売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第10回

2013-06-04 11:38:08 | 小説
 昨日、Windows7をクリーンインストール し、延々何時間もかけてアップデート作業を行いました。200ほどのファイルをインストールして、もう大丈夫かな、と思ったら、先ほどまた44個もアップデートファイルがありました
 アップデート作業とソフトのインストールで、疲れてしまいました
 私はIMEにATOKを使うので、一太郎も必ずインストールします。
 ワープロ自体は、やはり日本で作られたワープロソフトなので、長文を書くのには、やはり一太郎がいいかなと思いますが、原稿の受け渡しにはWordを指定されるので、執筆にはMS Wordを使用しています。

 今回は『ミッキ』の10回目を掲載します。


            

 月曜日の昼休み、私は歴史研究会の部室で、松本さんに弥勒山の話をした。私も宏美も、弥勒山は不案内だから、できれば一緒に行ってほしい、と頼んだ。宏美は小学校の遠足で登ったとはいえ、集団で行動したので、道は覚えていない、と言っていた。
「僕も弥勒山については、よく知らないけど、あの辺はみろくの森で整備されてるし、案内板も多いから、行きゃあ何とかなるだろうね」
 この件に関しては、松本さんも少し頼りない。すると、私たちの話を傍で聞いていた河村さんが、「弥勒山なら、私、ときどき登ってるから、よく知ってるよ」と話に加わった。
 河村さんは東海自然歩道のことに詳しかった。特に猿投山から犬山方面へは、家族と一緒に何度も歩いているとのことだった。
 私は道樹山から弥勒山にかけての縦走のことを訊いた。高蔵寺駅から何時のどのバスに乗り、どこで降りるか、などを教えてもらい、メモをした。
「もしその岡島さんという子がよければ、私も一緒に連れてってくれない? いろいろ楽しいこと教えてあげるから。鮎川さんとも、これを機会に、もっと親しくなりたいし。私だったら、マッタク君を巡っての恋敵にならないから、マッタク君もいいでしょう?」
「俺は彩花の恋人の対象にはなっていないんだな」と松本さんがぼやいた。
 河村さんが弥勒山に同行してくれることについて、私としては異存ない。
「はい、副部長が来てくれると、心強いです。宏美に確認してみます」
 弥勒山登山の話のあと、私は一昨日、宏美とフルーツパーク、東谷山に行ったことを話題にした。東谷山散策道から登ったというと、河村さんが、あの道は階段が多く、きついから、登山に慣れていない場合は、南側の道から登ったほうがよかった、と言った。車道から登るのも楽だそうだ。車道といっても、車はあまり通らないから、それほど気にならないという。宏美と私は、散策道というので、てっきり最も楽に登れると思っていた。

