犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

「虎に翼」に思う~『罪と罰』

2024-08-09 23:57:30 | 朝ドラ

「虎に翼」で、謎の優等生、美佐江は異彩を放っています。

 森口美佐江は、新潟三条の大地主の娘。虎子にあこがれ、東京で法律を学ぶことめざして受験勉強をしています。

 美佐江は、「先生は私の特別です」と言って、ビーズで作った赤い腕飾りをプレゼントします。

 ところが、寅子が担当する少年傷害事件裁判の被害者(元木)が、同じ腕飾りをしていた。

 元木は鞄をひったくった相手から暴行を受けたのです。元木は市内で頻発していたひったくり事件の容疑者でした。

 元木は、ひったくりについて問われると、

「どうせ悪いことして稼いだもんだ。とられたって自業自得でしょ」

「つまりあなたは正義感から窃盗を行ったと?」

「理由なんてどうでもいいでしょ」


 その後、ひったくり事件の犯人6人が自首してきたが、そのいずれもが赤い腕飾りをしていた…。

 元木は証人尋問で寅子の腕飾りに気づき、ひったくりの動機を

「あの子をスッキリさせたくて」

とつぶやく。

「はあ~そうか……。自首してきたやつらは俺に手柄を横取りされたくなかったんか」

 ひったくりは、「美佐江をスッキリさせたくてやったこと」であり、犯行が美佐江に教唆されたことが示唆されます。

 さらに、美佐江は売春事件に絡んで補導される。新潟市内で女子高生が男性に売春をもちかけ、財布から金を盗む事件が多発していたが、事件に関与した女子生徒2人と美佐江が一緒にいたのだそうです。その少女たちも、赤い腕飾りをしていた…。

 後日、美佐江は寅子を訪ねます。

「自分でも、よく分かっています。私はとても恵まれているって。家庭環境も、自分自身も。何もせず、誰かが近寄ってくるということは、私にそういう魅力があるんでしょう」

「法律の本を読めば、悪いことをすると罰せられる理屈や量刑の決め方はわかります。でも、それがなぜ悪いことに定義されるのか、よくわからない」

「どうして悪い人から物を盗んじゃいけないのか。どうして自分の体を好きに使ってはいけないのか。どうして人を殺しちゃいけないのか」


 寅子は、美佐江の投げかけに対して、即答できません。これらの問題提起は、法学の対象ではなく、倫理学の対象だからです。

「それが心から納得できれば、きっとスッキリするんでしょうね」

 このとき(1952年)美佐江は18歳。美佐江は1934年生まれと推定されます。

 大地主の家に生まれ、戦争中も何不自由なく育ち、小学校高学年で終戦を迎え、世の中の価値観がひっくり返るのを子ども心に見ていたのでしょう。GHQの指令で、戦前の教科書を墨塗をさせられたかもしれません。

(ついこないだまで、「鬼畜米英」を殺すことが正義だと言っていたのに…)

 終戦後の混乱期に、米兵を相手にした「パンパン」(多くは戦争未亡人)が街にあふれていたことは、以前の朝ドラ「ブギウギ」で描かれていたとおり。生活のための売春が必要悪として認められていたのですね。公認の売春施設である公娼制度は戦前からありました。

「どうして悪い人から物を盗んじゃいけないのか」

 悪いことをして金を貯めたやつからは、その金を盗んでもいい。それが正義だ。

「特別な存在には、正義の実行が許される」

 そのような思想を少年少女にふきこみ、赤い腕飾りを渡しながら「あなたは特別」と言う。そしてそれが実行されると、美佐江は「スッキリ」する…。

 これらの問題は、「法律」は答えてくれませんが、哲学(倫理学)が古くから扱ってきており、文学の主要なテーマでもありました。

 たとえば、ドストエフスキーの『罪と罰』(1866年刊)。

 貧乏な青年ラスコーリニコフは、自分は一般人とは異なる「選ばれた人」との意識を持ち、「選ばれた人」は「新たな世の中の成長」のためなら一般人の道徳に反してもいいと考えていた。

 そして、悪徳の高利貸しの老婆を殺害し、その金を社会のために役立てる計画を立てた。

 その計画を実行に移し老婆を斧で殺害したが、そこにたまたま入ってきた老婆の義妹もその場の勢いで殺してしまったことから、ラスコーリニコフは罪の意識にさいなまれるようになる。

 ラスコーリニコフは、老婆から盗んだ金を、貧困のために娘を売春婦にしたマルメラードフに渡し、売春婦の娘(ソーニャ)に恋をする。

 ラスコーリニコフはその後、自殺を考えますが、ソーニャといっしょに聖書を読む中で、自首を決意。裁判の結果、それまでの善行、自首したこと、取り調べの際の素直な態度が考慮され、「シベリア流刑8年」という軽い刑となり、ソーニャもラスコーリニコフを追ってシベリアに移住する…。

 罪と罰は、昭和初期に刊行された「新潮社版世界文学全集」の一巻として、ベストセラーになりました。裕福な家でしたから、美佐江の実家にあったかもしれません。『罪と罰』は読まなくても、江戸川乱歩の『怪人二十面相』(1936年より『少年倶楽部』に連載)は読んだかも。これは世の中の金持ちから宝石や美術品を盗む「怪盗」。ただし、殺人や現金の窃盗はしない。

 美佐江は、寅子と初めて会ったとき、

「法律の勉強をしようと本を読むけれど、難しくて理解できない」

と相談します。それに対し寅子は、父の疑獄事件(冤罪)を思い出し、

「事件を家族に当てはめて考えてみてはどうか、自分もそうしていた」

と答えます。

 美佐江の父は、新潟三条の大地主。小作人を搾取して財をなしたのでしょう。美佐江が「家族に当てはめて考えた」結果、「悪いことをして金を貯めたやつからは、盗んでもいい」という結論を導いたのかどうかはわかりません。

 1958年4月、美佐江は東京大学法学部に合格し、上京します。

 1957年に施行された「売春禁止法」は、58年4月1日に「罰則規定」も施行されます。

 今後の美佐江に注目です。

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