病院自体が深刻な医師不足に陥っていますし、そもそも、どこにも医師が余ってない以上、この政策の実効性は乏しいと思われます。

若手医師の地方への誘導』にしても、ベテラン医師がどんどん逃げ出しているような医療崩壊地域に、単なる数合わせだけで研修医を強制的に配置しても、まともな研修ができる筈ありませんし、義務の研修期間が過ぎれば、誰も地域に残ろうとはしないでしょう。

国際比較でも、我が国の医師の絶対数が不足していることは明らかです。この医師の絶対数が不足している問題を放置したままでは、目先の対症療法だけをいくら繰り返しても、「地方における医師不足の問題」は永久に解決しないと思われます。

****** 産経新聞、2007年6月1日

医師不足深刻な地方 国が派遣体制整備

 政府・与党は31日、産科や小児科など地方を中心に深刻化する医師不足を解決するための「緊急医師確保対策」をまとめた。国レベルの医師派遣システムの構築や大学医学部の地域枠拡充などが柱。6月にも取りまとめる政府の「骨太の方針」や夏の参院選の与党公約に反映させる。緊急対策では、都道府県からの求めに応じ、医師を不足する地域に臨時に派遣できるよう国レベルで「医師バンク」を設置。登録者は引退した勤務医らを想定している。

 さらに、中長期対策として、研修医が集中する大都市圏の臨床研修病院の定員を減らすことで、若手医師を地方に誘導。大学医学部の地域枠を拡大し、医師不足の地域や診療科で勤務する医師には奨学金返還を免除する。

 安倍晋三首相は31日、首相官邸で開かれた政府・与党協議会で、「多くの国民が地域の医療が確かに改善されたと実感し、安心してもらえるよう全力で取り組む」と表明。政府は今後、省庁横断のアクションプログラムを策定して対策の具体化を進める。

■対策のポイント

・国レベルで医師を派遣する体制の整備

・勤務医の過重労働解消のため、医師や看護師などの業務分担の見直し

・院内保育所の整備など女性医師向けの職場環境改善

・医師臨床研修病院の定員見直し

・産科補償制度など医療リスクへの支援

・大学医学部地域枠を拡充し、医師不足の地域や診療科で勤務する医師の奨学金免除

(産経新聞、2007年6月1日)

****** 読売新聞、2007年5月31日

研修医の都市集中是正へ

政府・与党 医師確保対策決定

 政府・与党は31日午前、首相官邸で、医師確保対策に関する協議会を開き、医師不足地域に対する「緊急臨時的医師派遣システムの構築」など6項目の緊急医師確保対策を決めた。

 政府が6月に決定する「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針)や参院選公約にこうした内容を盛り込む考えだ。

 対策は、〈1〉現役を退いた医師などを中心とした「医師バンク」を作って医師不足地域に派遣する〈2〉研修医の都市集中を是正するため、都市部の臨床研修病院の定員を見直す〈3〉医学部を卒業後、へき地などの勤務を義務づける「自治医科大学方式」を全国の医学部に拡大する――などが中心だ。

(読売新聞、2007年5月31日)

****** 共同通信、2007年6月1日

絶対数が足りない 医学部の定員増が不可欠 核心評論「政府の医師不足対策」

 「医師不足が深刻な地域に重点的に配置するといっても、どこにも医師は余っていない」-。政府、与党が31日まとめた医師不足対策に、現場からはこんな声が聞こえてきた。

 対策の柱は(1)国が主導して緊急に医師を派遣する体制をつくる(2)医療従事者の役割を見直して医師の負担を軽減する(3)離職した女性医師の復職を支援する-などだ。

 だが、医師不足は地域的な偏在や特定の診療科だけではない。医療法の配置基準を常勤医師で満たす病院は全国でわずか36%。勤務医も圧倒的に足りないのが実態だ。その背景には医師数そのものの絶対的不足がある。

 政府は「将来の医師数は過剰になる」として大学医学部の定員を削減しているが、地域医療が崩壊しつつある今こそ、逆に大幅な定員増に方向転換する必要がある。

 日本の医師数は現在約27万人。だが、人口10万人当たりの医師数では経済協力開発機構(OECD)30カ国で27位(2004年)。加盟国の平均には実数で約12万人も足りない。

