ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

妊娠悪阻

2010年03月28日 | 周産期医学

hyperemesis gravidarum

[定義] つわり症状が悪化し、栄養・代謝障害をきたし、体重減少のほか、脱水症、ケトアシドーシス、電解質異常、腎障害、脳神経症状など、種々の症状を呈し、治療を必要とする状態。重篤になれば死にいたる場合もある。初産婦に多いが、重症化するものは経産婦に多い。

全妊婦の1~2%に発生する。

[症状]

第1期:頑固な悪心・嘔吐を主徴とする時期
①嘔吐は食欲に関係なく起こる。唾液過多を呈することが多い。
②脱水症状が出現し、吐物に胆汁や血液が混ずる場合が多い。
③体重減少、口渇、めまい、頭痛などの症状が出現する。
④尿中ケトン体、ウロビリノーゲンやウロビリン、尿蛋白の陽性

第2期:嘔吐に加えて代謝障害による全身症状が現れる時期
①著しい体重減少、口渇および皮膚の乾燥
②軽度黄疸、発熱、頻脈の出現
③尿量減少
④母体血中の電解質異常および蛋白の減少

第3期:脳症状、神経症状の現れる時期
①肝機能障害から黄疸の出現。
②ケトーシス、代謝性アシドーシスの出現。
③傾眠、昏睡、意識低下、眼振、眼球運動麻痺など脳症状の出現。
④母体血中の電解質異常、蛋白の減少、残余窒素、クレアチニン、ビリルビンなどの上昇。
⑤胎児死亡および母体死亡にいたる場合がある。

ケトーシス(ケトン血症):
生体が糖をエネルギー源として利用できなくなると、体内の脂肪を分解し(β酸化)エネルギーを得る。その結果生じたケトン体(アセトン、アセト酢酸、3-ヒドロキシ酢酸)の血中濃度が上昇する病態をケトーシスという。正常ではケトン体は尿中には出現しないが、ケトン体の血中濃度が腎排泄閾値を越えると尿からも検出される。

代謝性アシドーシス:
代謝異常により体内の炭酸水素イオンHCO3-が過度に減少し、血液pHが酸性に傾く病態。血中にケトン体などの酸性代謝物が蓄積する、もしくは腎で塩基の再吸収ができなくなると血液pHが酸性に傾き、代謝性アシドーシスになる。

Wernicke脳症:
長期にわたる不完全な食事摂取などの原因によりビタミンB1が欠乏して起こる脳疾患。 Wernicke脳症の三徴(眼球運動障害、失調歩行、意識障害)。神経症状は不可逆性で、時には死にいたる場合もある。母体死亡率4.8%、神経学的後遺症90.5%。本症の予防のためにも、重症妊娠悪阻の治療においてビタミンB1の投与は重要である。

妊娠悪阻の治療:
①食事療法: 入院を必要としない場合はまずこれを行う。好きなものを少量かつ頻回に分けたり、冷やしたりすると効果的な場合もある。

②第1期(頑固な悪心・嘔吐を主徴とする時期): 絶食・輸液療法で妊娠を継続・維持する。

1)絶食・輸液療法: 1日2000~3000mlを補液する。
 Wernicke脳症予防のため、ビタミンB1の投与は必須。

2)薬物療法:薬物使用は必要最小限とする。嘔吐の著しいときにはメトクロプラニド、ピリドキシンなどを使用する。漢方薬では小半夏加茯苓湯、半夏厚朴湯、五苓散などが用いられる。鍼灸が試みられる場合もある。これらの治療効果は一定でなく、個人差も大きい。

③第2期(嘔吐に加えて代謝障害による全身症状が現れる時期): 栄養障害が著しい場合には高カロリー輸液が必要な場合もある。

④第3期(脳症状、神経症状の現れる時期): 母体の生命予後に影響を与える可能性がある場合、人工妊娠中絶を考慮せざるを得ない場合もある。


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