クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

私の前にある鍋とお釜と燃える火と(石垣りんの詩)

2019-10-25 | 文芸

 東京メトロ・「本郷三丁目駅」

の こう(構)内で、

石垣りんの し(詩)

見つけた

しん(親)友・チットが、


私、あれよりもっと・おすすめの、

『石垣りん』の詩、知ってるよ」

と 

いって、


「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

っていうし(詩)


おしえてくれました


「女の生き方」について、よんだし(詩)です・・



「専業主婦」に あこがれる・チット

気に入っている・し(詩)なので、

もしかしたら

現代の 考え方に

合わない部分も あるかもしれません


 でも クリンも、良いし(詩)だな

と 思ったので、


ここに、

書きつけて おきます。


 ほっかいどう(北海道)出身の おばあちゃんや、

お母さんのことを

思い出す・し(詩)でもあるので、


ここは


 北海道から 送られてきた、秋のグルメ(海産物)の 

画ぞう(像)

とともに、

お送りいたします




<石垣りん「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」>



それはながい間 

私たち女のまえに いつも置かれてあったもの


自分の力にかなう

ほどよい大きさの鍋や

お米がぷつぷつふくらんで

光り出すに都合のいい釜や

劫初(ごうしょ)からうけつがれた 

火のほてりの前には

  

母や、祖母や、またその母たちが いつも居た



 


その人たちは

どれほどの愛や誠実の分量を

これらの器物にそそぎ入れたことだろう


ある時は

それが赤いにんじんだったり

くろい昆布だったり

たたきつぶされた魚だったり


台所では

いつも正確に 朝昼晩への用意がなされ

その前には

いつも幾たりかの

あたたかい膝や手が 並んでいた


ああ 

そのならぶべき いくたりかの人がなくて、

どうして女がいそいそと

炊事など

繰り返せたろう?


それは 

たゆみないいつくしみ

無意識なまでに日常化した 

奉仕の姿



炊事が

奇しくも分けられた

女の役目であったのは

不幸なこととは思われない


そのために知識や、世間での地位が

たちおくれたとしても


おそくはない



私たちの前にあるものは

鍋とお釜と、燃える火と



それらなつかしい器物の前で

お芋や、肉を料理するように

深い思いをこめて

政治や経済や文学も 勉強しよう



それは おごりや栄達のためではなく

全部が

人間のために 供せられるように

  

全部が 愛情の対象あって 励むように




(END)



・・・・・


(かんぜんに、


(画ぞう(像)えらび、まちがった~。。


北海道グルメじゃ

ぜいたくすぎて、

女たちの つつましやかな・思いが 伝わらないよ


こんぶのつくだに(佃煮)とかに すべきだった・・



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老舗ラーメンで、俳句

2019-10-23 | 文芸

 TBSの人気番組・「プレバト」(俳句の才能査定ランキング)

はまっている

うちの おにいちゃんは、


もともと・はいく(俳句)の そよう(素養)は

ありませんでしたが、


今や、すっかり、

はいくよみ(俳句読み)に なりました


 たとえば

お気に入りのラーメン店「福寿」(東京都渋谷区笹塚)

一句



(以下、おにいちゃんとチットの LINEより)


 「ラーメンの スープ傾く 秋夕焼(あきゆやけ)」


(※カウンターが 斜めっていて、スープが傾いている情景を 

詠んでいます


 「ラーメンの スープ飲み干し 日本一」


(※福寿のどんぶりの底には、「日本一」の文字が あります



「ラーメンの スープ飲み干し 秋さやか」


「ラーメンの スープ飲み干し 秋ひかる」


(※ここらへんの句も、明らかに、プレバトの影響がみられます)



 「あー美味しかった 福寿のラーメン 秋さやか」


「福寿ラーメンを 飲み干して 秋の黙(もだ)」



(※「さやか」と、「黙(もだ)」も、プレバトで知った・言葉です。しかも、破調も おぼえました




おにいちゃん(白)

に対して、

チット(緑)も 応えます


「ラーメンスープ 飲み干した後に そうめん」

「韻を踏んでみた」



・・・・・


 


