長州に棲む日日

[PC推奨]直参と萩藩士の子孫で長州在、でも幕府海軍・箱館海軍松岡磐吉大好き。
★最初に【まず必読】をご覧下さい

三田尻(防府)宮市本陣、兄部家全焼(泣)

2011年07月23日 | ★幕末維新の長州
昨日たまたま用事で朝からずっと市外に出てて、夜帰ってきてからもローカルニュースを知らず、寝る頃になって携帯メール着信に気づいた・・。

宮市兄部家全焼」と…。

えええええええっっっっ!


あわててニュースを探したところ、22日早朝(3時頃)、母屋の風呂場あたりから出火し、奥さんは逃げることができたけれど、ご当主が焼死され、家屋も全焼とのこと。

シ ョ ッ ク す ぎ る・・・


4月末にBSの街道番組で、中村勘太郎(へ、平助… ←)が萩から防府までの萩往還を旅する番組が放送され、そのときに見たばかりだったのに。



兄部は「こうべ」と読みます。
兄部家は、萩往還に面した本陣で、九州の殿様が参勤交代の時に利用していました。
国指定史跡になってました…。




亡くなったご当主の兄部次郎さん(84)。ご冥福をお祈りします…。
夫婦二人暮らしでした。





番組で紹介されていた「間取り印刷用の版木」と「薩摩の殿様が宿泊された時に表に出していた札」。
おそらく、こういうものも一緒に灰になったのでしょう。
あの家においてあったのなら。


出火原因は、まきで焚いていたお風呂の焚口の残り火が、何かに燃え移ったらしい。
なんて不運な・・。

ひとつ、防府から江戸時代を感じる建物が消えました・・・。





幕末維新バナーを押してもらえると、励んじゃうよっと。
にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へにほんブログ村
トップページ上、ピンクの「山口blog」の方もお願いします。
コメント (4)   この記事についてブログを書く
« 禁門の変ライブ(お馬鹿)後編 | トップ | く…くだらない…_/ ̄|○ »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (山笑)
2011-07-23 21:44:04
僕は昨日の夕方、たまたま兄部家の前を通りかかって知りました。
実にショックであります・・・。

ご主人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
はじめまして^^ (mobic)
2011-07-25 13:49:06
防府市在住の者です。
由緒ある建物とご当主いっぺんに消えてしまったとは、筆舌に尽くしがたく残念な思いです。

ところで、私、昨日勝坂の砲台を訪れようと山道に入ったのですが、行けども行けども草ぼうぼうで砲台に辿り着けませんでした・・
262号線からけっこう遠いのでしょうか??
Unknown (内藤昶)
2011-07-25 20:56:56
mobicさん
始めまして、取り急ぎ。

勝坂砲台は残っていません。
262沿いのコンクリの壁に「勝坂砲台跡」と書かれた板が取り付けられている場所がありますよね?
あの、レストランなすびのちょっと山口側。

あの案内板?の上が砲台跡です。すぐ下の道に撃ちおろせなきゃおかしいので、山の中じゃないです。
以前は小さい民家が一軒ありましたが、だいぶ前から空き家でした。今でも建ってるかどうか。
とにかく草ボーボーで、周囲の山以外に当時を偲ぶものはありませんでした。 

萩往還を挟んだ反対側(西側)にも砲台があったそうですが、これはもっと早く取り払われ、造成したりなんかで、さらに当時の様子はわかりません。

小郡の柳井田関門のところもどんどん変わってしまい、仕方ないけど残念です。

ちなみに、県庁の裏山も砲台だったそうです。政事堂とかいいながらしっかり軍備w
ありがとうございました! (mobic)
2011-07-25 22:56:41
そうでしたか!
確かに民家はありました。
もう空家になっているようでしたが・・・

悲しいですね。
歴史の面影を残すことをしないなんて。
豪雨に流されなかっただけでも幸いなのでしょうか・・

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。