昨日の荒れたお天気とは打って変わって、五月晴れの空が広がった1日でした。
今朝は朝刊がないので、昨日起こったつくば市での竜巻の被害の様子は詳しくわからないけれど、命を落した中学生のことを考えると、今日のお天気の回復ぶりが痛ましいほどです。
台風や竜巻、津波など自然災害で犠牲になった方々は、翌日にたいがい広がる青空にどんな思いを重ねているのでしょうか。無念の思いにやりきれなさをかみしめていることでしょう。
連休が終わり、朝のエレベーターで、ピカピカの1年生に出会いました。
顔見知りではないけれど、その子は私に「おはようございます」とあいさつしてくれました。
私も、「おはようございます」と返礼。
「学校、楽しい?」ときくと、彼は「うん」と元気よく返事。
この子がいつの日か同じ質問をしたときに、「うん」ではなく「はい」と返事が出来る日の成長を温かく待ちたいと思います。
学校の先生はじめ、幾人かの大人たちによって、「『うん』ではなく、『はい』でしょ」と返事の仕方を正される日もきっと近いことでしょうが、今は元気に明るくが大事。小さい子が健やかに元気に育ってほしいと願うばかりです。
連休を挟んで痛ましいニュースも多かったけれど、世の中がつつがなくあってほしいと思います。
今朝の朝刊には「原発セロ時代に挑む」「運転42年 全50基が停止」の大見出し。
何だかとってもうれしい。
昨夜は、私の携帯メールにある知人から「4号機爆発?」と、チェーンメールが届き、驚きました。
「あなたの親しい人にも転送を!」と書かれ、知人も転送メールに加担した一人のようでした。
私は家に帰るバスを待って戸外に居たので、本当にドキリとしました。すぐにiphoneでリサーチ。家に帰ってテレビをつけたけれど、ニュースは報じていませんでした。
3・11後、すぐに1通のチェーンメールを受け取りましたが、私へのメールの送り主は私のよく知る大学教授でした。
このときも、もちろん私のところで止めました。
皆さん、情報はもっと精査を!!なんだか、オレオレ詐欺手法のようなあわてぶりな感じを受けました。
しかし、そのチェーンメールに書かれていることが本当だったら、今のところには住めなくなるかもと、一瞬ですが大きな不安がよぎったことも事実。
その不安が現実になり、あちこちに避難している福島の方々のことをあらためて我が事のように感じました。
原発ゼロは、何としても実現させなければなりません。
最近、新聞などで気になる言葉に「商業用原発」というのがあります。
他にも、研究用などの原発が私たちの知らないところで稼働しているのでしょうか?
ブログを書いていると、ときどき面白いことが起きます。
一度もお会いしたことはないけれど、ずっと親しさを感じる方が幾人も。
昨日月曜日の夜、たまたまNHKを観ていたら、屋久島にいる鶴瓶さんが、「これからタコラッパの彼女のところを訪ねます」と。
「あ、晶さんだ!!!」と、私。なんと、晶さんのところへ……。
晶さんと私は、お互いにブログのブックマークに相互リンクしている「ブログフレンド」ですが、もちろん、お会いしたことは一度もありません。
私のブログで上から3番目ということはかなり古く、2番目のONIONさんからのご紹介でした。
テレビで晶さんを拝見して、何だかとてもうれしくなりました。
鶴瓶さんが、「ここで、食べてるの??」と訊くと、
晶さんが、「はい、○○やさんでアルバイトをしていますが、何とか絵を書いて食べています」
鶴瓶さん、「それはすごい!!!好きなことして、好きなところに住み、なんとか食べていけるって、それはすごいことやで!!」と称賛。
