『沈黙の春』から半世紀。
映画『レイチェル・カーソンの感性の森』の上映が始まりました。
~~「知ること」は「感じる」ことの半分も重要ではないんです。レイチェル・カーソン~~
渋谷の「アップリンクス」では、『未来の食卓』も同時上映されています。
『未来の食卓』はdvdで観ました。
『沈黙の春』は、もういちど読み返したいと思います。
ぜひぜひ、『感性の森』、数日中に観たいと思います。
意識をしなくても、息を吸うことに無関心であっても、ふつうに呼吸が出来るありがたさ。
あまりに当たり前で、そのことに感謝の気持ちも無かった私。
息を吐き、息を吸うことのできる身体に、ありがとうございます。
ドキュメンタリー映画「いのちの林檎」を観ました。鎌倉で行われた自主上映会に参加しました。
化学物質過敏症は最近よく聞く言葉ですが、2009年に正式に認められた症状です。
私の周りにも化学物質過敏症の人がいます。
今回の映画の中の早苗さんほどではないにしても、みんなそれなりに苦しんでいます。
たとえば電磁波の影響、農薬の影響、シックハウスの影響、さらにタバコや洗剤、シャンプー、芳香剤など、身の周りには化学物質過敏症を引き起こすものがあふれています。受ける反応は個々人によって違いますが、化学物質過敏症は小さなお子様たちにも広がり、どんどん増え続けているように思います。
私の友人は、エコポイントで買った新しいテレビに使われていた器材のひとつに反応し、息苦しさを覚えています。
私は、新しく買った足元に置く電気ストーブを使うたびにそれが発する独特の臭いに辟易としています。ある方に相談したら、それは電気を出す蛍光灯のような部分に使われた塗料のせいではないかということです。
こんなことは一例に過ぎないけれど、ダイオキシンの問題なども含めて、私たちは目に見えない化学物質の汚染にさらされ続けているともいえるでしょう。
そしてその汚染が自身のキャパを越えたとき、取り返しのつかない症状として発症するのだと思います。
映画が上映される会場での入場の際、「携帯電話はマナーモードにではなく、電源を切って下さい。電磁波に影響する方も何人もいらっしゃるので」と、注意が促されました。
昔はなかった携帯電話やパソコン、(電子レンジ、ホットカーペット、電気毛布)などの便利機器。使わないわけには行かないけれど、その使い方を考え直す必要があるなあと思います。私は昔から身体が受け入れなくて、( )のものは今は使っていませんが。
さらに、2年前から化粧品アレルギーが出てしまい、いまは石鹸で顔を洗う以外に顔のお手入れができませんが、これでいいのだと言い聞かせています。
化学物質を使っていると、その人は大丈夫でも過敏症の人はたちまちのうちに反応してしまい、今回の映画の主人公早苗さん母子はまるでシェルターのような山の中の小屋にこもり、暮らしているという現実の重さ。それでも様々なものに反応して呼吸困難に陥る場面も度々紹介されていました。
撮影に入る半年くらい前から、衣類の洗剤をせっけんに変えて撮影に臨んだという監督やプロデューサーやスタッフ。さらに早苗さんは新しく撮影のために買ったカメラにも反応し、古いカメラで撮ったなども披露されました。
鉄のストーブをつくっている友人のところにも、今の鉄ではなく昔の鉄でつくったもの、いわば今友人が自家用に使っている古いストーブを譲ってほしいという方がいたそうですし。
どうしてこんなことに、こんな汚染物質があふれる世の中になってしまったのかしら?と、問いかけながら会場を去りました。
私はこれからも、化学物質過敏症に関するシンポジウムなどに出来る限り参加して関心を寄せ続けて行きたいなと思っています。
それら情報を得るためには、『ピコ通信』がオススメです。
「門仲天井ホール」で開かれた映画の上映会。
ドキュメンタリー映画『瞽女さんの唄が聞こえる』(伊藤喜雄監督作品・34分)が上映されました。
午後2時からの上映の後、市川信夫さん(高田瞽女の文化を保存、発信する会代表。「ふみ子の海」の著者)のお話しや高田で町おこしを進める方のお話しなどがあり、最後は高田の食材を使ったパーティが催されました。
(上の写真は左から主催者のひとり斉藤弘美さん、高田町おこしの代表者、そして市川信夫さん)。
