長州に棲む日日

[PC推奨]直参と萩藩士の子孫で長州在、でも幕府海軍・箱館海軍松岡磐吉大好き。
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「面白き…」は高杉の「辞世」じゃない

2009年06月28日 | ★幕末維新の長州
高杉晋作が 「面白き こともなき世を 面白く」    と書いて力尽き、枕頭にいた野村望東尼が 「すみなすものは 心なりけり」    と書き足したところ、 「面白いのう」とつぶやいて息を引き取った。 ってのは、創作だそうですね あの句は高杉が亡くなる4ヵ月くらい前には、もうあったそうです。 話ってそんなもんかもね。それもいいけどね。 写真は防府天満宮にある碑。 この碑は高杉ファンも意外と知 . . . 本文を読む
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祖先は敵同士w

2009年06月25日 | ★ご先祖話・家紋話
あっしの父方のひい爺さんは「長州萩藩上士の家に、文久元年生まれ」。 長じた頃には明治になってたわけですが、もらった嫁さんが「徳川家直参の家に元治元年生まれ」。 思 い っ 切 り 敵 や ん w  その前に、どっちも幕末の動乱の時、ヘタレていた人たちのような気がする~ 長州では上士が、幕府方では旗本が使い物にならなかったといいますからねえ^^; だから奇兵隊をはじめとする諸隊、そして新撰組 . . . 本文を読む
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高杉晋作の「憂国の楓」

2009年06月22日 | ★幕末維新の長州
「高杉晋作の憂国の楓」は、なぜかあんまり有名じゃない気がするのですが、例の松田屋ホテルに残っています。 ここは奥に鉄筋高層の新館が建っているものの、庭は昔ながらの純和風。昔をしのばせるに十分な趣を残しています。 以前、ここの方とちょっと話をした時、ふっと言われた「どうも高杉は乱暴者だったらしくて」という一言が、妙にリアルでした。 今ここに高杉がいて苦笑いをしそうな。 . . . 本文を読む
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毛利敬親は本当に「そうせい侯」だったのか

2009年06月20日 | ★幕末維新の長州
毛利敬親公は、保守革新どちらが政権をとっても「そうせい」(そうせよ)と言った事で、どちらからも暗殺されず明治の代を迎えたといわれています。 暗愚であるとはっきり書かれているものもあります。 でも毛利家にたいへん近い方に聞いた話では「そうせい侯」ではなかったとも。 「そうせい侯」と呼ばれていたという、はっきりした文書は残ってるのかな? いずれにしても、暗侯ではなかったと思います。おそらく、上士も . . . 本文を読む
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松田屋旅館

2009年06月15日 | ★幕末維新の長州
今では「松田屋ホテル」というが、まだ古い趣も残ってます。 写真は「維新の湯」で、ここに志士も入ったとか。 それにしても仕事中「今日昼から萩に行きます」「蒸気船饅頭買って来てー」 「ちょっと松田屋にこれ渡してきます」「誰か防府に行くんじゃったら、毛利邸寄って来て」なんつー言葉が飛び交うウチの職場であるよ。 長州じゃのー。 . . . 本文を読む
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