ひらど(長崎県平戸市)は、大名・まつら(松浦)氏
の
じょう(城)下町
まちの中心には、代々、「松浦の殿様」がくらした、
平戸じょう(城)が、たってます。
クリンたちが、今回、平戸を おとずれた理由は、
うちのチット
が、まつらせいざん(松浦静山)
という
ここの・とのさまの、
ファンだからです
チットは 学生時代、「平戸藩主・松浦静山
」
の
日記をよみ、
(いつか、平戸に行ってみたい
)と、思うように
なりました
まつらせいざん(松浦静山)
とは、江戸後期、
「博覧強記な、切れ者・老公
」として、いんきょ(隠居)してから
有名になった、
とのさまです
彼の日記は、
62~82さいまで、毎夜・書きつづけられた、
その名も
「甲子夜話(かっしやわ)」。
内容は、せいざん(静山)が、見聞きした、政治どうこう(動向)、
対外じょうせい(情勢)、
「大塩平八郎の乱」「ねずみ小僧」などの
大小事件・・、
世相や、ふうぞく(風俗)・・などが、
じゅうおうむじん(縦横無尽)に つづられており
、
てんけい(典型)的な「学芸大名」の、知的レベルが
うかがえるものです
せいざん(静山)は、後の世に のこすことを そうてい(想定)し、
まじめに
この日記を 書きました。
ひじょうに細かく、正しく、きろく(記録)しようと、
努力したので、
はからずも、その「史料的価値」は 高まり
、
現代の 時代小説家たち
に、数々のネタを 与えました
チットいわく、
「
この日記の、一番の 醍醐味は、静山が、心のうちを
さらしていることかな
ふつう、殿様が 何を考えているか?なんて わからないけど・・
この人、けっこう ストレートに、心情をさらすのよ
若いころから 才気もやる気もあった
自分が、
外様大名ゆえに出世できないそのくやしさ。
大名の本音なんて、そうそう聞けないよ
でも、
くすぶりながらも、
老いてなお、
一定の存在感を 示さずにおかない
こんな日本の西の端に、そんな気骨をもった
大名がいたという
事実が、
わくわくするの」(チット)
・・・・・
公開されると、はずかしいこともある
、
せきらら(赤裸々)な
きろく(記録)・・。
しかし、そこにこそ
息の通った、にんげんの
れきし(歴史)が
立ち上がる
それが、きちょう(貴重)なのだと、チットは
力説するのでした
・・・・・
(そういえば、チットも、学生時代から十数年、
日記つけてたな)
と
思い出したクリンは、
家にかえってから、チットの昔の日記を 引っぱり出して、
こっそり
よんでみました
(どれどれ・・)
<1999年>
「25歳を迎え、今の自分を納得させられるような、
そして今後の自分の生き方に 申し訳が立つようなことがしたい。
こう思って、
今日は一日かけて、小論文を書いてみる。四苦八苦。」
お~っと
いきなり、こっぱずかしい・せいうんのこころざし
(青雲の志)(ププっ
)
「
やだあ
何読んでるのよお
もう~~、こんなの、
全部捨てる」(チット)
くらしに追われる・シュフ(主婦)チットも、
若いころは
それなりに、
ギラギラしていた
と、わかると、
日記って、やっぱり、その時々のセキララが
あらわれる、
きちょう(貴重)な
にんげんの 史料だと、
かくにん(確認)できたり・するのでした
ぜったいに、
すてないで
とっておいて・・
チットを いじるのに、使おう
(その4、「平戸銘菓・カスドース」に、つづく)