『瞽女さんの唄が聞こえる』は「門仲天井ホール・瞽女プロジェクト」が主催し、昨年4月から今日2月13日に行われたものまで6回にわたり、映画の上映とともにそれぞれのゲストを招いて伝統芸能としての瞽女唄や民族文化としての瞽女さんを語り継ぐ催しとして開催されたようです。
私は今回が初参加でしたが。
上の写真右は、『瞽女さんの唄が聞こえる』でナレーターを務めた女優の斉藤とも子さん。
とも子さんは、数年前トム・プロジェクトが企画した芝居『かもめ来る頃』で描かれた松下竜一&洋子の二人芝居で松下竜一氏の妻洋子さんを演じた方です。
2008年に中津で行われた「第4回竜一忌」に私も参加していて、洋子さんやとも子さんとトムプロジェクトの皆さんと故松下氏の川べりの散歩コースをみんなで歩きました。
「かもめ来るころ」はこちら→☆や→☆をご覧ください。
とも子さんはこちらもドキュメンタリー映画で原発反対運動が長年にわたり展開されている祝島のことを描いた「祝の島」でもナレーターを務められ、私はその映画も観ていましたのでよかった。
着々ととてもよいお仕事をしているなあと思いました。
もしやとも子さんも会場にいらっしゃるのではないかと思っていて思いがけず再会しました。
洋子さんにお電話をして、「洋子さん、いま、とも子さんとお会いしてるのよ!!」と伝えると洋子さんもびっくり。とも子さんに電話を渡し、しばしとも子さんと洋子さんとのお話しが弾みました。よかった!!!
「カモメ来る頃」は再演計画があるそうで、ぜひぜひ!!と願いました。
上の写真は右が『瞽女さんの唄が聞こえる』の伊藤監督。他にもプロデューサーの男性や、監督のお嬢さんもカメラに入って下さいました。
1971年に撮られた高田瞽女の記録が、40年を経て映画化されたということにも驚きました。
関係者が生きているうちにと編纂された『瞽女さんの唄が聞こえる」。
監督は挨拶の中で、「カメラマンをはじめ、スタッフの感性がすばらしかった!!」と関係者をねぎらっていたのが印象的でした。また「ときは刻々と過ぎて行き、瞽女も滅びるけれど我々も滅びる」と、映画の完成を見ずに亡くなられた関係者のことを偲んでいました。
もろもろの制作の仕事は人のご縁のつながりで進められていくのですね!!!
ドキュメンタリー映画や土俗的芸能が大好きな私はこの『瞽女さんの唄が聞こえる』が記録的にも貴重で、映像的にも美しいモノクロで40年前に撮られていることに感動しました。
高田瞽女と言われる「瞽女宿」の多い高田でも、実際に瞽女さんに会ったことのある人はとても少ないことなども知りました。
しかし、さらに感動したのは客席の中に高田出身の108歳の女性がいるとお聞きしたことでした!!美しい方で、お会いできたこともとてもうれしく勇気をいただきました。
私が108歳になるまでには、まだ45年以上もあるのです。私もこんな素敵なおばあちゃんになれるといいな~~☆お洋服もすてきで、赤を基調のコーディネイトがお見事、靴も真っ赤な靴をはいていらっしゃいます。写真右の男性は息子さん。高田高校の校歌をご披露して下さいました。
細い糸で結ばれたご縁で知った今日の上映会。
主催者の斉藤弘美さんが私に下さった今年の年賀状で今日のことを知らせて下さったのですが。
他にも、会場には見知った方や共通の知人を持つ方などもいて本当に驚きました。
高田の特産の素材を使ってパーティ料理を作られた女性は、千葉大の学生のとき、建築デザイナーで教授でもあったS先生のもとで学ばれたとか。私も町づくりデザインでS先生の講座に地域住人の一人として参加していたことがあります。
他にも書ききれない、おともだちのおともだち、のような著名なピアニストの方やダンサーの方などもいらしていて、とても華やかな上映会でした。
細い細いご縁から広がるつながり。
4月のお花見シーズンは「もんてん瞽女プロジェクト」が企画している「高田瞽女ゆかりの地を巡るツアー」に参加できたらいいなと思っています。
今日は千葉県市原市飯給でも「里山起こし」で清掃整備が行われた日。
ブックマークの「飯給里山だより」をご覧ください。小湊鉄道と美しい飯給の里山が広がります。
明日あたりその記事がアップされることでしょう。
(2月15日追加記事:飯給の清掃整備の日は私の勘違いで19日でした。スミマセンでした。)
ああ、体がふたつあったら、そちらにも参加したかった!!!