 これに対して、国公私立の大学医学部合計の入学定員は現在7600人余りで、死亡や引退の医師を差し引くと、毎年約3500-4000人の増加にすぎない。現在のOECD平均に達するだけで30年以上かかる。

 こうした現状にもかかわらず、政府は1980年代半ばから一貫して医学部定員の削減に取り組んできた。「医師が増えると医療費も増える」のが理由だ。97年には閣議決定までしている。

 この結果、医学部定員はピークの84年の約8300人に比べると約8%削減されたままだ。現在の医師不足は、そのツケが回ってきたという側面も否定できない。

 ところが、厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」が昨年夏にまとめた報告書でも、「医学部定員の増加は短期的には効果が見られず、中長期的には医師過剰を来す」とされた。医師不足が叫ばれていた最中だっただけに、その認識には率直にいって違和感を覚えた。この後、政府は深刻な東北など10県を対象に「調整」として10年間に限り計110人の定員増を認めたが、とてもその程度では追いつかない。

 日本の医療費は、国内総生産(GDP)に占める割合でみるとOECDの中で18位(2005年)と低いが、世界保健機関(WHO)の調査では健康寿命は世界一(02年)だ。

 医療従事者の努力もあって、少ない医療費で高水準の医療を実現しているわけだが、これも「もう限界」と多くは指摘する。高齢化や技術革新による医療の質の向上などで、仕事量が飛躍的に増大しているからだ。

 GDP比の医療費が2000年ごろまで日本と同じように低かった英国は、入院待機患者が130万人などと悲惨な状況に陥ったため、結局、医療費を1.5倍に、医学部定員も5割増員せざるを得なくなった。

 日本もこのままでは英国の轍(てつ)を踏むことになる。もちろん、目の前の深刻な事態に対する有効な対策は必要だ。だが、それと同時にきちっとした長期的な対策がなければ、対症療法を繰り返すことになりかねない。

(共同通信、2007年6月1日)

****** 共同通信、2007年6月1日

「現実知らず」と医療現場 医師確保策、実効性に疑問 「大型サイド」

 国による医師の緊急派遣などを柱とする政府の緊急医師確保対策が31日、決まった。参院選を控えて急きょまとめられた側面が強く、医療現場からは「現実を知らない」などと実効性への疑問の声が上がった。

 「全体的に徴兵制度のような印象がある」-。医師不足が深刻な石川県・能登地方の中核病院、恵寿(けいじゅ)総合病院(同県七尾市)の神野正博(かんの・まさひろ)院長は、こう指摘する。「国に『行け』と言われて、医師が行くだろうか。派遣先に魅力がないと難しい。やりがいのある仕事内容や高い給与だけでなく、医師の子どもの教育サポートなど自治体も努力する必要がある」と話す。

 同病院は心臓病治療で有名な米国の病院と医師研修教育などで提携、6月には心臓血管センターを開設する。こうした先端医療で医師を集め、今秋から能登への医師派遣に取り組む計画だ。

 地域医療の担い手をつくる自治医科大卒ですら、出身県やへき地での計9年間の勤務義務を果たさなかった医師がこれまでに約80人も。この場合、多額の修学資金を返還しなければならないが、返還後、任期途中で専門医や開業医に転向していった。

 全国に146カ所ある国立病院は、今回の対策の医師派遣元に想定されている。しかし昨秋、国立病院同士で、東京などから医師不足が深刻な地方に医師を派遣する制度を導入したところ、医師に断られるケースが続出し、半年で中止した。

 「(対策にある)国レベルで派遣するって、具体的にどこから派遣するつもりなんでしょうか」。全国公立病院連盟会長の辺見公雄(へんみ・きみお)・赤穂市民病院(兵庫県)院長は首をひねる。国立病院間での異動も困難な状況で、派遣できるような医療機関は思い当たらない。「具体名を挙げない限り、何ら変わりませんよ」。

 研修医の都市部への集中を避けるための臨床研修病院の定員見直しについても「減らされる病院からは反発も出る。実現は難しい」とみる。

 岩手県宮古市の県立宮古病院の医師確保に奔走してきた熊坂義裕(くまさか・よしひろ )宮古市長も「国は現実を知らない。派遣する医師はどこにいるのか。臨床研修制度の変更で大学病院の医師派遣機能が壊れ、東京ですらお産を休止、縮小する病院が出る始末だ」とため息をつく。

