今年も残すところひと月。
暮れ行く年を顧みる余裕などなく、慌ただしく新年を迎えるのでしょうか。
毎年の反省をいつになったら活かせるのか、そろそろいい年になりつつある私です。
今年、私は一つの節目を迎えました。
20年前、大病を患い、難しい手術を受けました。
冬に入院し、退院はその年の夏。
完全完治は高校卒業時。
病気にも卒業証書を渡すことができ、以来、平穏な日々を過ごしています。
でも、寒くなってきたり、疲れがたまると手術の跡や患部が痛んだり・・・。
完全完治といっても、再発の心配がなくなっただけで、
僅かな痛みとは、これからも仲良くしていくしかありません。
当時中学生だった私は、行われる大掛かりな検査の諸々・・・。
病名の説明すら、まともに教えてもらえず、痛みを伴うそれらの検査だけで
逃げ出したい思いでいっぱいでした。
その時の支えになってくれたのは、同じく闘病を続ける年近の入院患者さんでした。
みんなで車椅子で病院中を探検し、搬入のトラックにあわや衝突なんてことも。
もちろん、そのあと看護婦さんに車椅子を取り上げられましたけど。
そんなことも今では、懐かしい思い出です。
今でも身体には、しっかりと手術の跡が残っています。
だいぶ色は薄くなってきましたけど、これも一生付き合うことになるでしょう。
多感な時期にはさすがにショックでしたが、この年になると人前で肌を晒すような
機会も服も着ませんから、だいぶ気にならなくなりました。
でも、子供達と一緒に海やプールに行くには、ためらってしまいます。
5年、10年、15年と、節目節目を迎え、結婚をし、3人の子供にも恵まれました。
自分ひとりの健康から、家族のためにとなった今。
次の25年も、元気で迎えたいと思います。
暮れ行く年を顧みる余裕などなく、慌ただしく新年を迎えるのでしょうか。
毎年の反省をいつになったら活かせるのか、そろそろいい年になりつつある私です。
今年、私は一つの節目を迎えました。
20年前、大病を患い、難しい手術を受けました。
冬に入院し、退院はその年の夏。
完全完治は高校卒業時。
病気にも卒業証書を渡すことができ、以来、平穏な日々を過ごしています。
でも、寒くなってきたり、疲れがたまると手術の跡や患部が痛んだり・・・。
完全完治といっても、再発の心配がなくなっただけで、
僅かな痛みとは、これからも仲良くしていくしかありません。
当時中学生だった私は、行われる大掛かりな検査の諸々・・・。
病名の説明すら、まともに教えてもらえず、痛みを伴うそれらの検査だけで
逃げ出したい思いでいっぱいでした。
その時の支えになってくれたのは、同じく闘病を続ける年近の入院患者さんでした。
みんなで車椅子で病院中を探検し、搬入のトラックにあわや衝突なんてことも。
もちろん、そのあと看護婦さんに車椅子を取り上げられましたけど。
そんなことも今では、懐かしい思い出です。
今でも身体には、しっかりと手術の跡が残っています。
だいぶ色は薄くなってきましたけど、これも一生付き合うことになるでしょう。
多感な時期にはさすがにショックでしたが、この年になると人前で肌を晒すような
機会も服も着ませんから、だいぶ気にならなくなりました。
でも、子供達と一緒に海やプールに行くには、ためらってしまいます。
5年、10年、15年と、節目節目を迎え、結婚をし、3人の子供にも恵まれました。
自分ひとりの健康から、家族のためにとなった今。
次の25年も、元気で迎えたいと思います。
だからこそ、今の幸せと健康に感謝する気持ちは計り知れないものがあるんだと思います。
いつどんな時でも「感謝」の気持ちを持つことは本当に大事だと思います。
その心がけひとつで、人に対しても物に対しても優しくなれるような気もします。
↓息子くんの晴れ着姿のお披露目ありがとうございます♪催促しちゃいましたね!
とってもカッコいいですよ~
娘ちゃんのチュチュも可愛い~ でもみ~んな色とりどりのきれいなチュチュで素敵です!
鎌倉ネタに戻りますが、ホテルニューカマクラに一度行ってみたいな~
建物の雰囲気は好きだけど、泊まるのは怖そうですよね?(笑)
手術とその後に続く息苦しい入院生活は本当に大変ですよね。息子がお世話になっていた棟でも、小学校高学年と見られるお兄ちゃん(もしかしたら中学生かな?後日、大人の棟へと移動していました)が他の子達を引き連れていろいろなゲームに興じていました。
うちの息子も将来、自分の手術についてなにかしら思うことがあるかもしれません。まあ、彼の場合は軽度で後遺症的なものも心配されないので「口の中に傷跡がある」程度の認識かもしれませんが。
なにか感じるのであれば、それがネガティブなものではなく、立派にがんばった証として胸を張ってほしいと思います。
あの場にいた全ての子ども達が、かーかんさんと同じように平穏な道を歩いていけますように、そう願わずにはいられません。
しかも、病名の説明すらまともにないまま過ごされたその期間
とても辛い思いをされたことと思います。
僕も5歳のころ交通事故にあい、頭を怪我しました。今でも
その傷は残っていますし、寒くなったりするとその傷跡が痛みます。
でも、その傷のおかげで今ここにいられます。そこから出血がなかったら
助かっていなかったらしいです。
余談でしたが…。
かーかんさんは節目節目でその当時のことを思い出し、改めて
健康でいられることのありがたさを再確認されているんですね。
おっしゃるとおり、大切な家族のためにもいつまでも健康で
過ごせることが一番の幸せだと思います。
お元気になられて良かったです!
当時の主治医からは、
『まず5年、そして10年何もなければもう大丈夫。』
と言われていましたが、やっぱり心の何処かに不安はいつもあって・・・でも、追跡検査自体も、もう必要ないので、きっと大丈夫だと言い聞かせています。
このときの経験が、今は辞めてしまいましたが、福祉の仕事を目指すきっかけを与えてくれました。
そう思えば、必要な出来事だったのだろうとも。
遅ればせながら、ムスコの一張羅?姿です。
でも、走り回る子に着せるものじゃない!とつくづく・・。
男の子って、着せ甲斐がない
ホテルニューカマクラ!
ディープな所を押さえてきましたね!
今時、駐車場を“Motor Pool”と書いてある
ノスタルジックな風格漂う、鎌倉穴場スポットです。
そこまで書くと、なんだか凄いことになってしまいそうですが、大したことありませんので、ご心配なく!
あさこさんは、母として、ムスコくんの入院生活を支えておいででしたね。
今でも、その時のブログを読むと、母の強さと切なさを感じて、ホロリとしてしまいます。
手術の跡は、決して負ではなく、頑張った自分の証・・・。
あさこさんがそう思っているなら、ムスコくんもそう思って大きくなると思います。
心強い言葉ですね。
頭を切るほどの大怪我。
ご両親もさぞ心配されたことでしょう。
怪我の跡は、やっぱり傷むものなのですね。
どうかお疲れをためませんよう、ご自愛くださいね。
今独り身なら、どうでも良いことでも、家族、特に小さい子がいるうちは、何としても頑張らないとと、思うようになりました。
それだけでも、大人になった証拠?
少なくても、あと20年は頑張りますよ~!
・・・とか言って、孫の顔見るまでとか、伸びちゃうものなんですよね。