いつもいつも、ぼんやりのんびり過ごしている私なのに、なぜか参加したいイベントが重なるときがあり、残念な思いをしています。
☆~☆ 今日も、無限の無限のありがとうございます ☆~☆
ブログの記事が長くなってしまいました。お読み下さり、ありがとうございます。

人は過去の記憶を忘れることができないけれど、あるのは、いま、それだけ。
いまここ以外に過去も未来も無いという中で生かされています。
しかし、そのことを知りながら、過去の記憶に遮られて自由に飛ぶことを封印して行く哀しい習性があります。
アメリカ映画「ショーシャンクの空に」で主人公アンディが名わき役としてモーガン・フリーマン演じるレッドに語る言葉の中に、
「記憶のない海がある。そこはメキシコのはずれで海のそばにはシワタネホという都市がある。その海のそばのシワタネホにホテルを建て、海にボートを浮かべて生きる」と。たしかこんなセリフが。そして獄中にありながら19年を経て脱獄し、希望を果たすアンディ。仮出所をしたレッドがアンディと約束した大きな木の下に行き、アンディの書いた言葉の地図とドル紙幣を探し出し、アンディのもとへと合流するレッド。
調べてみると、記憶のない海は太平洋のことともあります。
ふたりとも服役中で刑務所の中で語ったアンディほか服役者の語る言葉の中には名言がたくさん出て来ます。
「選択は二つ。必死に生きるか、必死に死ぬか」。絶望のみの日々の中に抱く希望の重さなどなど、人はどんな逆境下でも語ることとともに行動することで救われて行くことも多いのだと思います。
過去の記憶を消せないから人は人足りうるのだろうと思うけれど、過去は戻らないし、過去は記憶に残る限り消せないものとして心を覆う。
記憶のない海に浮かび燦々と太陽を浴びたなら、未来は希望だけに彩られることでしょう。
「ショーシャンクの空に」の映画はもちろん見応えじゅうぶんの語り継がれる名画だけれど、もし記憶のない海というのがあったなら、私もその海に浮かぶボートに乗ってみたい。

映画「エリン・ブロコビッチ」をレンタルDVDで観ました。
エリン・ブロコビッチ(原題:Erin Brockovich)は2000年制作のアメリカ映画。アメリカ西海岸を拠点とする大手企業PG&Eから、史上最高額の和解金を勝ち取ったエリン・ブロコビッチの半生を描く。主演のジュリア・ロバーツが第73回アカデミー賞主演女優賞を受賞した。また、エリン・ブロコビッチ本人もカメオ出演している。(gooウィキペディアより)。
見応え充分。
ジュリアン・ロバーツ扮するトッポイ女性エリンは3人の子持ちシングルマザー。学歴も無く職も無く、たまたま飛びこんだ弁護士事務所で、当面の生活費欲しさに勝手に居着くようなかたちで働き始める。エリンの唯一の自慢はかってミスコンテストで優勝したことくらい。ボインボイン丸出しのタンクトップやミニスカートファッションに最初は事務所の方もハタ迷惑。
実話に基づいて制作された映画は、しかし、このエリンの生活実感あふれる勘と、公害で苦しむ住民たちとのフィット感から思わぬ展開へと動いて行きます。
学歴も無く、弁護士資格も持たないエリンが勘と感と思いだけで、自らが足で集めた情報や資料をもとに企業や名だたる弁護士にグングン迫って行くシーンは圧観。
人を動かし、人が動くということはこういうことなんだなと深く納得しました。
とてもよく書かれた『エリン・ブロコビッチ』の記事を見つけました→☆
