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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第5章−3 マウスピークス

2019-10-28 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 

 一九九一年一月の最終金曜日。

 ハイスクール最終学年になってもナオミはアイデンティティギャップに悩み続けていた。身長一六六センチ体重四十九キロと体格こそすくすくと育っていたが、人とマーメイドとしての精神の発達はいまだアンバランスだった。

 頭の中にあったのは考えても答えのでない疑問の数々。

 人間であるとはいったいどういうこと? 生きるって何のため? わたしのマーメイドの心は何のため? こうした疑問は成長するにつれて膨らむばかりだった。

 さらに、率直な物言いをするアメリカ人の中で暮らしいてさえ「言語」というシステムには苦労させられた。人が言うことと思うことの間には違いがあると知るまで物議をかもし出したのは一度や二度ではなかった。

 テレパスの存在を確認してみたいならば自殺者リストを調べてみるとよい。

 悪意に満ちた内面とお愛想の差違にさらされ続けたら、一日で発狂してしまうか自ら命を絶とうとするはずだ。ナオミは心に思ったことを言葉にする難しさと、うまくいかなかった時に生じるトラブルにうんざりさせられていた。

「コミュニケーション学」という聞き慣れない学問に出会ったのは、そんな時だった。

 ナオミが通うクムクム・ハイスクールの大講堂は、「コミュニケーション学とは何か?」という講演会に集まった学生たちでにぎわっていた。

 演者ナンシー・マウスピークスは、カンザス州にある聖ローレンス大学教授だったが、肥満体を見慣れたハワイ人から見ても彼女は太っていた。

 枠太フレームの眼鏡は怖そうだったが、奥のよく動く目はやさしそうだった。

 

「今日はコミュニケーション学が何かを説明する前に、哲学の話をさせてもらうわね。古代ギリシャでは哲学がすべての学問を統括していたの。そのなごりで博士号は今でもPh.D.となっているわ」

 ナオミは、そうなのかとうなずいた。

「政治学博士号ならDoctor of Philosophy in Political Science、経済学博士号ならDoctor of Philosophy in Economicsとなるわ。西洋文明の曙の時代に、倫理学から法律、政治、歴史、文学、言語学、数学、天文学、医学、説得の技法レトリック、もろもろの学問をおさめた賢者たちが哲学者だったの。でも、学問が発展するにつれてひとつまたひとつと哲学から離れていってしまう。医学は医学者、法律は法学者、数学は数学者の専売特許になってしまう。最後まで残ったのは思索という行為だけ。現在の哲学はよりよく考えるための学問と言えるわ」

 演者は一息ついた後、不愉快そうに言った。

「後ろの方で逃げ出そうとしてる学生、あと少しで本題に入るから我慢しなさい。え〜と、どこまで話したかしら。そう、哲学に思索だけが残ったというところだったわ。逆の発展をしたのがコミュニケーション学よ」

 ナオミは、思わず話につり込まれた。

 


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