ブログにアップされた晶さんの絵や屋久島の写真を素敵だなと眺めていた私ですが、晶さんの明るい笑顔もステキでした。
若い人ががんばっていろいろのことに挑戦している姿は、そのまま私たちを勇気づけてくれます。
私もいつか屋久島に行ってみたいな……。
「東京新聞」に連載していた瀬戸内寂聴さんのコラム「この道」が終わりました。134回でした。
このコラムを途中から読み始めた私は、釘づけになり、切り抜いて読書会の資料にもしました。
大杉栄、伊藤野枝と、彼らにまつわる人との関係がわかりやすくドキュメンタリータッチに描かれ、当時の思想や歴史に疎い私にもとてもわかりやすく“知る”喜びをたくさんもたらせてくれました。
このコラムが本として出版されたら、私は迷わず買うと思います。
寂聴さん90歳。
昨年の講演会でその若々しく華やいだ雰囲気に圧倒され、願わくばこんな風に老いたいものだと刺激を受けました。
寂聴さんの本を読んだのは、『釈迦』が最初でした。
本を通してわかりやすく書かれた釈迦の生涯を学びました。
ところが・・・・・・。
私が読んでいるある方の昨日のブログ(男性)に、寂聴さんを批判する記事が書かれていました。
~~~~寂聴さんがテレビで「一生懸命に生きてきたから、いつ死んでも後悔はない。私が死んでも小説が残る」と語ったことについて、「みんな一生懸命に生きているのである。しかし死んでも何も残せない人々がほとんどである。そんな聴衆を前にして「小説が残る」と自慢げに話されると、なぜ仏門に入られたのだろうか」と……。~~~
道元禅師の言葉の引用もありました。
そんなこと、どうだっていいのにね……。私はそのテレビを観ていないので、第一自慢げに話したかどうかはわからないし、その人の捉え方のくせかもしれないし。
逆に、その人が書いていることを、私は訝しむことが多々あります。それは核心を離れた言葉の端々にですが。
その人の随想集には、招かれて講演に行く話しがたくさん出てくるけれど、「駅から迎えの車に乗って……」という文言がよく出ます。私が思うに「迎えの」は要らないのになと感じるのです。前後の文脈からちょっと心がざわっとするのです。どこに出かけても迎えの車などなく動いている人がほとんどですから。
その人も私にとっては著名人。ある映画の原作者を途中から名乗り、映画ができるずっと前からその人の原作を読んでいた私。そのときはほとんど無名で、その原作に心打たれたのですが。
言葉の端々に、まるで合わせ鏡のように考えや性格がほんとに如実にあぶり出されていきます。
ほんとは大きい人かもしれないのに、言葉の使い方によってはその人を小さくしてしまうことがあるようです。
“人のふり見て わがふり なおせ”
社会の一隅で凡々と生きる私には、日々、教えられることがいっぱいです。
世間さまは、明日からゴールデンウィークなんですね!!!!!
つい、うっかり……というか、ほとんど意識に上がらなかったゴールデンウィーク。
今に始まったことではないけれど、ずっと前からゴールデンウィークに出かける習慣はなかったからです。
それでも、お勤めをしていたときは、どれだけゴールデンウィークが待ち遠しかったか、いま思い出してもワクワク幸せな気分になります。
それはたまった家事やたまった疲れをとるための家仕事や休息のためでしたが。
ゴールデンウィークで一息ついていましたっけ。
フリーで仕事をしていたときは、ちょっと深刻で、クライアント先がゴールデンウィークに入るため、その調整に苦労がありましたっけ。
そしていまは・・・・・・、毎日がゴールデンウィークのようなものです。
赤いダリアを1本買いました。
昔は、大輪のダリアも家々の庭先に咲き誇っていた時代がありました。
花の流行りも巡るのでしょうか……?