この記事のホームページ「さうすウェーブ」を開いてみると、なんと宇井純さんの記事があったり、芥川仁さんの『椎葉物語』が紹介されていたり……何だか惹かれるものはつながっているんだなあと、ウフフと思わず思いました。『椎葉物語』、私も読みました。
「週刊金曜日」に化学物質過敏症のことが特集されていました。
化学物質過敏症については、私も関心を持っています。
その中で紹介されていた映画『いのちの林檎』を観ようと鎌倉へ~~。
ところが会場についてもその気配なし。
もう一度記事を確認、場所に違いも無いし、おかしいなあと思い、ホールのスタッフに訊いてみると別の催しものが行われていると言います。
スタッフと再度記事を確認すると、なんと『いのちの林檎』は2月19日(土)の上映が判明。
あ~あ、またやっちゃった!!とちょっとがっかり。
ひ日の読み違え、よくやりますが、最近は久しぶりです。
夕方から武蔵小杉で行われるイベントに参加する予定のところに「週刊金曜日」を見てしまい、交通費も時間も節約出来る!と、早とちりをしてしまいました。
気を取り直して「鎌倉鶴岡八幡宮へ」。
名残りの紅葉が私を励ましてくれました。
倒木したご神木「大イチョウ」も元気に再生していることがわかり、勇気をいただきました。
夕方からは武蔵小杉へ移動。
「中原市民館」で行われた「WorldShift 白熱教室」(主催:サトルエネルギー学会ワールド・シフト研究会)へ。
千葉大の小林正弥教授の白熱教室「これからのWorld Shiftを考えよう」が展開されました。
サンデル教授の白熱教室をテレビで観ていた私はそのとき「ああ、こんな時代が来たんだ!」とその対話式講義に感動しましたが、それをここではリアルに同時体験。
「世界の変革にはどのようなことが必要か」から「スピリチュアリティと平和」にテーマを絞った小林教授の投げかけに、参加者が挙手を通して様々な意見を述べ、そこから開かれて行く新たな考え方に共感したり感心したりを繰り返しながら、私自身の中にも理解が深まり自分の考えが整理されて行くという体験を味わいました。
学者や政治家、有識者にとどまらず、市井の市民ひとりひとりが「環境」や「経済」「社会」について問題意識を持ち対話をして行くと、あきらめていた平和で理想の世界を少しずつ構築していけるのではないかではないかとそんなことを思いました。
プログラムは「白熱教室」から「幸せ創造劇場」へと移り、ここではガンダーリ松本さんがファシリテーターを務め、左脳から右脳の世界へ一気にチェンジ。
左脳で考える難しいことはわからない!!その緊張やイライラを身体を通して即興劇へと。
終盤は会場の皆さまも舞台に上がり、「シフトした未来のイメージ彫刻」をつくり、ソプラノの福崎芳枝さんのリードで「翼を下さい」をみんなで歌い、プログラムは終わりました。
身体を通して瞬時に思いを表現するという即興劇を展開する「幸せ創造劇場」は、私にはまだまだ苦手な分野だけれど、身体を拓けば心が啓く……この即興劇を、考えることなく恥ずかしいという思いを外して出来て行ったらいいなとそんなことを考えながら帰りました。
動くことは大変なこともあるけれど、楽しいこともあり得ることも多い。思い込みや思い違いの強さが結果として行動を強く促し、そこから見えて来る新しい世界があることも。
計算通りには行かない人生とまるで同じような人生のショートハプニングを1日で味わい、思わぬ展開へと導かれる醍醐味。
上映時間が節約できた分、計画にはなかった鎌倉のあちこちを散策できました!!
