ボンバーのいろいろな日々。

自己満足でしか書いてませんが、お時間がありましたら見てくださいな。

おんぼろ10回目(最終回)。

2007-12-09 12:00:00 | おんぼろ小説
 家に帰ると、真一の弟がスキー合宿から家に帰ってくるから迎えに行く。店が閉まってる最中、一人梅田を歩くのを喜びながら弟を待つ。
 戻ってから風呂に入り、紅白を見ずに自分の部屋に篭って新年を迎えた。
 元旦、予備校生には正月なんて関係のない話。予備校は、十時から正午までサテラインの受験生激励会がある。六本木からの生中継にただ聞いていた。学長の話で「今年はおめでとうが二回ある」との内容に一人納得しながら、数学・古文・英語の有名講師が話す。冊子の空欄を埋め終わったら、「受験頑張れよ!」の言葉で激励会は終わる。
 勉強するか帰るかで悩む真一は、昼食を買いに行くや、「正月からカップラーメンもな…」と呟いた矢先に家から電話が掛かってきて「帰ってこい!」と言われるがままにこの日は家に帰った。
 翌日から冬期講習は、現代文のみ。しかも、サテラインで、ほとんどゆったりなローテーションである。昼食だけ順平と会う以外は、ほとんど自習室に篭る。
 三学期の授業はたった二週間で、その間にセンター試験や入試もあったりと体調管理にも余念がなかった。偶然なのか?それとも皮肉なのか?センター試験会場は、真一の志望校の近西大学に思わず喜びながらも全力で頑張った。
 翌日の自己採点中に、<横綱鷲の花引退>の新聞を持ってきた浩康は、センターも受けなかったものの、相変わらず新聞を片手に昼食を食べていた。自己採点はやや足りないものの「元々国公立志望じゃないし、記念受験やもん!」と呟く。あっという間に、三学期の授業も終わり順平や浩康とも連絡を取らなくなった。彼らがいつ受験で、いつ発表なのかなどは全く話さないまま日にちだけが進んで行く。一月の終わりに、六本木の英語の東谷先生が来た時に、サイン色紙を買いに行って先生のサインが欲しかった。
 <Only is not lonely運命より確かな自分を信じて>
 アンパンマンの似顔絵も付けくれて、マスクをしてることを気にかけてくれた。
 「風邪か?」
 先生の問いに、すかさず「いえ、自己防衛マスクです」と言うと、「自分の体を守ることは受験では鉄則だからな!」さらに、どこを受けるんだ?聞かれると近西大学ですと答えると「いいじゃないか、絶対合格しろよ!」と力強く握手したのであった。
 そうこうしてると受験が始まった。他大学を受けては合格発表に一憂ばかりしてた真一にも、ようやく大学合格の知らせが入り、二年間の浪人生活に幕を閉じた。
 同時に順平は関東の大学へ、浩康も合格したとの連絡が入ったいうことで、結果的に三人共合格してよかった。
 彼は今でも思う。二年間浪人して親に迷惑をかけっぱなしだったけど、楽しいかつ伝説の思い出になったであろう。
 もしかしたら、真一が一番輝いた年かもしれない。

(終わり)
いかがだったでしょうか?
この書き方はマズイ!とか思った人もいると思います。
延長も入れて10回に分けてやっていきましたが、日曜限定で書くのも楽しかったです。
また機会があれば書いてみたいので、気楽に見てくださいね(笑)。

