ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

「花の美術館」へ散歩

2008年01月31日 | 自然 花や風景など

    

「千葉市花の美術館」に行きました。
美術館の前にはふたつの“菜の花ばたけ”があり、菜の花が満開でした。
早咲きの菜の花が咲くと、ほんとの春ももうすぐそこまで。

   
   
  

   
   

外庭はまだまだ冬枯れていますが、ミモザは枝先の蕾が黄色く色付いて暖かくなるのを持っているようです。
温室の中の花々もきれいだけれど、やっぱり戸外の寒さをけなげに受け容れている外の草木の凛とした姿は魅力的ですね。木々は芽吹きの準備を始めているようです。枝の先々が柔らか味を増してきました。

今日で1月も終わりですね。


伝えることの難しさ

2008年01月30日 | 社会

とても魅力的なものに出逢ったり、関心を持っていることをひとつ知ったとき、私はこれらのことを多くの人に知らせたいなとついつい思ってしまいます。
そのときの基本になるのは自分の感じたワクワクドキドキがベースです。

しかし、ワクワクしてドキドキした感動に出会ったからそれでいいということでもなさそうですね。
例えば自分の撮った写真を一枚使うにしても、今、個人情報の問題や肖像権の問題などがあります。
ブログは、プライベートなものと考え、公開日記と位置付けて毎日書けばその日のことはその日のうちに終わらせて行きたいなとも自然に思ってしまいます。何らかの絆で結ばれて出会いをいただいている場合などひとつひとつアップの確認をとるほどの事柄でもないようにも思え、気軽に書いて気軽にアップしています。願うことはその中でさらにその先に関心のある人たちはそれをベースに今度は自分でその情報に向かって何かのアクションを起こしていくことによって広がりが出来たり、事柄を共有できればといたってシンプルに考えてきました。
繰り返して言うならば、他人様のことを具体的に書かせていただくときのベースになるのは、私自身がワクワクしたか、勇気付けられたかなど前向きな精神状態になれたとき以外には考えていませんが。

ああ、それでもむつかしい……ですね。
テーマを絞っていない私のブログのような場合、自分の気分の赴くままに出会ったことや見知ったことを書いて行こうとするとだんだん難しい問題に直面する場合も増えてきました。
読んで下さる方たちに支えられているなと思うのはアクセス数の伸びなどからも充分理解できますし感謝の気持ちもたくさん持っています。もちろん、現実にトラブルが起こったとかそういうことではないのですが、「伝えるって難しいですね」というのが率直な感想です。感じたことをできるだけそのまま書いて行きたいと思っていますが深く考えるとその責任の重さにも思いが至り、ふっと立ち止まってしまうこともあります。
これからも、こういった模索はたえず続くと思いますが、やはりブログは続けて行きたいとの願いも持っています。ブログスタートのときが幼稚園の園児だとしたら、今は小学3年生くらい、少しおとなになってくるとそれらしくふるまわなければならないことも増えてくるのですね。

と記しつつ、今日は品川へ。昨日も品川へ。
電車の道中、宮本常一の「忘れられた日本人」を文庫本で持ち歩き読んでいます。面白いなあと思います。高々5~60年前のニッポンの暮らしの原風景を読み、感慨に浸る幸せ。貧しくてもおおらかで屈託の無い逞しい人々の姿。
そう言えば、先日会った人は「せいぜいパソコンがみんなの手に渡り始めたのはまだ10年前です。パソコンを手にした人は決して自らが関わったパソコン世界を手離しはしないでしょう。そんなことなど10年前にはだれも予測できなった。その予測出来ないことが、これからも出てきますね」と断言していましたっけ。
そして、何に触れても何に出会っても「面白い、面白い」と思ってしまう私。芯がないといえば芯がなく、それゆえ確信もなく、フラフラとし続けている今の私をもうひとりの私が「それでいいの?」と訝しげに眺めていることも承知しているのですが……。



風邪にご用心

2008年01月29日 | Weblog
   

家でコートを着ていると“外に出たときに寒い”当たり前ですね。
外出するときは私なりによそ行きのコートに着替えて出掛けるのですが、内も外もほぼ同じものを着ていることになり、当然寒さを感じます。今日も、あわてて薄着で出掛けたら、電車に乗っていてブルブルと寒さを感じたので、着いた駅の構内や駅ビルで「ユニクロ」か「下着やさん」を探したものの見当たらず、仕方なくそのままで動きましたが、注意が必要だなと思いました。
外出するときは“一枚余分に着る”ようにしなければ。
だんだん着膨れて行きますが、もうちょっとの辛抱ですね。