夏井さんのおかげで、

こうやって たのしむ・しろうと(素人)

日本中に 生まれたと おもいます






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飯田龍太・春の俳句

2017-10-29 | 文芸

 クリンたちが、「俳人・飯田蛇笏」の そんざい(存在)

を 知ったのは、

実家のお母さんに

教えてもらったから 

です

 知らなかったけど、俳句の世界では すごく有名な

いいだ・だこつ(飯田蛇笏)


 しかし、その息子、いいだ・りゅうた(飯田龍太)

は、

同じくらい有名な、はいじん(俳人)

だそうで、

 こちらは、「春」を すばらしく・春めかしく

よんでいます


と、いうわけで・・



<飯田龍太・スプリングコレクション

 「 紺絣(こんがすり) 春月重く 出しかな 」


「 竹林の 月の奥より 二月来る 」 


 「 文旦の 実のぶらぶらと 春の町 」

「 花桃の 紅が甘えて 山の雨 」 


 「 樺の花 アイヌは和人より 清し 」


 父・だこつ(蛇笏)と同じ、「俳句の正統」を 引きながら、

さらに、

すなおで わかりやすい

息子・りゅうた(龍太)の句・・

 

昨日、だこつ(蛇笏)の秋の句について

ふれました()が、

 同じ秋の句を よんでいても、より・してん(視点)が

やさしく

おおらか なのが、

りゅうた(龍太)です


 「 海よりも 川なつかしき

晩夏かな 」


 「 草木みな 日暮れやさしき 竹の秋 」


かんかく(感覚)のさいしゅ(採取)

重きをおいた

りゅうた(龍太)は、

冬になると・・


 「 さむすぎて 何事もなき 山の色 」

な~んていう、

シンプルな良句を

生み出します。


 

 「生きた時代の 違いもあるけど、のびやかで いい心の

持ち主だよね

人生の厳しさや哀しみを

詠まざるを得なかった

蛇笏に、

こんな、明るい、いい息子がいたなんて・・


救われる思いが するね


チットが 言いました。



 「 もろこしを 折る音にひびく 至福かな 」

(飯田龍太・夏の句)










 


 





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飯田蛇笏・秋の俳句

2017-10-28 | 文芸

 「喪中はがき」を 書いてたこともあって、

さいきん

元気がなかった、クリンたち

 うちのチットなど、たまたま・よんでいた

「俳句集

に、

 「 父逝くや 凍雲(いてぐも)闇に ひそむ夜を 」


なんて

書いてあるものだから、

ますます

追いうちをかけられ

元気が 低下しました・・


 この句を よんだのは、せん(戦)前を代表する

はい(俳)人

いいだ・だこつ(かんじ:飯田蛇笏)


息子が 二人も

せんし(戦死)している

だこつ(蛇笏)の句

には、

 「 遺児の手の かくもやはらか 秋の風 」


のように、

かこく(過酷)な時代に

生きた 

かげりも ありますが・・

 「 くろがねの 秋の風鈴 なりにけり 」

代表されるような、

王道の名句、

 とりわけ 秋の句に いい表げん(現)が 

あつまっているように 思えるので

クリン、

いくつか 秋のいい句を

ピックアップ・していきたい

思います


<飯田蛇笏・オータムコレクション

 「 秋たつや 川瀬にまじる 風の音 」


「 秋の星 遠くしづみぬ 桑畑 」 


 「 いわし雲 大いなる瀬を さかのぼる 」


「 秋の昼 一基の墓の かすみたる 」 


 「 をりとりて はらりとおもき すすきかな 」


・・・・・


 「 田を截(き)って 大地真冬の

鮮(あた)らしさ 」


・・・・・


そして、季節は

冬へと つながってゆく。



蛇笏の俳句は、夏の終わりからして

  秀句ぞろいだね。

 『 あな痩せし 耳のうしろよ 夏女 』

な~んて、

まさに、

わかる、わかる~

って 感じだもんね


チットが 言いました。


「・・わざわざ、せいのう(性能)いいカメラで

耳のうら、

写さないでよ


















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新茶の俳句(鷹羽狩行の俳句)