 国民の求める医療水準が上がり、がんの死亡が増える中、医師の絶対数が足りないことを国はまず認めるべきだと主張。全体の数が増えない限り、地方にまで医師は回ってこないと考えている。

 青森県平川市の国民健康保険平川病院は昨年末から常勤医の退職が相次ぎ、6月からは無床診療所に。病院関係者は「対策がもっと早ければ」と唇をかむ。

 一方、福島県立医大病院の横山斉副病院長は「問題のポイントをムラなく押さえている」と評価。「医療事情は地域ごとに違う。各地での取り組みがあることを念頭に国は長期的、継続的に支援してほしい」と今後に期待する。

 同医大では、学生・研修医を対象に地元でのホームステイを昨年から始めた。病院と官舎の往復になりがちな研修医らに地域への愛着を持ってもらう狙い。「医師は来てくれるもの」「市長さんが連れてくるもの」という考えから「地域で育てるもの」という意識に変わらないと、派遣されて来ても定着しないと考えている。

(共同通信、2007年6月1日)

****** 朝日新聞、2007年5月22日

ドキュメント 医療危機 (32) 編集委員・田辺功

「安全」には人もお金も必要

 3月15日(木)川崎。

 川崎市立井田病院内科の鈴木厚・参事(54)=4月から地域医療部長=を訪ねた。北里大卒。昨年秋「崩壊する日本の医療」を出版した論客だ。

 ズバリ、崩壊を止めるには。「厚生労働省が医療費亡国論を捨て、医療に投資すること」と、明快だった。

 「医療は安全保障」が持論だ。自衛隊員も警察官も約27万人。費用は全部、税金でまかなわれている。医師もほぼ同数の約28万人だが、病院は診療収入でやっている。「国民は、警察とおなじで無料が当然と思っている。医療費から医師、看護師の給料、機械代や材料費が出ていることを知らない」

 医療の質を上げ、安全にするには人手や経費がかかる。米国では医療事故が問題になると、医師や看護師を増やした。ところが、厚労省は人員はそのままで、対策を指示しても費用は出さない。医師や看護師の安全のためにするエイズウイルス検査さえ病院の持ち出しだ。

 厚労省が決めている医療費の値段は諸外国に比べて格段に安いばかりか、他分野の国内料金よりも安い。長期療養型の病床が1日3食介護つきで約8千円だ。一番値切られた病床は何と3千円。ビジネスホテル以下で、明らかに「病院いじめ」政策だ。

 「病院の食事はまずい」といわれる。鈴木さんの調べでは、刑務所の食事の材料費は1食400円前後、学校給食は300円ほど。病院給食費は640円だが、人件費を引くと250円。刑務所や学校より安かった。

 「福祉目的の消費税で医療費を増やす」「医療費に原価方式を導入する」などを鈴木さんは提案する。

(朝日新聞、2007年5月22日)<script src="http://www.assoc-amazon.jp/s/link-enhancer?tag=tyamablogocnn-22&amp;o=9" type="text/javascript"></script> <noscript></noscript>


【正論】参議院議員、国際政治学者・舛添要一 2007年を医療ルネサンス元年に (産経新聞)

2007年06月01日 | 地域周産期医療

この事故は、癒着胎盤という極めてまれなケースで事前診断が困難であり、かつ予想外の大量出血であり、医療ミスではない。このような患者に対して適切な対応ができないシステムこそを問題とすべきなのである。

****** 産経新聞、2007年6月1日

【正論】参議院議員、国際政治学者・舛添要一 

2007年を医療ルネサンス元年に

■無過失補償制度など態勢整備へ一歩

 ≪医師を増やせばいいか≫

 日本各地で、医療ミス、医師不足、産婦人科の閉鎖などが話題となり、医療をめぐる訴訟も急増している。私たちにとって最も大切なのが健康であり、不幸にして病に罹(かか)ったり、けがをしたりしたときには、いかにして早く回復させるかを考えねばならない。政治の課題もそこにある。