今日は、書きたいことがたくさんあったのですが、整理がつかなくて……。
たくさん考えさせられ、たくさん勉強した一日でした。前進できるといいなと願っています。

ままごと遊びのような家事

2008年01月28日 | 生活・暮らし・家事など

久しぶりに近くの集合市場に買い物に行きました。

泥つきネギの束を買おうかと手にとって眺めていたら、突然私の隣りにオバサンが現れて、私に向かって言いました。(オバサンといってももちろん私と同世代ですが)
「こっちのネギは甘くて美味しいよ!!今朝畑から取ってきたばかりだからよ」と、泥つきネギの上の棚に並べられている真っ白いきれいに洗われたネギを指差して言いました。
この市場では農作物などの場合、生産者の方がそれぞれ棚に自分の作った野菜を並べて売っているのです。レジは一本化されていて、搬入時に売れやすいように生産者の方自らが見栄えよくとそれぞれ工夫を凝らし手書きのポップなどが添えられていたりします。商品には生産者の名前はもちろんコメント入りのものも目立ちます。
私は本当は泥つきネギを買おうかと思っていたのですが、オバサンの勢いに気押しされて、きれいに整えられたネギを買ってしまいました。
オバサンの凄さは、「泥つきネギと白いネギの生産者は違うのですか?」という私の問いにはかすかに頭を縦に1~2度振っただけで、迷っている私に向かって自分の商品(ネギ)のアピールだけをしたことに尽きます。泥つきネギのことには一切触れず、「今朝取ってよぉ、きれいに剥がしてきたからよぉ、このネギは甘くて美味しいよ!」

持ち込む時間もまちまちで、その作物の生産者の方と出会うのは搬入時の一瞬だけですが、私はこんなにも真っ直ぐに自分の商品を売り込もうとしているオバサンに敬意を表す意味で購入を決めました。

買って来た長ネギの白い部分は日持ちをよくするために冷蔵庫の野菜室に入れましたが、青々としたネギの頭の部分は細かく切って瓶に入れ、サラダ油をたっぷり注いで「ネギオイル」を作りました。本当はオリーブオイルを使いたいところですが今回は普通のサラダオイルに。これを冷蔵庫に入れて置くとラードのように固まりますが、炒め物などをするときに取り出して使うと薬味代わりにもなり重宝します。

 

家族も少なく、家にいることの多くなった私がする家事はダイナミックとはほど遠いちょこまかとした、まるでままごと遊びのようだなと思います。しかしそれが私の「いま」です。
ネギをかたまりで買って「ネギも余すところ無く全部食べるぞ!!」と誓った今日の私です。


スピリチュアルワークに参加して

2008年01月27日 | 自然 花や風景など
今日はスピリチュアル勉強会が銀座で行われたので参加しました。
講師である「Mr.F」氏に会うのは今日で2回目です。
銀座の会員制ティルームで午後2時から3時半位までF氏の講義があり、そのあとお茶会が5時過ぎまで行われました。

講義のタイトルは「2008年はどのような年か」ということで、暦のグレゴリオ暦、和暦、旧暦や自然歴、太陽暦、太陰暦、太陰太陽暦など暦の成り立ちから入り、一年を読むときの見方などを二十四節気や元旦、節分、立春などの日取りや意味を解き明かしながら、太陽と月と地球が線上に並ぶ月食や日食、そして占星術的な星の並び方などからエネルギー状態を予測していくもので、今まであまり理解できなかったことも私なりに納得が行き、楽しい勉強会になりました。

未知のものに参加するとき、私はそこにどんな人たちが集まっているかということにもとても興味があります。
例えば映画館で映画を観るときなども、その会場にランダムに集まった人たちの男女の比率や年齢層の偏りやバランスなどで自分の感性の軸を計ることが多いのですが、今日の会も15人位の参加者でしたがその比率は絶妙なバランスで男性女性が半々位で、年齢的にもばらけた感じで好感がもてました。

講義が終わってからの「お茶の時間」は、参加者の興味の状態やF氏への質問などからより具体的な疑問点なども解き明かされ、私自身も今までの自分の体験を交えてアドバイスを受けることができ有意義でした。
今、スピリチュアルブームとも言われ、様々なヒーリングセラピーやカウンセリングなども行われていますが、感覚と理論と行動のトライアングル的バランスで納得が行くことが少なく、その点F氏のセミナーはどこを切り取っても的確なデータで示してくれることとその行動力(ガイドによるめまぐるしい動き)と時代に沿った感覚は私にはワクワクする学びのひとときでもあります。