2017-05-22 | 文芸

 



「 二滴  一滴

  そして一滴  新茶かな  」


by昭和の俳人、たかはしゅぎょう(鷹羽狩行)(名句です

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大岡信さん「折々のうた」より・・

2017-04-13 | 文芸

 (今年はけっこう長く 咲いていたけど・・

さくらも、もうそろそろ・おわりかあ。。) 

 「 散る花は かずかぎりなし ことごとく 

光をひきて 

谷にゆくかも  」

(上田三四二)

 このたんか(短歌)は、朝日しんぶん(新聞)の

一面コラムで 知った歌です。

 

 先日亡くなった、しじん(詩人)の、おおおかまこと(大岡信)さんが、

朝刊に ながらく 

れんさい(連載)していた、

「折々のうた」。

 たんか(短歌)に俳句、東西のし(詩)や ドドイツ(都々逸)など

いろいろを、

毎日ひとつ・とりあげて

ワンポイントかいせつ(解説)する

名物コラムは、


「こんなのあったんだ、へえ~~

かんしん(感心)させ、

 お気に入りの歌や句を、切り抜き保存する、

うちのチットみたいな

読者を、

たくさん生み出しました


 「 花衣 ぬぐやまつはる 紐いろいろ  」

このコラムによって、

杉田久女や、

 「 この庭の 石を見る間も 恋ごころ  」

日野草城や、

 「 妾(せう)二人 刃もののように 美しき  」

むたまがわ(江戸川柳集「武玉川」)

を知った、

うちのチットは 

かんしゃ(感謝)しきり

 

(以下、切り抜きより、ピックアップ

 「 かかあ天下と 威張っちゃいるが たかが家来は 俺一人 」 (佐藤紫蘭)

 「 戦争の おかげで貴様ら 湾生も 兵になれると ぬかす配属将校 」 (呉建堂)

 「 習いたる 日本語どれも ていねいで 馬鹿にされると マイケルこぼす 」 (鵜沢梢)

 「 学歴も 教養もなべて 捨て去りぬ 噂話に 興じる女は 」 (田島涼子)

 「 汝(な)が兄に あまた貰ひし 恋文は わが宝ぞと 微笑む老女 」 (島仲芳子)


チットいわく、

 「『 父逝きて 父を知りたる 夏座敷 』なんてさ、

最近これ詠んだ人と

同じことしてるから

つきささる

当時も、近親者亡くして 

つい泣いた人、

いたんじゃないかなあ。。

それと、

 人物としては、知っていたけど、光厳院の歌

『 花も見ず 

  鳥をもきかぬ 雨のうちの

    こよひの心 何ぞ春なる  』

・・・

これなんて

大岡さんがとりあげてくれなかったら、

南北朝動乱期の天皇が

こんな心ざまを示した、なんて、

思い至るすべがなかった。

この歌で私、

御所の奥にいる光厳院の顔が見えた気がして、

ハッとしたのおぼえてるよ・・。

 

 大岡さんのせんく(選句)は、センスがよくて はば広く、

 紹介するときに、深いひょう(評)がつけられていたのが

大きなみりょく(魅力)だったらしい


 毎朝、多くの人に たのしみにされる・こまど(小窓)、

(クリンのぶろぐも、

 そういうの、目ざしていければいいなあ~)

って

今回、おもいました。







 

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村上春樹のアンデルセン文学賞スピーチ

2016-12-13 | 文芸

週末、

「ノーベル賞の授賞式」が

行われました

 (日本からは、大隅教授が出席


「ノーベル賞」といえば、

毎年、

「文学賞」の有力こうほ(候補)

と 

されながら・えらばれない、

村上はるき(春樹)先生

取りざたされますが、

 「読者歴15年」のチットによれば、村上さんは、1ヶ月ほど前

「アンデルセン文学賞

というのを

じゅしょう(受賞)したそうです

 

 「アンデルセン文学賞」とは、デンマークがほこる

世界的どう(童)話作家・アンデルセン

えいえん(永遠)にけんしょう(顕彰)するために

もうけられた、

 わりかし・あたらしい、文学しょう(賞)