おんぼろ9回目。

2007-12-02 14:40:00 | おんぼろ小説
 翌日から真一の冬期講習は古文からスタート。その古文の持田先生はすごく面白く、自分もこんな先生になってみたい!こんな憧れを、彼に夢を見せた時期が少しあった。四限目は日本史の近世、近現代の文化史。途中から眠くなる時が多々あってかなり困るも、言い訳などは言語道断で、なんとか踏ん張る。授業が終わると六限目が世界史の授業で、夕方になって友達の知り合いに席を譲ってほしいと言われて、快く受け入れた。
 しかし、何を思ったのだろうか?真一は六時半には予備校を後にすることが非常に多かった。寄り道をするとかではなく、「長くおればいいというもんではない!」と断言するほど。一浪時代は、長くいればいいという考え方を大幅に改めた結果である。
 その週の最終日。持田先生に、「一筆書いてほしいな」と願いながら、授業中に「形容詞と形容動詞は同じやで!」の話が信じてもらえず、持田先生は「ウソだと思うなら現代文の先生に聞いてみ!」と言われたので、年間でお世話になってた現代文の石井先生に聞いてみる。
 「先生、持田先生から聞いた話ですが…」と言うと待ったがかかる。どうしたんだろうと様子を見るや、トイレに駆け込む。済ましてから本題に入る。
 「モッチー(持田)がどないしたん?」
 そうと聞くと、「形容詞と形容動詞の意味は本当に同じですか?」との質問に、真剣に答えてくれた。
 「モッチーもすぐに向きになるからな」
 半分笑いながら話をしてくれたのであった。さらに、日本史の授業も、登録番号が十七で先生特製のCDを自動的に貰えた瞬間、先生の好きなアーティストの話が楽しく、音楽に対する思いが伝わって、自分も合格したら好きなものにはとことん追求したいな!と宣言したくなる。
 翌日は大晦日。部屋の片付けや買い物をする人で賑ってる最中、真一と順平の二人は別々の教室で勉強し、昼食時に会い年内最後の昼食は、天ぷらうどんとかやくご飯のセットを注文。
 食べ終わった後、コーヒーを買う順平を待つ間に年末年始号の夕刊紙を見ても「特集号やし、あまりいい記事はないな」と呟く。
 夕方五時になり、勉強を終えて商店街を散歩する最中、順平が「今年最後のゲーセンに行くか?」とゲーセンに向かい格闘ゲームや野球ゲームを対戦をやって、難波駅で別れてから、もう少し今年最後のミナミの雰囲気を見てから帰った。

(つづく)
今週号はここまでです。
来週で最終回となりますが、次号もお楽しみに。

おんぼろ8回目。

2007-11-25 11:00:00 | おんぼろ小説
 ちょうどその頃、真一は福田先生の影響で洋楽に興味を持ち始めていた。授業中に出てくる歌手のCDが急に欲しくなり、梅田のスモールレコードへ買いに行くと、輸入版と日本版の二枚のアルバムを、迷うことなく輸入版を購入する。しかし、全く洋楽を聞かない真一には苦痛しかなかった。初めて聞くのが、いきなりライブ版CDを買う邪道ぶり。
 「先生の好みはさすがです。」
 そう絶賛するも、しんどいコメントに変わりない。
 秋があっという間に過ぎ去り、世間はクリスマスや年末の話題になる頃、予備校は冬期講習が始まる。
 順平と冬期講習のパンフレットを見ながら、日程に苦笑する。十二月十日~十五日、十七日~二十一日とここまでは普通やなと話しながら、次は二十六日~三十日ってなんで?と首を傾げる。二人ともスタートは二十六日からで、それまでは復習中心に勉強へ。
 真一は日本史、現代文、古文の三つだけを受講すると決めていた。思い切って?英語を取らない選択に、順平も浩康も驚いた。なぜ取らなかったか?
 「一学期・二学期のテキスト、文法と構文の参考書、そして英語のプリントなどを見てて今から新しく取らなくても復習に時間をかけてもいいのではなかろうか?」
 二人に説明すると、納得せざるを得ない。もちろん英語を取らない話を、高校や一浪時代の友達にすると、「英語を取らないとか大博打にも程があるで!」と言われるも、全く動じなかった。
 世間がクリスマスで騒いでる中、真一は昼食を関西百貨店へ行き、二十四日は天丼定食を食べ、そして二十五日は昼間にも関わらず石焼きビビンバと食べて、その上にスペシャルミックスジュースを口にして、次の日からの授業への英気を養うには十分すぎるほどのクリスマスへ。浩康は、彼女と食事だけして束の間の休みを取り、順平は、なんと地元のパーティーに参加するなど、三者三様の楽しみで過ごしていた。

(つづく)
今週号はここまでですが、1つだけお知らせです。
当初は10月・11月と最初に書きましたが、延長することが決まりました。
おそらく再来週が最終回になる予定です。
次号もお楽しみに。

