☆今日は「朔日山」(ついたちやま)…岩木山は津軽人の原風景☆
(写真はある年の初冠雪の岩木山)
今日は「朔日山」(ついたちやま)だ。お山参詣の日である。いい天気で快晴だ。きっと放射冷却でかなり寒いだろうが、山頂では「ご来光」に歓声をあげた登拝者が沢山いたであろう。因みに、私のところでは気温が15.3℃だったから、山頂では0.6X16で約10℃下がるから5.0℃くらいであろうと思われる。
山頂奥宮は宝亀十一年(七八〇)に建立されたと記されている。岩木山は薬師、阿弥陀、観世音仏を祀る三峰三位一体の霊山である。神として国常立命(くにとこたちのみこと)や顕国魂神(うつしくにたまのかみ)他四神を祀っており、その神事は南麓百沢の岩木山神社が司っている。
お山参詣の時に奥宮に祀られるのが顕国魂神だ。また北東麓には坂上田村麿の蝦夷征伐に因んだ赤倉神社があり、つい先年まで山伏が修行していた。赤倉大権現を祀っているもので赤倉沢も神域で沢をまたいで大きなしめ縄が今でも張られている。
津軽の人たち(農家の人たち)は畏敬の念を込めて「お山」とか「お岩木山」と呼び、成人式の通過儀礼登山を含めたお山参詣が千年以上も前から続けられている。 懺悔懺悔‥‥南無帰命頂礼と唱和しながら旧暦八月の「ついたちやま」に近郷の村々から山頂をめざし、五穀豊穣、家内安全を祈願してカンナガラの大きな御幣をかざして集団で登拝していた。
昨日のテレビでは「弘前市の岩木山では…」と案内していた。こう呼ばれることに私はものすごい「違和感」を覚える。やはり、「岩木山」は「青森県中津軽郡岩木町」に存在する山でなければいけない。
この「お山参詣」も、弘前市との吸収合併や単なる「観光化」で主体の信仰性(「お居往来山(おいゆきやま)」としての信仰と崇拝)の消滅で、ますます廃れていくに違いない。
しかし、それではいけない。岩木山山岳信仰の一大行事として、「形」だけでなく、その「精神的な拠り所」を含めての「再興」を、「昭和と平成の大合併」以前の津軽地方の町や村々で図らなければいけない。
このようなことを青森県では「文化政策」の主たる事業にすべきではないのか。
その岩木山は…津軽の人たちの原風景である。
岩木山は潔く孤高である。大地の母なる神である。いつも変わらず同じであり誰に対しても公平な存在である。差別や蔑みのない優しい存在である。いつでも平等に慰め勇気づけてくれる山である。
それゆえに強くて優しい個性を持った山である。津軽人の個性にも岩木山は色濃く反映されている。津軽人の〈原〉個性、頑なさを意味する「じょっぱり」のバックボーンにはこれまでどおりで手つかずの岩木山が一番似つかわしい。
津軽人としての個性を失うことは津軽人の文化的な風土と心情を失うことだ。日本のどこにでもあるものを岩木山に持ち込んでは岩木山は無顔貌、無個性になる。これは津軽に住む人たちの無顔貌と無個性化に拍車をかけるだろう。観光化が進むことはこのようなことと背中合わせの関係にあるということなのだ。
津軽の人たちが自分の原風景を保ち続けようとすることは、これまでの岩木山のままであってほしいと願うことと同義でもあるだろう。このことは実につつましい、ただ在ることを求めるという、ひっそりした願いに過ぎない。
ところが、このつつましい願いをも聞き入れないで森を切り刻んで、あそこにもあり、ここにもあるというものを岩木山に持ち込みつつあるのだ。岩木山は常に、官と民による大きな破壊に曝されている。
岩木山はいつもある、いつまでもある、という日常に安住していると人生でもっとも大切な日常を失うことになりはしないだろうか。大切な日常は頑なに守り続けることで保持されるものだ。この意味からも、「お山参詣」は津軽の精神文化として守り続けていかねばならない。
もっと「じょっぱり」になってあるがままの岩木山とその精神的な拠り所をみんなで守っていきたいものだ。
☆写真展「私の岩木山」の案内☆
昨日に引き続いて今日も14日から始まる写真展「私の岩木山」について今一度案内をしたい。
日時・場所:9月14~16日(10~17時)・NHK弘前ギャラリー
・写真搬入は会場に13日16時ちょうどです。それ以前では受付いたしません。
・出展票は会報に同封しています。会員でない方の出展も可能ですから本ホームページから出展票をコピーして下さい。
写真の質的なものは一切問いません。「私の岩木山」という思いが込められている写真であればすべて対象になります。詳細は、0172-35-6819事務局三浦章男あて、12日までに問い合わせて下さい。
□■会員のみなさんへ、お手すきの方は13日16時までにNHK弘前ギャラリーにお集まり下さい。写真展設営のお手伝いをお願いします。□■
□■会員のみなさんへ、お手すきの方は開催日の14~16日に会場にお出で下さい。来場者の案内等で人手が、例年足りません。こちらのお手伝いもお願いします。係と幹事だけではとても出来ません。□■
