街の中の雑貨屋さんの塀に咲いていた白いジャスミン。
ワイヤープランツとの混生がいっそうさわやかさを醸し出していました。
写真の中からも、濃厚なジャスミンの香りが漂ってきそうです。
緑濃い葉の中に埋もれるようにある薄緑色の蕾。
昨日の「トケイソウ」のつぼみは、どうやら、「クレマチス」の八重咲きらしいということがわかりました。
それにしても、何とも豪華な花です。
写真を撮っていた私に、この花の在り処の主の方が声をかけて下さいました。
「花が咲いたら、一本持って行って下さいな。勝手にどうぞ、お持ち下さい」と。
この花は、日の向きの関係からなのか、塀の外側に向かって花芽が伸びています。
しかも、玄関側ではなく裏側に植えられているので、散歩コース向き花設えとなっています。
私は、内心、今のこの蕾の状態で一本欲しいなと思いましたが、いただくのが申し訳なくて、言い出せませんでした。
気持ちだけありがたく頂いて、立ち話を切りあげました。
ジャスミンが咲き始めました。
こちらは、トケイソウのつぼみかしら?
さわやかな青い花。可憐でかわいい。
今にも弾け散りそう。
仲よしのねぎぼうず。
見知った道を歩いていても、景色がいつも違います。
やっぱりカメラを持って出てよかった!!!
深川にある牡丹園に友人が案内してくれました。
雨が続き、にわか雨が今日も降り、牡丹の花の盛りは終わっていました。
それでも、牡丹はささやきます。
“わたしは、牡丹ョ。花の女王よ”と。
散って行くときも、潔く、美しく、艶やかに……。
“どんなときも、私は花の女王ョ 遠慮しないで、アップにしてちょうだい” 牡丹のつぶやきが耳に届きます。
散る牡丹は、咲き初めの牡丹よりも、格段に美しく魅惑的で、ステキです。
ちなみに、大人姿の牡丹に、我が姿を重ねてみたりして。
人も花も、こうして散っていきます。
初夏のモミジが風に揺れています。
新緑の中を歩くのは、それが見慣れた家の周りの景色の中でも、ほんとうに気持ちがいいです。
緑が年ごとに深くなっていきます。そして、緑のいい匂いがします。
木々が育ち、眺める分にはとても楽しいけれど、時には、日照の問題や落ち葉の問題、虫のことなど、至近に住む人たちには深刻な物議のもとともなります。
家ではたまった雑誌の整理をし、雑誌風書物を5冊ブックオフに持って行くと、400円でお買い取り。
(ちなみに、月刊誌などは引き取ってくれません)
安いのか高いのかわからないけれど、まあこんなものかと納得。
月刊誌は、「古新聞回収日」に出すことにして一括りにしました。
あ
近くの水路に浮かんだ八重桜の花びら。
「花筏」という固有名詞を持つとってもステキな花(緑の葉の上に小さな小さな花を咲かせます)がありますが、今日の花筏は桜の花びらです。
ぼってりとした花は散っても魅惑的です。
フェンスの中もこのとおり。
公園のたんぽぽ畑を通ったら、こちらは緑の上に雪が降り積もったように一面真っ白。黄色い畑が綿毛で真っ白になっていました。
自然が移り行くスピードの速いこと、速いこと。
駅までの散歩にカメラを置いて出かけたら上のような景色が広がっていました。
仕方なく携帯電話のカメラで写したものです。
久しぶりに「丘の上のガーデン」に上ったら、すずらんの花が咲いていました。
顔を近づけ、レンズを向けると、芳しい香水のようなすずらんの匂い。
健やかに育つ花をみて、いっときの至福。
青空が広がり、空を背景にコブシの花が光っていました。
コブシは初夏をあらわす花なのでしょうか……?
手許の「俳句歳時記」で調べてみると、コブシは春の季語となっています。
しかし、「春」は、3月、4月、5月と記され、立春から立夏(5月5日)の前日までと説明されているので、今の季節にぴったりと合わせ咲いているということになります。
自然ってすごいですね!!!狂わずに咲くその神秘。
コブシのことは、辛夷(こぶし)、木筆(こぶし)、山木蘭(やまもくれん)、やまあららぎ、こぶしはじかみと表記することも知ったけれど、子供の拳に似ていることからこの名がつけられたというのも、生活にまつわる人と花の関係性が見えてほほえましいですね。
家の周りのメタセコイアもいっせいに緑の柔らかい葉を芽吹かせました。
その勢いやすごい!!!!!
そして、マンション広場には、幾筋もの鯉のぼりが上がりました。
少子高齢化の波がジワジワとおしよせているのは例外ではありません。
街路樹のアメリカフウ(楓)も花芽を付けています。
今日は昨日と変わり、とても暖かく気温がぐんぐん上がりました。
この気温差は、夏バテようのものをもたらします。
暖かくなり、むせかえるような日が来ると、私ってやっぱり冬が好きかしら?など、人間ってほんとに勝手なものですね。
遠くから眺めると、牡丹の花かと思い、近づいてみると石楠花でした。
もう、石楠花が咲く季節なんですね。
季節の移り変わりは本当に早いです。
4月が終わると、1年の3分の1が終わったことになるなんて……。
毎日、うすらぼんやりと生きている私には、さりとてなす術もありませんが。
せめて、道端に咲いている花をながめ、慰めとするくらいの日々。