おんぼろ7回目。

2007-11-18 02:25:00 | おんぼろ小説
 週明けの月曜日。かかりつけの病院へ行き、いつもの注射をすると目が真っ赤になり全身が痒く唇も腫上がる。
 まかさこの時に、注射の副作用が出てたなんて信じられず、慌てるしかなく体調は最悪!その上に翌日は私大模試があるのに…。
 口はマスクで隠したものの、国語の模試は設問を見てから本文を読み返すともう設問の内容を忘れてしまい、英語・日本史も意識朦朧では全く話にならない。
 まさに地獄化とした私大模試が終わり、この日以降は、マスクをつけて授業へ出ることを決めた日だった。
 翌日、基礎古文の授業前。真一と浩康が女子高生の話をしてたら、平川先生から「朝から女子高生の話ですか?」と苦笑しながら教室に入ってくる。「あら、どうしたのマスクなんかして!」と言われる始末。真一も「マスクしてたら気になるのも仕方ないか…」と半ば納得しながら、授業を聞いていた。
 次の英語の授業でも、中井先生が心配そうにこっちを見てたりしていた。昼休み後に講師室に行って、中井先生に質問もあって行くと「なんでマスクなんかを?」と聞かれて、答えると「これからは体調管理も重要になってくるで。」とアドバイスをもらう。
 さらに五限目の日本史の演習中、医者から出された目薬を差し、数分後にまた違う目薬を差し終えると「おい!大丈夫か?」と声をかけてもらったのは、なんと福田先生だった。
 真一からしてみれば、「まさか声をかけてもらえるなんて!」と驚きながらもどこか嬉しかった。しかし、六限目に教室に入る寸前、彼の姿を見た福田先生は「その姿でコンビニ行ったら警報装置が鳴るで!」とジャブを打たれた気分に。彼の服装は、眼鏡に帽子にマスクの十八番だった。
 その翌日、真一の顔を覚えてる先生から「どうしたの?」と聞かれ、マスクだけがここまで目立つことに苦笑せざるを得えなった。

(つづく)
今週号はここまでです。
次号もお楽しみに。

おんぼろ6回目。

2007-11-11 10:46:00 | おんぼろ小説
 九月。秋になり、授業は二学期が始まってある日のこと。後期からクラスに新人さんが何人か入ってきた。見た目だけの判断はしたくはないが、ややヤンチャな人達がクラスに入って少し固まる。「彼らも大学に行きたいのだろう」と判断しながらも、向こうから話かけてきたら相手をしようとしたら、なんと彼らから声をかけてきた。
 「調子はどうですか?受験は大変ですね?」
 その一言だけで、「そうですね」と返すぐらいも、順平はやんちゃグループと仲良くなってることに少し驚くも、真一はあまり動じなかった。
 ちょうどその頃、巨人がリーグ優勝を甲子園でするのでは?のニュースや新聞で見た瞬間、いてもたってもいられず、授業が終わってすぐ家に帰ってテレビにかじりついた。
 巨人が勝って胴上げしたら、きっと阪神ファンは甲子園や梅田でフーリガンを起こすのではないか?いろいろ注目してると、勉強どころではない。
 阪神が九回に同点で追いつき、延長で暴投サヨナラが決まった瞬間、「阪神の粘り、諦めない気持ちが伝わった試合だ!」と感動していた。六甲おろしが終わってから巨人が負けて胴上げをしてる最中、「日本シリーズで是非とも頑張ってくれ!」とエールを送る。
 真一は、パリーグの試合をあまり見ないが、高校時代は近鉄電車を利用してた関係で、大阪近鉄の結果を気にしてた。当時、元阪神の選手が在籍してたことも一理ある。
 十月に入ると、模試ラッシュが続く中、真一は風邪をひく。さらに模試が終わってから一旦家に帰って服を着替えて再び予備校へ行ったものの、体の違和感は残ったまま…。かなり酷かったのは、土曜日の日本史の授業で、鼻風邪で体はフラフラ。終わってからも、予定があって移動をするものの、最悪な状態に困っていた。

(つづく)
今週号はここまでです。
次号もお楽しみに。

おんぼろ5回目。

2007-11-04 10:45:00 | おんぼろ小説
 真一の夏期講習は日本史の文化史編からスタート。彼にとってみれば、文化史は超がつくほどの苦手!近年の入試傾向で、文化史が数多く出題されていることもあって油断できない。
 この授業の担当は福田先生。しかも板書以外に、写真を使ったりと普段の授業では見られないスペシャル講義である。最終日になんと、先生特製の音楽CDが貰える。貰える人は、受講証番号の一から二十番までは自動的で、あとはラッキー番号を発表する寸前、何を思ってか?
 「豊も欲しいな…」
 この豊とは、梅豊騎手。その昔、車のCMをしてた台詞をそのまま口ずさんだら、なんとラッキー番号下一桁ゼロで当たった!「関係ないことも言ってみるもんだな」と苦笑するのは書くまでもない。
 昼食時。順平からメールが来る。
 「母校の地方大会の決勝へ行くかい?俺は行くよ!日曜やし。」
 一瞬だけ悩むも行くことにした。高校時代は準々決勝で負けて終わったが、あまり真一本人は気にもしてなかった。それもそのはず、毎年のように一人で観戦しては、カレーを食べてかちわり氷を頭などに冷やしてるぐらいである。
 決勝戦当日。久しぶりに乗る電車に乗るのはどこか懐かしく、大学受験前に調査書を取りに高校には行く以外はないに等しい。結果は、甲子園常連の弁地学園に負けたもののよくやったと納得する。
 次の朝からまた夏期講習が続くが、珍しく浩康が同じ講座を取っていた。しかし、お互い顔を合わすことはなかった。授業後、浩康から声をかけてきた。
 「現代文は大変です」
 確かに気持ちはわからないこともない。真一も、そんなに好きじゃない科目で、どこかしら不安を覚える日々が続き、「フレックスを取ろう…」になった。このフレックスとは、六本木本校の授業をビデオ講義で受けれるシステムで、好きな先生の授業を取れる仕組みだけど、真一は迷うことなく酒木先生を選んで、残りの夏休みを過ごした。

