お年寄りは、今までどれだけ苦労をしてきたかという話をします。
したい気持ちはわかりますが。
1度目や2度目に聴くときは、「大変やったねぇ。」と心から言えます。
3度目や4度目は「大変やったねぇ。」と言います。
5度目や6度目は「またその話かぁ・・・」と思います。
7度目や8度目になると「もういい加減にしてほしいなぁ・・・」と苛立ってしまいます。
実母から聴かされる娘は、みんなこう思っているのではないかと思います。
先日、「お年寄りには、人生で最も輝いていた頃の話をしてもらったらいい」と聞き(だったか、「読み」だったか)ました。
「なるほど。そうすれば、聴きたくもない愚痴を聴かされなくても済むんだ。幸せな明るい話を聴くのは、何回聴いても不快ではない。」と、私はとてもいいことを聞いた(だったか、「読んだ」だったか)なぁと思いました。
友人とお茶を飲んでいるとき、「義母が昔の辛い思い出(「誰々にこんなことを言われた」とか「こんなに大変な思いをしてきた」とか)をいっぱい話すのよ。何回も。何回も。」と言いましたので、私は友人に「お義母さんに、人生で最も輝いていた頃の話をしてもらったらいいのよ。」と言いました。
「でも、お義母さんは若い頃から苦労をしていて、輝いていた時期がない。」と、友人が言いました。
他の友達も「あの年齢の人は、戦争があったし、輝いていた時期なんてなかったんじゃないの?」と言いました。
「ああ、そうなんだ。今、90才ぐらいの人は、昔を思い出して幸せだったなぁと思える頃がなかったのかぁ。」と思いました。
私は、母から、こども時代のこと、女学生の頃の話をよく聴きます。
裕福な生活ではなかったけれど、みんなで賑やかに暮らしていた、母のこどもの頃の光景が目に浮かび、それを懐かしんでいるようにも思えるし、女学生時代は戦争中で、勉強も十分にできなかったとは言いながらも、死ぬほどの苦労をした様子もなく、学徒動員の話を聞かせてくれますから、それなりに生き生きと生きていたように思っていました。
母が、人生で最も輝いていた頃と呼ぶのはいつだろう。
私のそれはいつ?
ちょっと考え込む私です。
したい気持ちはわかりますが。
1度目や2度目に聴くときは、「大変やったねぇ。」と心から言えます。
3度目や4度目は「大変やったねぇ。」と言います。
5度目や6度目は「またその話かぁ・・・」と思います。
7度目や8度目になると「もういい加減にしてほしいなぁ・・・」と苛立ってしまいます。
実母から聴かされる娘は、みんなこう思っているのではないかと思います。
先日、「お年寄りには、人生で最も輝いていた頃の話をしてもらったらいい」と聞き(だったか、「読み」だったか)ました。
「なるほど。そうすれば、聴きたくもない愚痴を聴かされなくても済むんだ。幸せな明るい話を聴くのは、何回聴いても不快ではない。」と、私はとてもいいことを聞いた(だったか、「読んだ」だったか)なぁと思いました。
友人とお茶を飲んでいるとき、「義母が昔の辛い思い出(「誰々にこんなことを言われた」とか「こんなに大変な思いをしてきた」とか)をいっぱい話すのよ。何回も。何回も。」と言いましたので、私は友人に「お義母さんに、人生で最も輝いていた頃の話をしてもらったらいいのよ。」と言いました。
「でも、お義母さんは若い頃から苦労をしていて、輝いていた時期がない。」と、友人が言いました。
他の友達も「あの年齢の人は、戦争があったし、輝いていた時期なんてなかったんじゃないの?」と言いました。
「ああ、そうなんだ。今、90才ぐらいの人は、昔を思い出して幸せだったなぁと思える頃がなかったのかぁ。」と思いました。
私は、母から、こども時代のこと、女学生の頃の話をよく聴きます。
裕福な生活ではなかったけれど、みんなで賑やかに暮らしていた、母のこどもの頃の光景が目に浮かび、それを懐かしんでいるようにも思えるし、女学生時代は戦争中で、勉強も十分にできなかったとは言いながらも、死ぬほどの苦労をした様子もなく、学徒動員の話を聞かせてくれますから、それなりに生き生きと生きていたように思っていました。
母が、人生で最も輝いていた頃と呼ぶのはいつだろう。
私のそれはいつ?
ちょっと考え込む私です。