(写真はある年の初冠雪の岩木山)
今日は「朔日山」(ついたちやま)だ。お山参詣の日である。いい天気で快晴だ。きっと放射冷却でかなり寒いだろうが、山頂では「ご来光」に歓声をあげた登拝者が沢山いたであろう。因みに、私のところでは気温が15.3℃だったから、山頂では0.6X16で約10℃下がるから5.0℃くらいであろうと思われる。
山頂奥宮は宝亀十一年(七八〇)に建立されたと記されている。岩木山は薬師、阿弥陀、観世音仏を祀る三峰三位一体の霊山である。神として国常立命(くにとこたちのみこと)や顕国魂神(うつしくにたまのかみ)他四神を祀っており、その神事は南麓百沢の岩木山神社が司っている。
お山参詣の時に奥宮に祀られるのが顕国魂神だ。また北東麓には坂上田村麿の蝦夷征伐に因んだ赤倉神社があり、つい先年まで山伏が修行していた。赤倉大権現を祀っているもので赤倉沢も神域で沢をまたいで大きなしめ縄が今でも張られている。
津軽の人たち(農家の人たち)は畏敬の念を込めて「お山」とか「お岩木山」と呼び、成人式の通過儀礼登山を含めたお山参詣が千年以上も前から続けられている。 懺悔懺悔‥‥南無帰命頂礼と唱和しながら旧暦八月の「ついたちやま」に近郷の村々から山頂をめざし、五穀豊穣、家内安全を祈願してカンナガラの大きな御幣をかざして集団で登拝していた。
昨日のテレビでは「弘前市の岩木山では…」と案内していた。こう呼ばれることに私はものすごい「違和感」を覚える。やはり、「岩木山」は「青森県中津軽郡岩木町」に存在する山でなければいけない。
この「お山参詣」も、弘前市との吸収合併や単なる「観光化」で主体の信仰性(「お居往来山(おいゆきやま)」としての信仰と崇拝)の消滅で、ますます廃れていくに違いない。
しかし、それではいけない。岩木山山岳信仰の一大行事として、「形」だけでなく、その「精神的な拠り所」を含めての「再興」を、「昭和と平成の大合併」以前の津軽地方の町や村々で図らなければいけない。
このようなことを青森県では「文化政策」の主たる事業にすべきではないのか。
その岩木山は…津軽の人たちの原風景である。
岩木山は潔く孤高である。大地の母なる神である。いつも変わらず同じであり誰に対しても公平な存在である。差別や蔑みのない優しい存在である。いつでも平等に慰め勇気づけてくれる山である。
それゆえに強くて優しい個性を持った山である。津軽人の個性にも岩木山は色濃く反映されている。津軽人の〈原〉個性、頑なさを意味する「じょっぱり」のバックボーンにはこれまでどおりで手つかずの岩木山が一番似つかわしい。
津軽人としての個性を失うことは津軽人の文化的な風土と心情を失うことだ。日本のどこにでもあるものを岩木山に持ち込んでは岩木山は無顔貌、無個性になる。これは津軽に住む人たちの無顔貌と無個性化に拍車をかけるだろう。観光化が進むことはこのようなことと背中合わせの関係にあるということなのだ。
津軽の人たちが自分の原風景を保ち続けようとすることは、これまでの岩木山のままであってほしいと願うことと同義でもあるだろう。このことは実につつましい、ただ在ることを求めるという、ひっそりした願いに過ぎない。
ところが、このつつましい願いをも聞き入れないで森を切り刻んで、あそこにもあり、ここにもあるというものを岩木山に持ち込みつつあるのだ。岩木山は常に、官と民による大きな破壊に曝されている。
岩木山はいつもある、いつまでもある、という日常に安住していると人生でもっとも大切な日常を失うことになりはしないだろうか。大切な日常は頑なに守り続けることで保持されるものだ。この意味からも、「お山参詣」は津軽の精神文化として守り続けていかねばならない。
もっと「じょっぱり」になってあるがままの岩木山とその精神的な拠り所をみんなで守っていきたいものだ。
☆写真展「私の岩木山」の案内☆
昨日に引き続いて今日も14日から始まる写真展「私の岩木山」について今一度案内をしたい。
日時・場所:9月14~16日(10~17時)・NHK弘前ギャラリー
・写真搬入は会場に13日16時ちょうどです。それ以前では受付いたしません。
・出展票は会報に同封しています。会員でない方の出展も可能ですから本ホームページから出展票をコピーして下さい。
写真の質的なものは一切問いません。「私の岩木山」という思いが込められている写真であればすべて対象になります。詳細は、0172-35-6819事務局三浦章男あて、12日までに問い合わせて下さい。
□■会員のみなさんへ、お手すきの方は13日16時までにNHK弘前ギャラリーにお集まり下さい。写真展設営のお手伝いをお願いします。□■
□■会員のみなさんへ、お手すきの方は開催日の14~16日に会場にお出で下さい。来場者の案内等で人手が、例年足りません。こちらのお手伝いもお願いします。係と幹事だけではとても出来ません。□■