・・・・しかしながら、

 村上はるきが、アンデルセンのしょう(賞)をもらう・・

って、

なんか、いがい(意外)

 

そっ(率)直な反応を

示したところ

いやいや、村上さんにピッタリな賞でしょ 


と、

チットがフォローしてきました。


「親指姫」や「人魚姫」、「マッチ売りの少女」で知られる、

ハンス=クリスチャン=アンデルセン

は、

その美しさにあふれた

作品とは

うらはらに、

 「デンマークのオランウータン」とまで呼ばれた、みにくい・ようぼう(容貌)

ひん(貧)困

苦労しすぎて

くっせつ(屈折)してしまった

性格

などがかさなって、

 実生活においては あい(愛)をえられず、ざせつ(挫折)をくり返した人

だったそうです。。



(彼は自らを投影し、みにくいあひるの子を書きました)


 一方、日本の 村上はるき(春樹)氏ですが

この人は、

ごくふつう人のかんかく(感覚)を

もって

生活しながらも、

 現代に生きる人々が、ふと足をふみ入れてしまうパラレルワールド

そう(創)造する、

大人向けおとぎ話の

マイスター

人の心のかげ(影)なる・部分を見つめ

 それを、ふかく・ほりおこさずにはおかない、「作家魂」を

もつがゆえに、

 アンデルセンの、なげきやかなしみを、的かく(確)にとらえて

かんじることが

できるのか、

じゅしょう(授賞)式のさい、

こんなスピーチを

していました


<以下、村上スピーチ要約>


最近、アンデルセンの『影』という短編小説を

 初めて読みましたが、

 読んで驚いたのは あまりに暗く、

 希望がない筋立てであったことで、

 なぜ、アンデルセンは

 こういうストーリーを書かなければならなかったのだろう?

 と思いました。

 主人公は、ある日、ふとしたことから 自分の影をなくし、

やがて、その影に

自分の立場を奪われて、

あげく、

影に殺されてしまいます。

 そんな小説を書くことで、自らの内心を吐露したアンデルセン。

彼は書きながら、

自分の何かを発見したかったのではないでしょうか?

 直視するのが苦しい、自分の内面の影に向き合い、逃げることなく正直に描き抜く。

 それは、物語の書き手としてやらなければならないことであるばかりでなく、

誰しもが、

必要な時に、自分の影と対峙しなければならないのです。

 ・・・それは、たやすいことではありませんが、

避けていては、

人は

真に成長することはできないし、

もし

それを拒んでしまっては、

 最悪、主人公のように、自分の影に破壊されて終わるでしょう。

 影に対峙しなければならないのは、個人のみならず国家や社会も

同じです。


 どんな国家や社会にも影はあります。

見つめるのが苦しいからといって

そこから目を背けたり、

無理やり取り除いてしまっては、

あとには

薄っぺらな幻想しか

残りません。

・・・・・

国家が

どれだけ高い壁を築き、

よそ者を排除して

自分たちの好ましい形に歴史を書き換えていっても、

それは結局、

自分自身を傷つけるだけでしょう。」


(だいたいこんな感じ)


 村上さんがさいごに言った、「部外者排除」や「壁」のたとえは

具体的に

どこの国のどのこうい(行為)をさすのか?

ご本人は

はっきり

言いませんでしたが、


これが今、世界中で 

 ひとつの潮流となっている、

 移民排斥問題やヘイト問題、歴史修正の動きを

さしていることは

まぎれもない。

村上さんのような立場の人が、

こういう発言をすることには、

すごく意味があるんだよ。」


チットが言っていました。


 『自らの影とともに生きることを、辛抱強く 学ばねばなりません。』(by村上春樹)


   (・・・・・・・。) 













 
















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メアリー・シェリー~「フランケンシュタイン」を書いたころ。

2016-11-08 | 文芸

 「フランケンシュタイン」をかいたのは、

メアリー・シェリー

という、

19世紀前半を生きた

イギリス人作家

 生まれが、「フランス革命」の ちょっと後であることに

はじまって、

相当に

 はらん(波乱)バンジョー(万丈)な人生を送った、

女性です

 