2月にはまた鎌倉に行き『いのちの林檎』を観ようと思います。
チャップリンの「ライムライト」をDVDではなく、シアターで観られるなんて!!!
六本木ヒルズの中にある映画館で朝10時からの1回だけ「ライムライト」を上映していました。
(1週間の週替わりで上映しているようです)
毎週水曜日は六本木に行っているので、都内でのイベントやショップ探索などは出来るだけ水曜日に集中するようにしています。
映画情報を調べていて「ライムライト」上映のことを知りました。
ちなみに、来週22日の水曜日も10時からの1回上映で「チャップリンの独裁者」が上映されるようです。
レンタルDVDを水曜日に借りると1本190円で7泊借りられるけれど、映画館で観られるものなら観たいです!!!
(ちなみにこの上映企画は1本1000円です)
「ライムライト」を観ることが出来て思わず「ついてる!!」と叫びたいほどの感動がありました。
人は日々何かに導かれながら生かされているのかしら?と思わず思ったほど。人の喜怒哀楽が静かに織り込まれ、今の私にたくさんの示唆があり、勇気をもたらしてくれました。さすがチャップリン!!と心に沁み込む素敵な映画でした。
チャップリン演ずる道化師のカルヴェロが自殺を企てた若き踊り子テリーに向かって言うせりふ。
~~人生は願望だ。意味なんていらない~~
~~人生に必要なのは、勇気と想像力と少しのお金だ~~
ほんとうにかっこいいチャップリンとチャップリン映画の醍醐味をたっぷりと味わった137分。
カルヴェロの住む当時のイギリスのアパートの一室の何と素敵なこと!!1910年代を設定された映画だそうだけれど、そのうつくしさにもうっとり。
観終わったあと、幸せってこんなときのことを言うのかも知れないなと思ったほどでした。
映画の後のランチデザートは「ライチ紅茶と杏仁豆腐」。
ぺろりと平らげたあと、そうそう写真を撮り忘れてしまったわとカメラを取り出しパチリ。
杏仁豆腐はプリンのようにカップに入れられて出されました。
こちらも、ちょっとお洒落で美味しいごちそう。幸せでした。

ミナトヨコハマ 昼下がり~夕刻の模様

11日午後5時より「神奈川県民ホールBlギャラリー」で行われた演劇集団「cuatro gatos(クアトロガトス)」の公演。
水俣病事件をテーマにしたプロジェクターでの映像照射と、耳に届く声は論文を詠みあげている口調、そしてチェリスト入間川正美さんの即興チェロの演奏……。
演劇なのに舞台に人影が見えない。姿の見えない出演者の声はときに数人が複合し、バイブレーションのように響く。およそ45分間、3次元の舞台なので2次元の映画とは違うけれど、まるでドキュメンタリー映画をワクワクと観ているような感情も湧いてきて、あっという間に刻が過ぎて行きました。生の力がありあり。
「cuatro gatos」代表の清水氏とはよく会っているのに、彼の演出による「生」の舞台を観たのは初めて。
清水氏からは事前に「退屈な上演なので、期待せずにいらしてください(汗)」とメールが届いていたけれど、私には斬新で刺激的でとてもとても面白かった演じるという表現手法と耳に届く音としての「ことば」の世界!!!
清水氏は胎児性水俣病患者さんとも親密に関わり、その対応ぶりにいつも心を揺さぶられている私。今回、患者Nさんをプログラム上スタッフとして記名しながら、Nさんの姿はなく、映像としても患者さんを登場させなかった、その表し方。
劇上での「彼らは事件の犠牲者でありながら、事件を伝えるために、ときにはさらしものにされ……」という抑制された声が私を捉え離しませんでした。本当にその通りだと深く共感している私自身がいるからです。
患者さん当事者と、その脇に居る人々との温感差。チッソを砕き、患者さんのために!と声高に叫ぶ人たちを見ながら、事件から50年以上を経たいま、患者さんを囲い込み、疲弊させる、その人たちこそがいつの間にか患者さんの尊厳を踏みにじっているのではないかという違和感。もちろん支援者ではないけれど、私自身の中にもそれは自分の問題として大きくあります。相手の立場に立つということの困難。
それらを深く問いかけているようでもある脚本のちから。
そして照射には人の顔や手のパーツの大写しが映しだされて行きます。(内側でチェロを弾く入間川さんのパーツだったのかも)。
商業演劇とはまったく正反対の、しかし表現し伝えるということの演劇を通した場や言葉の力。
すばらしかったです!!!!!