 弥勒山


 教室に戻ると、私は宏美に先ほどのことを話した。
「松本さんのほかに、その河村さんという人も来るの?」
「うん。弥勒山のこと、詳しいから、いろいろ案内してくれるって。どう? 宏美」
「いいよ。松本さん誘ったら、って言い出したのは私だもん。歴史研究会の人がほかに来ても、かまわないよ。それより、案内してくれるなら、かえって歓迎よ」
 宏美は河村さんの同行に同意してくれた。
 放課後、宏美は合唱部の部室になっている音楽室に行く前に、歴史研究会の部室に寄って、松本さんと河村さんに挨拶した。
 河村さんは手短に、必要事項などを話した。行く日にちはみんなで相談して、五連休の最後、五月七日とした。雨天の場合は中止とする。河村さんは雨でもレインスーツなど、十分な準備をして決行することもあるけど、あまり山になじみがない人には、雨の中は辛いだけだから、と言った。
 できれば登山の三種の神器ともいえる、トレッキングシューズ、レインスーツ、ザックをきちんとしてもらいたいが、みろくの森なら、それほどこだわることもない、ただ、靴だけは底がしっかりした、滑りにくいものを履いてきてほしい、などと指導した。
「服装は、暑くても、腕や脚の保護のために、長袖、長ズボン。下着は綿より、汗が乾くのが早い化繊のほうがいいですね。帽子も必要よ」と河村さんは服装の注意をした。
「持って行くものとか、注意事項、メモ書き作っておきますからね。明日のお昼、ここに来てください。打ち合わせをしましょう」
 河村さんは宏美と初対面なので、丁寧な言い方をした。
「河村さんって、すごくしっかりした人ね。できるキャリアウーマン、といった感じ。それに、美人だし。私、ああいう女性に憧れちゃうな」
 部室を出てから、宏美が感想を述べた。
「うん。私が初めてレッケンの定例会に参加したときも、顧問の先生にもの申して、やりこめちゃったのよ」
 私は松本さんとの共同の研究方針を顧問の先生に否定され、それを撤回させたときの河村さんのやりとりを簡単に宏美に話した。
「ふうん。部長さんよりずっとしっかりしてるのね」
「本当は河村さんが部長になるはずだったのを、男性を立てて、自分は副部長になったんだって」
「男のプライドのこともきちんと考えているんだね」
「でも、部長としては、やっぱり河村さんに部長をやってほしかったみたい」
「頼りないな。今の男性は」
 宏美は合唱部の練習に行くため、途中で別れた。私はまた歴史研究会の部室に戻った。
 部室に戻ると、河村さんが、松本さんに「どう? 研究、進んでる?」と尋ねているところだった。
「うん。まだなかなか取っかかりがつかめなくてね。模索中、ってところかな。まず、手始めに日中戦争で、盧溝橋(ろこうきょう)事件から始めてみようと思ってるんだけど」
「盧溝橋事件か。いいかもしれないね。一部には、中国共産党の謀略だったという説もあるみたいだし。だとしたら、日中戦争は今まで言われているような、日本が引き起こした戦争ではなく、中共の謀略により、蒋介石(しょうかいせき)の国民党と戦わされたことになる。西安(せいあん)事件も調べてみるといいよ。西安事件を契機とした第二次国共合作は、コミンテルンの介入があったともいわれているから。結局中国共産党は、日本の敗戦後、国民党政府と戦い、台湾に追いやっているけど、ひょっとしたら中共やコミンテルンは、国民党を弱体化させるために、日本と戦わせたかったのかもしれないし。ABCD包囲網とか、ハル・ノートも要チェックね。日本に石油を一滴も入らないようにしたり、とうてい飲めない要求を突きつけたりして、日本政府を開戦せざるを得ない状況に追い込んだんだから」
 私も聞いていて、こんなにすらすらと重要なポイントをアドバイスできるなんて、河村さんはさすがだと思った。まるで顧問の先生みたいだ。
「いや、彩花には参ったな。こっちはけっこう鮎川さんと調べて、やっと盧溝橋事件から着手しよう、と方針を決めたところだったのに」
 松本さんも河村さんの見識の深さには脱帽だった。
「せっかく彩花がヒントをくれたんだから、さっそく図書館へ行って、資料探しに行きましょうか」と松本さんは私を誘った。
「今日は月曜日だから、春日井市図書館は休館日よ」
「あ、そうだった。今日は定例会じゃないから、やってると思ってた」
 今日は月曜日だが、連休の狭間ということで、定例会ではなかった。私たちは部室で今月のテーマについて話し合った。少し遅れて、部長の芳村さんと、一年生の山崎君、中川さんが部室に来た。山崎君と中川さんはいつも一緒だ。二人はお互いを「タッちゃん」「美保」と呼び合っている。かなり親密な仲のようだ。
 芳村さんは東京裁判を研究するつもりだ、と方針を発表した。山崎君と中川さんは、かつての村山首相の談話を基に、日本の戦争責任を追究してみる、と言った。
「どちらもなかなかいいじゃない。頑張ってね」と河村さんが励ました。
「マッタクと鮎川さんはどう? 方針、決まった?」
 芳村さんが松本さんに尋ねた。
「ああ。決まったよ。盧溝橋事件から入ろうと思うけど、さっき彩花からもいいアドバイスもらったしな。日中戦争は中国共産党の謀略かもしれん、というテーマだ」
「カメさんが聞いたら、真っ青になりそうだ。あんまりめっちゃんこなこと言って、日中の平和をぶっ壊さんでくれよ。首相の靖国参拝で、けっこう中国と険悪になっているとこだし」
「一高校生の俺たちの研究が、そんな大げさなことになるわけないだろ」
 河村さんを含め、気が置けない二年生同士の会話は生き生きしている。私に対しては、まだお客さん扱いのような言葉遣いだ。
 そのあと、二年生の竹島さんと一年E組の佐々木君が部室にやってきた。佐々木君は今日は定例会ではないと聞いたので、あまり人が来ていないだろうと思っていた、と言っていた。
 私たちは六時頃まで話し合ってから解散した。
 帰り、駅まで歩きながら、松本さんに、金曜日に子犬が来たことを話した。
「へえ、ラブラドールですか。いいですね。けっこう大きくてたくましい犬ですよ。頭もいいんでしょう」
「まだ二ヶ月の子犬ですけど。でも、うちに来て四日目ですが、今朝、最初より少し大きくなってたみたい。子犬って成長が早いですね」
「散歩に連れて行くとき、僕も誘ってください」
「松本さんの家の方まで、連れて行きますね」
 松本さんも犬好きで、家の中でメスのミニチュアダックスを飼っている。妹さんが特にかわいがっているそうだ。
「ラブラドールが来たら、うちのチロは怖がって、家の中から出てきませんよ。気が小さいから」
「でも、意外と気が合ったりして」
「ラブとミニチュアダックスの雑種が生まれたら、ちょっと怖い気もするけど」
「どんな犬になるか、ちょっと想像もできないですね」
 そう言いながら、二人で笑った。
「河村さん、すごいですね。聞いていて、よく勉強してるな、と思いました」
 話題が河村さんのことに移った。
「うん。彩花はすごいよ。あいつは何も言わないけど、ほかの部員たちにアドバイスするため、ものすごく勉強していると思いますよ。性格も男勝りで。あ、今はこういう差別的な言い方はよくないかな。それでいて、けっこうかわいい感じだし。先月、生徒会長に立候補したらどうか、という話も出てたけど、それは断ったようですよ。生徒会長が校則違反のピアスをしててはまずいからと言って」
「学校でしてるわけじゃないから、私はいいと思いますけど。宏美が、同性として憧れちゃう、と言ってました」
「男から見ると、ちょっときつくて敬遠したくなる感じに見えるけど、女性からだと、頼もしく思えるかもしれませんね。実際、女の子には人気がありますから」
 私も河村さんには、ちょっぴり憧れている。赤いメガネが似合う優等生でありながら、茶髪で、堂々と校則違反のピアスをするという、ちょい悪な大胆さがかっこいい。茶髪は染めているのではなく、元々の色だそうだけれど。私の価値基準を超えた女性だ。
 話をしているうちに、春日井駅に着いた。