 高名な両しん(親)の間に生まれた・おじょうさまながら、

メアリーを産んだことで、お母さんは亡くなり 

 その後、メアリーは、さびしい少女時代にひとめぼれした

さいし(妻子)のある男性と

16さい(歳)で

かけおち・・

 2年後に、その男性のつま(妻)が自殺したので、けっこん(結婚)・・。

 

その間、長女を出さん(産)するも、早産で死なせ 

 けっこん(結婚)後、まもなく生まれた・次女は、よく(翌)年、死亡・・

 

一年後、

長男が亡くなって


その3年後には、

夫に、

じこ(事故)で 死なれる・・。


 


若い身空で

人生のしんさん(辛酸)

なめつくした

メアリーは、

 その後、自伝的小説を のこし、53さいで 亡くなります。。


 そんなメアリーが、ゴシック(恐怖)小説の決定ばん(版)

「フランケンシュタイン」

かきあげたのは、

まだ、

若いとき


かけおち中の、19さいのころでした。。


 有名な文学者でもあった、父母の娘として

自らの才を ほこりつつ、

才のう(能)ある男との、

もえるようなあい(愛)

ゆめ(夢)とに生きていた


若き日・・。

 

 そんな、日々の中でそう(創)作した・作品だからこそ、

かなしさの中にも

ロマンチシズムが

にじむ

「フランケンシュタイン」のような

お話が

完成したんじゃないかな・・

 

うちのチット

そう

かんがえているようです。。


 ほんもののこどく(孤独)を味わった人なら、

こどくのかなしみに

美しいヴェール

きせて

語ることなど

できない。


 本当のぜつぼう(絶望)を けいけん(経験)した人には、

そのぜつぼうを

文字で

かきあわらす気力など、

のこっているはずは

ないのだから。


メアリーが

25さい(歳)をすぎてたら、


 「フランケンシュタン」は、生まれていなかった可のう(能)性が あります。










 

 

 

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「喫茶店にて」~萩原朔太郎・銀座エッセイ

2016-08-27 | 文芸

 昨日、ぎんざ(銀座)のしにせ(老舗)カフェで、午後のひとときを

すごした・チットが、

かえってきて

こんなことを 言いました。


 「カフェーパウリスタのお客さん、ほとんどが『お一人様」だったよ~。

平日の午後に、

何するでもなく 一人でお茶してるの 

 なんだか、不思議な感じだったわ。まあ~私も、端から見れば

同じなんだけど。。」



 それについては、クリン、「カフェのお一人様が何しに来てるか

答えをズバリ 知ってます。


 

昭和しょき(初期)に

かつやくした・しじん(詩人)

はぎわらさくたろう(かんじ:萩原朔太郎)

という人が、

エッセイに 

かいているのです


 せっかくなので、ここに しょうかい(紹介)します。


パウリスタが

メジャーだったのと

同じころの作品ですので、

ちょうど

同じころにたった、

「銀座・奥野ビル」のシャシンも、つけてみます 

 

 

 <「喫茶店にて」 by萩原朔太郎 >

 「先日 大阪の知人が訪ねて来たので、銀座の相当な喫茶店に案内した。

学生が少ない大阪には

本格的の喫茶店がなく、

珍しい土産話と 思ったからである。

 はたして知人は珍しがり、次のやうな 感想を述べた。

先ほどから観察していると、

僅か一杯の紅茶を飲んで、

半時間もぼんやり坐ってる人が

沢山いる。

いったい彼らは 何を考へているのだらう

と。

 一分間の閑も惜しく、タイムイズマネーで忙しく市中を駆け廻ってる 大阪人が、

かうした東京の喫茶店風景 

を見て、

いかにも閑人の寄り集りのやうに思ひ、

むしろ不可思議に思ふのは

当然である。

 私も さう言はれて、初めて喫茶店の客が「何を考へているのだらう」

と 考へてみた。

おそらく彼等は、何も考へてはいないのだらう。

 と言って 疲労を休める為に、休息しているといふわけでもない。

つまり彼等は、

綺麗な小娘や 

善い音楽を背景にして、

都会生活の気分や閑散を

楽しんでいるのだ。


 これが即ち文化の余裕といふものであり、昔の日本の江戸や、

今の仏蘭西の巴里などで、

この種の閑人倶楽部が

市中の至る所に設備されてるのは、

文化が長い伝統によって、

余裕姓を多分にもってる

証左である。


(中略)