ダリア、キク、ケイトウなどが品種改良されて、花屋の店先を個性的なものにしています。
神楽坂通りを歩いていたら、毘沙門天の前で吉武輝子さんのご葬儀の看板が目に入りました。
数日前の新聞で吉武輝子さんの訃報を知りましたが、「ああ、ここで葬儀が行われるのだ」と、不思議な感慨に襲われました。若いころ憧れていた方がこうして少しずつ旅立たれていくのですね。享年80歳。
ご冥福をお祈りいたします。
気がつくと、いつのまにか電気ストーブもアラジンストーブも使わなくなったこの頃の日々。
ようやく寒かった冬から脱却し、春本番です。
3月を過ぎると、我が家のリビングは陽が入らなくなり、真冬より寒さを感じます。
4月分の電気料金は、5708円。3月が5361円だったので、少しオーバーしましたが、許容範囲です。
昨年秋~今年春までに購入した灯油は5缶でした。
先日参加した「シェーナウの想い」の上映会。
写真は左から主催者の斎藤弘美さん、岡部幸江さん(「シェーナウの想い」上映実行委員会)、高田ゆみ子さん(ドイツ映画&本「見えない雲」訳者)。
シェーナウはドイツ北西部の小さなまちシェーナウ市のことで、チェルノブイリ原発事故をきっかけに「自然エネルギー社会をこどもたちに」という住民の想いから、環境に優しい電力供給のための支援団体を作り、「シェーナウ電力会社」を設立しました。
60分のドキュメンタリー映画「シューナウの想い」は、ドイツ史上初の「市民のための市民による市民のための」電力供給会社を市民運動として誕生させるまでの軌跡をつづったものです。
またシェーナウ市民が運動を通して「原子力に反対する100の理由」が日本語版でも書かれています。こちら→☆
映画終了後、いただいた資料を眺めると、日本にも自然エネルギーに取り組んでいる市町村がたくさんあることが示されていました。
考えられる自然エネルギーは、洋上風車や波力、潮力発電、地熱発電、バイオマス発電など既存の風力発電や太陽光発電と並んでたくさんあることがわかります。
原子力発電に頼らないために、私たちに何ができるのか……。
映画を観ていると、シェーナウの人々もたくさんの立ちはだかる壁をひとつひとつ乗り越えて実現へと導いたことがわかります。
そのひとつに「アンペアダウン・プロジェクト」などもあり、自宅の消費電力を増やさないための施索として各人がすぐに出来ることなどもあります。
生活実感を伴いながら、何ができるのか、小さなことの積み重ねの中から大きな発見や気づきがあるのだと思います。
今日のニュースで、千葉県市原市のタケノコから基準値を超える放射線セシウムが検出されたことを知りました。
タケノコはイノシシにやられ、収穫が少なくなっているところに、さらに追い打ちをかけるようにこのニュース。農家の方の怒りや心労を思うとやりきれません。そしてそれは私たち自身の怒りでもあります。
イノシシが食べたタケノコはどうなって行くのかしら?
そんな折り、上映会のお知らせです。
「東日本大震災復興支援門天プロジェクト」の斎藤弘美さんから届きました。
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2月の門天支援プロジェクト「みえない雲」は
脱原発を選択したドイツの状況が報告されて、とてもいい会になりました。
そこで、4月以降も「もんてんエネルギーシリーズ」として隔月で開催することになり
第1回は4/7(土)15:00~18:00となりました。
今回は、そのドイツで脱原発を目指して、
市民自身が電力会社を作ってしまった町の記録映画の上映とお話の会です。
ぜひお越しください!お待ちしています。
この後は6/10と8/11にも企画しています。
「エネルギー」のことを知って、脱原発の可能性を探っていきたいと思っています。
◆ドイツのドキュメンタリー映画
「シエーナウの想いー自然エネルギー社会を子どもたちにー」(上映時間60分)
●日時:2012年4月7日(土)15:00開演(終了18:00
●会費:資料代として1000円。
●詳しくは→★ (斎藤弘美)
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お花見のシーズンですが、ドキュメンタリー映画を観る機会はなかなかありません。
会のあとさきにお花見をして、会場へどうぞ~~。
テレビコマーシャルで「しらしんけん」という音が響いて来ました。
なつかしい~~しらしんけん。
「はよ~、しらしんけんにせんと~」(早く、真剣にやらないと……)。
「しらしんけんに走ったけど、ドンケツだった」(一生懸命走ったけれど、ビリだった)
子供の頃は、毎日のように「しらしんけん」という語彙を使っていたような環境の中にいましたっけ。
「しらしんけん」は、本格麦焼酎「知心剣」のコマーシャルでした。
コマーシャルを見てものを買ったことはあまりないけれど、もしも、私にお酒が飲めたら、明日にでも「しらしんけん」を、買いに行くかもしれないな。