結婚記念日

管理人は今日はお休みです。
今日は管理人の結婚記念日です。
結婚する前からここの管理人だった私は
この日はいつも大忙し!!
結婚式以外は休みませんでした。

いつも連休の忙しい最中
この日は
大きな真っ赤なバラの花束と
山のような、カレーパンがセラヴィに届けられます。
記念日を忘れる旦那様がこの日だけは
毎年私にバラの花
スタッフにカレーパンを届けてくれます。

カレーパンは
「凄く美味しい!!」と褒めたら
それから毎年
焼き立てを抱えて来るようになりました。

子供の誕生日も忘れる彼が記念日を覚えてるはずもなく
きっと馴染みの花屋さんのお力と思ってました。

正にその通りでした。
旦那様に今回の休みを告げると
「なんで???」
「あの~・・・
結婚記念日ですから^_^;」

彼は早速、馴染みの花屋さんに連絡したようで
花屋さんが店じまいしてしまった事を聞かされました。

私も時々利用させてもらっていたので
ショックでしたが
小さな田舎町ではこんな事が続いています。

来年からは結婚記念日に彼の粋な計らいはなくなるでしょう^_^;

彼は私のことを
「4人娘の一番手の掛かる長女」と称します。
でもまたまた格下げされ
昨夜は
「家で一番幼い末娘」と友人に言ってました。

今年の私の誕生日の日は
「君は一番赤ちゃんだね
子供達にとっくに抜かれてるよ」
と注意されました。
彼に注意されるのは毎回なれてます。

彼は、昔からこんな事を時折口にします。

「僕はどんな男性より長く君と居れる自信がある。
それがたった一日の差でもね。
なんてったって我慢強いから・・・」

まるで我慢大会のようです^_^;

我慢大会を22年もやっているのだから
彼はまんざらそんな事が嫌いでないでは?
と初めて思えて来ました。

彼は「きどあらちゃん」
などと私を呼ぶことを皆の前で話しました。
喜怒哀楽が人よりとっても激しいのだそうです。
泣いてると思ったら笑って
笑ってると思ったら怒って
怒ったと思ったら笑ってる
その速さが半端でないのだとか

いやに納得する友人達に自分の苦労を伝えます^_^;

第二の父は
三年単位で教育方針を変えました。
例えば
「優しく」
次は
「厳しく」とか

徹底して何でも行うお方です。
私は、とても3年も同じように人を扱えません。
「厳しく」が来たときはさすがに
驚いたのだけれど
また直ぐ慣れてしまう。
私は、雑草のような性格で
縦に伸ばせないと横に伸びて行くだけで
元はまったく変らない。

共通の友人達は、多い。
彼らが居たから夫婦が続いている気もするくらい
その中でも家族に密着した友人が集まりました。
彼らに感謝しなくてはならない結婚記念日です。

彼らはいつも第二の父の忍耐を褒めたたえます。
それを聞いた私の不満顔を見て
とって付けてように
私を褒め足しますが・・・
そんな彼らも旦那様同様
それなりに私に苦労しているのでしょう。

「ここの夫婦には旦那役が沢山居ないと大変だから」
と家族同様に面倒を見てくれてた良き友の一人が今年旅立ち
彼の話しにも盛り上がりました。
旦那様が家に帰ると
「お疲れ様!」と彼が居間で食事を終え
お母さんとお茶を飲んでくつろぐ姿を
「あれには驚いたよね」と笑いました。
皆、義母のことをお母さんと呼んでました。

長年に渡り
変らないのは
「やる事をやって」
これをクリアすれば何でもいいと勝手に欲張ること
実際はやるべきことは大して出来てないのですが^_^;

「君は本当に欲張りだね」と彼の口癖。
寝なくても好きなことは遣り通すことに
とても真似できないと呆れて友人に話します。

第二の父は
色んな教育方針の下
頑張ってきたけれど
さじを投げたらしい。

急遽集まった友人との祝いの席で
「君はちっとも変らないね」
そう言って苦笑していたから・・・

私は自分に一杯一杯で
人を変えようと思ったことがない。
そう努力したことがない。
そう言えば
考えても見なかった。

人を育てるだけの心の余裕が
この年になっても生まれなかったのだと知った。
きっと甘えきっているのだと思った。

子供達は
母を反面教師として育っている。
なので、とてもしっかりしていて
母の面倒も見られる。
とても安心である。

昨夜は私の周りの囲むもの全てに
感謝できる一日となりました。

今日は、第二の父に聞いて見たいことがあります。
そこで、二人でちょこっとデートです。

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