長州に棲む日日

[PC推奨]直参と萩藩士の子孫で長州在、でも幕府海軍・箱館海軍松岡磐吉大好き。
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燃える大河ドラマ、あかん大河ドラマ

2016年11月16日 | ★その他歴史がらみ
「真田丸」に夢中。 もうほんとに隅から隅まで面白い! 13日の放送も神回だった。いやもう全部神回かもしれんが← 中でも本当に素晴らしかったのが、 「向こう(敵方)にもここに至るまでの物語があるのだろうな」 「聞いてみたいものです」 というセリフ。 これよ!このスタンスだから、真田丸は面白いんだよ!! これまで多くの大河ドラマが「主人公側は正義で、その敵方は悪」みたいな描き方をしてきた。 . . . 本文を読む
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都合に合わせて史実を変えちゃいけない

2016年11月12日 | ★その他歴史がらみ
今晩のブラタモリでチラッと言ってた、 「学者としては、新たに判明した史実を公にしたかったが、それでは都合の悪い、ある人達が発表させなかった」 という57年前(昭和34年)の話。すごーくよくわかる。 何しろ、今でも同じようなことはたくさんあるから! 57年前、発掘調査で「今の大坂城の土地は、豊臣大坂城を完全に無くして、その上に徳川が盛大に盛り土をしたものだ」とはっきり解明されたのだけど、「大阪人は . . . 本文を読む
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ご先祖が真田の親戚だった件(会田さん連絡乞う)

2016年07月13日 | ★ご先祖話・家紋話
ご先祖さまに興味があって、ちょっと前までのご先祖様は除籍謄本などを取って調べてました。 でも、「壬申戸籍の壁」(壬申戸籍-じんせんこせき-とは、身分が記載されているため閲覧禁止になっている明治5年の戸籍)で、さかのぼりが途切れていました。 そこに出てきた、父の姉からの古い手紙。 父は末っ子で、家のことを何も聞かずに育ってるんだけど、年の離れたお姉さんが「あんたも知ってなさい」って感じで書いてくれ . . . 本文を読む
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「花燃ゆ」はなぜ燃えなかったのか考えてみた

2016年01月21日 | ★その他歴史がらみ
昨年の大河ドラマ「花燃ゆ」にはほんとに期待していました。 37年?38年?ぶりの幕末長州ということで(そう、あの「花神」は超名作です)。 でも、毎週楽しみにして見ていたのは松陰が生きてた間くらいで、だんだんお義理で見るくらいになって、禁門から後は本当にどうでもよくなってしまいました。 なんといったらいいのか、脚本に不快なことが多かったんです。 主人公があれにもこれにも首を突っ込む。当時の女性 . . . 本文を読む
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五代ともちゃんは同級生である

2016年01月20日 | ★松岡磐吉・旧幕府海軍・箱館等
私しかうひょうひょしないネタ。 「あさが来た」でお馴染みの五代才助(友厚・薩摩藩)、日赤作った佐野常民(佐賀藩)、アタシの(←ヤメロ)松岡磐吉(幕臣)は、みんな長崎海軍伝習所同期生(二期)である。 まあ箱館戦争で松岡が沈めちゃった朝陽艦長、中牟田倉之助(佐賀藩)もそう。 ちょっと面白いのは、当時は幕臣と諸藩士の間には大きな身分差があったのに、伝習所では仲良しとまではいかなくても、普通に知り合 . . . 本文を読む
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幕府艦船「奇捷丸」の原名は何?

2016年01月10日 | ★松岡磐吉・旧幕府海軍・箱館等
年末から、ふとした拍子に幕府艦船「奇捷丸(きしょうまる)」の原名を調べていました。伝わってるのは「タパンニョー(ta-pang-nyo)」。 当時英国から買った船には、中国絡みの名前がついているのがけっこうあった。太江(ターキャン。日本では大江丸)とか仁記(ジンキー。日本では順動丸)みたいに。 でも彼女たちには漢字表記が併記されているのに、奇捷丸だけはそれを見た記憶がないんです。 そこでFaceb . . . 本文を読む
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萩の乱の頃の素朴な話

2016年01月09日 | ★日清日露&明治
「柴草を刈りに行った若いし(衆)が、オウコウ(棒)の先にふんどしをつけて、わあーっといって、涼山の東、長尾から山をおりて来て、「敵が来たーあ」 と、部落の者をたまがした(脅かした)そうです。  ちょうど、そのときゃ、前原騒動の残党、町田一味が萩で反乱を起こしていて、山口からも討伐隊が出動したりして、みんなびくびくしていた矢先だったので、そりゃたまげたでしょういのう(びっくりしたことでしょうね)。 . . . 本文を読む
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大掃除で出てきたメモ

