長州に棲む日日

[PC推奨]直参と萩藩士の子孫で長州在、でも幕府海軍・箱館海軍松岡磐吉大好き。
★最初に【まず必読】をご覧下さい

海軍有終会での松岡記事みっけ!

2018年08月16日 | ★松岡磐吉・旧幕府海軍・箱館等
いやー、いつ以来だ(生きてます)。

新暦命日(8/20)を前に、久々に推し(松岡磐吉)の新しい記述に巡り合った!
海軍有終会の「有終」から。「有終」は気になりつつ未チェックだったので大収穫!

松岡がこう言った、こうした、と直接見聞した人(蟠龍乗組・横井貫一郎時庸)が書いてるから嬉しい!!

たとえば・・・宮古湾海戦の帰り、回天と出会った時、回天(甲賀が戦死しているため艦長代理は荒井郁之助)に「蟠龍は速力がないから曳航する」と申し出されたにもかかわらず「曳航したがために2隻とも敵の手に落ちることがあっては、我が艦隊は全滅してしまう。もし敵に迫られたら我々は快く一戦する。貴艦は速やかに箱館に戻って善後策を講じられよ」と固辞した。その艦長の勇猛さに奮激しない者はいなかった。
…なんて話が載ってて私のヨダレを誘う(おい)。

また、箱館総攻撃の日、既に弾薬を使い果たし、松岡は「水夫や火夫までが我々(士官)と死を共にするのは不憫の至り」と、上陸を決めた、とのこと。

ほかに、水夫の一人が直撃弾を受けて四散し、遺体を集めるのにシャベルですくって桶に入れたという凄まじい話、
弁天台場での食べ物がひどすぎだったが誰も文句を言わなかった話とか。

また、品川脱走時の嵐で蟠龍は30度以上傾いたまま数分戻らず、パニックになった火夫がいた話(横井に「旦那!」と抱きついてきたって。士官の敬称は旦那かwww)、
その嵐のあと、飲料水の缶のサビが動揺のために剥がれて水が赤く、ご飯を炊いたらお赤飯みたいになってしまい「沈没をまぬがれた祝いだ」とみんなで大笑いした話など。
蟠龍乗組員の手記なのでほんとありがたい!!
あーうれしー!! (多分こんなの読んでここまで嬉しいの、世界で私だけだw)

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