COVID-19がパンデミックの様相を示すと世界中で、様々なワクチン開発競争がはじまった。タンパクワクチン、不活化ワクチン、ウィルスベクターワクチン、DNAワクチン、mRNAワクチンなどである。アメリカの製薬大手ファイザとドイツのビオンテックが共同開発したmRNAワクチン(BNT162b2)は、いち早く第3相臨床試験で有効性、安全性が確認され、昨年12月英国と米国でも緊急使用許可を取得して接種が始まった。WHOも12月31日、緊急使用リストにこれを加えると発表した。ワクチン開発競争ではBNT162b2がレースのトップに立っているようだ。米モデルナ社が開発したmRNAワクチン(mRNA-1273)も欧米で承認申請されている。他に英国アストラゼネカとオックスフォード大学が開発したウィルスベクターワクチン(AZD1222)は12月30日英国政府によって承認された。
国内では、塩野義製薬も遺伝子組み換えたんぱく質ワクチンを開発しており、12月臨床試験を始めたといわれる。他にも数社がワクチン開発に取り組んでいるが、出遅れた上に、いかんせん感染者が少なく治験が困難な状況で、いずれも周回遅れの感が否めない。日本政府は、国民全員が接種できる量のワクチンを2021年前半までに確保する方針で、上記欧米の製薬会社3社との間で、供給を受ける契約を結んでいる。3種のCOVID-19ワクチンはいずれも、これから日本で小規模な臨床試験を実施し申請承認後、2月下旬までに接種を始める方針のようだ (1月5日京都新聞)。
ファイザーとビオンテック(BNT162b2)、モデルナ(mRNA-1273)のワクチンは、いずれもメッセンジャーRNA(mRNA)テクノロジーを使っている。ウィルスのスパイクタンパク質(SP)に対応する塩基配列情報を持ったmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に包みこみ、これを体内に注射し、疫学調査を行なっている。BNT162b2の場合、ワクチンは21日間隔で2回接種している。その第3相臨床試験では約43000人(16歳以上)の半分をワクチン接種群、別の半分をプラセボ群とした。2回目の投与から7日後のCOVID-19発症者は、接種群で8例、プラセボ群で162例。有効性はなんと95%であったという。WHOはCOVID-19のワクチンに求められる望ましい有効性として「少なくとも70%、最低でも50%以上」との見解を示していたので、この高い有効成績は世界を驚かせた。重篤な副反応は、今回の治験では見られなかったそうだ (N.Engl.J.Med.2020;383:2603-2615,DOI: 10.1056/NEJMoa2034577)。
このmRNAワクチンの原理は以下のようなものである。まずLNPが細胞膜にくっつき、中のmRNAが細胞に取り込まれ、リボソームで抗原タンパクが産生されてから分泌され、これが抗体の液性免疫を誘導する。さらにmRNAを取り込んだ樹状細胞では、mRNAから産生されたウィルスタンパク質の一部がHLAにより細胞表面に顔を出して、擬似的にウィルス感染細胞と同じ状態を作り出し、これをナイーブT細胞が認識することによって、細胞性免疫が誘導される。ナイーブT細胞は姿を変え、コロナウイルスだけを狙い撃ちするキラーT細胞になる。攻撃をうけた感染細胞はウイルスもろともに破壊される。mRNAワクチンは液性免疫も細胞性免疫も誘導する優れものと言われている。
こういった原理のワクチンがヒトで承認され利用されるは史上初めてのことである。これがCOVID-19に有効であれば、現代文明の知恵「分子生物学」により邪悪なウィルスを人類が打ち負かした画期的な出来事となろう。しかし、技術の持つインパクトが大いほど、それに潜在するリスクもまた大きい。コロナワクチンは全世界の何十億もの人々に接種される可能性がある。この新規ワクチンが、ヒトの健康にどのような影響を及ぼすかの長期にわたる観察はない。そもそも、ワクチン投与後、どれほど効力が持続するのかと言ったデーターもまだ提出されていない。本来、2−3年かけるべき試験や治験・観察が、緊急事態のためにすっ飛ばされているからだ。拙速な開発・承認について、ワクチンを必要と考える専門家からもリスクが多いとの指摘が出されている。
COVID-19ワクチンを接種するかしないかは、日本では個人の判断にゆだねられている。自分や子供の年齢、体質、生活形態を考慮の上で、接種した時のリスク、しなかった時のリスクを勘案し判断を下す以外にない。幸い英米が先行して実施しているので、COVID-19ワクチンの効果とリスクは、これからある程度の情報が入手できるはずである。海外SNSの情報やそれを集約して発信しているサイトを点検する必要がある(『文芸春秋』2月号 の宮坂昌之氏の評論も参照されたい)。
ワクチンを接種するにしても、種類や製品を選択できるかどうかも問題である。直感的にいって塩野義製薬のタンパクワクチンが一番安全そうに思えるが、これはいつ完成するのか分からない。mRNAワクチンのmRNAも単なる核酸分子なので比較的安全なのではと思うが、これも考えだすといろいろ突っ込みたくなる。注入されたmRNAが体内や細胞でどのような運命をたどるのか?変異ウィルスに対して有効か?接種とウィルス感染が重なったときに問題はないのか(ADE抗体依存性感染増殖の可能性)?ファイザーの試験は16歳以上を対象としているが、それ以下の幼児への効果や副作用はどうか?レトロトランスポゾンの逆転写酵素により遺伝子DNAに組み込まれたりはしないか?これらに答えてくれる論文や報告は、筆者が調べた限り見当たらない。ともかく、今のところ「途中結果」オーライなのである。
日本ではCOVID-19ワクチンの接種は医療関係者や対策の実施に携わる公務員などが優先すると言われている。しかし、日本の医師へのアンケート調査によると、半数近くが早期の接種を受けたくないとしており、受けたいという医師も70%近くが種類を選択したと答えている(日経メディカル2020/12/26)。医師も本来、ワクチン接種を拒否する権利があるはずだが、職場の雰囲気で自分の意志に反して受けざるを得ない状況になるかもしれない。一般の市民は、年齢や既往症の有無で接種時期が決まるようだが、おそらく4−5月以降にどうするか判断をせまらえる事になりそうだ。
参考文献:宮坂昌之 『コロナワクチン本当に安全か』文芸春秋 2月号2021、p210。
追記 1: ADE(抗体依存性感染増殖)とは?
免疫でできる抗体にはウイルスを殺したり不活化する中和抗体の他、「役無し抗体」や「悪玉抗体」ができる。悪玉抗体はネココロナの事例のように、ウイルスに結合した抗体ごと食細胞に飲み込まれ、その食細胞が感染し、それが全身に広がる。その食細胞からはサイトカインが大量に放出され炎症を悪化させる原因となる。
追記2:リスクのトレードオフとは?
あるリスクを減少させようとすると、それにより別のリスク(対抗リスク)が増加する。水道水に添加する塩素は、源水に含まれる有機化合物と反応してトリハロメタンを生ずるが、これは発ガン性がある。そこで、この発ガンリスクを忌避して、塩素を加えないでおくと、当然、水を媒介とする感染症のリスクが発生する。1990年代にペルー政府は、塩素消毒を中止したが、リマ港の魚介類を感染源としてコレラが発生し、約30万人が罹患し3,516人もの死者がでた。他の例としてはDDTの禁止によって、マラリアによる被害が拡大した。
(國広正著 それでも企業不祥事が起こる理由 日本経済新聞社 2010)
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