そのときの課題は「勝負」でした。ときまさに冬季オリンピックの真っ最中。
私が書いたエッセィとは、
~~~(提出時のまま 20100310提出)~~
バンクーバー冬季オリンピックが終わった。
普段はスポーツもスポーツ観戦もあまりしないけれど女子フィギアのテレビ中継には魅入ってしまった。それぞれの競技における技とは別の物語があり、野次馬的にそれらを知ることにより興味がわいてくるものもある。スノボの国母選手の服装問題では国を代表して選ばれた者の責務について語られた。 多様な見方があり賛否両論がある。
私の観た「女子フィギア」にも韓国のキムヨナ選手、浅田真央ちゃん、それにカナダのロシェット選手と金銀銅メダル獲得ゆえに秘められた物語が噴出した。
キムヨナ選手と浅田真央ちゃんは同じ19歳。オリンピック史上初の高得点をマークしたふたりの選手は甲乙つけ難いし、本当に立派で、私自身の19歳の時を思わず振り返ると彼女たちの度胸とコメントの素晴らしさそれだけを見ても同じ人間とは思えないほどである。ロシェット選手は直前の母の突然死を乗り越えてのメダル獲得で世界一を極めるということの凄さがひしひしと伝わり、衿を正しひれ伏す思いだった。メンタル面でも年の功はとても及ばない。
ところで、キムヨナと真央ちゃん、どこがどう違ったのか。
競技の採点方法についてはよく知らないけれど、ふたりとも遜色ない展開ぶり。キムヨナは「艶技」で勝ったと言った人がいたけれど私もそう思う。その艶技に加担したのがふたりの衣装の違いである。真央ちゃんのコスチュームとキムヨナのそれとをチェンジして氷上で舞わせたらとつい思ってしまった。取り巻いている人のセンスが出たのか、真央ちゃん自身がフリルやレースのいっぱいついた肌を露出しない衣装を好んだのかどちらかだろうと思った。
むかし結婚式場でアルバイトをしていたとき、晴れ着を着て集う人々を日々観ていた。着飾りドレスアップする結婚式、中には花嫁の母など黒留袖を着て頭に花飾りを付ける人まで現れた。そんな中、素敵だなと思う人は上質な素材を使ったただただシンプルな仕立てのいい黒や紺、紫などのワンピースなどをすっと着こなしている清楚な佇まいの人たちであり大勢の中で逆によく目立っていた。腰が二重に曲がったような高齢のお祖母ちゃんの裾模様に金色の松葉が数枚散らされたような黒留袖の美しい姿にも見惚れた。着飾りのオンパレードとも言える晴れの場、ついついコサージもネックレスもイヤリングも髪飾りもと付けたくなるのは女としてわからなくはないけれどそこをぐっと抑えてと何度式場の人たちを観ながら思ったことか。
高度でシャープな演技と切れのいい衣装で勝ったキムヨナ。それが「艶技」という言葉を生んだ。キムヨナと真央ちゃんが表彰台に並んだ時体型も背丈もほとんど変わらない中、キムヨナの目力にも吸引された。アジアが金銀を取りふたりの乙女たちが育ったお国柄に想いを馳せたとき、競技の面でも経済面でも世界の中でも韓国の台頭と日本の現状に時代がここでも移り変わっていることを痛切に感じ、勝負あったと思った。厳しさの中でこそ育ってくるものがあるのだろうか。
アジアの大国として君臨してきた日本人のひとりとしてこれから日本はどうあるべきかということにも思いが及んだ。勝てばいいとも負ければいいとも思わない。勝つ時もあり負ける時もある。戦う過激さの中にも平和に美しくあればいいと思うのは私のつつましくも平々安穏と暮らす日々から来る志向かしら。そしてそこからは何事においてもほんとの勝者は生まれないのかも知れない。
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先生の評は
「冬の五輪それも女子フィギアの一線から『日本はどうあるべきか』に到る。いや、いけないというのではありません。むしろ「いい」のです。「小事を扱って大事を語る」。これこそエッセィ文学の粋、といってもいいのです。枝葉末節から大木を見る、でもあります。まさに勝負の本道「小よく大を制す」ですね。日韓二人の少女の“艶”を論ずることで読者を誘い。しかも結婚式での晴れ着の優劣で考えさせる。こうした一種のウワサ話的トーンがあるからこそ、「アジアの大国として君臨してきた」なんて、ムツかで理屈っぽい論に入れるわけです。
ところで1ページ3行に「テレビ中継」とありますが、「テレビ」をつける必要はないでしょう。「フィギアの中継には」がいいですね。スラリとします。つづく「魅入ってしまった」と「見入って」のシャレでしょうが、通常「魅いる」は「魅入られて……」となりますよ。
2ページ6,7行の「衿を正してひれ伏す思いだった」は、とても面白い表現の使い方ですね。「わざとオーバー」というのもエッセィのひとつの工夫なのです。」
今季の教室にあまり出席できなかった私のもとへ、まるでタイムスリップしたような忘れ去られていた過去の文が舞い戻って来た次第。ほめられているのかけなされているのか??オオ~~ハズカシイが正直な感想です。
先生の評を読みながら、まだまだ学ばなければならない、知っておかなければいけないことがたくさんあるなあと思いました。今度は通信講座を受けようかな……。