ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

医療クライシス:妊婦死亡が問うもの/上・中・下 (毎日新聞)

2008年12月11日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

周産期医療の現在の危機的状況を打開するための方策がいろいろと検討されてますが、根本的には産科医療や新生児医療に従事する医師数を地道に増やしていく他ありません。

一緒に頑張ってくれる仲間が増えれば、絶対に何とかなります。産科医療や新生児医療に従事する楽しさや充実感を、多くの医学生や初期研修医たちに伝えて、周産期医療を志す若い仲間を一人でも多く増やしていきたいと考えています。

一緒に頑張る仲間を地道に増やし、みんなでスクラムを組み、みんなの力を結集して、この危機を打開していきたいと思います。

****** 毎日新聞、2008年12月9日

医療クライシス:妊婦死亡が問うもの/上 

少なすぎる医師数

 ◇開業医と連携なく

 昨年11月21日夜。東京都立墨東病院(墨田区)5階の大会議室に病院と都、地元開業医の代表計18人が集まった。産科救急の「最後のとりで」である総合周産期母子医療センターに指定されている同病院産科の常勤医が、定員(9人)の半数以下の4人となったことへの対応を話し合う初めての会合だった。

 病院は「(開業医は)患者を救急搬送したら、墨東に入って手伝ってほしい」と提案した。開業医たちは「なぜ医師を補充しないのか」「公立病院の責務はどうなったのか」と反発し、議論は2時間半に及んだが、具体策は決まらなかった。

 今年7月には非常勤医がさらに1人減り、土日の救急搬送に対応できなくなった。悲劇が起きたのは、その3カ月後の10月4日。脳出血を起こした妊婦(36)が同病院を皮切りに8病院に受け入れを断られ、3日後に亡くなった。江戸川区産婦人科医会の鈴木国興会長は「いつか起きると覚悟していた」と話す。

 都内の産科医は約1400人で、出生数に対する医師数は全国平均の1・4倍。全国75の総合周産期母子医療センターのうち9施設が都内にある。それでも十分な体制でないことは、関係者の間では周知の事実だった。今年9月にも同様の妊婦が同センターの杏林大病院(三鷹市)などに受け入れを断られた末に重体となり、深刻さが浮き彫りになった。

 06年11月にも、荒川区の開業医が切迫早産の妊婦の搬送先を探したが、墨東病院を含む十数カ所に断られ、川崎市内の病院で死産した。都福祉保健局長が都議会で「事実を検証する」と答弁したが、その後の都周産期医療協議会では取り上げられず、今年3月にまとまった協議会報告書でも触れていない。十分な対策が打たれないまま、悲劇は繰り返されたのだった。

 日本の医師数は、経済協力開発機構(OECD)加盟国中最低レベル。産科医不足の解消は容易でない中、どうしたらいいのか。

 大阪府泉佐野市と貝塚市は今春から、両市立病院の間で、婦人科手術は貝塚、分娩(ぶんべん)は泉佐野に集約した。以前はそれぞれが産婦人科医5人で、年間約750件の分娩や当直をこなした。当直は1人のため、他の医師が呼び出されることもたびたびあった。

 集約後は常勤医10人を基本に泉佐野の当直を回しているため、2人体制による24時間対応が可能になり、母体搬送を断るケースは減った。医師は呼び出し回数が半減し、手当も月20万~30万円アップ。開業医も当直に入るようになった。泉佐野病院の荻田和秀・産科医療センター長は「余裕ができた分、治療にも専念できるようになった」と説明する。

 東京では、総合周産期センターの愛育病院(港区)が地域の診療所と、健診と分娩の役割分担を進めている例などがあるが、医師を融通し合うような連携はない。都内の病院長は「墨東病院は一時、赤字を減らそうと、開業医が扱うべき正常分娩を取りすぎた。開業医との役割分担より利益追求を優先した結果地域から孤立し、協力体制を築けなかった」と指摘する。

   ×  ×

 産科の救急医療体制をどう立て直せばいいのか。各地の現状と取り組みを追った。

(毎日新聞、2008年12月9日)