ニイチェの説によると、


絶えず働く と言ふことは、賤しく俗悪の趣味であり、

 人に文化的情操のない証左であるが、今の日本のような新開国では、

絶えず働くことが強要され、

 到底閑散の気分などは楽しめない。

 巴里の喫茶店で、街路にマロニエの葉の散るのを眺めながら、

一杯の葡萄酒で 半日も暮らしているなんてことは、

 話に聞くだけでも 贅沢至極のことである。

 ・・・文化の伝統が古くなるほど、人の心に余裕が生まれ、生活がのんびりとして 暮らしよくなる。

それが即ち

「太平の世」といふものである。

今の日本は、太平の世を去る事あまりに遠い。 

 昔の江戸時代には帰らないでも、せめて巴里かロンドン位の程度にまで、

余裕のある閑散の生活環境を

作りたい。」



萩原朔太郎の

 江戸時代認識については

 首をかしげるところもあるけど・・

 『余裕のある閑散の生活環境』は、つくりたいね~

あの、

パウリスタのお客さんたちみたいに!」



 今、よゆうのない・生活かんきょう(環境)にいる、チットがいいました。


・・・・・


(久しぶりの「お一人様」が

 よっぽど・しんせん(新鮮)だったんだな・・。)



「たまには、

 一人でカフェ行くのも いいもんなんだね

 「昨日は、ミニクリンも チットちゃんと一緒にいたんだけど














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「春やいずこに」~島崎藤村の詩

2015-06-03 | 文芸

 お花の紹介をしている間に、

 春は、どこかに 消えていき、

 暦は、6月になりました。 

 もう、夏なのか・・

 

<島崎藤村 「春やいずこに」>


かすみのかげに もえいでし

いとの柳に くらぶれば

 いまは 小暗き 木下闇(こしたやみ)

ああ 一時の

春や いずこに

 色をほこりし あさみどり  

わかきむかしも ありけるを

 今は しげれる 夏の草  ああ 一時の 春や いずこに

 梅も桜も かわりはて

  枝は 緑の 酒のこと  

 酔うて くずるる 夏の夢

ああ 一時の

     春やいずこに     (おしまい)





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草野心平の詩「さくら散る」

2015-04-14 | 文芸

 まち歩きの記事をかいている間に、

世間では

      さくらの花が咲き、 

 ちっていきました

 後半は、毎日毎日、おびただしい・りょう(量)の花びらが ちりおちた、さくら

 まるで、雪のように、はらはら・・ひらひら・・ おちていく

 そんなようすを、「縦書きポエム」で、とてもうまく ひょうげん(表現)した、しじん(詩人)がいるので、

しょうかい(紹介)したいと

思います

 <草野心平、「さくら散る」>

は は ち

な な る

が が ち

ち ち る

る る お

     ち

     る

     ま

     ひ

     お

     ち

     る

     お

     ち

     る

     ま

     ひ

     お

     ち

     る

光  雪  死  

と  よ  よ  

影  り  り

が  も  も

い     し

り     づ

ま     か

じ     に

り     ま

      ひ

      お

      ち

      る

光  ガ  生  は  は

と  ス  れ  な  な

夢  ラ  て  が  が

と  イ  は  ち  ち

い  ト  消  る  る

り  色  え

ま  の

じ  ち

り  ら

   ち

   ら

   影

   が

東  夢  夢

洋  を  を

の  お  ち

時  こ  ら

間  し  し

は は は  ち

な な な  る

が が が  ち

ち ち ち  る

る る る  お

     ち  ち

     る  る

        ま

        ひ

        お

        ち

        る

        お

        ち

        る

        ま

        ひ

        お

        ち

        る

 THE・END

「ミニクリン、なんかおきものみたい。」 「えっ


 

