「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

           ギブ ミー チョコレート

2011-02-14 07:18:32 | Weblog
今日は「バレンタイ・デイ」。後期高齢者にはあまり縁がない。老妻からの義理チョコも期待できないと思い、近くのスーパーで例年どおり88円の板チョコを買ってきたところ、今年はどんな風の吹き回しか、都心のデパートの包装紙に入った本格的なプレゼントが老妻から届いた。(写真)ただし、値段のほうは秘密だそうだ。

一億バレンタイの時代である。昨夕テレビの「笑点」を見ていたら大切りにまでバレンタインが登場していた。内容は忘れたが、師匠の一人がネタに”ギブ ミー チョコレート”を使い、司会の歌丸から"古いなあ”-大笑いされていた。見たところ歌丸師匠を始め「笑点」のメンバーは"ギブ ミー チョコレート"の時代を知っているとは思えない。しかし、敗戦直後の進駐軍時代の象徴として師匠や兄弟子などから"ギブ ミー チョコレート”の話を聞いたことがあるのだろう。

僕も敗戦直後の秋、家の人形ケースからガラクタ人形を持ち出して横浜へ行き”ギブ ミー”ならぬ”エクスチェンジ ミー”と片言の英語で"ハ-シー”の板チョコをゲットした想い出がある。そのうまかった味は今でも忘れられない。

戦前を振り返ると「チョコレートと兵隊」という映画がヒットした昭和13年頃は、まだ自由に街のお菓子屋でチョコレートは買えたし、映画のストーリーのように慰問袋にチョコレートを入れて戦地へも送れた。しかし、大東亜戦争が勃発した16年には、もう菓子類は配給制になり、チョコレートは”勝つまではほしがりません”の贅沢品になっていた。

だから、ほとんどの日本人にとって進駐軍から貰うチョコレートやチユインガムは何年ぶりかの贅沢な味だったわけだ。あの時代、日本にはバレンタイの神様はいなかった。