 私は、ふるさとの北九州市に住む認知症(当時は痴呆(ちほう)症と呼んでいた)の母を7年間にわたって遠距離介護した体験があり、それがきっかけで政治家に転身した。そこで、国民の健康を守ることを自分の政治活動の主軸に据えてきたし、教育と医療については、貧富の差による差別が絶対にあってはならないと考えている。

 母を看取った現在は、子育てに奮闘しているが、それだけに介護問題とともに、産婦人科や小児科をめぐる諸問題にも積極的に取り組んでいる。医師不足の問題については、自民党の特命委員会や政府・与党協議会のメンバーとして対策案の取りまとめに当たっているし、自民党の参議院選挙公約でも、医師不足対策は特筆される予定である。

 しかし、問題は単に医師の数を増やせばよいというほど、単純ではない。日本の医療体制全体にメスを入れて抜本的に改革することが不可欠であり、医療サービスの受け手、つまり患者にとっても、また提供側、つまり医師や看護師にとってもプラスとなるような改革を模索する必要がある。いわば、日本の医療ルネサンスという夢を皆で協力して実現させたいと思う。

 ≪産科・小児科の深刻事態≫

 2006年2月18日、福島県立大野病院の産婦人科医が医療事故に関して業務上過失致死罪および医師法違反容疑で警察に逮捕され、全国の医師たちに衝撃を与えたことは記憶に新しい。この医療事故とは、2004年12月17日に、患者が帝王切開中に大量出血して死亡した件である。この事故は、癒着胎盤という極めてまれなケースで事前診断が困難であり、かつ予想外の大量出血であり、医療ミスではない。このような患者に対して適切な対応ができないシステムこそを問題とすべきなのである。

 ≪「医療崩壊」の現場から≫

 この事件以来、産婦人科医や分娩(ぶんべん)実施施設の数が激減しており、極めて深刻な事態となりつつある。産婦人科と並んで問題なのが小児科であり、医師不足問題の中でもこの2つの科が目立っている。医師不足問題の背景には、病院勤務医の過剰労働と賃金面でも恵まれない状況がある。当直勤務が多く、夜間や休日に患者が集中する状態は過酷である。患者の生命を救うという医師の使命感にのみ頼るには限界がある。さらには、近年における医療紛争の激増はいつ訴えられるかわからないという不安を増大させ、医師になる気を喪失させてしまう。最近は女性医師がとりわけ産婦人科や小児科で増えており、彼ら自らが出産・育児で離職することも医師不足に拍車をかけている。また、大学の医局の医師派遣機能も低下している。

 以上は、医療提供者側から見た諸問題であるが、医療サービスの受益者側からみても多くの問題がある。たとえば、3時間待って3分しか診てもらえない。単なる風邪なのに山ほど薬をもらうといった不満からはじまって、適切な治療が提供されているのだろうかといった根本的な疑問すら抱かせるような医者の対応もある。医療事故に遭った人たちは(1)原状回復(2)真相究明(3)反省謝罪(4)再発防止(5)損害賠償-という5つの願いを持っている(「医療被害防止・救済システムの実現をめざす会」資料)。このような願いを実現させるためにも、医療ルネサンスが必要なのである。

 昭和大学医学部産婦人科主任教授の岡井崇氏が、産婦人科の現場の深刻な実態を『ノーフォールト』(早川書房)という書で告発している。広範な国民に理解してもらいたいという気持ちで、小説の形で「医療崩壊」の現場をリポートしている。

 岡井教授も提案しているように、無過失補償制度を導入することも一つの解決策である。政府・与党は昨年度の補正予算と今年度予算で、とりあえず産科について無過失補償制度を創設する前提となる調査を開始できるように1億2000万円の予算措置を講じたところである。さらには、医療事故に関わる死因究明制度の検討のため1億3000万円の手当てをした。

 これらは端緒にすぎないが、多角的に問題を検討して、2007年を日本の医療ルネサンス元年とすべく全力をあげたいと思う。(ますぞえ よういち)

(産経新聞、2007年6月1日)<script src="http://www.assoc-amazon.jp/s/link-enhancer?tag=tyamablogocnn-22&amp;o=9" type="text/javascript"></script> <noscript></noscript>