私は「巨樹巡り」や「神社巡り」「パワースポット巡り」などが大好きで、それは行きたいときに直感や感覚で動くことが多いのですが、しかしその根本の意味がわからずF氏にその疑問を投げつけてみましたがそのことについても目から鱗が落ちるような明確な答えが得られて自信が持てました。

今日の私の感想は「犬も歩けば棒に当たる」ということでしょうか?
どうしようかな、どちらを選ぼうかなと迷ったらまず動いてみる、動きながらわかってくることがたくさんあるのですね。駄目だったら引き返せばいいことですし。

しぼりたての豆乳とゆば、そして「ゆうじ屋」チーズケーキなど

2008年01月26日 | おいしいもの
月に1回、「千葉リヘルス」の阿久津先生のところに通って健康チェックと施術を受けていますが、「千葉リヘルス」のそばにお豆腐やさんの工場があるので、行くたびにそこで豆乳を買います。
時々はゆばもあって、しかしこのゆばは売り物ではなく500円以上買ったお客様にサービスで差し上げているそうで、ゆばは午前中でもすでにないときもありますが、豆乳はたいていあります。
このゆばと豆乳が味が濃くてとても美味しいのです。豆乳はたしか1個130円くらいだったでしょうか。工場なのでその日に作るお豆腐の量によってゆばや豆乳の出具合が違うそうで、あくまでメインはお豆腐製造とお店の人が言われるのも頷けます。購入した油揚げにも「老舗の味昔風油揚」とあり、油揚げもいい油揚げです。

  

冷たく冷やした豆乳をゴクゴクとそのまま飲んでもいいし、豆乳なべや豆乳スープにしても最高です。この豆乳を使って作る「豆乳なべ」も冬の我が家の定番メニューになりました。
作り方は簡単。土鍋に野菜や牡蠣などを入れて鍋仕立てにしたものに、仕上げに豆乳をドクドクと注ぐだけです。鍋の中に入れるものがたくさんあれば「豆乳なべ」、入れるものがあまりないときは「豆乳スープ」とただそれだけです。

美味しいものは心がこもっていたり、素材が上質なものにめぐり合ったりすれば充分にその部類に入りますね。
秋田経由で届いた新潟の「トチ餅&草餅」も美味しかったです(写真上右)。
特にトチ餅は生まれて初めて食しました。トチの実の渋みがかった匂いが何とも言えない土着な感じで、しかも、体の中の浄化ができてしまうようなそんな味がしました。草餅にしてもトチ餅にしても何だか古代の原始の味を味わったような幸せな気分になりました。

昨日の「水俣・世田谷出会いトーク&柏木敏治コンサート」のコンサート会場で購入して持ち帰った「ゆうじ屋」のチーズケーキも美味しかった!!(下写真左)。水俣で採れるお茶の茶葉で作ったという紅茶と、「ゆうじ屋」特製シフォンケーキは会場でいただきました。「ゆうじ屋」のオーナーシェフ実方祐二さんのことは「ゆうじ屋」ホームページから「ゆうじ屋の宅配メニュー」「ゆうじ屋のあゆみ」「ゆうじ屋通信」などでぜひお読み下さい。きっと驚くことがいっぱいです。

今年になって友人からいただいた“秋にふるさとの川で獲った鮎”を冷凍保存したものと「手作りこんにゃく」(いずれも自家製)も最高!!我が家の食卓の上質な逸品となりました。(下写真右)

   

美味しいものにありつけると心までほかほかとしてくるから不思議ですね。
お正月の“残り物”もだんだん少なくなって、そろそろ近いうちにスーパーマーケットに行かなければと思うこのごろです。しかし、冷蔵庫の中の食材も外の食材も「減らしながら補充する」ことを考えれば、まだまだ冷凍庫の中にもそして外の乾物などもしばらくは使い切るのに時間がかかりそうです。食べ物がなくて飢えている世界の人々のことを考えると何だか申し訳ないような気持ちにもなります。
私にできることは、せめて食べ物の持ち込みを最適化し、家の中に持ち込んだ食べ物は無駄にすることなく使い切る、要は胃袋の中に納めるということくらいです。無力ですが、楽しみつつ、ゴミの減量にも貢献しているというささやかな実感にも支えられて我が家のフードコーディネーターとしての役割を果たしたいと思っています。

それにしても美味しいものはうれしいものですネ。


水俣の人たちとの交流……梅が丘で

2008年01月25日 | 社会

“水俣病を子供たちに伝える「伝えるネット」”の田嶋さんのご案内をいただいて小田急線梅が丘駅そばのホールで行われた「水俣・世田谷出会いトーク&柏木敏治コンサート」(主催:水俣世田谷交流実行委員会・協力:“水俣ば生きる”楽しく生きるシリーズ実行委員会)に行きました。