****** 毎日新聞、2008年12月10日

医療クライシス:妊婦死亡が問うもの/中 

見つからぬ搬送先

 ◇調整役導入で好転

 「痛い、痛い」と訴える妊婦(36)の横で、産科医は搬送先を探すため懸命に電話をかけ続けた。10月4日夜、東京都江東区の産婦人科。都立墨東病院に受け入れが決まったのは、7病院に受け入れを断られた末の約1時間後だった。

 夫(36)は「なぜ、どこも診てくれないのか」と、やりきれない思いで待つしかなかった。妊婦は3日後に脳出血で死亡。搬送先が迅速に決まる仕組みは作れないのか。

 昨年11月、未熟児が7病院に受け入れを断られ、その後亡くなる事案が明らかになった札幌市。実は今年11月7日夜も、市内6病院に計48床あるNICU(新生児集中治療室)がすべて埋まっていた。こうした事態は月1回程度あり、「搬送不能」が繰り返されてもおかしくない。だが10月から産科救急の体制を変えたことで、受け入れ拒否の心配は基本的になくなった。

 仕組みは単純だ。市夜間急病センターに詰める助産師資格を持つオペレーター2人が毎夕、NICUのある病院の状況を確認し、受け入れ病院を決めておく。11月7日夜は、市内のある病院を受け入れ先に指定し、「NICUが必要なら苫小牧市立病院へ運ぶ」。産科医はセンターに連絡するだけでよく、搬送先を探す必要はない。

 大阪府も昨年11月、府立母子保健総合医療センターに、産科救急搬送を調整する専任コーディネーターを置いた。「各病院の事情を知るベテラン産科医なので、押しが利く」(府担当者)面もあり、病院選定にかかる時間が平均約50分から約30分に縮まった。

 厚生労働省によると、同様の取り組みは千葉や京都など4府県でも実施している。なぜ東京はやらないのか。関係者からは「数が多すぎてリーダーシップを取る病院がない」などの声が漏れる。

 東京には、(1)搬送が必要になった産科があるブロック(8地域)内の総合周産期母子医療センター(2)それ以外のセンター(3)すべて無理なら最初のセンター--の順で搬送を受け入れるとのルールがある。だが、現場の医師が、搬送先が見つかるまでかけ続けているのが実情。ネット上で受け入れ可能病院を表示するシステムもあるが、現場の医師には「情報入力の余裕がない」と不評だ。

 厚労省はそれでも、IT(情報技術)を使った搬送先決定システムの開発に力を入れようとしている。札幌市の体制整備にかかわった水上尚典・北海道大教授は「現場の医師に負担がかかるシステムは役立たない。産科医を医療以外の行為から解放することが大切だ」と訴える。

(毎日新聞、2008年12月10日)

****** 毎日新聞、2008年12月11日

医療クライシス:妊婦死亡が問うもの/下 

産科救急

 ◇深刻、NICU不足

 体重約1500グラム。細心の注意を払った帝王切開手術が無事終わり、赤ちゃんは元気な産声を上げた。06年8月、青森県立中央病院(青森市)の総合周産期母子医療センター。母親は約1カ月前、肺の動脈に血栓が詰まる肺塞栓(そくせん)症を発症し、約40キロ離れた弘前大病院(弘前市)に救急搬送されて緊急手術を受けたばかりだった。

 弘前大病院は総合周産期センターではなく、NICU(新生児集中治療室)はない。それでも運んだのは、重い脳や心臓の病気の妊婦に対応する病院を決めていたからだ。県立中央病院の佐藤秀平センター長は「母体救命には産科以外の診療科との連携が不可欠」と話す。脳出血になった妊婦の救急搬送を巡る問題が相次いだ東京では、なぜ救急で受け入れなかったのか。

 日本の周産期医療は開業医から総合周産期センターまで、産科の連携で対応する。厚生労働省はセンター指定要件に救急部門設置を求めず、分娩(ぶんべん)に力点を置いてきた。厚労省母子保健課は「産科以外の病気による母体救急はまれ」と説明する。だが、最近の研究で、分娩と関係ない「間接死亡」が妊婦死亡のかなりの割合を占めることが分かってきた。

