(今日の花はサクラソウ科サクラソウ属の多年草「ミチノクコザクラ (陸奥小桜)」である。花名の由来は陸奥(みちのく)地方の特産種であるコザクラソウであるということによる。)
五月中旬になろうとする頃に、弥生から登る。大長峰の途中から残雪が現れだすと、花は一種も顔を見せなくなった。続くブナ林は幹を白く染め、萌葱色の若葉を空に踊らせていた。根開きはあるものの周囲には二メートル以上の固く締まった積雪帯が広がっている。
そして、表面には芽吹きに若葉が脱がせた無数の褐色の莢が敷き詰められていて、まだブナの若葉と積雪だけの世界だ。ブナ林を抜け出ても固い積雪帯が続く。
厳鬼山の肩に着いたが、積雪の特に厚い雪庇であった。三メートルほどの壁を滑り降りゴツゴツとした岩稜を辿って赤倉からの道にようやく立った。
そこは風衝地で雪が少なく雪解けは早い。全く花と出会えなかった長い積雪の道が終わったと思ったその時、濃い紫の影が足許に光った。ミチノクコザクラだ。強い風の中、丈を短くし岩かげで健気に咲いている。標高千四、五百メートルの高みで、また懐かしい花に出会えた。これが毎年初めての出会いとなるミチノクコザクラなのである。
昨年は五月三日に一番咲きを確認している。山麓からここまでの「花、雪、花」という道程もおもしろい。まったく花と出会えない山腹、そして、頂上近くでの花との出会い。登山者だけの楽しみかも知れない。白花のものに出会うこともある。一般的に一本の茎頂に二、三輪の白花をつけるのであるが、時にはまるで先祖がえりを思わせるような総状花を咲かせるものもある。翌日、また、出かけたら既に「掘り採ら」れていた。盗掘である。
ミチノクコザクラは岩木山にしかない花とされる高山植物である。高山の花は氷河時代から、その場所にひっそりと生き続けてきた生きた化石と言われている。我々一人一人が独占できない大切な財産でもあろう。ミチノクコザクラは限られた岩木山に孤立化しながら独自の進化をとげてきた固有種である。私たちは「安寿姫」伝説から、ミチノクコザクラを親しみを込めて「安寿姫の簪(かんざし)」と呼称することもある。
この花は明るく楽しい不思議を与えてくれる。三十数年間、その年の最初の出会いにはいつも異なる感動があった。しかも場所が違うと別種を思わせる風情を醸し出すのである。
私はまた左に岳樺の疎林を見ながら頂上に向かった…。
<メモ>
「風衝地」:風が強く乾燥しやすく、冬は雪が飛ばされ積もらず極度に寒いところ。
「根開き」:根もとの雪が円形に広がりながら深くとけていくこと。
・大きな誤算・温暖化で暖かいからといっても「早く」咲き出さない花もある・
5月4日、岩木山赤倉登山道を登った。暖かく早く来て過ぎ去っていく「春」と咲き出す花の状況を観察することを目的にした登山である。大鳴沢源頭部の雪渓から少し越えた辺りまで行って引き返してきた。なぜならば、それ以上上部では「花の観察」は無理だからである。ただし、「赤倉御殿」からキレットを辿り、ピークの北端まで行ってきた。花に関する収穫はなかったが、その帰路に「足が竦み冷や汗三斗」という「自然の営み」に遭遇した。これについてはあとで報告する。
まず当日確認した花(実、つぼみ)は次の通りである。これは同行した「相棒」Tさんが記録したものだ。
オクエゾサイシン、イワナシ、キクザキイチリンソウ、ツルシキミ、オオカメノキ、ムラサキヤチヨツツジ、ヤマツツジ、マルバマンサク、ニシキマンサク、タムシバ、アカミノイヌツゲ(実)、コヨウラクツツジ、ミネザクラ、アラゲヒョウタンボク、ミネヤナギ、チシマザクラ、タケシマラン、チシマザサ(の花)、ヒメイチゲ、ショウジョウバカマ、ツルツゲ(実)、コケモモ(実)、ヒメモチ(実)コメバツガザクラ(つぼみ)、ミチノクコザクラ(つぼみ)
以上のリストにある「コメバツガザクラ(つぼみ)とミチノクコザクラ(つぼみ)」に注目したい。
「コメバツガザクラ」は、例年5月上旬に咲き出す。在職中5月の連休(正確に言えば5月3日)が毎年、山岳部の「岩木山登山」でコースは赤倉登山道であった。そして毎年、同じ場所で、白布にくるまった赤ん坊のような可愛い「コメバツガザクラ」の花に出会っていた。しかも、満開の花である。
「ミチノクコザクラ」も同様である。今日の花の説明にもあるとおり「風衝地一番の健気な輝き、春告げ花」なのである。赤倉御殿からの稜線は風衝地で風が強いので積雪が少ない。それ故にこの辺りの「ミチノクコザクラ」は背丈は低いが、岩木山で一番早く咲き出す。しかし、5月4日には「コメバツガザクラ」も「ミチノクコザクラ」もまだ開花していなかった。
温暖な日が続いていた。里のサクラを中心に多くの花々がいつもよりも早く咲き出して、早く散っていった。
それを真に受けて「岩木山の春を告げる花々」もその多くは既に咲き出して、早いものは散っているかも知れないと考えたのだが、これは「人間」の浅知恵でしかなかった。自然は多質多様である。