  
                (写真は会場の様子と柏木敏治さん

今年は「伝えるネット」のことや、水俣病に関することなども少しずつこのブログや諸々で紹介して行きたいとも思っています。
私自身もこれから勉強して学ばなければいけないことがたくさんあり、しかし、若い頃に出会っていながら触れないで来た「水俣」についてこれまでより少し関心を持って学んでみたいと思っています。

コンサートの様子は取材の許可をいただいてたくさんの写真も撮らせていただきましたので早目にまとめてみたいと思っています。
参加した人たちが助け合い、会場が笑いに満ちた楽しいコンサートでした。


愛読書は?と訊かれて……

2008年01月24日 | Weblog
「あなたの愛読書は?」ときかれて、とっさに答えられなかった私。
そういえば、最近あまり本を読んでいないなぁ……、いえいえ、最近どころか昔から本をまともに読んでこなかったなぁ……と、振り返って内心がっくりとしています。

「3冊をあげて下さい」と畳み掛けられて、「よく考えてみますから」と保留にしてもらいました。
擦り切れるほど読んだ本の記憶など皆無で、人に伝えたい本もピンと来なくてほんとに本は読むものではなく眺めるものと錯覚していたのではないかしらと自分でもあきれています。

そんな中でもあえて3冊と言われたならば苦し紛れに「舞姫」(森鴎外)、「野菊の墓」(伊藤左千夫)、そしてわが敬愛する松下竜一の「あぶらげと恋文」をあげることにしましょうか。
10代の頃読んだ「舞姫」の最後の一節はずっとずっと諳んじていましたっけ。
「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡(なうり)に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり」

良書は山ほどあっても、きっと読み手の置かれた心理状態や環境によって、深く心に沁みこんで縁成す本とそうでない本とあるのでしょうね。好きな本とのめぐり合わせはあくまで本の側ではなく読み手としてのこちら側の事情によるところが大きいのかもしれません。

北風のぴゅ―ぴゅ―吹く中を街に出て、出れば出たで面白いことが山のように。
さりげない会話や人との出逢い。まるで円環的因果律のような交わりあいで見知らぬ人から心温まるさりげない親切をいただいて、それをまた知人に還したりして、そこからまた受ける親切がさらにさらにと広がって……、いいなあと満足。思わず神さまありがとう!!見ていてくれたんですねとそんな感じで感謝の一日が終わりました。



表日記と裏日記

2008年01月23日 | 生活・暮らし・家事など

雑誌を立ち読みしていたら、著名作家の方が「表日記」と「裏日記」の両方を書いているとありました。
表日記は公開を目的にしたもので、裏日記は非公開のプライベートなものとありました。

数日前の「毎日新聞」に記者の方の書いた小さなコラムが載り、「ブログの未来は」とタイトルが付けられていました。
影響力のあるブログの書き手に話を聞く連載をしているというその記者の方によれば、自身のブログ体験を「何気ない日常の中でネタを探していると、ささいなことにも新たな発見や喜びを感じ、生活に張りが出た。友人のブログを見て考え方や生き方に刺激を受けることもあり、大事なコミュニュケーションツールの一つと言えた」とありました。
また、書き手への取材からは「『ブログを書くのは歌うのと同じ』『ブログは自分の考えの検証の場所』と言う人もいれば、社会の役に立とうと運営している人もいて興味深い」とありました。
そして「ブログの未来」は「どうなるかわからない」ということが共通していることだそうです。

私はと言うと、ブログを通して何だか自分の脳みその軽さや暮らし方を見つめられているなと思うこともあり、書きながらたじろぐこともたくさんありますが、前出の言葉を借りれば「ブログを書くのは歌を歌うのと同じ」ということになるのでしょうか。
そして、「表日記」「裏日記」の手法を知り、これからは「裏日記」も充実させていきたいなと思いました。

  

今日は雨の一日。一日家で過ごしました。
「宮本常一が見た日本」を100ページまで読み進みました。いい本にめぐり合ったとうれしさでいっぱいです。
本の中で、宮本の魅力を中田実氏に次のように語らせています。
「宮本さんの調査法は、学者などにありがちな『略奪型』ではありませんでした。相手のためになる話もする。調査された方が勉強になるという理想的なものでした。どこへ行っても、もっと話を聞かせてくれ、泊まっていけといわれるので旅館なんかにはほとんど泊まったことがないと、おっしゃっていました。常に固有名詞を使って話されることにも感心しました」と。
固有名詞を使って語る……本当にこれは大切なことだと私も思っているのでうれしくなりました。「ある人が…」「あるところで…」と会話の中に織り込んでくるとちんぷんかんぷんで状況が描きにくくなりますから。固有名詞を使って話すのは勇気のいることですが、信頼の置ける人たちとの間ではこれでいいのだなとあらためて勉強になりました。