 国立循環器病センターの池田智明・周産期治療部長らの研究グループは、米国の統計手法に従うと、日本の05年の妊産婦死亡数は84人で、脳出血などの間接死亡が41%に上るとのデータをまとめた。日本産婦人科医会も04年分を分析、間接死亡率を38%と推計した。池田部長は「脳疾患などの母体の救命は、日本の周産期医療ではほとんど注目されず、具体的な対策が少なかった」と指摘する。

 都周産期医療協議会は11月28日、都内9カ所の総合周産期センターのうち3~4カ所を「スーパー総合周産期母子医療センター」(仮称)とし、重症妊婦の搬送をすべて受け入れる方針を決めた。ただ、都の調査では、総合周産期センターが妊婦を受け入れられなかったケースの理由は「NICU満床」が約9割に上り、「スーパー総合」が機能するか懐疑的な声も上がる。

 産科救急が苦境にある大きな原因はNICU不足だが、全国で約1000床足りないとの推計もあり、国が医師数や医療費の抑制策を抜本的に改めない限り劇的な改善は難しい。協議会会長代理の楠田聡・東京女子医大教授は「スーパー総合は、NICUの負担増無しには動かない。根本的な解決はNICUが増えることだが、それまでは今まで同様耐えるしかない」と話す。

 当面は各地の取り組みの知恵を共有し、行政も支援して苦境に対応するしかない。だが綱渡りをいつまでも続けられる保証はない。

  ×   ×

 この連載は、須山勉、清水健二、河内敏康が担当しました。

(毎日新聞、2008年12月11日)

****** 読売新聞、2008年12月11日

周産期の救急医療体制…新生児ICU 「満床」対策が急務

 産科救急の危機が社会問題になっています。今年10月、脳出血を起こした東京都内の妊婦(36)が8病院に受け入れを断られ、出産後に死亡した問題では、そのうち3病院が最重症の妊婦や新生児の救急治療にあたる「総合周産期母子医療センター」だったため、関係者に大きな衝撃を与えました。

 国が、同センターを制度化したのは1996年。産科救急の拠点として24時間体制で複数の産科医が勤務していることなどを条件とし、現在、45都道府県で計75施設が指定されています。比較的高度な医療を行う「地域周産期母子医療センター」も全国236施設が指定され、地域の医療施設も含めた周産期医療ネットワークを構築することで、安心して赤ちゃんを産み育てられる環境づくりが進められてきました。

 ところが、ここ数年、救急での妊婦の受け入れ状況は急速に悪化。総務省消防庁が今春まとめた調査では、昨年1年間に119番で緊急搬送された妊婦のうち、3回以上医療機関に断られたのは1084件で、3年間で4・3倍に増えました。母子医療の“最後の砦”であるはずの総合周産期母子医療センターのうち7割が、昨年度、搬送受け入れを断った経験があることが、厚生労働省の調査で分かりました。

 その理由に、「新生児集中治療室(NICU)が満床」をあげている施設が92・5%(複数回答)に上ります。出生数は減っていても、出産年齢の高齢化などにより、NICUでの治療が必要な新生児が増えているとの背景も指摘されています。

 激務や訴訟リスクの高さから全国的に産科医不足が深刻化しているのも理由の一つです。産科医の確保が難しく、夜間、土、日の当直が医師1人しかいないセンターも少なくありません。また、国はこれまで産科と一般の救急体制を別々に整備。このため、産科医と新生児診療を担当する医師はいても、脳出血など他の診療科での治療が必要な妊産婦への対応ができない施設もあるのが実情です。

 それでも日本の新生児死亡率は諸外国に比べて低いのですが、より安心して子供を産み育てられる体制づくりに向け、産科と一般の救急医療の連携強化などの対策を早急に進める必要があります。【本田麻由美】

(読売新聞、2008年12月11日)