長州に棲む日日

[PC推奨]直参と萩藩士の子孫で長州在、でも幕府海軍・箱館海軍松岡磐吉大好き。
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「武士の家計簿」と大村益次郎

2011年07月18日 | ★幕末維新の長州
映画「武士の家計簿」、公開時に気になりつつ見てなかったのですが、今日地元の市のセンターで上映会があったんで行きました。
映画館で見るより安かった上に、なんとなんと、郷土史家、内田伸先生のプチ講演付きっていうから、絶対いく!と楽しみにしてました♪


映画の簡単な内容はこんな感じ。

時代は幕末の一歩手前、天保の頃の加賀藩。
主人公、猪山直之(すげー気になったんですが、これ諱じゃないんだろうか…)は、算用方の家に生まれた下級武士。
まっすぐで清潔な性格で計算・帳簿つけも非常に得意で、帳簿の間違いを見つけたり、不正を発見したりするんだけど、当時の「帳尻が合えばいい、余計なことを言うと抹殺される」という官僚社会では、とても不器用な人。

それが自分の家の家計が借金だらけであることを知り、家計の大改革をやってしまう。
このへん、かなり厳しい話なのに、おおらかに、笑いもたくさん起きる描き方がしてあって、とても良かったです。
人間らしい武家の一家で、楽しいw


で、ひとり息子、成之(しげゆき)も、時には父に反発しながらも「お家芸」である算盤算術の達人になってお城に仕える。
が、そこで幕末の動乱。

加賀藩は当初幕府方についていたけど、錦旗が出てからは立場を変える。
そして成之は、大村益次郎にその算用の才能を買われ、補給の手配をするという任務に就く。
映画の中で大村は「刀や銃を持てる人間ならいくらでもいるが、君のような人は貴重だ。万の兵にも匹敵する。これからの時代に必要な人だ」的なこと言ってました。

猪山成之はその後、明治海軍の主計大監を勤めてます。
(まったくついでだが、そのまた息子の鋼太郎も海軍人になり、秋山真之と同期♪)


という話なんですが、大村益次郎、ちよっとしか出番はないけど、息子の運命を大きく変えた人間なわけです。



で、大村益次郎といえば、郷土史家の内田伸先生。

益次郎と同じ鋳銭司(すぜんじ)の人で、市役所の職員だったその昔、ふすまの下張りから膨大な量の手紙類(木戸孝允などから大村宛に来たものや、大村自身が書いた戦術地図などなど)を発見し、それを整理された人です。
大変な仕事を成し遂げられたすごい人です。

多分今89歳?
もうお話を聞けることもあまりないと思うので、今日は楽しみでした。


お話の中で面白かったネタ。
内田先生は「猪山成之大村益次郎の関係」について、何かしゃべろうと思ったけど、なかなか見つからなかったそうです。
靖国神社の大村の銅像の世話人が猪山、てのはあるんですが、その他には、大村関係の史料を見ても、猪山の名が載ってないらしい。
二人が一緒に仕事をしたのは、わずか2ケ月ほどだったらしいので、名前まで残ってないらしいんです。

でも面白い話が二つ。
大村は兵部省の会計官を探すのに、複数の人の、戦場でつけた帳面をみたそうな。
すると、きれいに合ってるものと、不明部分があると正直に書いてあるものがあり、大村は後者を書いた人を選んだそうです。
いわく、戦場での騒ぎの中でつけた帳簿だから、わからん部分があるほうが当たり前である、と。
なんかすっごい益さんらしいーーー
この帳簿の主が、猪山であろうとのことでした。

もう一つ。
大村の遺体は船で大阪から運ばれ、故郷鋳銭司に眠っています。
この裏に、デカい顕彰碑がありますが、ここにも猪山成之の名が刻まれていることに、内田先生も今回見に行って気づいたそうです。
・・・その碑、私も見に行って、裏の名前の写真も撮ってるんで、うおおお!と見てみたら、上のほうしか写してなくて、猪山いなかったーーーー。
(写ってんのは三条、井上、伊藤、山田、品川とか・・・)

人間のつながりってほんと面白い。


それにしても、堺雅人…いまだに山南さんに見えr(略
(中村雅俊は、さすがにもう高杉には見えませんでした)


【追記:内田伸先生は平成30年亡くなられました】


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