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川端康成の「非常」な初恋

2014-07-18 | 文芸

「成就しなかった愛は、

 いつまでも 忘れられない。」

その かなしさは、

どんな人でも 同じ

ということを、

クリンは 先週、

ニュースで知った・ばかりです

002 <川端康成、悲恋の書簡・11通見つかる>

のちに、

ノーベルしょう(賞)作家となる

かわばた・やすなり(かんじ:川端康成)は、

Daru ダルビッシュに似ていた、東大生時代に、

ほんごう(本郷)のカフェーで

「女給」をしていた

14才の女の子・はつよ(初代)

見初め、

すぐ、(結婚したい)と 思いました

003 いくら、昔のこととはいえ、

生活力のない 22さいが、

15の小娘に プロポーズ

周りの人も

若干・びっくりな 

しゅう(執)心、でしたが、

やすなりには 「肉親」がなく(死別)

初代も まずしい家の子で

十代前半から

おや(親)とはなれて はたらきづめ

Img_2585 「自分だけの身内」が、ほしくて・たまらなかった、

やすなりは、

この、イタイケで はっこう(薄幸)の

少女

つま(妻)に することに、

あたらしい、人生の光を

見出したのでした

008 しっかり者ながら、よるべない・身の上を はかなんでいた・初代も、

求あい(愛)を 受け入れ

二人は

けっこん(結婚)を 約束

006 ここまでの いきさつが、「篝火」という小説に

かかれています

しかし

それから わずか・一ヶ月後

初代からの手紙がとどき、

とつじょ!

やすなりは、

別れを 告げられてしまいます

Img_3061 (青天の霹靂)

「私は今、

 あなた様におことわり致したいことが あるのです。

 私はあなた様と 固いお約束を致しましたが、

 私には ある非常があるのです。

 それを どうしてもあなた様にお話しすることは出来ません。

 今このようなことを申し上げれば ふしぎにお思いになるでしょう。

 あなた様は その非常を話してくれと おっしゃるでしょう。

 その非常を話すくらいなら、

 私は死んだほうが どんなに幸福でしょう。

 お別れ致します。

 さようなら。」

・・・・・・・

・・・・・

やすなりは、

初代のもとへ もう(猛)ダッシュ

しかし、

取り合ってもらえません

005 ここらへんを えがいたのが、

小説・「非常」であり、

やすなり

・初代の男関係を うたがったり、

・初代の処女喪失を うたがったり、

・初代の病気を うたがったり、

・養父母による妨害を うたがったり、

なやみに

なやみます

012 「非常、非常とは何だ?常にあらず?・・・

けっきょく

初代が もどることはなく、

わけのわからないまま

あっけなく・おわった

「康成の恋」

002_2 その後、「幾年も尾を引いた。」という やすなりは、

「南方の火」で、

てんまつ(顛末)を まとめたり

「伊豆の踊り子」に

初代を とうえい(投影)してみたり

しました。

004 今回、見つかったのは、ふられた・直後の やすなりの手紙

「・・・返事がないので毎日心配で、

 ・・・眠れない、・・・何も手につかない。・・」

とつづられた、

「未投函」の 

切ない思いでした。

初代の身におこった「非常」は、

今も ナゾのまま

2人とも、

別の人と けっこん(結婚)し

それぞれの人生を生き、

先に

初代が 病死

20年後、

やすなりは ガスじさつ(自殺)して

この世を 去りますが、

386 く(奇しくも、昭和47年、ぐうぜん 2人は

かまくら・れいえん(鎌倉霊園)で、

同じ日に

のうこつ(納骨)されたのだそうです

・・・・・・・・

(・・・

 そういえば、クリンも

 今は 大谷君がいるけど、

193 昔は、ダルビッシュと こんやくしてたことあった・・・

 

 

 

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「あけがたにくる人よ」永瀬清子の詩

2014-07-16 | 文芸

山林を 乞い・したいながら

俗世に生きる 道をえらんだ

国木田どっぽ(独歩)