2015年12月31日 | ★幕末維新の長州
大掃除してたらこんなメモが出てきた。 「大田絵堂戦の時、明木で山田市之丞・馬屋原二郎・寺島秋介・田村甚之丞は、それぞれ、狂痴・戇狂(読みはトウキョウ?)・空狂・某狂と号し、「御楯の四狂」と呼ばれた。」 なんだそれは・・・。 さらに 「箱館攻略の拠点を青森に置き、奥平謙輔に船用の石炭38万ポンドを送ってくれと依頼。”越後の地同様、当地にも石炭一切これ無く、海軍の進退おおいに懸念あ . . . 本文を読む
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幕府海軍・第二長崎丸と柴誠一と洋食器

2015年12月25日 | ★松岡磐吉・旧幕府海軍・箱館等
榎本脱走海軍の艦船にあまり名前を挙げてもらえない船があります。 「第二長崎丸」(長崎二番とも)。 艦隊の品川沖脱走より前に出帆し、ぐるっと回って庄内藩支援に向かいました。艦長は松岡磐吉の7つ上の実兄、柴誠一(旧名は弘吉)。 しかし秋田沖の嵐で座礁破船。しかも時遅く庄内藩は既に降伏してました。 乗組員は上陸して陸路や外国船などで箱館を目指した者あり、おそらくはそのまま逃亡した者あり・・・。 艦 . . . 本文を読む
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お知らせっぽいもの(でもないか)

2015年10月09日 | ★歴史も長州も無関係w
以前ネット上(アメーバピグだw)で仲良くしてもらってた方、事情でピグをやめられてからずっと連絡の取りようもなかったのですが、またアメーバでID取られてメッセージが!! 「時々ブログ見てるけど最近更新がないね」って言われて、ああああ、見ててくれたんだ!!って感激しましたー 更新しなきゃなあ、と反省しました(最近Facebook中心になっちゃってて)。 放置する気はありませんので、ぼちぼちやっていこう . . . 本文を読む
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長州で死んだジョン・ムルフィーの墓を探す

2015年10月07日 | ★幕末維新の長州
8月13日、気がかりなお墓を探しに行った(のをなんで今頃書くのかって話だがw)。 慶応2年12月29日、防府三田尻に停泊していた英国軍艦の中で死去した水夫(たぶん)ジョン・ムルフィー。享年23。 墓所は「向島水尻」と「長州藩殉難者名簿」にある。 停泊中だったためだろう、海軍人でありながら水葬されなかったジョンさん。異国の無人の場所で150年以上、寂しいだろうな。 この人のお墓を探して拝みたい。 . . . 本文を読む
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萩往還の山道を歩きました

2015年10月05日 | ★幕末維新の長州
9月27日、有志一同で萩往還(はぎおうかん)歩きを敢行しました。 萩往還は瀬戸内海側の防府(三田尻)と、お城のある北浦の萩を結ぶ江戸時代の道です。全長50数キロ。 防府から山口までは市街地ですが、山口から萩の間は、中国山地の端っこを越えなきゃならない、山の中の坂道。 だからなんでこんな格好でwwww めちゃくちゃ暑いわ!(笑) 形から入る山口奇変隊の面々だったww クルマ社 . . . 本文を読む
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トンデモ立地の中根市之丞墓を移転しようよ〜

2015年06月25日 | ★幕末維新の長州
中根市之丞のお墓の現状があまりにもトンデモナイのです。移転保護を強く望みます。 文久3年(1863)の朝陽丸事件、三原屋事件。 長州にやってきた幕府の使者(詰問使)4人(中根と3人の従者)を殺害した事件については、これは時代がどう変わろうと長州・奇兵隊の汚点、やりすぎたできごとだと思います。 お互いの目指すものが違ったための争いではなく、ただ殺しただけ。 むろん奇兵隊には「中根は将軍の親書を . . . 本文を読む
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「大村益次郎の道」を歩く山越え記

2015年05月25日 | ★幕末維新の長州
5月24日、「大村益次郎の道を歩こう」と言い出したモノズキ集団で、山越えしました。 大村益次郎(村田蔵六)は鋳銭司(すぜんじ)から鎧垰(よろいだお)を超える山道を、毎日のように往復して藩庁の方に来ていた・・・ってマジか・・・。 というわけで、その道を歩いてみようと。 往復する元気はないので、電車で鋳銭司の最寄駅へ行き、そこからタクシーで登山口へ。 で、だいたい↓こういうルートです(山の中は . . . 本文を読む
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花燃ゆに登場したマルチ理系

2015年03月30日 | ★幕末維新の長州
昨日の「花燃ゆ」の小野為八、あるいは中嶋治平。 彼らは幕末の「マルチ理系」な人で、他の藩(特に西国諸藩と幕府)にも似たような人がいます。 現代では学問が細分化されていて、それはそれで専門分野が深くていいのでしょうが、当時は違う。 理系のことは幕末になって堰を切ったように流れ込んできたから、その中の何かに手をつけた人は連鎖反応的にあれもこれもやるはめになり(あるいは自ら首を突っ込んで)、結果的にマ . . . 本文を読む
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