そして、外に出てみると、春の風が吹いたような師走の夜のミナトヨコハマはブルーライトがひときわ映えて。
4日のBSハイビジョンでビビアン・リーとキャサリン・ヘップバーンそれぞれの生涯を追う番組をやっていました。思わず最後まで観てしまいました。
ビビアン・リーは「風と共に去りぬ」の印象が強く、「哀愁」も心に深く残った映画でした。「欲望という名の電車」では、あの可愛らしかったビビアン・リーがこんなにと思ったものです。
それぞれ大女優の道を歩き、傍目には幸せに見えたふたり。しかし、家族の事情を抱えていたり、道ならぬ恋に落ちたり、病に見舞われたりの波乱の人生だったことを知りました。
キャサリン・ヘップバーンとヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダが共演した「黄昏」についても番組は触れていました。
番組を観ていて、近いうちに「黄昏」はDVDでぜひ観たいと思いました。
レンタルDVDを借りるときはドキュメンタリーとドラマを半々くらいで借りることが多いです。
最近借りたものは、「神との対話」「ダライ・ラマ」「精神」などで、ドラマでは「沙羅双樹」「ホテルビーナス」など脈略なく手当たり次第といった感じ。
とびきりの名画に出逢うためには映画館のスクリーンで観ることに限ると断言できますが、DVDのおかげで「観た気分」になれることも大事だと割り切っています。

神楽坂にある「まんじゅうカフェ麦丸2」の6周年オープン記念企画イベント。
「麦丸」ファンの私はさっそく申し込み、当日の23日行ってきました。
「ザ・ピーナツ」ではなくて、今さら「こまどり姉妹」?と訝しく思いながら、「麦丸」の仕掛けには時代を感じる何かがあるはずと。流行歌にも歌謡ショウにも関心はなかったけれど、この時期の「こまどり姉妹」には興味がわいたということと、土着的演歌の世界に浸ってみるのも今の私にはいいかもと。

「シアターイワト」の会場は超満員。100人のところを130人くらい?もっと入っていたかも。
私は前から4番目の席に座ったけれど、一番前に座ればよかったと始まってから猛後悔。

前座が長かったけれど、いよいよ「こまどり姉妹」の登場となったときの拍手のすごさ。
楽団演奏のあとの前座を務めた男性はこの拍手をきいて同じ舞台人の悲哀をかみしめたのではと思われるほどの割れるような拍手。こういう部分は世の中リアリティがはっきりしています。
「メークに4時間半かかったんですよ。ぜ~んぶふたりでやっているもんですからねぇ……客席が近いときいていたんですけど、こんなに近くては厚塗りが目立つわねぇ」と、まるで砂かぶりのような前列を見て笑わせながらも、伸びた背筋に教えられるものが多かったです。きみまろさんといい線いくセリフまわしはさすがのキャリア。抜けていますねぇ!!
齢をとっても変わらない衣装と変わらないメーク、そして舞台人の根性、凄かったです。
舞台が終わってからの熱気と喝采はしばらく鳴りやまず、会場のみんなが苦労の多かった「こまどり姉妹」にエールを送っているようでした。
何事もその場まで自分の足で歩いて行かないとわからないことがいっぱい。だから人生面白いのかもしれません。
「麦丸」が6年経ったんだ~と、神楽坂界隈を歩いていてオープン間近の頃、飛び込んだ私にも感慨深いものがあります。麦丸ジャンクアートが大好きな私。当初は空いていた店内も今や混み合っています。
6周年、おめでとうございます!!!
こまどり姉妹への拍手と麦丸への拍手が重なって耳に届いた一日でした。