(つづく)
今週号はここまでです。
次号もお楽しみに。

おんぼろ4回目。

2007-10-28 01:45:00 | おんぼろ小説
 六月。浩康の姿をあまり見なくなった。メールしても「今日は休む」との内容ばかり。
 日韓ワールドカップが開幕して、浩康は運がよく長居で行う日本戦のチケットをゲットしたためである。
 元々、真一はあまりサッカーが好きでも嫌いでもなく、Jリーグ創設の東京ヴェルディの黄金期しか知らないせいもあって、全く興味なし。興味なしと言いながら、このニュースは興味があった。
 <札幌がフーリガン警戒?> 
 これは!と思いながら見てると何もなかった。スポーツコーナーで阪神が首位転落!のニュースに唖然。四月・五月の快進撃は凄かったのに、この時期にケガ人が続出。
 「阪神よ、ワールドカップなんかに負けるな!」
 いつの間にか口癖になっていた。阪神は、日韓ワールドカップにおけるおかしな日程にやられてしまう。
 日本が敗退するや日本史の福田先生は江坂の校舎で「これで皆様、勉強に集中してくださいね」と言った言葉と同時に、真一も周りのワールドカップペースに乗せられてるハメに。
 七月に入ると、夏期講習が始まる。浪人生の場合は、現役学生と比べて少し早く始まることがあって、かなりの列が群がった。
 この六本木ゼミナールでは、講座の数が多いのが有名で、他校からも来るほどの人気である。三人ともどの授業を取るかは、あまり悩まなかった。ポイントを抑えたい!などそれぞれの思惑があったから、一切相談なしで勝手に申し込む。
 特に真一と順平には、去年の失敗を生かすチャンスでもあって、この週は来るが、この週は来ない!の話ばかり。
 一方で、浩康は、全く姿を見せなくなっていた。もしかしたら脱落したのだろうか?と考えるも、自分のことで精一杯になってるのに、人のことまで見てる余裕なんてなかった。

(つづく)
今週号はここまでです。
次号もお楽しみに。

おんぼろ3回目。

2007-10-21 10:42:30 | おんぼろ小説
 三限目の授業が終わるとすぐ家に帰らず、授業の復習をしてから帰るのが日課。その一方で、浩康は早速ローソンでコーヒーと『神戸スポーツ』を買って読んでいた。「勉強よりも競馬ですか?」と聞くや「大きなレースにもなると気になって仕方ないんや。」と真一も苦笑するしかない。「当たるの?」って聞くと「そんなに当たらないよ。」とは言うものの、浩康の競馬に対する気持ちは誰よりも熱い。
 「俺、将来競馬記者となって騎手や調教師にインタビューして専門誌に伝えたいんや。だから、もしなったら週刊誌買ってな!」
 そこまでしてなりたい夢があるとは思わなかった。さらに彼の大きな夢は、馬主になって、日本や世界のダービーに勝って凱旋門賞で優勝することだった。
 一方で、真一の夢は、特にあるわけでもなく、ただ早く大学に入りたい!そのことしか考えていなかった。一浪時代は高望みをしすぎたせいもあって、失敗した経験を生かしたい。当然ながら、予備校の担任からは「上を目指せ!」と言われるも、目標にしつつ過剰に意識をしないようにしていた。
 順平のクラスは国公立のクラス。真一から見て、レベルが違いすぎる!と感じていた。
 しばらくして、順平と昼食中のこと。真一は、模試の成績があまりよくなかったこともあって、「いつも親を心配させてしまって…」の話をしてた時である。順平はいつもそっけないことを言うのに、その時は違ってた。
 「今は上がらなくてもいいやん!地道にやってたらいつかはよくなるよ。俺でも高校のときは下から数えて何番目のヤツがここまで昇りつめたんやし。」
 そう言われてから、どこか吹っ切れた。それ以後、昼食時は順平と行動することが多くなった。ただ、真一も金曜は古文の先生とプチマンツーマンの講義もあって、昼食は持参のおにぎりと水筒の中には、熱いお湯。いつもお湯持っていくには少し理由がある。ペットボトルを買うのはムダで、節約したい狙いもあれば、昼食に絶対にカップラーメンを食べない!という自己ルールを作るほどの徹底ぶり。さらに理由を続けると、体に悪いから!ただそれだけである。昼休みになると、ローソンはカップラーメンを買う生徒の長蛇の列にも関わらず興味なし。大したもんだ!

