アナザースカイ エジプト

もうひとつの故郷のように感じるエジプト。たびたび訪れるエジプトのフォト旅行記をご覧下さい。

「エジプト革命と発掘隊の危機管理」河江肖剰氏

2018年11月12日 | 日記

 エジプト革命当初、ネットは遮断され、TVもまだ報道規制が引かれていた時期だったので、世界中で一番エジプトの現状が分かっていないのは、タハリールにいる人々以外のエジプト人と在住外国人、観光客だったのではないだろうか。

娘は、河江氏に保護して頂いてからのギザの状態は、河江氏のブログの通り深刻だったと振り返っている。

河江氏のブログはこちら→#mce_temp_url#

欧米各国はチャーター便をいち早く飛ばせて自国民の搬送が始まっていたようだ。

その克明な記録が書かれた河江さんのブログがあったが、今は見当たらない。

  

カイロ空港で待機していた人の記録では、

「2Fロビーを良く観察すると欧米人は少ない、所在なく佇んでいるのは、ほとんどがアジア、アフリカ各国の旅客であることが分かった。

M氏と情報交換をすると、欧米各国は政府がチャーター便を手配し、早朝から自国民を出国させているとの事、このような危機事態における欧米各国政府の対応の速さに感心した。」とあり(パーソナルプロジェクトの勧め《6》より)

ジャーナリストの高野孟氏によると

「外務省設置法の第4条に列記された29の所轄事務の9番目に『海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること』が掲げられているけれども、実際には各国に置かれた大使館はじめ在外公館は、当該国や周辺地域について的確な情報を収集し分析して、邦人が遭遇しかねないリスクを予測して最大限の予防策を講じるといったプロフェッショナルな仕事など、全くと言っていいほどできていない。」と述べている。

 又もっと辛辣に

「私自身、数多くの海外取材を通じて体験しているので、自信を以て断言するけれども、多くの日本の在外公館は、形だけの儀典や日本から来る議員や高官の接待が主任務で、普段は進出企業幹部やマスコミ特派員など内輪の在留日本人を集めてパーティを開くのが副任務。そのために高価なワインを揃えたワインセラーや豪華なカラオケ設備を整えるのが、大使や領事の力の見せ所になるという腐り切った状態にある。」とも。(自衛隊  歴史が証明する軍事力による自国民保護の危うさより)

海外で危機に陥った自国民を救い出すのは国家の責務だ。

税金の中には、本来災害や有事の救援に使うべき費用も入っているはず。

危機管理に関しては、過去に日本人が外国で遭遇した数々の事件の教訓も、全く生かされていないと実感した。

今後ますます増えると思われる海外における邦人(本当は邦人のみならず)の生命及び身体の保護その他の安全に関することについて、

日本政府は欧米各国危機管理に習い、一刻も早いシステムを構築しなければならないと思うが、今の政府ではそれも遠い将来のことだろう。

個人でも、グループでも、組織でも、河江氏のように危機管理を日頃から考えておく事が自らの命を守る事で最も重要だと感じる。



ずっと言いたかった事。そして今でも苦々しく思い出し、また心からの感謝で思い出す事。

2018年11月10日 | 日記

安田さんのニュースを受けて、高遠さん、殺害されてしまった後藤さん、湯川さん、香田さんを思い出す。

「自己責任」の言葉は小泉政権の頃から飛び交い始めたと記憶している。

そして、あの地獄のような日々を救ってくれたのは、日本政府ではなくTwitterのお友達だったことを思い出している。

 

2011年 エジプト革命時、日本政府がやっと手配した実費自己負担のチャーター機はたったの1機。

しかも180人乗り。それでローマまで3往復との事。

エジプト在住の邦人は1000人以上。ルクソールには500人程の観光客が残っていると報道されていた。

どう考えても勘定があわない。

しかもネットが遮断されていて情報は行き渡らず。

外務省は、日本で自力で航空チケットを取れという。

当然エジプトへの便は飛ばず、取れたとしてもネット遮断でどうやってeチケットを送れというのかと抗議した。

しかし、その時一番知りたかったのは、連絡の途絶えた娘の安否だった。

「活発なお嬢様は、ご両親に頻繁に連絡される方だったのでしょうか?公衆電話なら連絡出来るはず」と言われた時は怒髪天をついた!

装甲車が走り回り銃声が聞こえる革命の町で、なぜそんな事が出来る!

私達親子の信頼関係も知らず、よくもそんなことが言えたものだ。

娘の命がかかっている。当然声を荒らげた。

海外で暮らす活発な邦人など、本気で救出する気などなかった。

少なくとも私と話したこの公僕は!

そして日本国とは、こんなものなのかと愕然とした。

 

 

後年「無血革命」「スマート革命」と称されたが、エジプト人の犠牲者は多数。事態はどう推移するかは分からなかった。

娘の身の安全を確保してくださったのは、考古学者河江氏だった。氏は米国古代エジプト調査協会のメンバー。

その考古学者宿舎で安全に 食べる物、眠る場所にも困らず居候で過ごさせて頂いた。

それを無償で許可してくれた米国にも、娘のために宿舎のスペースを空けて頂いた各国考古学者の方々にも、

心から深く感謝申し上げている。

 

何より出エジプトにご尽力頂いた河江氏、金谷氏、バヒトラベル社、貴重なアドバイスを頂いた冨田氏、Twitterの友人のお陰で今の娘がある。

各氏は、もう過去の事と言われるだろう。

しかし私と娘にとっては忘れてはならない事だ。

日本政府が救出しなかった香田さん、後藤さん、湯川さんのご遺族の壮絶な苦しみを思うと。

「自己責任」という言葉で人命を軽んじる事が無くならない限り。