◎つらい浮世もこの飴を、なめて笑顔で暮らそうよ
昨日の続きである。松竹映画『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(一九五一)を見て、最も演技に注目した役者は、嵐寛寿郎でも美空ひばりでもなく、「黒姫の吉兵衛」を演じた川田晴久である。川田は、戦前からボードビリアンとして知られていたが、一九四二年(昭和一七)に脊椎カリエスの持病が再発して、入院生活にはいった。戦後の一九四八年(昭和二三)に芸能活動に復帰したが、その年に、美空ひばりに出会って、その「師匠」的な存在になったという。
映画『鞍馬天狗 角兵衛獅子』は、川田晴久の口上から入る。その直後、「ちゃっかり飴」を売る飴屋に扮した「黒姫の吉兵衛」が、大衆に向かって、唄で世相を説く。続いて、壬生浪士隊の隊士・小河原進助(原健作)が、隊を抜けようとして土方歳三(永田光男)に斬られる場面。ここでは、鞍馬天狗とともに登場し、ピストルをぶっ放しながら、壬生浪士隊を威嚇し、小河原進助を助け出す。
川田晴久演ずる「黒姫の吉兵衛」の役どころは、元盗賊で、現在は、薩摩飛脚(薩摩藩の隠密)ということになっている。この映画では、美空ひばりの唄や演技が注目されてきたが、どう見ても、その「師匠」である川田晴久にはかなわない。
映画の後半、薩摩藩の隠密・黒姫の吉兵衛(川田晴久)と杉作(美空ひばり)が、ふたりとも飴売りに扮し、城に捕らわれている鞍馬天狗(嵐寛寿郎)を助け出そうとするところがある。城は警戒が厳重で、とても入れそうもない。そこで、ふたりは一計を案じる。唄を歌って番人の注意を引き、その隙に、城に忍びこむという計略である。
まず、美空ひばりが歌う。「角兵衛獅子の唄」の三番である。番人たちが近寄ってくる。続いて、川田晴久が歌う。何という唄かは知らないが、「ちゃっかり飴」の能書きを並べ立てた唄である。美空ひばりの唄も悪くないが、川田晴久の唄は、その数十倍うまい。声よし、節よし、笑顔よし。ちなみに、その歌詞は次の通り(○○のところは、聞き取れなかった)。
大阪名物、ご存じかーい。
大阪、堺に、そやさかい。
忘れ○○○な、この飴を。
ひとつお口に頬張れば、
舌にとろりと溶けこんで、
陽気に歌って踊り出す。
つらい浮世も、この飴を、
なめて笑顔で、ああああ、
ああああん、暮らそうよ。
あーあ、買ったり買ったり。
ぼんぼん、いとはん、おなじみの、
ちゃっかり飴の効能は、
ひとつ食べれば、あら不思議。
歯抜けババアに歯がはえて、
ハゲの頭に、ねー、毛がはえる。
あーあ、食べなきゃ損だよ。
ふたつ食べれば、また不思議。
ニキビあばたも、ヒゲヅラも、
ガラリ変わって、やさ男。
ゆんべ振られた、あの娘〈コ〉にも、
今日は持てます、夜明けまで。
さあさ、お食べよ、買ったり買ったり。
あとは野となれ、山となれよ。
川田晴久が、このように歌って、番人を十分に引きつけている間に、美空ひばりは、橋の欄干の外側を伝わって(たぶん)、城内に潜入する。川田は、唄の最初のほうで、ひばりに二回ほど、目で「行け」のサインを送る。また、歌の最後のほうで、橋を渡り終えたひばりに、再び、目で「行け」のサインを送っている。川田のこの「目の演技」がすごい。この映画をご覧になる方は、ぜひ、この場面に注目していただきたい。
川田晴久は、一九五七年(昭和三二)、腎臓結核に尿毒症を併発して亡くなったという。満五〇歳。多忙な芸能活動が、その死を早めた可能性がある。何とも惜しい、何とも早すぎる死であった。
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