かれは、

37さいで

その 生がいを とじました

が、

002 ここにも 一人、80すぎて 

若き日の

捨て去れなかった・思い出を かみしめる、

しじん(詩人)が います

037 <あけがたにくる人よ> by永瀬清子

あけがたにくる人よ

ててっぽっぽうの声のする方から

私の所へ

しずかにしずかにくる人よ

一生の山坂は蒼く 

たとえようもなくきびしく

私はいま 老いてしまって

ほかの年よりと同じに

若かった日のことを

千万遍恋うている

その時私は 家出しようとして

小さなバスケット一つをさげて

足は宙にふるえていた

どこへいくとも 自分でわからず

恋している自分の 心だけがたよりで

若さ、

それは苦しさだった

その時あなたが来てくれればよかったのに

その時あなたは来てくれなかった

どんなに待っているか

道べりの柳の木に 云えばよかったのか

吹く風の小さな渦に 頼めばよかったのか

あなたの耳は あまりに遠く

茜色の向こうで

汽車が 汽笛をあげるように

通りすぎていってしまった

もう過ぎてしまった

いま来ても つぐなえぬ

一生は 過ぎてしまったのに

あけがたにくる人よ

ててっぽっぽうの声のする方から

私の方へ

しずかにしずかにくる人よ

涙流させにだけ くる人よ

・・・・・・・

170 成就しなかった愛って、いつまでも 忘れられないかもね。

『どんなに待っているか』

ってところ。

『どんなに待っていたか

じゃないのが、

長い想いを感じさせるね。」

チットが言いました

011 「わかる~~。めちゃくちゃよくわかる~~

 ・・・・・・・クリン、

 あんた、恋心以前に

 『ててっぽっぽう』が、何のことだか

 わかってるの?」 (チット)

012 「知ってるよやまばと(山鳩)でしょ?」←正解

 

 

 

 

 

 

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「山林に自由存す」~国木田独歩の詩

2014-07-15 | 文芸

昨日、しょうかい(紹介)した

茨木のり子の、

「自分の感受性くらい」という

ポエム

 はじめて読んだころと 今とでは

 突き刺さり方が違う

チットは言います

001 そのいみ(意味)において、

同じ本の中にあった

「国木田独歩の詩」も、

社会人として

あるていど・都会に生きてきた人の

心に つきささるのでは

なかろうか・・

クリンは思いました

281 <山林に自由存す>(国木田独歩)

山林に自由存す

われ この句を吟じて 血のわくをおぼゆ

ああ 山林に自由存す

いかなれば われ 

山林をみすてし

140 あくがれて 虚栄の途に のぼりしより

十年の月日 

塵のうちに過ぎぬ

ふりさけ見れば 自由の里は

すでに

雲山千里の外にある心地す

280 まなじりを決して 天外を望めば

をちかたの 高峰の雪の朝日影

ああ 山林に自由存す

われ

この句を吟じて 血のわくを覚ゆ

283 なつかしき わが故郷は何処ぞや

かしこに われは

山林の児なりき

顧みれば 千里江山

自由の郷は

雲底に 没せんとす

・・・・・

 自然の中で生きるのに 憧れるのって、

 都会人共通の

 ロマンだよね。

 まあ、

 私たちは多摩に住んでて

 雑木林とか豊富だし、

 『自然欠乏症』を 言いつのるのは

 おこがましいけどね~。」

チットが言いました。

013 ・・・・・まあね。。

 

 

 

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春の海の詩~島崎藤村「潮音」

2014-03-30 | 文芸

Img_4768 クリンたちが、きねん(記念)日に おとずれた

レストランの前には

七里ガ浜の海が 

広がります

Img_4750 キラキラ光る、白い波

(・・これは、春の海Img_4754

 

Img_4748 こんな海の 春げしき(景色)を きりとった、

ポエムがあるので、

ちょっと 

うたってみます

<島崎藤村「潮音」

Img_4753 「 わきてながるゝ やほじほの

Img_4751  そこにいざよふ 海の琴

Img_4752  しらべもふかし もゝかはの

よろづのなみを よびあつめImg_4756

Img_4754_2  ときみちくれば うらゝかに

Img_4758  とほく きこゆる 

はるの しほのね 」 Img_4759

 

Img_4760_2

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