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JAL123便墜落事故-真相を追う-そしてミサイルは発射された(6)

このところ「ミサイル」ネタから脱線しており申し訳ありません。これまで「そしてミサイルは発射された(5)」や「オバマ大統領訪日に寄せて」で、現地に散乱している米軍機と思われる破片の数々、戦乱の跡などについて報告させていただきましたが、このような夥しい物証の中で、123便がミサイルに撃墜されたか否かの論証を行うこと自体に、もはやそれほど大きな意義はなくなりつつあります。

結論を先に言えば、ミサイル、あるいはそれに類する軍事兵器による撃墜以外の原因は考えられないのであり、後は現場調査・物証レベルで、どのような状況下でどのようなミサイルが発射され、どうやって同機が墜落に至ったか、そのメカニズムを具体的に考察する段階に来ています。

ここまで米軍機のことを表に出してしまった手前、今回は、この事故が常に米軍の関与するところのものであることを示す一例をお見せしましょう。ただし、「米国が日本の旅客機を撃墜したのだ!」と、「日本 vs 米国」のような短絡的な結論を導くことだけはないようにお願いします。24年に渡る事実隠蔽を成し得たのは、日本側の協力体制なしには有りえないこと、また、事故当夜に米軍同士が激しく衝突している事実もありますので、この'事変'を巡る背景については、123便の直接的な墜落原因以上に、より慎重に検証していかなければなりません。


■米国事故調査スタッフに紛れ込んだ軍人

過去の記事でも紹介した、この写真(写真1)を見てください。


写真1:米国事故調査スタッフ

青い服装の人物が、いわゆる「ロッキード社の技術者」でないかということで、胸のワッペンがロッキード社の先端技術開発チーム「スカンクワークス」のロゴマークに似ていると報告しましたが、実際はそれ以上の情報がこの写真の中には含まれて居ます。次の写真(写真2)はこの人物を拡大したものです。


写真2:青い服装の米国人

前回の記事では敢えて全情報の開示を控えていたのですが、真実を知る人々の口が相変わらず重いようなので、今回はこの人物について本当の事を報告します。なお、これらは国際軍事評論家のB氏の指摘によるものです。

(1)サングラスをかけているので目付きまでは分かりませんが、他のスタッフが暑さでバテているのに、この人は背筋が伸びて、周囲の状況をしっかりと監視しています。体躯も鍛えられた軍人のそれです。

(2)この青い服装は、当時の米国空軍の夏用制服です。

(3)胸についた赤い帯に見えるもの、これは「略綬(りゃくじゅ)」または「略章(りゃくしょう)」と呼ばれる、ジャラジャラとした勲章の代わりにコンパクトにその人物の軍歴を示すものです。

(4)はボヤけてよく見えませんが、「スカンクワークスのロゴ」よりはV字型に翼を広げた鷲:米国空軍のロゴマーク(図1)の方が近いと言えそうです。


図1:現在のデザイン化された米空軍ロゴ(当時はリアルな鷹の絵柄だったはず)


(1)~(4)の事実が示すもの、それは、この人が全くの米国空軍の軍人だということに尽きます。なぜ、こんなバレバレの格好をするのか、B氏に尋ねたところ、次のような回答を得ました。
 ・多くの人間を動かす場合、自分の地位と権限をはっきりと周囲に誇示する
  必要がある。そのために民間人に偽装しなかったのだろう。それにしても
  露骨過ぎるので、日本をかなり見くびっている面もあるようだ。

そして、この軍人がどれ位の地位の人間かについてもお聞きしたところ
 ・略綬の数からいって、左官、それも中佐クラスの人物。ペンタゴン(米国防総省)
  から直接派遣された技官であろう。この人が黙って右手を略綬に当てれば、一緒
  に来ている民間の調査員などは、頷いて命令に従うしかないだろう。

なお、軍事産業の技術者が同時に軍属であることなどは、米国社会では珍しくないので、この人物が、噂通りに「ロッキード社の社員」であっても矛盾は生じません。

1985年8月17日に米国事故調査団として事故現場に入った空軍の高級軍人が、いったい何の目的で現れ、何を指示していたのか?偶発的に起きた事故調査のためにわざわざ米国防総省から派遣されて来たと思うなら、あなたはかなり幸せな発想の持ち主です。


SED UNUS MILITUM LANCEA LATUS EIUS APERUIT ET CONTINUO EXIVIT SANGUIS ET AQUA

管理者
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