岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

東奥日報「岩木山・花の山旅」第3回をカラー写真で/「秋の七草」その運命(その2)

2007-09-07 05:54:11 | Weblog
      ☆東奥日報「岩木山・花の山旅」☆

 第3回はモノクロ写真で掲載された。今日はカラー写真を文章と一緒に載せたい。ブログに写真を載せるのは「初めて」だ。うまくいくかどうか自信はないが、やってみた。
       「葉を笠にして地に臥す淡い臙脂色の小袖」
 赤倉登山道、鬼ノ土俵は冬場吹き曝しとなるため積雪は少なく雪は完全になかった。対岸の稜線斜面ではコメツガとブナの若葉のコントラストが美しく心が和む。
 それにしても鬼ノ土俵とはよく言ったものだ。土俵のように平坦で丸い。この道は信仰の道にはふさわしい。
 ふと光沢のある葉が眼についた。数歩行って振り返って見たら、その葉がちょうど眼の高さにあった。
 背丈が10cmほどの葉柄の根元には枯れ葉に頬杖をついているような臙脂色の小花が見えている。オクエゾサイシンである。
 これは花の付き方や咲き方が他の花と違っていておもしろい。違っていることは変なことではない。これが個性であろう。葉も花も何とみずみずしいことだろう。
                               (奥蝦夷細辛)

          ☆「秋の七草」その運命(その2)☆

 「秋の七草」の「あさがほ」についての続きである。
 その説の二つ目は木槿(ムクゲ)だ。これはアオイ科フヨウ属の落葉低木でハイビスカスの仲間だ。
 中国・東南アジア原産で、日本にいつ頃渡来したかは不明だ。
中国名に由来するが不詳。別名は一日花と思われていたことから「朝開暮落花」という。

和歌では…
#たまたまに出でて歩けば此処の家彼処の籬根木槿ならぬなき    若山牧水
訳:
『たまたま外に出て歩き回ったところ、こっちの家も、あっちの家も、垣根には木槿の生えていないところはないのだ 。』

俳句では…
・道のべの木槿は馬に食われけり          (芭蕉)
『そのままの写生句。道路沿いに生えている木槿は道行く馬に食われているよ。』

・いつまでも吠えいる犬や木槿垣        (高浜虚子)
『いつまでもほえ続けている犬がいることよ、とそちらを見たら木槿の垣根があり、花盛りだった。』

 三つ目の説は桔梗(キキョウ)である。これはキキョウ科キキョウ属の多年草で一属一種の植物である。
 岩木山では自生のものを発見することは出来ない。私の写真ファイルにある「キキョウ」は「岩木山に自生していたものを採ってきて、自分の庭に植えたもの」という証言・お墨付きを得た山麓の民家の庭先に生えていたものである。
 「キキョウ」という名を持つ植物は他にもあるが、その多くはリンドウ科などである。
 桔梗は漢名で、漢音だと「キチコウ」となる。これが転訛してキキョウとなった。
別名としては盆花、嫁取り花、丘ととき(トトキはツリガネニンジン)、ありのひふきなどがある。

和歌では…
 桔梗が古今集では、紀友則の歌が「きちかうの花」として「あきちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく」と読み込まれている。
歌意は…
「野は秋近くなってしまったことだ。白露が置いている草葉も色が変わっていくことよ。」
これには「あきちかう」に「桔梗・きちかう」の花を隠している技法(修辞法)がある。
 枕草子には桔梗、あさがほと併記され、源氏物語にも「…撫子もおもしろく、女郎花、桔梗など咲きはじめたるに…」とある。このようなことから平安時代には桔梗はあさがおと言わずに「桔梗」と呼ばれていたと思われる。

#かくて果つる我が世さびしと泣くは誰ぞしろ桔梗さく伽藍のうらに  与謝野晶子
訳:
『白い桔梗が咲いている寺院伽藍の裏手で、その桔梗を見ながら、こうして身果ててしまう我が世、現世は本当に寂しいものだと泣いているのは誰だろう。』

俳句では…
・修行者の小径にめづるききやうかな      (蕪村)
『修行に勤しむ修験者がふと小道で足を停めた。そして道ばたに咲いている桔梗の花をしみじみと眺め、愛でたのである。』

・桔梗のいまだ開かぬ夜明けかな        (中川宋淵)
『夜明けとともに開くと言われている桔梗の花だが、夜明けが近いというのにいまだ開く気配がないのだ。間もなく夜明けだよ、早く咲いてほしいなあ。』
 内に秘めた想いが一気に開くという風情の中に気品と上品さが感じられるところからであろうか。(この稿は今回で終わり。)