おそらく、この「コメバツガザクラ」と「ミチノクコザクラ」は今週末には開いているだろう。(明日に続く)
五月中旬になろうとする頃に、弥生から登る。大長峰の途中から残雪が現れだすと、花は一種も顔を見せなくなった。続くブナ林は幹を白く染め、萌葱色の若葉を空に踊らせていた。根開きはあるものの周囲には二メートル以上の固く締まった積雪帯が広がっている。
そして、表面には芽吹きに若葉が脱がせた無数の褐色の莢が敷き詰められていて、まだブナの若葉と積雪だけの世界だ。ブナ林を抜け出ても固い積雪帯が続く。
厳鬼山の肩に着いたが、積雪の特に厚い雪庇であった。三メートルほどの壁を滑り降りゴツゴツとした岩稜を辿って赤倉からの道にようやく立った。
そこは風衝地で雪が少なく雪解けは早い。全く花と出会えなかった長い積雪の道が終わったと思ったその時、濃い紫の影が足許に光った。ミチノクコザクラだ。強い風の中、丈を短くし岩かげで健気に咲いている。標高千四、五百メートルの高みで、また懐かしい花に出会えた。これが毎年初めての出会いとなるミチノクコザクラなのである。
昨年は五月三日に一番咲きを確認している。山麓からここまでの「花、雪、花」という道程もおもしろい。まったく花と出会えない山腹、そして、頂上近くでの花との出会い。登山者だけの楽しみかも知れない。白花のものに出会うこともある。一般的に一本の茎頂に二、三輪の白花をつけるのであるが、時にはまるで先祖がえりを思わせるような総状花を咲かせるものもある。翌日、また、出かけたら既に「掘り採ら」れていた。盗掘である。
ミチノクコザクラは岩木山にしかない花とされる高山植物である。高山の花は氷河時代から、その場所にひっそりと生き続けてきた生きた化石と言われている。我々一人一人が独占できない大切な財産でもあろう。ミチノクコザクラは限られた岩木山に孤立化しながら独自の進化をとげてきた固有種である。私たちは「安寿姫」伝説から、ミチノクコザクラを親しみを込めて「安寿姫の簪(かんざし)」と呼称することもある。
この花は明るく楽しい不思議を与えてくれる。三十数年間、その年の最初の出会いにはいつも異なる感動があった。しかも場所が違うと別種を思わせる風情を醸し出すのである。
私はまた左に岳樺の疎林を見ながら頂上に向かった…。
<メモ>
「風衝地」:風が強く乾燥しやすく、冬は雪が飛ばされ積もらず極度に寒いところ。
「根開き」:根もとの雪が円形に広がりながら深くとけていくこと。
・大きな誤算・温暖化で暖かいからといっても「早く」咲き出さない花もある・
5月4日、岩木山赤倉登山道を登った。暖かく早く来て過ぎ去っていく「春」と咲き出す花の状況を観察することを目的にした登山である。大鳴沢源頭部の雪渓から少し越えた辺りまで行って引き返してきた。なぜならば、それ以上上部では「花の観察」は無理だからである。ただし、「赤倉御殿」からキレットを辿り、ピークの北端まで行ってきた。花に関する収穫はなかったが、その帰路に「足が竦み冷や汗三斗」という「自然の営み」に遭遇した。これについてはあとで報告する。
まず当日確認した花(実、つぼみ)は次の通りである。これは同行した「相棒」Tさんが記録したものだ。
オクエゾサイシン、イワナシ、キクザキイチリンソウ、ツルシキミ、オオカメノキ、ムラサキヤチヨツツジ、ヤマツツジ、マルバマンサク、ニシキマンサク、タムシバ、アカミノイヌツゲ(実)、コヨウラクツツジ、ミネザクラ、アラゲヒョウタンボク、ミネヤナギ、チシマザクラ、タケシマラン、チシマザサ(の花)、ヒメイチゲ、ショウジョウバカマ、ツルツゲ(実)、コケモモ(実)、ヒメモチ(実)コメバツガザクラ(つぼみ)、ミチノクコザクラ(つぼみ)
以上のリストにある「コメバツガザクラ(つぼみ)とミチノクコザクラ(つぼみ)」に注目したい。
「コメバツガザクラ」は、例年5月上旬に咲き出す。在職中5月の連休(正確に言えば5月3日)が毎年、山岳部の「岩木山登山」でコースは赤倉登山道であった。そして毎年、同じ場所で、白布にくるまった赤ん坊のような可愛い「コメバツガザクラ」の花に出会っていた。しかも、満開の花である。
「ミチノクコザクラ」も同様である。今日の花の説明にもあるとおり「風衝地一番の健気な輝き、春告げ花」なのである。赤倉御殿からの稜線は風衝地で風が強いので積雪が少ない。それ故にこの辺りの「ミチノクコザクラ」は背丈は低いが、岩木山で一番早く咲き出す。しかし、5月4日には「コメバツガザクラ」も「ミチノクコザクラ」もまだ開花していなかった。
温暖な日が続いていた。里のサクラを中心に多くの花々がいつもよりも早く咲き出して、早く散っていった。
それを真に受けて「岩木山の春を告げる花々」もその多くは既に咲き出して、早いものは散っているかも知れないと考えたのだが、これは「人間」の浅知恵でしかなかった。自然は多質多様である。
おそらく、この「コメバツガザクラ」と「ミチノクコザクラ」は今週末には開いているだろう。(明日に続く)