
篠山市宇土 曹洞宗 清瀧山 弘誓寺(せいりゅうざん・ぐぜいじ)
前回6日紹介しました、熊野大明神隣接
「うどかんのん」「宇土の観音さん」として親しまれている。
大化・白雉年間に法道仙人によって開かれ、天地山極楽寺と言われていたと伝わる。
背景の山は槇が峰の頂上で、「槇が峰・千軒坊」と言われ、たくさんのお堂が建ち並んでいたとされますが、寿永3年(1184)、平家を追う源義経が通過した際、兵火で全山焼失した。一の谷に急ぎ向う義経隊が夜道近隣民家に火をつけ道中の明かりした丹波越えですね。
ご本尊は無事であったので再建。
現本堂は昭和初期・(10~20年)再建
彫物師 播州姫路 井上好朗作(義照)本名で銘入れてます。







庫裏
もう少し古い時代か?大正から昭和?
彫師推定 堀喜太吉


山門
もっと古い時代と推定(再建時?)
彫師不明




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