(つづく)
今週号はここまでです。
次号もお楽しみに。

おんぼろ2回目。

2007-10-14 11:30:00 | おんぼろ小説
 真一と順平の仲は、あまりわからない関係で、携帯の番号を全く知らないのに、よく覚えてたなという感じだった。
 一限目が終わりなんとか前から三列目を確保したのはよかったが、三列席の真ん中で少し動きにくいなと嘆きながら、九十分ぐらい我慢してやる!とあまり根拠のない意地だけが先走りながらも授業はスタート。知ってか知らずか、その後ろに座っていたのはなんと浩康も座っていた。
 授業が始まった瞬間、やや手探りになるかと思いきや福田裕先生の迫力ある授業に圧倒される真一。しかも、「歴史捏造事件が発覚で、ここはカットしてください」の話から、音楽話に発展とこの先生のやり方を少しずつマスターしていけば合格できると呟き始めた瞬間でもあった。
 昼休み、浩康は別の友達と食事に行く中、真一は順平と昼食へ。この二人が共通する部分がある。
 二人とも浪人二年目。しかも順平は、去年と同じ予備校のこともあって、食事の場所などは彼から聞いたりして助かった。真一の昼食は、家からおにぎり持参するか商店街のうどん屋でうどんを食べるパターンが多く、予備校の昼休みは一時間とゆっくりできることもあって、たまにゲームセンターへ行って格闘ゲームなどをすることもしばしばあった。
 昼休みが終わり引き続き日本史の授業。一・二と分かれており、前期の一は古代、二は中世、後期の一は近世、二は近現代と分けられていた。
 福田先生の授業スタイルは、板書がメインで「原因・背景→展開→結果・影響」と非常にわかりやすく説明してくれる熱血先生である。真一もその先生が遥か彼方の世界にいてる気がしてならなかった。

(つづく)
今週号はここまでです。あらすじは先週号を見てくださいね。
次号もお楽しみに。

おんぼろ1回目。

2007-10-07 12:00:00 | おんぼろ小説
読書の秋です!8月の終わりから書き始めました。
10月・11月の8週間に分けて公開したいなと考えてますので、早速今週号をどうぞ。

 「何!万馬券が当たった!ナンボ当たったの?」
 電話越しで話をする須貝真一。電話の相手は友達でもあり、予備校からの受験仲間であった新井浩康である。浩康が買ってた馬券は馬連と三連単で一つ二百円で合計一万円を買って、払戻金額はなんと八十万馬券が当たったとのこと。
 真一と浩康が知り合った予備校名は六本木ゼミナールで、偶然に座った席が隣だったこと、一人寂しそうに座って真一に声をかけてきたことがきっかけだった。面白ことに、金曜になると必ず夕刊紙をチェックするほどである。真一はスポーツ観戦が趣味で、大の阪神ファンかつ、競馬は大きなレースがあるときは必ず予想をする程度。一方の浩康は、競馬を語らせたら止まらないぐらいの大ファンで、彼女がいてるにも関わらずである。
 たまたま目についた土曜日の『神戸スポーツ』を買って一人で読んでいたのをきっかけで知り合いになった。
 土曜日の授業は、日本史か世界史の選択授業。現役時代から苦手だった日本史を選択し、一限目は他のクラスの英語の授業もあって、目まぐるしい座席争奪戦が繰り広げることもあった。真一は眼鏡をしてても、あまり後ろになると黒板の字が見えずに困ってしまうこともあって、前ならどこでもいい!?感覚でぼんやり立ってると…。
 「おまえ、そんなとこで何してるねん?」
 振り向くと同じ高校の知り合いの大石順平だった。

(つづく)
今週号はここまでです。
こんな感じでやって行きたいと思うので、次号もお楽しみに。