leaf*

ナツノの日常のことを書いています。
しばらくの間コメントお休みさせてくださいね…by ナツノ

萌黄色の頃

2007-03-27 | 季節

今年も雑木の中からカエデの芽吹きの色が、ひときわ目立つ時期になりました。萌黄色というのでしょうか。生命力に満ちた色です。
毎年の事ながら、枯れているのかいないのか、わからないようなか細い枝から、勢いよく萌え出る若葉には、人間とは違う沈黙のパワーを感じてしまいます。

芽吹きの春には、今まで眠っていた世の中(?)の「気」が、むくむくと目を覚ましてわきあがってくるような…そんな空気を感じます。ともすれば、それにたじたじと気圧されてしまうような…。

暖かな陽光のきらめく朝、小さな庭に出て石に座り周囲を見回せば、バラやビオラ…他の草木が、喜びにさざめいているように思えます。
または曇り空の午後。ひと雨きそうな、なま暖かな風に、おどろに枝を振り乱し揺れる若緑色のカエデからは、得体の知れない生への不安のようなものさえ感じます。

自然界の「春の息吹」とは、そんなふうに様々な形でちゃんと人間にも伝わってくるのかもしれませんネ。人間も自然界の一部なんだなと、改めて思ったりします。


コブシ

2007-03-14 | 母のこと

暖かかった2月、なのに…3月は寒い日が続きます。2月に背伸びしてしまった草花たちは、さぞ戸惑っていることと思います。

白内障手術。お年寄りは多くのかたが経験されるのでは、と思います。今では技術も進み、日帰りでも手術可能との事…。しかし昨年、検査途中ですべての予定を自分で病院に電話して(!)キャンセルにしてしまった母…。なのでそれなりに「今回はやらねば…!」という想いがあるようです。そんな思いつめること無いのに…あれこれ考え込み、本人はツラそうです。

父は生前「なるようにしかならん」が口癖でした。自己に対し、またそれ以上に、こんな性分の母に対し…パートナーとして助言し続けていたのではないか…と、今頃になり思います。

もうすぐ80歳の母。余生をゆっくり過ごして欲しいのに、なぜにわざわざ重石を肩に乗せるような思考をするのだろう。

「あら、コブシの街路樹だったの? 知らなかった…!」
右目を終え、今日、左目の為に再入院する母の車中でのつぶやき。 私「知らなかったの? この区間はイチョウでなくコブシだよ」 母「キレイだヮ…」
トシを考えると目覚しい回復は望めないのでは…との先生のお話ですが、近くも遠くも、以前よりは見えるようになった様子です。

病室に入った母は、付き添う私の髪の生え際を、しみじみ眺め…「あなたの髪の一本ずつが見えるよ。あなた、白髪がずいぶん増えたねぇ!」ですって、苦笑するしかない私でした。

《うす桃色のコブシ》


白い金平糖や色つき金平糖

2007-03-05 | 暮らし

風が強く、いかにも「春の嵐」と呼ばれるような午後です。薄グレイの空を背景にして、やや濃い目のグレイの千切れ雲が次々と列を成し、東のほうへと速いスピードで流れていきます。ベランダがぬれています、気づかぬうち雨も降ってきた様子。雨は、舞い上がる街中のホコリを少しは静めてくれるでしょうか。

低気圧が通り過ぎる、こんな不安定なお天気の日は、朝からなんとなくそわそわ。今週半ばからの母の1週間ほどの入院準備や、春休み間近の子供達の事、身辺で、チョット色々気になることが重なり…(大した事ではないのです)、どうも落ち着きません。
やや離れて見える小学校の、最上階の窓が開いているようです。オレンジ色の校舎の内側から風にあおられ、白い大きなカーテンが空にむかって大きくたなびいています。お掃除時間でしょうか。カーテン、ぬれてしまうのに…教室内では、そんな事おかまいなく夢中で飛び跳ねている子供達の様子が目に浮かびます。

春風の強く吹く曇りの日は、土の中まで暖かいのでしょうか、生き物や植物たち、そして街全体から何やら、ざわざわしたウゴメキを感じます…。昨年の春、お医者さんは「春になれば気温が上がり、血管も広がるんだよ、たくさんの血を心臓に送らなくてはいけないから、そりゃ動悸もするし貧血気味にもなるよ。」と教えてくれました。

白い金平糖のなかに混じった幾つかの、ピンクや黄色や黄緑色のお星様のように…ハミングしたり微笑んだり、楽しい日々もめぐってくるんだと、そう思います。
でも私には大した事は出来ません。日々の小さなことに感謝したり、節約したり、誰かに優しくしようと思ったり、反対に自分を責め、反省したり…そんなふうにしか、過ごしていません。

白い金平糖の小さな袋に指を突っ込んで、目を凝らし、色つき粒をなんとか掴もうとしても、そう簡単にはいかないような気がします。だからただ静かに過ごしていれば、あるいは知らぬ間に、色つき金平糖をつまんでいるかもしれません。

春の光に生きる喜びを感じ、春の重苦しい嵐に気持ちが乱れ…。訪れる季節は、日めくりとともに身体で受け止めるしかありません。現実は、いつも自分の前にあります。だからこそ…たとえば陽だまりに咲くフリージアのような柔らかな香りとたたずまいで、出来る事ならもっと淡々と、生きてゆけたらなぁ…と夢のように思います。

《画像:なかよし》