礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

川柳川柳師匠と『鞍馬天狗 角兵衛獅子』

2016-01-01 03:36:46 | コラムと名言

◎川柳川柳師匠と『鞍馬天狗 角兵衛獅子』

 明けましておめでとうございます。本年も、当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
 
 昨年末、せわしい中だったが、嵐寛寿郎〈アラシ・カンジュウロウ〉の『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(松竹、一九五一)を鑑賞した。その直前、片づけの途中に、川柳川柳〈カワヤナギ・センリュウ〉師匠の『ガーコン落語一代』(河出文庫、二〇〇九)を開いたところ、十九歳当時、秩父で石灰岩の切出しをしていた師匠が、浅草に出て、『鞍馬天狗 角兵衛獅子』の上映を見たときの話があった。それを読んで、急に、同映画を見たくなったのである。 
 師匠は同書で、次のように回想されている(五五~五七ページ)。

 当時、美空ひばりが人気最高で、私も彼女の歌が好きだった。好きといっても私は少女時代の歌が好きなのだ。後年、女王として君臨するようになってからの歌はあまり好きではない。上手になり過ぎて客に聴かせてあげるという感じが気に入らない。
 彼女の少女時代の映画は三、四本見ている。まあ他愛のない映画だったが。
 ある日曜日、本当に珍しく休みをもらった。何か用があって兄は馬〔競馬〕に行かなかったのだ。
 東武線で浅草へ出た。途中の鐘ケ淵〈カネガフチ〉駅で、十五、六歳の少女が三十人くらいドッと乗車した。有名な鐘淵紡績(カネボウ)の女工員たちである。いやもうその賑やかというより、ウルサイこと、キャア、キャア騒いでいるうちに浅草着。その週は浅草松竹で、嵐寛寿郎(アラカン)の十八番『鞍馬天狗 角兵衛獅子』を上映中。
 私は少年時からアラカンのファンだったから入場した。入って驚いた。客席の大部分が娘子軍〈ロウシグン〉に占領されている。それも道理、角兵衛獅子の杉作少年の役が「ひばり」なのだ。
 劇中、悪い親方に虐められて夕暮れに、「角兵衛獅子の唄」(作詞・西条八十、作曲・万城目正)
 ♪情けを知らぬ親方の
  昼寝のひまに空見れば
  雁〈カリ〉も親子で帰るのに
  わたしゃ、越後へいつ帰る
 哀愁こめて涙ながらに歌うひばり。客席はもう大変、杉作も貧しい親や幼い弟妹たちのために、角兵衛獅子の親方に身を売った不幸な子、客席の少女たちも中卒で集団就職で働いている子、もう他人事〈ヒトゴト〉ではない。そっちこっちで涙声。
「ひばりちゃん、可哀想〈カワイソウ〉だねえ。」
 と言いながら泣いている。でも考えて見れば、自分たちのほうがよほど可哀想だ。ひばりは、撮影が終われば母親やマネージャー、付人〈ツキビト〉を従えて、キャデラックで横浜のプール付きの大豪邸(通称「ひばり御殿」)へご帰還遊ばすわけだが、泣いてる娘たちは宿舎へ帰ると舎監に「おまえたち、遅いぞ」なんて怒られたりする訳だ。
 まあ、とにかく夢も現実も混同させてしまうのが映画の魅力である。

 そういうわけで、松竹ビデオの『鞍馬天狗 角兵衛獅子』を引っぱり出してきた。これは、以前、古本屋で入手し、まだ一度も見ていなかったものだった。
 傑作だった。なにしろ、出演者がすごい。嵐寛寿郎(鞍馬天狗)、美空ひばり(杉作)、山田いすず(八丁礫〈ハッチョウツブテ〉のお喜代)、月形龍之介(近藤勇)、加藤嘉(隼の長七)、川田晴久(黒姫の吉兵衛)といった面々である。
「ひばり」をいじめる親方、隼〈ハヤブサ〉の長七に扮するは、名優・加藤嘉〈カトウ・ヨシ〉。狡猾な悪人を、これ以上ないくらい憎たらしく演じている。特に、「ひばり」を懲らしめるため、顔に焼け火箸を当てようとする場面がすごい。カネボウの女工と思われる「娘子軍」は、ここで悲鳴を上げたことであろう。
 この加藤嘉の演技にも感心したが、それ以上に巧みな役者がいた。これについては次回。

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