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Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

002-アノン

2012-09-14 18:40:02 | 伝承軌道上の恋の歌

「これは嘘…ですか?」
 そう彼女が僕に発した言葉には白い息が混じる。冬の朝のスクランブル交差点の真ん中で、雑多な人ごみをまるまる背景にして。差し出されたのは一枚のビラ。僕はそれに見覚えがあった。
「嘘だったらどんなにいいかと思ったことはあるよ」と僕は答える。
すると彼女は困ったように少しうつむく。小さく尖った顎がマフラーの中に少し埋もれた。僕の反応が意外だったのかもしれない。彼女はしばらく考え込んでいた。その間にも大勢の人が街と一緒にせわしなく行き来していて、僕達はただ佇んでいる二人だった。

「じゃあ、質問を変える。この妹…ヤエコがここで亡くなったっていうのは本当?」
 僕があきれて溜息を吐くと、それは僕の顔の前で白くにじんだ。
「あのね、見て分からないかな?このビラに載ってるのは当時の…三年前の新聞の切り抜きなんだ。嘘な訳ないだろ?」
 彼女の持っているA4のビラを僕が脇に大量に抱えているのは偶然じゃない。過去に僕が彼女に手渡したものだろう。いちいち覚えてる訳じゃない。僕はこのスクランブル交差点でもう半年もビラ配りをしてるんだから。
「そうなんだ…そういうことなんだ…」
彼女はビラを見つめて今更につぶやく。まるで人の試験の答案でも見るように淡々と。
「なんでそんなこと聞くの?」だから僕は少し語気を強めて言った。
「だって、やっと見つけたから。スフィアの最初のレイヤーを作った一人を…」
「え?」僕が聞くと、彼女は意外にも微笑んだ。
「大丈夫、安心して。私まだ誰にも話してないから」
 何の冗談だろう?僕は彼女の真意をはかりかねていた。
「暇つぶしならよそで…」そう言いかけたところで
「あ、いけない。もうこんな時間だ」と自分の腕時計を見るなりそう言った。
僕がきょとんとしていると
「…じゃあね。教えてくれてありがと」と彼女は僕に背を向け人ごみに紛れてしまった。
「なんだって言うんだよ」
 僕はあいにく信号につかまって気まずそうにしてる彼女の背中を見つけてつぶやいた。
嘘な訳がない。だから僕はこうして目撃者を探してる。僕はこれを『周知活動』って呼んでる。妹のヤエコと僕の父親が死んだその場所で、事故の手がかりを探してるっていうのに。そんな僕を見下ろす巨大液晶スクリーンでは朝のニユース・フラッシュが始まっていた。CGの女の人が合成音声で読み上げる日付は『二月の三日』。それはあと二週間で事故から三年後のその日になることを告げていた。

…つづき


001-デウ・エクス・マキーナ

2012-09-13 18:11:52 | 伝承軌道上の恋の歌

‐ねえ、デウ・エクス・マキーナのオリジネイターは誰だと思う?

「もういいよ、その話は。埒が開かない。物質が無から生じたものだと多くの人が思ってる。でも、無っていうのは概念だよ。人間特有の思考の罠だ。それと同じさ」

‐でも知りたいと思わない?

「まあね。イナギだろ?みんなそう言ってるよ」

‐本人に聞いたの?

「いや。でも、最近ずっと姿消してるから余計に憶測を呼んでる」

‐あの人は違うよ。オリジネイターじゃない

「もう誰が最初に作ったかなんてどうでもいいんだ。みんな好き勝手スフィアを作って消費してる。それで飽きたらまた新しい層を作る。もうオリジナルのデザイナーの手をとうに離れてしまってるんだ」

‐ううん、私はそうは思わない。今のどんなレイヤーもオリジナルの残像がある。転写を受けてる。まるでマンデルブロのようにね

「じゃあ、誰がオリジナルのデザイナーか知ってるんだ?」

‐うん。証拠もあるよ

「デウ・エクス・マキーナもそろそろ終わりかな。一般の人達が飛びつき始めてる。やつらは規格もプロトコルも何も構いはしない。そうなるともう希薄化してくだけ」

‐そんなことない。マキーナのスフィアはまだこれから端末化していくんだから

「あ、分かった。アノンちゃん、その髪型、マキーナ意識してるんだ」

‐そう。マキーナのネットワークに端末化されてるの。マキーナは私の全てだから

「で、オリジネイターが分かったって?」

‐うん

…つづき

 


ヤエコ00-彼女を待って

2012-09-12 14:27:05 | 伝承軌道上の恋の歌

 大きなガラス窓から月明かりが照らすこの場所は、まるでゼリーで固めたように静かで綺麗に止まっている。それを背にして誰もいない『研究室』の広い一階のロビーに私の長い影を作ると、どこか嘘っぽい非常灯が隅で光っていた。先生達だって知らない秘密の鍵穴で閉じ込めたこの時間に、私達は二人だけで出会う。

 それに今日は嬉しい知らせがあるんだ。早く伝えたい。どうやったら分かってもらえるだろう?どうやったら伝わるだろう?でも、うまくいったら…きっと彼女は喜んでくれるに違いない。想像するだけで、鼓動を打つ度に胸をしめつけるこの重く鈍い痛みも、今は生きてる感覚になって響くのだから不思議だ。水玉模様のパジャマから伸びた青白く透き通った指先も、私を支えてくれたはかない命のともし火のようで思わず感謝をしたくなる。

 私はひんやりとした窓ガラスに身を持たせながら、彼女から教えてもらった歌をかすれるくらいに小さな声で震わせた。私はこの歌が好きだ。それに歌っている彼女を見るのも。甘いトーンに少し物憂げででも優しい旋律。早く来ないかな。でも、待っているこの時間もとても大切にしたい。そんな気持ちに揺れながら私は歌っていた。

…つづき