去年の暮れに買い置いた野菜の中でまだ唯一残っていた白菜。
新聞紙に包み、紙袋に入れて北側のベランダに置いていましたが、いよいよ野菜欠乏になり今日使うことに。茎の根元に包丁を入れると中から瑞々しい白菜が出てきて安堵しました。外側を少し除けば新鮮そのものです。半分は湯がいて後の半分はまたベランダへ(写真)。湯がいた白菜は甘くて白菜の味がしっかりしました。お浸しや胡麻和えで美味しくいただけそうです。
「宮本常一」さんが歩いた戦前戦後の日本の暮らしに思いを馳せながら、あらためてモノを大切に活かす暮らし方に焦点を当てできることから実践して行きたいなと思います。


黒田さんのことを

2008年01月22日 | Weblog

数日前にパフォーマー黒田オサムさんからお電話があり、今日2時に黒田さんと西千葉駅で待ち合わせをしました。黒田さんは2時間かけて西千葉まで来て下さいました。

        

「ムーンライトブックストア」にご案内して村井さんに紹介しました。そこに「ジャズ絵本」を描いた柳谷龍さんも同席され、私を含め4人で様々な話をしました。
私は「表現者黒田オサム」さんのことを記事に書かせていただこうと思ったのですが、村井さんと黒田さん、柳谷さんと黒田さんのそれぞれが会話を通して織り成す広大な世界にただただそばで耳をそばだてるのが精一杯でメモをとることも忘れてしまいました。というかメモをとることもできなかったほど私の知らない奥深い世界へと話しが進んで行ってしまったのです。例えば村井さんとは本の世界や芸術の世界へ、柳谷さんとはそれぞれが降り立ったイギリスやフランスなど海外の広場の世界へという風に。そこに出てくる人の名前や街の名前……淡々と訥々と語る黒田ワールドは初対面のときと変わりませんが、今日も黒田さんの凄さを思い知らされた感じです。

たとえば黒田さんはこんな感じでしゃべります。
「フランスにいったときにですねぇ、古本屋に立ち寄ったんですね。わたしゃ、フランス語がわからないので、立ち読みするって言ったって、絵と写真を見ているだけなんですけどね……。あっはっは。すると、でかいフランス人の店主がそばに立っているんですよねぇ。内心やばいなぁ……つまみ出されるかもしれないなあと思ってみていると、私の肩をとんとんと叩いてこっちに来いと合図するんですよね。それでついていったらこ~んなでかいチョコレートの箱を差し出して、これを持ってけっていうんですよねぇ……なぜでしょうねぇ、不思議ですねぇ……あっはっは」
また仕事をさがして転々とさ迷っていたときの話になると、
「山谷から尼崎にも行ったんですね。尼崎の職安に朝早く行って並んでいると『やあ!!』とか行って手を挙げる人がいて、見ると山谷でみかけなくなったなあという人がいたりしてですねぇ。山谷と尼崎は地下水脈でつながっているんですねぇ……。最近はグローバル化しているので、世界とも地下水脈でつながっていたりねぇ……あっはっは」

黒田さんの話を聞きながら、私と柳谷さんはあまりの可笑しさに顔を見合わせながら声をひそめて「クックック……」と笑います。しかし、我慢が出来なくなってどちらからともなく「あはははは…」と大笑い、こんなシーンを何度も繰り返しました。
楽しかった……。何も重たいモノを特別に持っているわけではないのに、黒田さんの話に惹き込まれて、何かがどんどん氷解していくようなそんな感覚を今日もたっぷり味わいました。
黒田さんは20ヶ国以上の国にパフォーマーとして招かれて行っているそうです。



上の4枚の絵は黒田さんの作品です。田河水泡にも可愛がってもらいましたねぇという黒田さんは昭和6年生まれです。健康のためにも100歳までパフォーマンスを続けたいと話しています。
独特の世界を繰り広げる黒田さんの踊りやイベントの企画ができたらいいなと思っています。

黒田さん、遠距離をおいでいただいてありがとうございました。感謝。
村井さん、柳谷さんにも時間を割いていただいてありがとうございました。お礼を申し上げます。

黒田さんとの出会いを綴った過去の「ちあの散歩道」